生存本能
ぼとり
そんな音を立てて、天使モドキの女が転がった。
勝った。
サイクロプスはそう思った。
そして、警戒を解いてしまった。
そのせいで、魔力の高まりを感じるのが遅れてしまった。
気付いた時にはもう遅い。
青白い光線に鳩尾を貫かれてしまう。
「グアアアアアアア!!」
痛い!
アンデットサイクロプスが痛みを感じる、聖属性の攻撃だ。
「やってれたな〜、このクソデカブツが!!」
殺したはずの、天使モドキの女が起き上がる。
しかも、強くなっている。
死にかけの女が、どうやってここまでの力を出せるのか、サイクロプスは不思議で仕方なかった。
天音が強くなれた理由。
それは生存本能によるものだ。
『意思の力』
生物は、強い意思を持つと、普段の何倍もの力が出せるのだ。
よくある例としては、砲丸投げの選手だろうか。
砲丸投げの選手は、砲丸を投げるとき、大声を出す。
他には、握力測定だろう。
握力を計るとき、大声を上げて握る人は多くいる。
そうすると、普通にやるより、握力が強くなったり、砲丸を遠くに投げられたり、いろいろと良いことがある。
それは何故か?
人は、大声を出す事で、気合を入れる。
気合は、力を強くしようとする『意思』だ。
強い意思は、物理的な力を強くする。
イメージするなら、やりたくない仕事をするより、やりたい仕事をしたほうが、効率がいいというイメージだろう。
だから、大声を出し、気合を入れて力を強くする。
意思の力とは、そういうものだ。
その中でも、生存本能は別格だ。
生存本能とは、読んで字の如く、生存するための本能だ。
そもそも、本能は『生物が“本来”持つ、生き残るための“能力”』だ。
生への渇望、死の拒絶。
『生き残りたい』
そんな、全ての生物が持つ意思。
『窮鼠猫を噛む』
追い詰められた生物は、生存本能の、『生への執着』という意思によってあり得ないような力を引き出す。
それこそ、シマウマがライオンを倒してしまう程に。
生への執着という意思は、他のそれとは一線を画す、極限の『意思の力』という訳だ。
「私をこんなボロ雑巾にしやがって…楽に死ねると思うなよ?」
天音が感じている怒り。
これは、生存本能が呼び起こしたものだ。
怒りを感じる時、生物は攻撃的になる。
怒りは、生物が持つ、攻撃性を引き出す為のものだ。
強い怒りは、理性という力のリミッターを抑え込む。
リミッターが抑えられるという事は、本来の力が使えるという事。
本来の力を使える様になった生物は、攻撃を仕掛けようとする。
すると、アドレナリンが分泌され、痛みを緩和し、戦闘態勢に入る。
命の危険信号たる、痛みが緩和されれば、防御を捨て、攻撃に力を入れる。
『怒り』とは、戦闘態勢に入る、『意思の力』なのだ。
「お前みたいなゴミに、ここまでボロボロにされるなんて…屈辱の極みだ。」
怒りは、新たな感情を生み出す。
それは、『憎悪』。
憎悪とは、自分に危害を加えた、或いは傷付けた相手を忘れない様にするための意思だ。
自分に危害を加えた相手を忘れれば、狩の場でまた同じ物に襲われる。
或いは、自分の仲間が襲われるだろう。
傷付けた相手を忘れれば、生きるために狩をしたのに、逃げられては意味がない。
また、万が一逃したとしても、仲間を呼び、協力して相手を見つけることもできる。
憎悪は、攻撃専門の執着心と言えるだろう。
「ぶち殺してやるよ!」
憎悪が、攻撃専門の執着心なら、攻撃を行う意思が生まれる。
そう、『殺意』だ。
殺意とは、『“殺す”ための“意思”』だ。
つまり、殺すことに特化した意思、というとこになる。
殺すことに特化した意思という事は、殺すことに特化した力が生まれる。
生存本能は、『生への執着』『怒り』『憎悪』『殺意』という、4つの意思を生み出す事が出来る。
それも、強烈な。
強烈な意思の力は、あり得ないような力を発揮する。
漫画やアニメで死にかけのキャラが、覚醒するシーンが良くあるだろう。
その理由は、おそらくこれだろう。
また、怒りで強くなる時も、ここから『生への執着』を抜くと、納得出来る。
つまり、覚醒とは、強烈な意思の力によって生み出される力という訳だ。
全身の痛みが、少しだけマシになった。
アドレナリンが効いてきたか…
さっきの技、圧縮した天氷のエネルギーを、レーザーの様に筒状に放出する。
エネルギーは、使い方次第でここまで威力が変わるものなのか…
もう、あのデカブツは脅威ではない。
私は、さっきと同じように剣に魔力を集約して、天氷を発動、圧縮する。
そして、デカブツに向かって走り出す。
速い、軽くいつもの3倍くらいは速い。
『意思の力』で、身体能力が向上している。
魔力自体の力も強化されている。
戦いで気合が大事なのがよくわかる。
感情だけでここまで変わるものなのか…
精神論も、捨てたもんじゃないな。
デカブツの近くまで来た私は、エネルギーを解き放つべく、剣を振るう。
この間、わずか一秒程度。
私が、デカブツに向かって走り出してから一秒で距離を詰めた。
そして、音速を優に超える速度で十字剣を横薙ぎに振るう。
わざわざ、剣の届く距離まで飛ぶ必要はない。
冷気、聖、斬撃、破壊のエネルギーがデカブツの首から上を消滅させる。
そして、放たれたエネルギーは、首から上どころか、上半身を一瞬で消滅させた。
そして、残ったのはデカブツの魔石と下半身だけだった。
「ふぅ」
私は、一息ついて力を抜く。
そして、アドレナリンの効果が切れる前に、回復魔法を発動する。
私は、再確認した。
ダンジョンは、気を抜けば死ぬところだと。
「これじゃ大嶋さんに文句言えないね。」
でも、私はまた一つ強くなった。
それは、また一歩、昇華者に近づいたということだ。
私は、魔石を回収すると。
奥の扉に向かった。
「あった、転送装置。」
私は、転送装置を起動して、6階層を登録する。
「今日は疲れた…帰ろう。」
転送装置を使って、最初の部屋に転移する。
そして、ダンジョンを出た私は、真っ直ぐ家に向かった。
「ん?なにあいつら…」
家の前で、柄の悪そうな男達がたむろしていた。
取り敢えず、無視して家に入ることにした。
103号室
扉を開けようとすると、
「おい、嬢ちゃん。」
男達の中で、一番デカい奴が声を掛けてきた。
「なんですか?私今疲れてるんです。」
はあ〜イライラするわ〜
すると、男は、
「借金返してくんねぇか?」
またそれか…
私が呆れた顔をしていると、
「ちょっと!何してるんですか!?」
背の高い女性が声を掛けてきた。
後ろにはカメラ、テレビの撮影か…
「姉ちゃんには、関係ない話だ。」
「そう?私には、いい年した男達が少女を囲んでなにかしてるようにしか見えないけど?」
「借金の取り立てだよ、ほらな?関係ないだろ?」
背の高い女性は、顔を歪める。
女性が何か言う前に、
「ん、三十万。今はこれしかないから。」
「おい待てや。」
「はぁ…何?」
男は、醜悪な顔をして、
「期限はとっくに過ぎてんだ。今日中に返してくれねえと、そういうとこ行って、稼いで貰うぜ?」
「期限切れ?死んだクソ親父にでも言ってよ。」
「おいおいwどうやって言うんだよ?」
男は、笑いながら返事してくる。
私は、ニヤリと笑って。
「こんな風に…ねッ!」
魔力を全力で放出しながら、回し蹴りを男の顔スレスレで振るう。
すると、周りの男は真っ青になり、回し蹴りを放った男は、失禁してしまった。
後ろを見れば、女性が腰を抜かしてる。
「私を脅して何させようとしてたか知らないけど…」
私は、目を細くして、
「お前等程度の雑魚相手に、私がビビると思うなよ?」
男達は、産まれたての子鹿のように震えている。
「さっさと失せろよ、それとも、私が蹴り飛ばして返した方がいいか?ええ?」
すると、雑魚どもは、情けない悲鳴を上げて逃げていった。
「あのなりで情けない声だ。」
私は、家の鍵を空間収納から取り出す。
「あ、あの!」
後ろから、声を掛けられた。
「なに?」
「凄いですね!冒険者やってるんですか?」
「まあね。」
私は、それだけ言って、家の鍵を開けて中に入った。