英雄の金銭事情。
ギルドの受付嬢の犬耳お姉さんに怒られて、ギルドの外へと出てきた俺達。
外へ出た時にリリスは、何かを思い出したかのように俺へと言った。
「……あっ! 換金忘れてました。ヒデオさんのお手を煩わせる程じゃーありませんから、私が換金してきます。ヒデオさんはここで待っててくださいね?」
と、笑顔で言いつつ、ギルドの建物の中に入って10分が経つ。
俺は現在、冒険者カードの裏面に『シーカー』と書かれていた自身の職業に色々と憤りを感じる。
俺の職業は前衛職でも後衛職でもない『シーカー』だった。
この職業と言うのは、個人の持っている才能に一番近い物に就くらしい。
『シーカー』それは探究者という名の下級職。
この職業は戦闘向きの職業ではなく、薬草採取や鉱物採取、ダンジョンでの罠の探知や魔物の探知等。
基本的に戦う冒険者のサポート役な職業だ。
必須ではないが、いたら便利だよね的なポジションらしく、特段人気でもなければチヤホヤされる事もない。
スキルはサポート系なら安いポイントで取れるのが嬉しい所だが、シーカーのスキルに目ぼしい物は探知や気配遮断くらいだろう。
今の所、全くもって必要ない訳で……。
「あのステータスから下級職に就けるヒデオ素敵!」
「いつかお前をへし折れるステータスを、手に入れらるように頑張るわ。マジで覚えとけよ? 明日は必殺技を10回パナすからな?」
「いやーーっ! やめてーーっ! 我をイジメないでーーっ!」
「よーし、明日も頑張るぞー。……ハァ」
溜息を付いた後、何をするでもなくボーっと突っ立ていると、満面の笑顔を浮かべたリリスがギルドから出て来て俺の元へとやって来た。
「お待たせしました! 換金終わらせてきましたよ。……はい、どうぞ、これがヒデオさんの分ですよ。それは今日の分ですね、ついでに財布も買ってきました、無くしちゃだめですよ?」
「ああ、うん、ありがとう。……へぇ、こっちの財布って、やっぱり革袋なんだな。なんか雰囲気出てきたぞ?」
受け取った財布は革製でヒモが付いている、振って見るとジャラジャラと音がしていた。
「その中身で高い布を買って、我を拭くと嬉しいと思うよ? ついでにオイルも塗ってコーティングしてくれてもいいと思われますが?」
「また今度な? せめてもう少し高い服を買ってからだよ。せっかく冒険者になったんだ、もっとこう相応しい恰好で、恰好良く魔物討伐に向かいたいじゃん?」
「……20点! それなりだわ。惜しい、非常に惜しい! 流れるように恰好を言えたらもう10点プラスした!」
うーん、明日は11回パナしてみよう。
キューショナーを無視しながら早速、渡された袋の中を見てみると……。
…………あれっ?。
「なあ、魔物討伐したのはいいけどさ、報酬が安すぎないか? 何これ、銅貨10枚って、100AL? 今日だけで、魔物50体位倒したよな。これっておかしくねぇか。確かリンゴが銅貨1枚だよな。あれだけ倒してリンゴ10個とか、どうなってんの? 別に命は掛けてないけども、討伐した報酬がこれっておかしくないか?」
問い詰めながらリリスにグイッと距離を詰めると、当人は目が泳いでいる。
「あるぇ~? ギルドの人が間違えたんですかねぇ~? ちょっと良く分かりませんねぇ~……。ちょ、ちょっとだけ私のお金を分けて上げますよ。そ、それでどうですか? わ、私もあまりお金がないので……」
何で、冷や汗を垂らしてんだろうか。
明らかに動揺しながら、おずおずと銅貨を数枚手渡してくるリリスに、背中のキューショナーが俺へと言った。
「金金金……、男として恥ずかしくないのかよ!」
「いや、金は大事だろ、生きてく為にもさ。ここに来る前だってアルバイトしてたんだぞ、分かるか? 平日だけ学校終わりのコンビニで汗水たらして働いたんだぞ? 確かに魔物討伐は、お前のお陰で楽して稼げているけど、それでも半日は働いてるんだ。おかしいとか思わないか?」
「確かに! ヒデオが正論を言う日が来るなんて……」
と、言って黙るキューショナー。
いつだって正論しか言ってないはずだが。
だから未だに顔を背けるリリスへと、さら詰め寄りながら言ってみる。
「おい、カバン寄越せよ、その大きなカバンを寄越せってんだ。嫌ならちょっとジャンプしてみ? ほら、ジャンプしてみ? それで、全然音が鳴らなかったら勘弁してやるよ。おい、しゃがみ込むな、カバンを抱きしめるな。なるほど、もういい、それを寄越せ」
リリスは顔を引き攣らせながら、大事そうに肩に掛けたカバンを抱き締め、しゃがみ込み。
「……い、いやです、こ、これは私のです……。だ、誰にも渡しませんよぉ!」
涙目になりながら、拒否してくる。
その態度で確信から確定に変わった。
「おう、やっぱ持ってんじゃねぇか。出せやあああ! おらあああ!」
「あああぁぁぁ……、や、やめてください、お願いします! あああぁぁぁっ、や、やめてください、引っ張らないで! 破れます、生地が薄いので破れてしまいます! ……ああっ、カバンを取らないでえええ!」
公衆の面前なのだけど構わない、今はお金の方が大切だ。
通行人のおばさん達から、
『まぁ!! あの子達昼間っからいちゃついてるわよ! 若いわねぇ……』
とか、
『グフフッ! もしかしたら、あの後裏路地へと向かうかも知れないわよ? いや~ねぇ~……』
とか聞こえているが、気にしない。それどころじゃない。
「うるせぇ、だまらっしゃい!」
「……あああああっ!! わああああっ!!」
俺はリリスの肩に掛けてある、カバンを無理やり引っ手繰ると中身を空ける。
中にはジャラジャラと金貨や銀貨が大量に入っていた。
……おい、いくらあるんだよ、これ。
そのあまりにも沢山のお金。
思わず俺は、しゃがみ込むリリスへと。
「なぁ、これはなんだ? これなんなんだ? おい、言ってみ? 言ってみろ? 怒らないからさぁ」
若干顔を引きつらせながら、力なく崩れ落ちるリリスへと問いかけると。
「……さぁ?」
チワワの様にプルプル震えながら、そっぽを向いた。
なるほどな。
と、そんな時、後ろから厳つい声色でリリスへと、誰かが話しかけてきた。
「……おう、リリス・アドネードだな? 探したぜ、早速、今月分を早く払って貰おうか、ああん?」
もう明らかなドスが効いた声。
すぐさま後ろを振り向くと、明らかに堅気ではないその面構え。
『ヤ』が好んでそうな派手なスーツのようなのを着た、御方がこちらへと歩いていくのが見えた。
ちょっとちびりそうになるのだけど、標的は俺ではなくてリリスのようで……。
その御方にリリスは、若干委縮しながらも、またもやプルプル震えながら。
「……ぼ、冒険者ローンの人ですよね。あの、その……、……こ、今月はまだのはずですが……。い、今、ちょっと持ち合わせがなくてですね……」
滅茶苦茶動揺している模様。
お前、借金持ちだったのかよ!
15~16歳位の年齢なのに借金持ちなのかよ!?
そんな事が頭に浮かぶ中、ヤの付く御方は、しゃがみ込んだリリスの肩に手を置いた。
「おうおう、先月分も先々月分も払ってねぇじゃねーか。ウチも慈善事業でやってんじゃねーんだ、これじゃーオマンマ食い上げちまうぜ。ほら、早く借した500万ALの利子を払いな!」
「500万AL!?」
「おう、この嬢ちゃん、こんな大金のローン組んでるのに一向に返そうとしねぇーんだ。あんちゃんもこの嬢ちゃんに取り立てしてんのか? お互い大変だな、ガハハハハッ!」
言って俺の肩をバンバンと。
そのやり取りを見ていたリリスが諦めたようにプルプル震え出して、俺へと指を差す。
おい、やめろ、俺を巻き込むんじゃない。
そんな俺の心境を慮らないリリスは。
「カ、カバンはそこのヒデオさんが持ってます……。その中に50万G入ってます……、それが私の全財産です……。……ううっ」
「おぉ? 兄ちゃんが持ってたのかぁ? んんー?」
どうしてだろう、何故俺はガン見されてるのだろう。
ちょっと涙目のリリスさん? 俺を巻き込まないで欲しいんだけども。
こんな怖い人と、お近づきになりたくないんだけども。
ヤの人は、動揺を隠せない俺へと向き直り。
「ウチはギルドと提携して冒険者達に、超低金利で金貸ししてんだが、こうやって踏み倒そうとする奴が多くて敵わねぇぜ! ガハハッ!」
「これリリスのカバンです、どうぞ……」
すかさず厳つい顔面を持つ、ヤさんにカバンを手渡した。
もう討伐報酬とかどうでも良い。
いや、良くないけども、今はちょっと置いておこう。
「おっ? すまねぇな。……ほら、兄ちゃんの取り分だ。悪いが、残りは俺が持って行くがいいか? この金は周り回って初心者の冒険者の支援金や、困った一般の依頼者の依頼料を下げる為に使われてんだ。そう言う訳だから嫌だと言っても貰って行くがな! ガハハッ!!」
「ど、どうも……」
俺はヤの人から金貨を5枚、5万ALを手渡された。
俺も借金取りと思われたのか。
なんて酷い誤解なのだろう、そこまで人相は悪くないはずなのに……。
「これで元金は大分減ったが、来月もしっかり徴収に来るからな! おい、リリス・アドネード、次もちゃんと用意しておけよ。それと逃げられると思わないこった。逃げても借金返し切るまで、冒険者として働けなくなるだけじゃなく、見つかったらフォーサイクルの町の清掃活動に強制参加させられんぞ? それじゃあな!」
……随分と軽い処分なこって。
ヤさんはお金を袋に詰め直し、それを懐に仕舞うと満足したのか優雅に去っていく。
もうそれはスキップしながらルンルン気分のようで、満面の笑みを浮かべながら。
「なんだったんだよ、一体さ」
取り立てられたリリスを見ると、崩れ落ちたままシクシク泣いている。
その取り立て人が店の角を曲がって消えた瞬間、すぐさまリリスは物欲しそうな表情を浮かべて俺を見上げた。
「今日の晩御飯どうしましょう……、お酒も飲みたいです……、今日も生エールが飲みたいです……。そうです! 今日はパーッと飲みましょう!!」
言った後、俺の手の中にある、金貨をガン見している。
出会って数時間の間柄なのだが、こいつの事が分かって来たかもしれない。
「お前がなんで草原に一人で魔物の大群に襲われてたか、理解出来たわ。なんでプリーストって言う職業で冒険者の花形なのに、一人なのを理解しちゃったわ」
「……??」
そんな俺の言葉に、リリスが無言で不思議そうに俺を見つめるのだが。
そうか、俺の言いたい事が分からないか。
「お前、回復魔法が使えない上に、借金のせいで仲間出来ないんだろ。多分、さっきの人とかがパーティー組んでる途中で押しかけて来て、ドン引きされて解消されたんだろ。一人で出来ますーとか思いながら、牛ドン討伐クエストに行って、どうしようもなくなって、俺の所まで逃げて来たんだろ?」
「さささ、さぁ……? 最後ら辺はちょっと違うような……、いえ何でもないです」
リリスはさらに動揺し、冷や汗を垂らしながら、そんな事を呟いた。
コイツはあれだ隠し事が下手なんだ。
俺はリリスの肩に手を置きながら、金貨を1枚手渡して、同情するように言ってあげる。
「俺は借金の理由は聞かないし興味もない。それをやるからさよならだ。これから大変だよな、一人で頑張ってくれよ。魔物から助けてあげただけで充分だよな? 俺はこれから一人で頑張る事にす……、……おい離せ、抱き着くんじゃない。おいコラ、離せってんだよ! 服に鼻水付いてんだよっ!」
「いやでず、いやでず。はなじまぜん! ……ズビビッ!」
リリスは鼻水を啜り涙をまき散らして、渡した金貨をしっかり握り締めながら、俺の身体にしがみついてくる。
性格の優しいまともで可愛い女の子なら嬉しいのだけど、コイツは違う。
全く嬉しくない、もうホントに嬉しくない。
「みずでないでぐだざい! ……うっ…うっ……」
そんな哀愁を漂わせ悲壮な面持ちのリリスに、キューショナーがとんでもない事を言ってきた。
「見捨てちまうのか、相棒? こんな可哀想な美少女を見捨てちまっていいのかよ! ヒデオは世界を救うんだろ? ここで見捨てちまったら、世界を救うなんてな程遠いぜ!」
なんでだよ、ピンチな女の子を助けるみたいな感じじゃないだろ、今のこの状況は。
「状況が違うだろ? 状況がさぁ、リリスのは助けるとか助けないとかの問題じゃない。それに俺は世界を救いたいのであって、借金持ちの酒乱ビショップを助けたい訳じゃねーんだよ!」
俺とキューショナーがそんなやり取りをしていると、リリスが周囲に聞こえるように泣き始めた。
「そんな酷い事を言わないでくださいよおおっ! 私、ヒデオさんに見捨てられたら、野垂れ死んじゃいますよぉーーっ!!」
そんな事を言ってくるのだが、その一連のイベントを見ていた近所のおばちゃん達が。
「あらあら、修羅場って奴かしら、若いわねぇ! ゲヒヒッー! ちょっと奥さん、アレを見なさいよー! 修羅場が展開してるわよー!?」
「あらあら、もしかして、さっきの厳つい顔した男が父親で、娘に『こんな細目の頼りない男と付き合わせんぞ!』って説教してたかもしれないわよ? ギョヒヒーッ!」
俺達に指を差しながら楽しそうに談笑している……。
「……チ、チクショウ、なんでこんな事になってんだ。こんなのってあんまりだろう。俺の着期待した異世界冒険活劇は何処へ消え去ってしまったんだよ!」
せっかくの異世界に来たというのに散々だ。
なんだよ、このクソったれな異世界は、俺の期待していた異世界じゃねーよ。
俺もリリス同様、涙目になりながら、さらに力を込めてしがみつくリリスへと。
「分かった、分かったから……。だから、とりあえず場所を移そうか……」
と、提案して格安宿へと帰っていった。
—――3日目に戻る。