英雄の魔物討伐。
「「「モウウウウオオオオオオ!!」」」
「あああああっ! 助けてください、ヒデオさあああん!」
ここはフォーサイクルから少し離れた草原地帯。
牛ドンの群れに追われて叫びながら、俺の元へと走るリリスの姿を眺めてた。
「よーし、行ってこーい!」
俺はおもむろに懐から1万AL、この世界の金貨を取り出して遠くの牛ドンの集団の近くに投げ捨てた。
「あああっ、私のお金! 私のお金ですよーーっ! ……あああっ!? わああああ、ヒデオさーん、助けてくださああああい!!」
リリスは金貨の元へと速度を増して加速して華麗に前転しつつ金貨を拾い、牛ドンの群れに追われている事を思い出して、またもや俺の元へと走り出す。
だから俺は再度金貨を遠くに投げた。
「よーし、行ってこーい!」
「わああああ! あそこに1万ALが落ちてますよ……っ!? わああああ! 助けてくださいヒデオさああああん!!」
またもや俺は金貨を遠くに放り投げると、リリスは叫びながらそれを追いかける。
牛ドンもリリスの背中に張り付けた、赤い布目掛けてリリスを追っている。
速度は互角なのだが、金貨を投げると金貨が落ちた場所までの間はリリスが加速して早くなる。
だから周囲の牛ドンを集める為に、そしてリリスが追い付かれないように、俺は金貨をちょこちょこ投げているところだった。
「ヒデオは調教師の才能がありますなぁ。我、感心しちゃったよ」
「あいつの特性……いや、性質に気付いたら、すぐに思いついたんだよなこの作戦。てか、すげーよなあいつ、川の上を走ってるよ。……よーし、もっかい行ってこーい」
「わああああっ! もう今日で6万AL拾い……っ! わああああ! 助けてください、ヒデオさあああん」
今、俺達は年中討伐依頼が後を絶たないと言われている、牛ドンと言う名の魔物討伐へと来ている。
見た目は角の生えた牛なのだが、農家の人達が丹精込めて作った野菜を食い散らす害獣だ。
繁殖力は高く活発で、春の陽気なこの季節。
畑でニンジンを見て、暴れまわる牛ドンの被害がヤバイとのこと。
依頼書に『まことに遺憾である』と書いてあった位には、毎回農家の人がキレているらしい。
牛ドンは群れて行動し、性格は基本的に温厚なのだが赤い物を見た瞬間、闘牛のように狂暴化しそれを追いかける。
その上、その角から繰り出される一撃は雑魚と侮った冒険者を街の小さな診療所送りにするくらいには強い。
これがフォーサイクルの町の、クリア出来なければ冒険者ではいられないと言われる、越えなければなれない登竜門『牛ドン討伐クエスト』だ。
そんな相手に俺はリリスに赤い布を巻き付け囮にさせて、先頭集団が狂暴になると、後続集団も狂暴になる習性を利用し、まとめて駆除しようとしている途中だった。
「うんうん、そろそろ準備するか」
金貨を取り出し俺の背後に投げ捨てる。
すると、涙で顔をクシャクシャにしているだろうリリスが、ヨダレを垂らし俺の元へと加速し走ってくる。
……うーむ、欲望に忠実な奴だな。
「あっあっあっ、押さないで? そろそろ我の魔力が尽きそうな—――」
「了解! ……ポチッとな」
「ゆんやーーっ!」
吹き荒れる突風と、魔剣に纏う黒色の炎。
いつものように俺はブルブルと痙攣するキューショナーを上段に構えて、リリスが俺の背後に来るまで待ち続けた。
「ああああっ、今日はもう7万AL……っ! ……フギュ!」
—――今だ。
突風に足を取られて俺の元へと転がって来たリリスを尻目に、俺はいつものキメセリフを叫び———、魔剣を振り下ろした。
「『轟け、エクスキューショナァァァ!!』」
「びゃあああっ!」
地を焦がし空間を燃やし、いつものように黒色の炎が牛ドンの群れへと到達する。
炎に巻き込まれた大群は、身体を燃やし尽くされて消えゆくのみ。
リリスを追っていた牛ドンをまとめて消し飛ばすと、残るは焼け焦げた野原だけ。
チート武器って素晴らしい、労力とか殺生への戸惑い等は微塵も感じさせない圧倒的な気楽感。
やっぱりチートは偉大だよ、女神様本当にありがとう。
感謝の心を忘れずに、今日も楽しく気楽に魔物を狩ってます。
俺はそんな心境で周囲から立ち込める焼肉の香りを感じつつ、
「うーん、今回も中々良かったな」
額に垂れてもいない汗を拭い、今日も仕事を頑張っている感を出している俺。
この世界に来て3日が経ったのだが、冒険者になる以外の金策手段がこれしか思いつかなかった。
便利な道具を作る技術も知恵もない、あるのはチートな武器と身一つだ。
それ故に、こうして頑張って魔物討伐しているワケだ。
リリスを囮に魔物討伐という、5分位で考えたにしては中々いい塩梅な作戦。
ぶっちゃけかなり効率が良いと思う。
俺は疲れないし、リリスは全力マラソンしているだけで金が稼げるという、どちらにもWIN・WINなお仕事だ。
「今日も良い天気で絶好調だなぁ、ホントこれ楽でいいわ。……お疲れー、今日も良い走りっぷりだったぞ? 出来れば今日は、あと3セット位はやりたいな。頑張れリリス、お前が囮役で俺が消し飛ばす役だ。よし、少し休憩したら、もう1セット行ってみよー!」
笑顔で労いの言葉を掛けてみると、リリスは走り回っていたせいだろうか、息を荒げつつ仰向けに倒れ込みながら俺を不満そうに見上げて、
「ハヒィ……ハヒィ……、何故、私が囮役なんですか……。こういうのは、可愛い私じゃなくて、男の人がするものじゃ……」
文句を垂れ始めるのだが。
「……」
「何故無言なんですか!? なんでそんなに笑顔なんですか!? 少しは代わってくださいよっ! 私、後衛職ですよー、体力ないんですよーーっ!」
「後衛職ねぇ……、ヤダよ、疲れるもん」
「……わあああああっ!」
叫びながら手足をバタつかせるリリス。
適材適所と言う言葉を知らないのだろうか。
「ヒデオさん、聞いてくださいよぉーっ! 私ばっかり疲れるのは嫌です!」
「……えっ? ヤダよ。だって俺ばっかりが苦労するの嫌だもん。後さ、お前足早いじゃんか? お前じゃないと川の上なんて走れないよ。そのスプリント力でもっと頑張れよ、俺はいつだってリリスを応援しているぞ!」
「何でそんな意外そうな顔して言うんですかーーっ! 応援よりもたまには私と代わってくださいよぉ……。そっちの方が効率良いですよぉ……」
言われて俺はプイッとそっぽを向きつつ、ガラス玉からプスプスと白煙を上げるキューショナーを背負う。
「聞いてます?」
「聞いてないです」
「わあああああ!!」
手足をまたもやバタつかせるリリス。
だがそれも疲れるのか、すぐやめた。
そしてリリスはまたもや大の字に寝転んだまま、俺をチラチラと見つつ。
「……い、いやー、今日は良い天気ですね。そろそろお昼ご飯にしませんか? そうです、そうしましょう。美味しいご飯のお店があるんですよ? 私自身は料理も出来るのですが、ちょっと疲れたのでそこへ行きませんか? デートですよ、デート。美少女とデート出来るなんて羨ましいと思いませんか? ね、ね?」
なるほどね、そうきたか。
「よし、そろそろ休憩はいいな? 次終わったら昼飯に行くか。今日はもう充分稼いだもんな? ……ほら、ラスト行くぞ? 頑張れーリリスー、あと1回だー。ほらキューショナーも応援しようぜ? 頑張れーって!」
「もう……無理……流石に……無理……」
キューショナーの必殺技は3回くらいが限界か。
いや、もう1回くらいはイケるかもしれないな。
俺は最後の一仕事へ向かう為、リリスの腕を掴んで引っ張り上げた。
「……ああっ、そんな応援求めてないです! 嫌です嫌です、離してくださいよっ! 持ち上げないで、担がないで! 牛ドンの群れに連れてかないでぇ-ーっ! ああああああっ……!!」
涙目で暴れ出すが知った事ではない。
俺は聞いていないフリをしながら、牛ドンの群れへと放り込む為に歩き出す。
何故なら2日目で理解した、コイツの抱える問題を。