英雄と魔剣。
上も下も側面も石造り出来ている、そこそこ広い祠の中。
俺は地面に寝転んだ状態で、涙を流し遠い故郷の思い出を、繰り返し思い出していた。
「よくぞ来た、選ばれし者よ。我の名はエクスキューショナー、唯一無二の魔剣なり。選ばれし者よ、お前は我を欲するか?」
そんな状態の俺に語り掛ける、中央の台座に刺さった灰色のロングソード。
あれが女神様が言ってた剣だろう。
かなりの年月が経っているようで、埃が積雪のように積もっていた。
「聞こえているか、目が細い選ばれし者よ。幾たびの強者が我を欲し、幾たびの争いが生まれては消えて行った。我を振るえば百の魔物が消え去り、我を掲げれば多くの人々からの羨望を受ける事だろう。だが再び我を振るうならば、愚かな人間の争いが生まれる事は必定。お前にその覚悟があるのならば叶えたい願いと共に、我を抜き放ってみよ!」
剣の中央部分の真ん中に填められた、まん丸の透明なガラス玉がピカピカと光る度に、凄く威厳のあるカッコいい感じで語り出す魔剣。
女神様曰く、クセが強いとか何とかと言っていたが、こういう中二病的なクセならば充分やっていけるのではないだろうか。
男たるもの少しばかり心惹かれるものではあるのだが、今の心境はそれどころではない。
抜きたくないし聞いていたくなんてない、早くお家に帰りたい。
が、そういうワケにもいかないのは知っている。
「……いくか」
覚悟とかは全くないがフラフラと立ち上がった俺は、ゆっくりと台座へ向かう。
—――そして。
「俺の名は『鈴木ヒデオ』、人々を魔物の脅威から守護し、この世界を救済する英雄になる為にお前を振う! エクスキューショナーよ—――」
こちらも魔剣と同様の、ちょっと恰好良い口上を告げて埃を払い、グリップをしっかりと握り目を閉じた。
なりゆきというか、ほぼ強制的に来てしまった異世界だけど、俺はここで成り上がる。
……ここから始まる、ここから俺の異世界冒険が幕を開けるんだ。
「―――俺に力を貸してくれ! うおおおおっーー! ……あれっ!?」
もっとスポッと抜けるかと思っていたのに、ビクともしない。
もしかして埋まっている部分が、もっと長い的なロングソードなのかもしれないが……。
「し、仕方ない、もう一度。……ぐぬぬぬぬっ! ……抜けねぇ!」
抜く角度を変えたり、逆に押し込んでみたり、色々と試すが、台座から1㎜たりとも動かない。
恰好良く名乗り口上を上げたにも関わらず、抜けないとはどういう事だ。
「どうした、選ばれし者よ。さぁ、もう一度試してみるのだ」
「…………ハァハァ。ぬ、抜けないんだけど!?」
この魔剣はコンクリートに埋まっている鉄筋を引き抜こうとするような感覚で、人間の腕力じゃ到底無理そうだ。
抜ける奴は人間じゃない、本気で抜くなら重機が必要だ。
さっきの前振りは何だったんだろう、こんなのは聞いていないんだけど。
「……おい、何だよ抜けねえぞ、どうなってんだよ。ここは普通に抜けるとこじゃないのかよ。お前選ばれし者がどうとか言ってたじゃんか、俺って選ばれし者なんだろ? なのに何で抜けないんだよ」
俺が魔剣に文句を言った時だった。
魔剣がブルブルと震え出し、
「真に受けててマジウケるーーっ! 『うおおおぉぉぉ!! ……おおおおおぉ!?』の必死な顔が面白かった。もう一回、もう一回やってくれたら抜けそうな気がする! だからもうちょっとだけ頑張って?」
先ほどとは打って変わって、砕けた口調でリトライを促してくる魔剣。
言われた通りもう一度、無言になり力を込めて再び抜こうとするが。
……うん、やっぱりビクともしねぇわ、この魔剣。
「ぴゃーーっ! マジで抜けると思ってるーーっ!」
言ってウヒョヒョーっと笑い出す。
…………なるほどな、そうきたか。
そろそろ限界に達した俺は一呼吸置いた後、
「手前か奥に梃子の原理でへし折っちまうか。それなりに長いから半分に折れても使えるもんな。うん、そうしよう、それがいい。……よしやるか」
独り言を呟き、へし折ってやろうと体重を掛けはじめた所で、ガラス玉がピカピカと光り出した。
「あああっ! お止めになって、へし折らないで!? つ、次で抜けるから! 次はゆっくり優しく引き抜くと、ちゃんと抜けるから。だから諦めないでやってみよう!?」
「知らん、折れろ、人の事をバカにしやがって。お前を信じた俺が悪かったんだ。……おらっ、折れろ。さぁ、折れろ。剣と魔法がある世界なんだ、近くの町の鍛冶屋にでも行って、振りやすいように加工して貰ってやるよ。だから安心してさっさと折れちゃえよ!」
「いやぁーーっ! なんでそんな事するのーーっ!? 剣の気持ちも考えてぇーーっ!! 助けて、誰か助けてーーっ!」
「おうおう、いい悲鳴を上げるじゃないか。この祠の埃具の溜まり具合から見て、叫んでも誰もこねぇーよ。てか、その声色だと、幼女を連れ去る人攫いみたいな感じになってるから、あんまり叫ばないで欲しいんだけどさ。……って、おお?」
手前や奥にグラグラと揺すると、それはもう簡単に抜けてしまう。
今までの苦労とかを返して欲しい、勿論利子付きで。
俺は鉄パイプ程の重量のキューショナーを、試し切りするように何度か空を斬りつつ聞いてみた。
「……んで、キューショナーっだっけ? お前は何が出来るんだ? 唯の剣ってワケじゃないんだろう? 」
……うーん、中々振りやすい。
「この場所に放置されて数百年も待ち続けたのに、お胸の大きい優しいお姉さんに使って貰いたかったのに……。……あぁ!? また台座に差してへし折ろうとしないで! ス、ステータスとかレベルの補正とかが大幅に……。あと魔法とか結界が切れちゃったり……。凄いのよ? ホントだよ? 我を扱うのなら毎日磨いて欲しいんですけどー、ドラゴンの肝油でピカピカにして欲しいんですけどー」
どうしよう、捨てたくなってきた。
態度の変わりようといい要求といい俺の想像とは違ったベクトルで、とてつもなくクセが強いわコイツ。
「そろそろ行くか。改めてよろしくな。お前をボロ切れになるまで使い込んでやるから、安心して力を貸してくれよ? ハハハッ!」
「いやーーっ! 可愛いお姉さん早くきてーーっ!」
泣き叫ぶキューショナーを担ぎながら、祠の扉を開け放ち、ようやく俺の異世界生活が幕を開けた。