英雄、転生する。
女神様の話を要約すると、魔法や剣がある世界。
その世界では人々の生活を脅かす魔物が蔓延っている。
日夜、冒険者と呼ばれる者達が金の為、名誉の為、生活の為、それぞれ異なる理由で魔物と戦う世界。
冒険者達は時には命を散らし、時には名うての英雄へ、そして一握りの勇者へとと成り上がる事もある世界。
そんな世界でもやはりというかなんというか、俺のイメージと遜色ない悪の親玉「魔王」と呼ばれる者がいたという。
身も蓋もない言い方をすれば、RPGゲームのような世界観。
だが、ここで違うのは、人類の希望である勇者が敗北するほど魔王は強いって事だった。
全盛期の力を持った女神様ですら封印するのがやっとの事らしく、その後、女神様自身が管轄世界には手を出せない程には弱ってしまっているらしい。
そこで問題なのは、側近である魔物達と魔王の残した爪痕のみ。
特に魔王が残した爪痕が厄介で、魔物の狂暴化や天変地異等、魔王がいないにもかかわらず、人々の生活圏が狭まっている。
大体の事情は察した俺は、女神様へ聞き返した。
「なるほど、魔王を封印したせいで女神パワーが落ちてしまったから、俺を異世界へと転生させて対処させようという事でいいですかね?」
「その通りです」
「本来ならこのような可憐な姿ではなく、天界ではトップクラスの美貌とスタイルだったのだ。……フヒヒッ!」
いつの間にか、泣き止んだ天使長が女神様の足にしがみつき、気色悪い笑顔でふとももに頬擦りして満足そうにそう言った。
目尻をすぼめ、あからさまに嫌な表情を浮かべる女神様に同情をするのは無理もない。
「お前はちょっと黙っててくれ。……でもって、魔王の側近も、出来る限り討伐して欲しいと……。そいつらを討伐する度、爪痕を浄化する度に女神パワーが復活していくと……。んで、女神パワーが戻り次第、俺のお願いも聞いていただけると?」
「その通りです。私の力が戻ったのなら、世界は多少なりとも安寧を取り戻し、私の愛しい人々が今よりもずっと平穏に安全に暮らせるのです。……せえいっ!」
女神様は限界に達したのか天使長を振りほどき、玉座へと座り直した。
「そんなぁ、女神様酷いっ! ……でも、凄く興奮するのは何故だろうか、人間よ。教えてくれ、私のこの胸の高鳴りはなんだろう」
おい、こっち見るな。
天使を無視しながら話を進める事にする。
「異世界行くにも手ぶらじゃないですよね? こういう時って女神様から頂ける伝説の武器だとか、とんでもない威力の連発出来る殲滅魔法とか、凄く有益なスキルなんかが貰えたりするものですけど、勿論そういう特典とかってありますよね?」
チートな特典は異世界転生のお約束。
それがなけりゃ話にならないって位のテンプレート。
寧ろ異世界転生物で、それがない物語を知りたいってもんだ。
流石に女神様だって、平凡な人間をそのまま送るって事はしないだろう。
どうせなら俺は魔法を使ってみたい、遠距離から安全に魔物を倒して羨望を集めたい。
いやいや、強力なスキルも捨てがたい。
安全な位置で裏から仲間をサポートし、影のリーダーとして人望を集めるのも有りかもしれない。
……くそっ、俺の未来は明るすぎるだろ。
あれやこれやと悩む俺に、女神は影を落としながら言ってくる。
「……ありません」
武器も良いかもしれない、安全じゃない前線はあまり立ちたくはないが……。
「……って、え?」
今、不吉な事を聞いた気が。
耳を疑う俺の隣で、俺の肩をポンッと叩く下着姿の天使が、諭すように語りかけてくる。
「女神様は先ほども言った通り、女神パワーが落ちている。貴様の期待する魔法やスキルや武器等は、女神様から作られる物だ。その力が落ちている以上、作り出せないのは分かるだろう? ……まぁ、残念だったな。頑張って生き残り、女神様の願いを叶えてやってくれ。私も応援しているぞ」
「……は?」
俺の何かがパキッと割れた音がした。
それは希望と言う名の心の音だ。
俺のような凡人が狂暴な魔物が蔓延る異世界で、どう生きて行けばいいのだろうか。
間違いなく、数日中にこの場所に戻ってくる事だろう。
下手すりゃ数時間で戻って来る自信すらある。
上げてから落とされた俺の心の傷は深い。
勝手に舞上がってたのは間違いないのだが……。
地面にペタンと座り込み、絶望し体育座りで何もない空を見つめ続けていると、女神様が微笑んで……。
「大丈夫です、安心してください。もちろんそんな事はしませんよ。あなたに言語スキルを授けましょう。それとどこでも快眠出来るスキルとか、川の水を飲んでもお腹を壊さないスキルとか。……便利でしょう? ついでに転送先にクセがそこそこ……いえ、結構強いですが、インテリジェンスソードの場所へと送ります。全盛期の私が作った剣。あなた方がチートと呼べるにふさわしい能力を持った武器です。それを振るい、世界の救済を手伝って下さいませんか?」
これでどうだと言わんばかりに手を合わせて微笑む女神様。
微妙に有用なスキルだけに腹立たしい。
だけど違う、もっとこう戦闘に特化したスキルが欲しいんですけども。
「流石は女神様! 力が落ちているにも関わらず、このような人間に残った力を振り絞りスキルを与えたばかりか、あの魔剣までをも授けるとは! ……くぅー、その御心にザレドは感服致しましたぁーーっ!」
などとほざき、天使はまたもや女神様の足へと縋り付く。
「ええ、そうでしょう? 変な事しかしないあなたですが、たまにはいい事を言うのですね。……さぁ、旅立つのです勇者よ! そして世界を平和に導いてください!」
女神様も天使が同調した為か満更では無いらしく、握りこぶしを作り俺へとさらに発破をかけてくる。
ヤバイ、二人と俺の温度差が凄い。
冷めきった表情の俺と、ワイワイと騒ぎ出すテンションの高い二人に、待ったを掛けるように言ってやった。
「……やだよ、行かないよ。このまま日本へ転生をお願いします。異世界なんて行きません」
「……あなたの背後に転生魔法を発動しました。さぁ、ゆくのです! ご武運をお祈りしています」
……あれ、俺の話しを聞いてます?
立ち上がり振り向くと、白く渦巻く空間が、重力を無視したように浮いている。
めちゃくちゃ嫌だ、行きたくない。
「ゆけ、勇者よ! 世界を平和に導くのだ!」
「行かねぇよ! 行きたくないよ! そんなスキルで満足できるかよ!? 絶対に行かなっ!?」
「早く行け」
天使に背中を蹴り飛ばされ、前のめりに白い空間へ上半身がめり込んだ。
……こ、このクソ天使、何すんだ!
「しぶとい奴め、さっさと落ちろ」
まだギリギリ踏ん張っているが、俺のケツを蹴り続ける天使。
「おおお、お前絶対に許さ……ああぁっ!? ちくしょう、クソ天使め、ふざけんな! ……か、帰して、お家に帰してぇーーっ! うわああああ!!」
踏ん張る努力も限界を迎え、身体の全てが飲み込まれ、そのまま落下していく感覚を感じながら、俺の意識は遠くなっていった。
供養、供養。
10万字くらいで終わります。