英雄と冒険者。
冒険者ギルド内。
朝も早くからクエストを受ける冒険者が集う場所……、だと思っていたのは俺だけの様だ。
2Fの休憩室からは酒とか料理の匂いが立ち込めて、1Fから見える階段の道中には冒険者連中が所せましと爆睡している。
1Fには少しばかりの冒険者と、新人っぽいキツネ耳の受付嬢がせっせと掲示板へ依頼書を貼るお仕事をしている光景。
この世界の冒険者はやる気という物を感じられない。
まるでダメな大人達の展覧会で、掲示板の前には俺だけがいる状態だ。
「……なんか違う、俺のイメージしてた異世界とはなんか違う。もっと活気に溢れていて、冒険者達が掲示板に張り付いているもんだと思ってた」
お婿に行けなくなって2日が経った。
今日は一人で、良いクエストがないかと探しに来ている。
キツネ耳の受付嬢が笑顔で俺へ会釈をし、カウンターに戻っているのを眺めていたら。
「よう、ヒデオ。身体の調子はどうだ? 牛ドンにボコられた身体は大丈夫か?」
声を掛けられ振り返ってみると、俺達のパーティーを助けてくれた冒険者の一人がいた。
歳は10代後半だろうか、斧を背負い皮鎧を着た、茶髪で白い歯が輝いているイケメン冒険者のジェスターの姿があった。
「おお、ジェスター。この間は本当に助かった。お前のとこのパーティーがいなかったらマジで死ぬとこだった。まだ右ケツ痛いけど、身体は問題ないよ。本当にありがとな」
「イヒヒッ! お前、まだあそこに泊まってんのかよ。あの宿のベッドって硬いよな! てか、ケツが一番の重症かよ。どういう跳ねられ方してんだよ、穴に入ったか? ホールインワンか? イヒヒッ!」
腹を抱えて笑うコイツは、パーティーのリーダーをやってるらしい。
凍って燃えて抉られました、とは口が裂けても言えない。
右ケツを撫でながら哀愁を漂わせて、未だに笑うジェスターに言ってやる。
「まあ色々あったんだよ、色々と、な……」
「……す、すまん。笑い過ぎたな。そうか色々あったのか、大変だったな。お前んとこのパーティーって、ちょっと特殊だもんな。俺達が助けに入った時には、借金神官が泣き叫びながら逃げ回ってて、強そうな槍持った赤髪のねーちゃんが牛ドンごときに跳ねられそうになってて、蹲りながら泣いてたぞ? 牛ドンごときに、何がどうなってそうなったのか逆知りてーわ。てか、お前のパーティー前衛いないねーの? お前ってサポート役のシーカーだろ?」
こういう風にしとけば勝手に勘違いしてくれるって、本で見た事がある。
どうやら成功したようだ。
「…………あ、牛ドンごときなんスね。俺はそれにやられたと。俺、サポート役なのに前衛役してんスよ、あのパーティーでな? 笑いたきゃ笑え。ハハハッ!」
俺の自虐的な笑いに、ジェスターは少し引き気味にフォローを入れる。
「き、気にすんなよ、お前ってルーキーじゃねーか。だから仕方ねーだろ? 仲間なんてそうそう集まるもんじゃねーしよ。最初は皆そんなもんよ、だから落ち込むなよ、な?」
ジェスターは俺の肩に手を置いて同情してくれた。
その目は憐みで満ちていて、何故だか少しばかり悲しい気持ちになる。
ひとしきり慰められた後、俺は掲示板を眺めていると、ジェスター何やら思案して、
「採取クエスト見てんのか? それって全然良いのねーぞ。まだケツが痛ぇーんだろ? 本調子じゃないなら討伐系は止めといた方が良いしな。ううーん……、今のヒデオに出来るクエストってないもんかねぇ……」
言って、俺と同様に依頼書を眺め出した。
「やっぱり、報酬の良い採取クエストなんてない感じ?」
「ねーな、採取はアルケミストやウィザード職が、調合に必要な薬品の調達ついでに採取クエストを受けるって感じで、人気はないし報酬は少ないぜ? と言うか、ここ最近は討伐クエストも、ガキの小遣い程度のクエストしかねーよ。この町に来たばかりのヒデオは知らないと思うが、この町周辺は春と秋は魔物が弱ーんだ。逆に季節が変わって夏とか冬になると、強い魔物が増えちまう。特に冬は氷の息を吐いてくる、ブリザードンって怪獣がヤバイ。一瞬で氷漬けにされて全滅しちまうぞ? その分報酬は良いんだが、この町の冒険者のレベルじゃ自殺行為だな」
「へぇー、そうなのか。そういうのもっと聞きたいな」
こういう情報がもっと聞きたい。
どこどこのクエストが美味しいとか、どこの場所が危険だとか。
情報社会で育った俺としては、情報の重要性は理解している。
だから俺はジェスターの話しに耳を傾け続けた。
「おう、もっと聞かせてやんよ! そうだな……、秋に美味しいクエストが増えるから、冒険者はそっちに全力を出して、危険な冬にクエストを受けることがないように蓄えるのが、当たり前って感じだ。残り物のヤバイクエストとか不味いクエストなんかは、たまに来る王都にいる指折りの冒険者が解決してくれるぜ!」
……なるほど。
ジェスターが言うとおり、受けようと思える程のまともなクエストは無い。
一番良いクエストで丸一日植物図鑑を眺めながら探す、籠一杯の薬草採取。
これは1000AL程度の格安宿の1日分の報酬。
流石に時間の無駄過ぎる、これを受けるなら町のゴミ掃除をしていた方がマシだろう。
そっちなら、日当で1万ALを貰えると他の冒険者から聞いたのだが、俺は清掃業をしたくて異世界に来たんじゃない。
「身体は問題ないんだが、討伐系でいいのってないか? 全然なくて困ってるんだよ、もっと楽に稼げるクエストなんかがあれば、教えてくれよ」
「あるなら俺が知りてーっつーのっ! 冒険者なんてもんは基本貧乏だからな! イヒヒッ!」
「だよなー、だよなー。ハハハッ!」
ジェスターと会話しているのが、結構楽しく感じてしまう。
もっと他の冒険者と、仲良くしといた方が良いのは間違いない。
こうして有用な情報を聞けるだけでもありがたい。
「んーー、そうだ! お前明日時間あるか? 身体は大丈夫なんだろ? 暇だったら封印されてて入れないダンジョンの近くに、ゴブリンが出たんだとよ。町から近い荒野に巣を作ってて、危険なんで討伐して欲しいって依頼があんだ。んで、俺んとこの仲間が一人、都合がつかねーんだわ。報酬は山分けするから一緒にどうだ?」
ほほう、ゴブリンとな?
ゴブリンと言えば、俺の知る異世界では超メジャーな魔物なのだが。
……いや、こんな世界のゴブリンだ、絶対に何かあるに違いない。
ユニコーンの例だってある、一応は確認しておこう。
「そのゴブリンって刀術スキル持ってたり、岩のような防御力があったり、多彩な魔法使えたりする? 分身したり、分裂したり、罠張って冒険者を生け捕りにしたあと、その冒険者を盾に町を攻め込んだりしてこない?」
「お前ん中のゴブリンのイメージってどんなだよ! 普通のゴブリンだってーの! 緑色したガキみたいな身体でこん棒持ってて、頭が弱くて数が沢山いるってのがゴブリンの特徴なんだが……。特に強くもねー雑魚だし、前衛2人に後衛2人のバランスの良いパーティーだったら100体いなけりゃ余裕だな」
「なるほどな」
どうやらこの世界のゴブリンは、なりたて冒険者に優しい仕様のようです。
ありがとう女神様、俺、ちゃんと実践経験のレベル上げを頑張るよ。
今までが楽過ぎたんだ、多少は苦労しなくてはいけない時がきたようだ。
俺に蹴りをくれたクソ天使をシバキまわす為にも頑張ります。
「ウチのパーティーって、俺以外前衛が居ないから、お前と俺が前衛するとバランス良いんだよなぁー。まあ無理にとは言わねぇが、考えといてくれねーか?」
なんてありがたい提案なんだろうか。
コイツは男なのに、この世界に来てからの癒し枠なのではないかと思ってしまう。
シェナ? 誰だよ、そのパンチラトカゲ。
俺の記憶にはございません。
「できりゃー今、聞きたいところなんだが、当日でもいいぞ? 明日もこの時間にいるからよ、行けるならそん時でも大丈夫だ」
親指を立てながらジェスターは俺へとほほ笑んだ。
俺が求めていた異世界イメージが、ジェスターに感じてしまう。
一緒に冒険したり、遊んだり、助けたり、助けて貰ったり。
そして美人な子に惚れられたり、可愛い子とフラグが経ったり……。
借金神官? 誰それ知らないな。
「そうだな、是非連れて行ってくれよ。今日でもいい。いやいや、今からでも構わない。お願いします! そろそろ宿のランク上げたいんです! あのベッド、朝起きると身体中が痛いんです!」
「お、おう……、お前も本当に大変なんだな……」
何故か勝手に勘違いしてくれてるジェスター。
俺の必死な頼みに、ジェスターは心から同情したような表情を作り。
「だけど、明日だな。今日は用事があるんだわ。わりーな、ホントにすまん。その代わりに報酬は色つけっからよ……」
「おお? マジで? ありがとう!」
不憫な奴を見る目を俺に向けるが、ダメージは皆無。
明日が楽しみでしょうがない。
「そういやヒデオのお仲間はどうした? お前一人なのか?」
「あぁ、シェナはリリスに連れられて市場に行ってるよ、何でもシェナの鑑定スキルで掘り出し物を探してくるとか言っててさ、鑑定ってレアなスキルらしいじゃん? それを有効活用するって息巻いて、朝から行っちゃったよ」
「へぇー、お前んとこの赤髪のねーちゃんって鑑定スキル持ちなのかよ。すげぇな! 鑑定って言うと、そりゃーレアなスキルだが……。……ん? 何だ?」
そんなやり取りをしていると、ギルドの扉が大きな音を鳴り響かせ乱暴に開かれた。
駆け込んできたのは中年の冒険者。
所々、薄汚れているのはクエスト帰りなのだろう。
そんな様相の冒険者は、何やら慌てた様子で息を切らして……。
「ポイズンバードが! ポイズンバードの大群がこの町に来たぞおおお!」
大きな声を張り上げた。