英雄と新しい仲間。
いつもの格安宿の朝。
狭い食堂には俺とやたら顔がテカテカしているリリスと、何故かいるシェナがテーブルを囲うように座っている状況。
俺達は節約中なので、ここで朝飯を食べに来ているワケなのだが。
テーブルに並んだ湿気った黒パンに少し匂う干し肉と、薄味の豆のスープの朝メシは日本人には少し辛い。
「なあ美味しそうに食べてるけどさ、その黒パンのどこが美味いんだよ」
「ふぉふふぇふふぁ? ふぉひひーふぇふふぉ?」
リリスは口の中の食べかけを、俺へと撒き散らしているが毎度の事なので気にしてない。
「なるほど、なるほど。我はリリスちゃんが何言ってるか分かんねぇ!」
「そうですか? 美味しいですよ? ……って言ってるよ」
俺は背負っているキューショナーへと翻訳してあげた。
こんなのも翻訳出来るスキルって本当に凄いと思う。
というか、リリスがあまりにも美味しそうに食べるもので、俺も『今日のは美味しいのか?』と思い、湿気った黒パンを齧ってみるのだが……。
……うん、マズイ。
俺は黒パンをテーブルへと置いたあと、何となくリリスの隣、俺の対面へと視線を向けるとシェナがいる。
その綺麗に整った容姿からは想像出来ないような、まるでハムスターを思わせる様相で頬に食べ物を詰め込め美味そうに頬張っている。
「んで、何でシェナも一緒にメシ食べてんだ? 昨日は酒場で別れただろ?」
するとシェナは口の中の食べかけを、俺へと撒き散らし。
「ふぉれふぁふぁふぁ? ふぉふぉふぁふぇ、ふぁいふふぉふぉふぉひふぇふぁらふぁっ!!」
「なるほど、なるほど。ヒデオはシェナちゃんが何言ってるか分かる?」
「それはだな? 私は財布を落としてしまったからな! ……って言ってるよ」
そうか、異世界人はリリスだけではなく、口の中の物を飲み込んでから話すと言う習慣がないのか。
野蛮な奴らめ。
「お前、昨日どうやって宿泊したの? 財布無くしたら泊まれないよな?」
「ホムッ!」
当たり前だろうと言わんばかりにシェナは頷き、それを聞いていたリリスが黒パンを飲み干し説明した。
「それはですね、私が貸してあげました。シェナさんが『財布を無くしたからお金を貸して欲しい』と昨日の酒場の帰りで言って来たので。だからそれを返して貰う為に今日は一緒にクエストを手伝って貰う約束をしましたよ」
「なるほど、だからこうして一緒に朝飯食べてるのか」
俺的には一期一会のつもりだったが縁はまだ続いているようだ。
「うむっ、リリスには『割高ですよ?』と言われて借りたぞ、本当に助かった。感謝するリリス」
「いえいえどういたしまして!」
楽しそうに談笑する二人。
仲が良い事は、良い事だと思う。
だが割高? いくらで貸付たんだろう。
俺の視線に気が付いたのか、リリスは口の端をニヤリを上げると。
「トゴです、10万AL貸しました」
「……!?!?!?」
俺はあまりの金利に飲んでいた水を吹き出しそうになった。
トゴとは10日で5割の金利だ、10万AL借りていたら10日で5万ALの利子が付く。
20日放置すると元金含めて22万5000ALに膨れ上がる。
そこから先は考えたくもない。
今日日ヤクザくらいしかやらないヤバイ暴利、借りているのは俺じゃないから別にいいのだが……。
「リリスから借りたお金は大丈夫だ、すぐに返せば問題ない。私はこの角を持って故郷に帰るまでの旅費も含めてお金を溜めなければいけない。この町には長期滞在するつもりなのだ。その間だけでもパーティーに入れて欲しい。もちろん報酬分は働くつもりだ」
「我も応援している! ヒデオも応援してあげて?」
キューショナーの肯定にシェナはやる気満々だ。
この女、後先考えられない脳味噌を持ってんだな。
「まあいいや、シェナがいいなら俺も言う事はないよ。俺自身は別に金に困ってる訳じゃないからさ。だけどなリリス、お前こんな金利での金貸しとかは他の人にするなよ? 俺は嫌だぞ、お前が刺されてどっかの道端とか路地裏で発見されるのはさ」
「勿論ですよ、シェナさん以外にはしませんよ。それに魔法剣士さんですよ? マジックナイトって言った方が分かり易いですかね。攻撃魔法や武器に属性付与などの戦い方を得意とする前衛職の代表格です。戦略の幅が広がりますよ! それにシェナさんがパーティーに入れば、私が囮……。いえ、何でもありません」
何やら歯切れの悪い事を言い出したリリスは、スープをズゾゾッと飲む作業に戻る。
……そうか、囮は嫌なのか。
非常に楽なのに勿体ない。
「うむ、私はまだレベルが低いから属性付与しか使えんが、今日はよろしく頼むぞ」
「ああ、だけど討伐報酬はあまり期待しないでくれよ? 前にも言ったがリリスの借金があるんだよ。分配はするけど借金の返済分を引いたのを山分けになるが、大丈夫か?」
「ムゥ……仕方ない……。だが了解だ!」
「そうか、今日はよろしくな」
俺はシェナへと手を差し出すと、シェナも俺の手を握り返す。
朝飯を食べ終わったリリスが立ち上がり、笑顔になりながらも俺達へと交互に見やる。
「これで仲間が増えましたね。皆さんが食べ終わったら、早速ギルドへ行きましょうか」
「ああそうだな、俺は何でもいいぞ、また牛ドン行くか?」
「絶対に嫌です」
「なら川で魚釣りする人を襲って魚を強奪してくるサハギンにするか?」
「それって牛ドン並みに危険な魔物ですよね? 確か枝で作った槍を持ってるとか。それにサハギンが釣れる程の餌は高くて、赤字になる可能性の方が高いです。……やりませんよ? 餌役なんてやりませんよ? 今日はシェナさんもいるんです、私に本来の職をこのパーティーで体験させて下さいよ! この糸目ー!」
若干トラウマになっているようだ。
リリスは囮になるくらいなら行かないとばかりに、テーブルへ張り付き断固たる決意を見せている。
「そうか、なら今日はやっぱり牛ドンだな」
「いやーーっ! この糸目ーーっ! 行きません、行きませんよーーっ! ……あああああっ!」
俺はリリスをテーブルから引っぺがし、無理やり担いでギルドへ向かう。
こうしてシェナが仲間になったのだが、すぐに後悔する事になるのをこの時の俺はまだ知らない……。