英雄の凱旋。
ユニコーンを討伐した俺達は今、夕日が窓から差し込むギルド内にいる。
周囲はクエスト帰りの冒険者達がゾロゾロと帰って来ており、受付のお姉さんに管を巻き、結果アイアンクローを受けて失神している者。
報酬を受け取った後に食堂で牛丼を頬張る者。
クエストに失敗したのか落ち込んだ冒険者を励ます仲間達等、様々だ。
このフォーサイクルの冒険者達は仲が良いみたいで、俺のイメージとは違うようで荒くれ者は見当たらない。
俺とシェナは2Fの休憩所で椅子に座りながらそれを眺め、報酬を受け取りに行ったリリスを待っているところだ。
「良かったのか? ユニコーンの角は貴重なのだが……。何もしていない私が貰っても構わないのだろうか?」
隣に座るシェナが角を握り締めながら、申し訳なさそうな表情を作り俺へと言った。
俺は刃にユニコーンの血が付いたキューショナーを、いつかのレズ天使から奪った布で拭きながら、
「別にいいよ。お前がいなかったらユニコーンが重すぎて、ゲロ吐きながら解体して運ぶところだったもの。俺ってグロいのに慣れてないんだよ。それにお前寂しい奴なんだろ? だからそれで薬を作って友達作ってくれよ」
「あーそこそこ。……あっ! そこは我のオ・シ・リ。もっと優しく触ってくださいな?」
「お前のケツは刃の真ん中にあるのか……。ごめんな? お前のケツでユニコーン斬っちまったよ」
フォーサイクルまで戻って来るのは本当に大変だった。
かなりの重量があるユニコーンの身体を3人で引き摺りながら、何とかギルドの解体所まで運んだ訳だが、シェナがいなかったら悲惨だっただろう。
解体所までの道のりは遠く、ようやく運び終わった俺達に、解体所の職員から新鮮なユニコーンは馬刺しは美味いと聞いたとリリスは目を輝かしながら『今日は、馬刺しで一杯やりましょう!!』と言っていたは先ほどの事だ。
俺はキューショナーが拭けと駄々を捏ねるので、仕方なく拭いてる最中だ。
「おい、一言余計ではないか? ……いや、もういい。だがこのままでは申し訳ない。私に出来る事はあるだろうか? お礼を兼ねて何かしたいのだが……」
「そう言われても、特にないが。……うーん」
「身体で払って貰って! ぜひ身体で!」
「ボットン便所に突き刺されたくないなら、ちょっとだけ黙っててくれないか?」
ブルリと震えてすぐ黙るキューショナー。
なんて聞き分けの良い奴だろう。
ところでだが、シェナはそう言ってくれるのだが、俺としては特に要求したい物はない。
寧ろシェナの魔槍や兜を売って今日の晩飯を豪勢に、そして宿のランクを上げたいくらいなのだが……。
俺はなんとなくシェナの背中にある魔槍を見つめてみる。
「だだだ、ダメだぞっ!? これは私の家の家宝なのだっ! 他の事にしてくれ!」
シェナは視線に気が付き慌てて魔槍を大事そうに抱きながら、俺を睨む。
……ダメか、それならば。
「んじゃその兜でいいよ。その兜高そうじゃんか、それ売って今日は焼肉パーティーにしたり、今日は疲れたから宿のランク上げて広い風呂に入ろうと—――」
「ふふふ、ふざけるなっ! これもダメだぞ! そう言う事じゃなくてだな!? もっと人手的な事で協力すると言う事だ! ほら私の恰好を見てみろ。魔法騎士だぞ、魔法騎士! 魔法も使えるのだぞ?」
自分で軽装鎧へと指をさしながらシェナが唐突に怒り出す。
誰も分からないと思う、その軽装鎧にミニスカートの恰好では。
「……チッ」
「なぜ舌打ちをする!」
舌打ちする俺に、掴みかかるシェナ。
それを引きはがそうと藻掻いて居たら。
「ヒデオさん、お待たせしましたー」
換金が終わったリリスが金貨が大量に入っている大きな袋を、大事そうに抱えてやって来た。
リリス嬉しそうに袋の口を広げ始めると。
「見てくださいよヒデオさん。100万ですよ100万! 角は最初から折れてたと抗議したら半分だけは貰えました! 木にプラプラと吊られてるだけで、こんなに貰えるのはお得ですねぇ。それとクエストカードを更新してきましたので、お返ししますね?」
そういやリリスが受付のお姉さんに文句を垂れてたな。
「おお、ありがとな」
そんな事を思い出した俺はリリスにカードを手渡されると、クエストを受けた時に表示されていた『ユニコーン討伐数(0/1)』と言う文字が消えていた。
討伐した時は『ユニコーン討伐数(1/1)』だったはず。
それはクエストを受注した時に記載される文字で、達成もしくは無理だと判断するか失敗した後にギルドの受付で消されるとの事。
クエストを受けずに魔物を倒しても、数は累積されるようで後でまとめて討伐報酬を受ける冒険者もいるらしい。
その場合、少しばかり討伐報酬が下がるとの事。
カードをカバンに入れていると、俺の隣に座りながらリリスが続けて言った。
「もっとこういうクエストがあれば、すっごく嬉しいのですが中々ないですね。全部が全部とは言いませんが、今の所はあまり美味しいクエストはないみたいです。春なんだから、もっと美味しいクエストがしたいです。ヒデオさんは知ってましたか? この時期になると狩り易くて美味しくて、経験値も高い魔物とかが現れる季節なんですよ? だけどここ数年はそんな魔物が少なくなってきて、狂暴な魔物が多いんです」
女神様が言ってた奴か。
こんな平和そうな町でも多少は爪痕の影響はあるんだな。
今の生活に必死で爪痕とかの事は今の今まで忘れてた。
「へぇー、そうなんだ。でも牛ドンでいいじゃんか。あれって結構効率いいんだぜ? 最近は1体が約2万ALでこの間なんて10体くらい狩っただろ? 20万ちょいも稼いだんだ、これならお前の借金もすぐに返せるから牛ドンでいいよ」
「嫌です嫌です、もう牛ドンはやりたくないんです! ヒデオさんは私が必死に拾った金貨をあとで持って行くじゃないですか! 徒労に終わる私の気持ちが分かりますか? すっごく悲しくて疲れるんですよ? 確かに借金が減っていってヒデオさんには感謝してますが、もう牛ドンは行きません!」
「……チッ」
「なんで舌打ちするんですかーーっ! 酷いですよヒデオさん!」
俺の肩を掴み乱暴に揺らすリリス。
あんなに楽な仕事はないのに、何故嫌がるのだろうか。
「分かった分かったから。明日は別のにしようか。……いいのがあったら……」
「今小声で何か言いました?」
「言ってない」
「わああああ! その目はまた私を牛ドンの群れに投げ捨てるんだ! シェナさんもこの男に何か言ってください、ヒデオさん酷いんですよ!? こんな可愛い女の子を囮にして笑顔でそれを見てる人なんです! そして終わったらお疲れーって言って汗もかいてないのに額を拭ったりして、また牛ドンの群れに抱えていくんです! そしてまた金貨を投げて『よーし、行ってこーい』って笑顔で言うんです!」
地面に寝転がり手足をバタつかせて抗議したリリスは、シェナへと同意を求めだした。
本当の事なので俺は無表情を貫きキューショナーを拭く作業に戻る。
「ヒデオはそんなに酷い事をするのか? いやいや流石にそんな事……、本当にするのか?」
「さあどうだろう、俺って優しいからさ。お前に角あげただろ? それで判断してくれよ」
「ふむ……」
ぼそりと呟き思案するシェナ。
俺はテーブルにへばりつき抗議するリリスに言ってやる。
「なあリリス、借金はどうなった。かなり減っただろ?」
「……うっ」
図星を付かれたリリスはピタリと止まる。
さらに続けて追い打ちだ。
「あの安い宿で泊まってることだってさ、本当は嫌なんだぜ? 朝起きるたびに身体の節々が痛いんだ。まだ春だってのにあの宿は隙間風が吹いてて、すげー寒いんだよ。それにお前が毎日酒場へ行こうとするのだって俺は毎回止めたりして節約してんの分かってるだろ? 俺はお前の為に心を鬼にしてるんだ。これもお前の為、お前がレベルアップして色々と魔法を覚えたら多少は危ない高額クエストを必ず受けよう。お前の借金を返して俺の防具を整えたら俺が前衛をして楽に稼がせてやるからさ」
「……本当ですか? 本当に前衛を代わってくれますか? 私、借金を返し切ったら高級な生エールが飲みたいです。毎日とは言いませんが週に1回くらいは飲みたいです!」
パッと笑顔を浮かべるリリス。
……最近鞭ばかりだったから、たまには飴が必要か。
「ああ、稼げたらな。……よし、今日はお前に付き合おう。たまには息抜きも必要だしさ。多少の金は出来たから少しぐらい使っても大丈夫だろ」
「わあああ! じゃあすぐに行きましょう! 今日は無礼講です、どうせならシェナさんも一緒にどうですか? 奢りますよー!」
シェナに笑顔を向けて俺の腕を引っ張り出す。
羨ましそうに黙って俺達のやり取りを見ていたシェナも表情が明るくなった。
そんなに誘われて嬉しいのだろうか、寂しい奴め。
俺の視線に気が付いたのかシェナが何やら言いたそうにしているが、この雰囲気に水を差すのを止めたみたいだ。
「んじゃ、行くか!」
俺達は夜の町へと繰り出した。