英雄とスキル。
「な、何でですか! 何でこんな事するんですか!? 私は聞いてないです、聞いてないですよぉぉぉ!? 酷いですよ、ヒデオさあああん!? 降ろしてぇぇぇーーっ! この細目ーーっ!」
ロープでグルグル巻きにされて、木に吊るされた涙目のリリスがクルクル回りながら、俺に悲鳴に近い悪態をついている。
「もうちょっと我慢しろー。ユニコーン倒したら、ちゃんと降ろしてやるからなー。ほらキューショナーも応援しろって、リリスが頑張って吊るされてるんだぞ? ……次、糸目って言ったら泣かすからなー?」
「もう泣いてますーーっ!」
……たしかに。
「ヒデオは本格的に調教師を目指してますか? さすがの我もドン引きなんですけどー」
「なんでだよ、2~3分で考えた完璧な作戦なのに、酷い物言いじゃないかよ。失礼な奴だな」
そんな事を言い合っているこの場所はフォーサイクルの町から近い、森の中の湖。
キラキラと太陽の光を反射している異世界の湖は、飲めそうな程に綺麗かもしれない。
木々は生い茂り、マイナスイオンがたっぷりと感じられて散策するには持ってこいの場所。
現在、清らかだと言い張るリリスを餌にして、ユニコーンを待ち伏せしているところだった。
「私、食べられちゃいますよ!? ユニコーンですよユニコーン、魔物ですよ!? 正気ですかぁーーっ!? 私まだ死にたくないんですけどおおおっ!」
泣き言を言い続けるリリス。
俺はカバンからギルドで借りた魔物辞典を引っ張りだして、ユニコーンのページ見せながら伝えた。
「大丈夫、大丈夫。……ほら、このページ見てみろよ。ユニコーンって草食で滅多に人を襲う事ないんだってさ。だから大丈夫だろ?」
「私はヒデオさんの正気を疑っているんですけど! 角で突かれたらどうするんですかーーっ!?」
「我と出会った頃からヒデオは正気ではありませんがー」
こいつら酷いな、本当に酷い。
「そこら辺は安心してくれ。聞いてないけどお前って回復魔法覚えたはずだろ? あれだけ狩ってれば、そりゃー覚えるよな? だからそれを自分に使って傷を治してる間にさ、俺が倒すから大丈夫だっ!」
自信満々に親指を立てて作戦を伝えると、リリスがまたもやクルクルと、身体を回転させて反応する。
「なんで笑顔で親指立ててるんですか!? 私、餌じゃありませんよ? いたいけな美少女なんですよ? 確かにヒデオさんのお陰で少しはレベルアップしましたが、まだ覚えてません! だから突かれたら痛いじゃないですかぁぁぁ!」
マジかよ、まだ覚えてないのかよ。
毎回のクエストで俺がトドメを刺しているからか、リリスのレベルは上がるのが遅いみたいだ。
この世界、魔物を倒すと経験値は均等に分配されないのか。
その分、俺は高レベル、35レベルになっている。
これはレトロなゲームなら、充分ラスボス討伐出来るレベルなのだが。
人によってはレベルの上がり易さとかあるのかもしれないな。
「確かに痛いのは嫌だよな。だけどな? せっかくロープまで準備してここまで来た手前、いまさら中断する訳にはいかないんだよ。だから、やっぱり作戦の変更は無しだ! 一応はポーションとかいう回復薬は持ってきているからそれで我慢しような?」
「うわああああんっ! 鬼! 悪魔! 暗黒騎士! ヒデオさんの糸目ーーっ!!」
「あ、お前あとでもっかい泣かすわー」
「いやーーっ! アホー、糸目ー、人でなしーーっ!」
色々と罵詈雑言が飛んでくるが、それを気にする俺ではない。
「おいおい酷い言われようだな。てか道具屋で買ったこのロープ、1000ALもしたんだぞ。ロープ代とか勿体ないしさ、心を決めて貫かれようぜ? 大丈夫、すぐ助けるよ! だから200万の為に我慢しよう、な? これで、お前の借金の半分が消えるんだ。これはもう我慢するしかないよな!」
「リリスちゃーん、借金返して綺麗な身になったら、我と愛の逃避行しない? 世界を股にかけて美少女巡りとしゃれこもうやー」
「……うっ……うっ……。酷いです、酷いですよぉぉぉ……。確かに、私の借金が半分消えるのは嬉しいですが、なんかこう、もっと、スマートに出来なかったんですかあああぁぁぁ……、ぁぁぁあああっ!」
さらにクルクル回るリリス。
まだ文句を言う体力はあるようで、俺は無駄口を叩かせないようにさらにクルクルと回す。
「……せぇーい! 他の奴に取られたら勿体ないじゃん? すぐに用意出来るのが、これしかなかったんだよー。それに200万だぞ200万。こんな依頼、滅多にないって、お前言ってたじゃん? だからこれはチャンスなんだよ、頑張ろうぜ? 今日は沢山飲んでもいいからさ」
「わあああああ! ……うっ……うっ……ヒック……。アホー! ヒデオさんのアホー!」
「アホとはなんだ、失礼な奴だな」
俺へ罵倒をするリリスだが、暖簾に腕押し状態なのを理解して、少しばかり静かになった。
うんうん、良い感じで餌になっている。
俺はそれを見上げ、リリスを吊るしてある木の近くの茂みに隠れて待機する。
さらにテンションを落としながら、ブラブラと揺れるリリスは俺を見失ったようで。
「ヒデオさぁぁぁん……、何処ですかー? 何とか言ってくださいよぉぉぉ……うっ……うっ……」
「なんとかー」
「そうじゃないです、……そうじゃあああぁぁぁ…、ぁぁぁあああっ!」
うーん、ちょっとうるさくなって来た。
これじゃ、ユニコーンどころか他の魔物が寄ってくるかもしれない。
黙らせる為に、もっとグルグルと回転させてみるか? と思ったが。
もうすでにリリスの顔から色々垂れている。
これ以上出されると後が面倒だからいいや、放って置こう。
それよりもスキルだ。
スキルとは、レベルアップするとスキルポイントを獲得し、スキルを獲得出来るとの事。
有用なスキルや特殊なスキルは、必要なポイントが異常に高いのだが、今の俺のレベルは35、かなりのポイントが溜まっている事だろう。
どんなスキルでも問題なく取得出来ると思う。
シーカーの職業だからか、戦闘向けスキルは取得できないのが悔やまれるのだが、待っているのも暇だ。
それならばと、今から必要なスキルの取得を試そうと、冒険者カードを弄り回す。
……が。
「なあ、キューショナー?スキルの取得って、どうやるか知ってる?」
「取得した事がないので分かりません!」
「そりゃそうだ、聞いた俺が悪かった」
どうしよう、スキルの取り方が分からない。
もっとちゃんとギルドの人達や冒険者達に話しかけて、コミュニケーションを取っていたら良かった。
リリスに構い過ぎて、そういう事をおろそかにしすぎた。
「なあリリスー、スキルの取り方って分かる? ちょっと教えてくれないかー?」
「……なんですか? 私を降ろしてくれるんですか?」
「全然違う、スキルの事だよ」
「ううう……、そっちですか……。欲しいスキルを頭に念じながら『ギュッ』として『バッ』としたら『グワッ』とするから『ドンッ』ってすると取れますよ……」
っべー、何言ってるか分かんねぇ。
女神様、言語スキルがバグってませんかね?
「すまん、もう一回言ってくれない?」
「欲しいスキルを念じながら、冒険者カードを『ギュッ』として『バババッ』としたら『グオーン』ってなるから『チュイーン』で取れます!」
コイツ、バカにしてんのか? さっきと言ってる事が違うんだけど。
「そっか、ありがとう。分からない事が分かったよ」
っべー、異世界言語って難しい。
「我は分かった」
「……マジで?」
思わず右手に握っているキューショナーに、期待の眼差しを向けてしまった。
「欲しいスキルを念じたまま、冒険者カードの端っこを『グワッ』と広げたら、欲しいスキルが『バッ』と浮かび上がるから、それを『グワッ』と選び、『ドンッ』とタッチすると取れるって!」
……なんて分かり易い解説だ。
「すげーなお前、本当にすげーよ、さすがは伝説の魔剣様だ。あのリリスの説明で分かるって、本当とにすげーな。見下してたけど見直したわ」
「……えっ? あの?」
俺は動揺するキューショナーを無視しながら言われた通り、脳内で『気配察知』が欲しいと念じながら冒険者カードを弄り回す。
するとどうだ、冒険者カードに『気配察知』が表示された。
その直後、俺の周囲に動く生き物の息吹や動きが手に取る様に分かってしまった。
見てもいないのに、リリスが回転している動きもだ。
「……んんっ!? これは……敵意? いや警戒?」
先程取得した俺のスキル『気配察知』に近くの何かが引っかかる。
それは何とも言えない嫌な感覚。
例えるのなら、ゴキ〇リを見つけたのに、すぐ見失ったけども何となく『あ、ここら辺にいそうだな……ヤダな……』みたいな感じが、もっとはっきりと確信出来るような感覚だ。
「あああぁぁぁ……、ユニコーンじゃなくて、暗黒騎士が来ましたよぉぉぉ!! 助けてください、ヒデオさぁぁぁん!」
リリスから、悲鳴にも似た鳴き……泣き声が森の中に響き渡る。
「なんぞや!? 暗黒騎士!?」
耳を澄ましてみると。
―――ガシャン、ガシャン。
それは金属同士が擦れた重厚な音だった。
確実にこちらへと近づいて来ているようで、リリスが叫んでたから寄って来たのかもしれない。
「……やっぱ、黙らせるべきだったかなぁー、リリスの鳴き声って五月蠅いもんな。猿轡噛ませて釣り上げるべきだったか? ……まぁいいや、いくぞ、キューショナー。今の俺のレベルなら充分戦えるだろうさ。さっさと暗黒騎士という奴をボコって、ユニコーン狩りに戻るとするか!」
「ヒデオ、我のこと見下してたの? アホーーっ! 糸目ーーっ!」
「今は見直したからセーフだろ、てか今はそんなところじゃない。いくぞ!」
茂みから飛び出して、風に揺られてブラブラするリリスの前に立ち、守る様にキューショナーを構える。
そして安心させるように、横風を受けてクルクル回り出すリリスに、優しく声を掛けてあげた。
「大丈夫、大丈夫。俺、レベル35よ? 暗黒騎士程度余裕だって。逆にボコって泣かせてやんよ。暗黒騎士を見た事ないからわからんけどもな!」
俺がリリスを元気付けると同時に、キューショナーがリリスへと。
「そうだ、そうだ、我にかかれば、暗黒騎士なぞ余裕だぜ! 目にも見よ、我の凄まじい鋭さを! ……ヒデオ、押すなよ? 絶対にボタンを押すなよ?」
「押さないよ、こんな森の中使ったら、俺らまで燃えるって。ユニコーン狩りどころじゃなくなるだろ?」
そんな事を言い合っていると、木々の隙間。
マントを羽織る暗黒騎士が俺の前に現れた……。