英雄の天啓。
昼過ぎのギルド内。
ギルド内では昼飯を食べる者達や、午後からのクエストを受ける冒険者達で賑わいをみせていた。
借金取りの騒動から1週間が経った。
ようやくこの世界にも慣れてきた俺は、2Fの休憩室で牛丼を食べている所だ。
何故かこの世界は米がある。
ギルドの食堂に牛丼の名前があった時は驚いた。
味も日本とあまり変わらなく、食に関しては特に困惑してたりはしない。
そんな俺へと満面な笑顔を浮かべ、依頼書を持って来た奴がいた。
……リリスだ。
「ヒデオさん、ユニコーン狩りに行きましょうよ。凄いですよ、ユニコーンの依頼書がありました。……これです、これ、見てくださいよーーっ!」
テンション高めなリリスは、依頼書をテーブルの前に置いてきた。
周囲を見ると、そのテンションの高さから注目の的になっているようで、ちょっと恥ずかしい。
「別にいいけどさ、もうちょい声のトーンを抑えようぜ。……見て見ろよ、他の冒険者達に注目されてるぞ? ちょっと恥ずかしいからさ。それとユニコーンって言うとあれだよな。角生えた馬だよな、白くてデカい馬で間違いないか?」
「そうそう、そうですよ、そんな感じの馬で間違いないです。そのユニコーンの依頼書がたまたまあったんですよ!」
俺のセリフの前半部分を全く聞いてないリリスは、何やら張り切っているようで、依頼書を見ながら微笑んでいる。
そんなにユニコーンとは報酬が良いのだろうか。
「まぁいいか。んで、そのユニコーンの討伐報酬ってどんなの? 牛ドンみたいに害獣の癖して取れる肉が美味しいとかと同じで、ユニコーンって馬だから馬肉が高い……、みたいな感じ? それともユニコーンに生えてる角が高いとか?」
俺の言葉にリリスは頷いて、依頼書を握りながら一指し指を立てて説明し始めた。
「そうです、その通り。ユニコーンの肉は高級珍味として、ギルドや近くの食堂でも出荷されます。ですが、それだけではありません。討伐報酬と別に、角が高く売れるのですよ。その角は薬の材料……、高級ポーション等に使われる、大変貴重な物なのです。それにユニコーン自体、数が少ないので、こういう依頼は滅多にありませんよ。さぁ、見てください!」
リリスは楽しそうに語ったあとに依頼書を俺に渡しながら、ほぼ皆無な胸を張る。
その言葉通りなら、凄く高そうな物みたいで入手するのは大変なのではなかろうか。
不安に駆られながらも渡された依頼書を見ると。
(近場の湖にユニコーン出現中。討伐報酬は200万をお支払いします! ※ユニコーンは清らかな乙女にしか近づきません。身体は要回収でお願いします。)
と、書いてある。
牛ドン1体、身体ごとの回収込みで大体5万ALと考えれば破格の報酬ではある。
ちなみに回収無しなら半額以下だ。
「へぇー、本当に高額だな。返して来いよ」
「でしょー? 嫌です」
俺は依頼書を渡すのだが、頑なに依頼書を受け取ろうとしないリリス。
確かに中々高額なのだが、清らかな乙女とは何処にいるのだろうか。
俺はリリスの顔を見た後に、再度、依頼書に視線を落として。
「これ、依頼書に清らかな乙女って書いてあるんだけどもさ。俺達じゃ無理だろ。だって清らかな乙女がいないじゃないか。ユニコーン討伐に行くなら、清純そうな乙女の冒険者を臨時でパーティーに入れるのか? だけどそれだったら報酬の分配はどうするよ。絶対にあとでリリスがごねて、ややこしくなるだろ? 面倒だから返して来いよ」
依頼書をリリスに返そうとすると、それを頑なに受け取らないリリスはプルプル震えながら、何故か俺の肩を掴んできた。
「……な、なんて酷い事を言うんでしょうか、この人は! その糸を真横に張り付けた様な目で、しっかり見てくださいよ! どう見ても私は清らかですよ? すっごく清らかなんですよ!? 何故ならば男性とは、そういう経験はありません! ……チュ、チューもした事ありません! それなのに、なんでそんな酷いこと言うんですかあ!」
「興味ねぇー。……なぁ、リリス、違う奴にしようぜ? 今日も牛ドンの討伐で良いじゃないか。今日もリリスがマラソンして、俺がキューショナーで消し飛ばす。これ以上楽な事ってないじゃないか!」
「わああああーっ! 興味ないって言ったああああーーっ! 嫌です、嫌です。もうマラソンはしたくありません! だからこれを行きましょうよぉ! 200万ですよ、200万!? こんなチャンス、滅多にないんですよ!?」
と、言われても無理な物は無理だ、ユニコーンなんてものはチート武器を持っている俺でも見つけなければ討伐が出来ない。
リリスは可愛い容姿なのだが、俺の視点では清らかな乙女に見えない。
俺の見立てではリリスにユニコーンは近づいて来るどころか、逃げて行くのではないだろうか。
「うーん無理だろ。餌が無い。このギルド内で清純そうな―――」
「ここに居るじゃないですか、何で無理なんですか。……ううっ……。もういいです、返してきます!」
とか言うのだが俺から依頼書を引っ手繰った後、それを握ってチラチラと俺の様子を伺いつつも、返してくる様子はない。
「まだ諦めないのか、頑固だなぁ。今日も同じの行こうぜ? 安心安全の牛ドンだ」
「…………」
涙目になりつつ無言で圧力を掛けて来るリリス。
無理だと言っているのにな。
だが優しい俺は涙目のリリスがちょっとだけ、ほんのちょっとだけ可哀想になってきてしまう。
未だに返しに行こうとしないリリスに呆れながらも、とんでもなく優しい俺は真剣に悩むのだけど、ユニコーン討伐は難しい問題だった……。
何故なら捕まえる餌が無い、この一点に尽きる。
さらにチラチラと依頼書と俺を交互に見るリリスが、大きな溜息を付いた時だった。
「……いや、待て。……そうか、分かったぞ! そう言う事か!」
「えっ!? どうしたんです? やっぱり行く気になったんですか?」
キラキラとした目で見つめるリリスを横目に、俺の中で一つの天啓が舞い降りた。
それは俺の知っているユニコーンとは、種類が違うと言うものだ。
日本ではユニコーンと言えば、清らかな乙女にホイホイと近づいてくる根っからの処女厨。
角も色々と用途があって、装備品に使われたり薬に使われたり様々だ。
だが、もしかしてこの世界のユニコーンは腐った性根を持つ酒乱でも問題ないのかもしれない。
それならば納得が出来る。
だってここは異世界だ、リリスのような腐った性根を好むユニコーンだっていると思う。
「っべー、マジっべー。可能性感じちゃったわ、俺」
「……何を言ってるんですか? どんな可能性ですか? 私にも分かる様にお願いします」
リリスが不思議そうに依頼書を握り聞いてきた。
うんうんと頷く俺は、笑顔で説明してあげる。
「いや、な? リリスは身体は清らかかもしれないが、乙女とはとても縁遠いと思うんだ。だが、そんなリリスの真っ黒な魂を持っていても、この世界の悪食かもしれないユニコーンなら、近寄って来るのかもしれないと思ってさ!」
依頼書を返しながら言ってみた。
「わあああああん! 酷いですよぉ! 何で酷い事を、すらりと言えるのですかぁぁぁ! この鬼! 悪魔! 暗黒騎士! この糸目ー!」
「なんだよ暗黒騎士って、悪口なのかよ、わかんねぇよ。あと俺は細目だ糸目じゃない。」
泣きながらキレるリリスは俺ポコポコと叩き出し、鼻水を啜りながらへたり込む。周囲の冒険者から奇異な目で見られるが、今はそれを気にしている余裕はない。
何故ならユニコーンが俺達を待っているからだ。
俺はゆっくりと立ち上がり。
「……ほら、行くぞ? 200万が俺達を待っているんだよ。他の誰かに取られたら、たまったもんじゃない。善は急げって言うだろ? だから泣いてないで早く立てよ、な!」
「私は綺麗でず、なんど言っても綺麗なんですよーーっ!」
文句を垂れるリリスの腕を引っ張りながら、美人な受付のお姉さんの所までズルズルと引っ張っていく。
「よし、いくか、一応準備してから行こうな? 先に道具屋に寄って、必要な物を買って来ようぜ! ユニコーンが腐った性根のリリスに寄ってくるといいなぁ……」
「……わああああっ!!」
俺は優しい笑顔で、手足をバタつかせるリリスに言ってあげた。