英雄、死す。
風呂に入っていた途中、気が付けば見知らぬ空間に座っていた。
目の前には玉座に座る純白のドレスを着た、オドオドとした様子の銀髪紅瞳の美少女がいる。
「人間よ、頭が高いぞ。この方をどなたと心得る、女神アルカディア様なるぞ? もっと地面に擦り付けるように頭を垂れるが良い」
何故か、俺へと偉そうな態度な女性。
女神と同じドレスを着た、背中に二対の羽が生えている人間離れした容姿を持つ金髪の……。
所謂天使と言う奴だろう、そんあ女性が立ったまま、器用に踏ん反り返り俺へと喧嘩を売っていた。
「か、構いませんが、あ、あの……、その……」
こちらに目を合わせようとしない銀髪の少女はボソボソと、恥ずかしそうに俺の下半身へと指を差す。
……なるほど、全裸だ。
神妙な面持ちで股間を隠しながら正座すると、
「……ええっと、ここってどこですか? 湯船に入って100まで数えた辺りから先の記憶がないんですけど」
事情を説明し、聞いてみる。
「うむ、女神様に代わって私が説明するとしよう。人間よ、貴様は死んだのだ。死んでここに呼ばれて、そして今お前は女神の前で無様な物を見せびらかしていたワケだ。……ん? この紙には容姿端麗なイケメンの男と書かれているが、まあ良いか!」
右手に持った紙と交互にジロジロと、俺の顔を眺めながら不穏な事を言ってくる。
全然良くはない、この女を引っ叩きたい。
……というか、えっ? 俺死んだのか?
寿命を迎えるには早い17歳、まだピチピチの高校2年なのに死んだのか!?
「お、おい、待て! 全然良くないよ!? どういう事? 俺溺れたの!? 溺死したの? 湯船の中で溺死したのかよ!? どういう状況で死んだのか、説明をして欲しいんだけども!」
直近で色んな事がありすぎて思考が追い付いていない俺は、今頃死んだ事に気付き、頭を抱えながらも死ぬ前の出来事を振り返った。
……そう、あれは確か花の金曜日。
学校終わりに家へと帰り、発売したての新作ゲームをプレイしつつ、切りの良い所で風呂に入ってさっぱりしてから続きをしようと、ワクワクしながら風呂へと向かった。
浴槽の中で、眠りこけてしまったのかもしれない。
別に疲れていたワケではないが、充分にあり得る事だろう。
そんな俺の回想中、天使が右手に持った紙へと目を細めながら口を開く。
「……うーむ、トラックに轢かれた事によりミンチより酷い状態だった事が死因だと、この紙に記入されているが。……風呂で溺死だと? おい、貴様、名前は何と言うのだ?」
「……鈴木英雄です」
俺の名前を聞いた瞬間、二人の表情が凍り付く。
そこから少し時が経って二人は目を逸らし、虚空を見上げだしている。
「おい、なんだよこの空気は。なんとか言えよ、どうしたんだよ。俺の名前に何かあるのか? 怒らないから言ってみろよ」
俺の言葉に二人の額から、汗がタラリと落ちたのを見逃さない。
「さっきミンチがどうとかいってたが……。お、おい、まさか?」
ワナワナと震える俺とは裏腹に不穏な空気を放つ二人は、少しの間を作った後に女神が申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい! ……人違い、みたいですね。ごめんなさい!!」
玉座から跳ねて、ジャンピング土下座へ綺麗に移行する女神に呆気に取られてしまった。
いやいや、呆気に取られている場合ではない、俺の身体はどうなっているんだ?
なんとなくは分かっているが、魂が抜けた状態の肉体はお湯の中だろう。
このままじゃ本当にヤバイ、俺の身体が死んでしまう……。
一刻も早く魂を肉体に戻らないと!
「も、戻して! 早く戻して!? このままじゃ、俺が本当に死んじまう!」
「浴槽の事故はよくある事だ、気にするな。だがあえて言おう、ドンマイである! そして貴様の身体はというと……。なるほど、浴槽から下半身だけを出して沈んでいるな。綺麗なV字開脚だ、見事としか言いようがないぞ! ワハーーーッ!」
……手遅れかよっ? くそったれえええっ!
片方は申し訳なさそうに『ごめんなさい』としきりに謝り続けているのに、もう片方は腹を抱えて笑いつつ俺を煽ってる状況。
やがて天使が『ワーッハッハ』から『ギャハハ』へと変化して転がりだした所で俺の怒りのボルテージが、限界突破してしまった。
……こ、この女は許さねぇ! その綺麗なドレスをひん剥いて、俺の腰巻にしてやる。
「オイコラ、いつまでも笑ってんじゃねぇ。何がV字開脚だ、何が見事だ! 人の死に様を笑いやがって! お前も俺と同じ目に……、……俺のこの気持ちを百分の一でも分からせてやるよおおお!」
俺は全速力で、笑い転げる天使へと飛び掛かり、
「ききき、貴様、不敬であるぞ、私を誰と心得る! 私は天使長ザレド、天使を統括する天使でぇぇぇ!? ……あぁ、やめろ! このドレスは高かったのだ、女神様と同じ物を作って貰うのにいくらかかったと思っている!? 人間の労働換算で10年分の給料だぞ、高いのだあぁ!? そ、そこはダメだ、私が悪かった! ……あぁ、女神様、お助けください! この不敬な男に天罰をーーっ!」
「天使も給料あるんだな……って、どうでも良いわ、そんな事。天罰が下るのはお前の方だ。俺は美人だからって容赦はしない。男女平等の世の中で、特別扱いするもんかよ。オラア!」
俺と天使がゴロゴロと転がり争う中、ぼつりと女神が語り出す。
「……天使長、あなたが悪いと思います、大人しく罰を受けなさい。ヒデオ様、いっその事もっと懲らしめてあげてください。最近セクハラが酷いのです。さりげなく肩へとタッチしてきたり手を絡ませてきたり……、昨日なんてトイレ中に無理やりドアをこじ開けようとして覗きまでおこなう始末です。反省を促す為にも思いっきりやっちゃって下さい」
この変態レズ天使最低だ。
てか、女神様もトイレするんだな。
そして女神様からの許しは得た、もう俺は止まらない、止まれない。
俺がこの女に天罰をくれてやる。
―――5分程の聖戦の末。
「……うぅ……、私のドレスがぁぁ……、……ううぅぅぅ……」
俺の溜飲が若干下がった。
女神様もうんうんと満足そうに頷いている。
「これでよしっ! ……それで女神様、これから俺はどうなるんです? 身体はもう駄目なんですよね。転生とかってありますか? あるのならば美人系の義理の姉と可愛い系の妹に、美人で世話焼き系の幼馴染と可愛いいドジっ子系の転校生がいる先へ転生したいです。それと両親に最後のお別れとかをしたいのですが」
みすぼらしい下着姿になり涙を流す天使長を尻目に、ビリビリに破ったドレスの切れ端で作った腰巻を得た俺は、女神様へと要求を伝えた。
「最後以外は欲望まみれですね。出来ない訳ではないのですが、残念ながら今の私の力ではヒデオ様の願いは叶えられません……。そこでなのですが、私の管轄する異世界へと転生してみませんか?」
「……ほほほう?」
女神様の提案は異世界転生のお約束。
これはあれか? テンプレ的な魔王を討伐してこいってことなのだろうか。
地位や名声を得て金持ちになったりして、ハーレムを築き上げていくという鉄板の異世界転生とかいう奴か。
日本へ転生し直すよりも、人生を楽に生きられるのではなかろうか。
希望を胸に秘めた俺は背筋を伸ばし正座して、女神の紅い瞳を見つめた。
……そして
「その話、詳しくお伺い致しましょう!」