表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/46

11,変化と点火

第3章 心中

 夏休みが明けた。

 

 クラスメイト達が1学期に比べて、全体的に青白くなっているのは気のせいではないだろう。

 まともに外にも出ずに、勉強漬けの毎日を送っていたのだから当然だ。


 それに比べ、炎天下の中ほぼ毎日原付でピザをお届けに伺っていた俺の肌は、いつの間にかすっかりと日に焼けていて、明らかに周囲から浮いていた。

 クラスメイトの多くは、そんな俺を哀れむように見る。

 ……失恋で受験勉強すら手が付けられなくなったのだ、とでも思っているのだろう。

 誰からも直接言われることはなかったため、俺は弁明もしなかった。


 受験は目前に迫っているのだ。

 他人のことを気にする余裕は、どうせすぐになくなるだろうしな。


 

「お前は中途半端なんだよ。だから成績も落ちるんだ」


 夏休みが明け、一週間。

 職員室に呼び出された俺は、担任の教師から叱咤されていた。俺が夏の間補習をサボって遊びまわっていたのだと、日焼け跡を見てそう判断したのだろう。


 夏休み明けの実力テスト。

 その結果が学年23位と、一学期の期末テストの16位からわずかに順位が下がっていた。

 俺からしてみれば、10年ぶりに受けた高校のテストであり、予想以上の出来に満足していた。この結果はもちろん、那月が勉強を見てくれたのも大きいだろう。

 

「大学受験は団体戦だ。お前のようにやる気のない人間がクラスにいると、全体の士気にかかわる。まだそれなりの点数を取っているが、ここから落ちるのはあっという間だぞ。2学期は、心して勉学に励むように」


 現状の成績でも、第一志望の大学に合格するのに十分だとは思うのだが、俺が補習をサボって和を乱したことを非常にお怒りのようだった。

 俺は一度会釈してから、職員室を後にした。


「お、あっきー戻ってきた!」


 教室に戻ると、伊織が声を掛けてきた。

 既に放課後であり、残っているのは彼女だけ。

 どういうわけかは知らないが、俺が戻るのを待っていたようだ。


「センセーに呼び出されてたけどさ……どうだった!?」


 楽しそうに、瞳を輝かせて問いかけてくる。


「成績が下がったから、怒られたんだよ」


「やっぱそーなんだー!」


 嬉しそうに、伊織は言う。


「それでさ、どのくらい下がったのー? この間のテスト、何位だったわけー??」


「……23位」


「そっかー、23位かー」


 俺が答えると、伊織は朗らかに笑いながら、俺に中指を突き立てた。


「全然成績良いじゃん! 何それ、うっざー!」


 伊織は俺を睨みつけながら、続けて言う。


「ていうか、夏休み結局トワのことデートに誘わなかったのって、バイトが忙しかったからじゃなくって、時間があれば勉強してたからだ!」


 俺は無言のまま首肯した。


「あっきーはトワと一緒に落ちこぼれてくれると思ってたんだけどな。この裏切り者……」


 落ち込んだ様子でため息を吐いた伊織。


「リカリノも最近は結構まじめに勉強してるし、なんだかなー」


 つまらなさそうに、伊織は呟く。

 その様子を気の毒に思い、俺は彼女に声を掛ける。


「今日は怒られてイライラしてるから、この後時間あるならさ、ちょっと付き合ってくれよ」


 俺が言うと、彼女はポカンとした表情を浮かべてから、


「アッキーにとってトワは都合の良い女ってこと……?」


 と、泣きまねをしながら言った。

 俺はそれを無視して言う。


「駅前のカラオケ行こう。ストレス解消にはちょうど良いし」


「お、良いじゃ~ん! あっきー愛唄歌ってよ」


 カラオケと聞いて、あからさまに機嫌を良くした伊織。

 そして、彼女の言葉を聞いて、とてつもなく懐かしい気持ちになった俺は、


「おう、任せろ」


 と、快活に答えた。



「あのさ……最近トワちゃんと仲良くない?」


 2学期も既に、1か月ほどが経過した頃。

 突然俺の部屋を訪れ、ベッドの上に腰かける今宵が、椅子に座る俺を睨みながら、問い詰めるようにそう言った。


「あー、そうかも」


 カラオケに行ったあの日以降、俺は伊織になつかれているように思う。

 受験モードに切り替わった他のクラスメイト達よりも、俺の方が気軽に話せるのだろう。


「そうかもって……」


 責めるような視線を俺に向けて、今宵は呟く。


「……二人でカラオケ行ったって、本当なの?」


「本当だけど」


「何それっ!」


 今宵は俺の言葉を聞いて、憤慨した。

 俺ににじり寄り、胸倉をつかんだ今宵は、いつもよりずっと低い声音で俺に言う。


「あたしと約束したよね? お互いに志望校合格したら、付き合おうって。なのに暁は勉強もせずにトワちゃんと二人っきりでカラオケ? ねぇどういうこと? 浮気?」


「とりあえず落ち着けよ」


 俺はそう言って、今宵の肩を押し、俺の胸倉から手を離させた。


「勉強はやってるよ。その息抜きにカラオケ行くにしても、受験勉強頑張ってる奴は誘いにくいから、伊織に声を掛けただけ。それで少し仲良くなったのかもしれないけど、それ以上でもそれ以下でもない」


 俺の言葉に、納得がいっていない様子の今宵。


「不安にさせて悪かったな」


 俺は今宵の頭を撫でながら、そう謝った。

 彼女は照れ臭そうに頬を赤く染め、視線を背けた。


「トワちゃんのことは分かった、信じる」


 どうやら今宵の不満は収まったようだ。正直ちょろいと思った。


「あとさ……もしかしてだけど。那月未来と、仲良い?」


「……なんで?」


 夏休み中、週一ペースで会っていた那月だが、教室では特に会話をすることはなかった。

 校外で一緒にいるのを見られたのだろうかと思ったのだが……。


「だってさ、毎朝挨拶してるじゃん」


「……そんだけ?」


 俺は肩透かしを食らった。

 その程度のことを言っているのであれば、否定することは何もない。


「それだけ? 暁、あいつのこと嫌ってたじゃん。一言も口きかないように、無視してた。あたしがあいつの悪口言っても、笑って同調してた。そんなだったのに、普通に挨拶するっておかしいでしょ。何があったの?」


 今宵にとっては、非常に重要なことらしかった。

 確かに今宵の言う通り、俺は那月のことを嫌っていたから、彼女が疑問に思うのは不思議ではないだろう。


 ただ、伊織とのことを問い詰めていた時よりも、さらに切羽詰まっているように見えるのが、俺には気になった。


「……なんで黙ってるの?」


 余裕のない表情で、俺の答えを聞き出そうとする今宵。


「いい加減にしろよ」


 俺は……少しだけうんざりして言う。


「高3にもなって、気に食わないってだけの相手を無視するなんて陰険だ。普通に挨拶したって、何も問題ないだろ」


 説得するつもりはなかった。

 ただ、こんなくだらないことで問い詰められるのが、無性に苛立たしかった。


「……うん、分かった」


 俺の表情を見て、機嫌が悪いことを察したのか、意外なほど素直に今宵は引き下がった。


「ただね……」


 そう呟いてから、今宵は俺に抱き着いた。

 鼻腔をくすぐる、甘い香り。彼女の体温と、俺の体温と混じりあうように錯覚した。

 今宵の胸の鼓動が伝わる。


 彼女は俺を見つめ……そして、首筋に口づけをした。


「……こういうのは、お互いが志望校に合格してからじゃなかったのか?」


「その自覚が薄いみたいだから、強硬手段」


 悪戯っぽく笑ってから、今宵は立ち上がる。

 そして、俺を見下ろしてから、彼女は今しがた口づけした首筋に指を這わせながら、言う。


「浮気は絶対、許さないから」


 彼女の笑みは、妖艶さを帯びていて。

 その瞳には、仄暗い嫉妬の炎が宿っていた。

 

 過去はもちろん、未来でも、ただの一度も見たことのない狛江今宵を目の前にして――。

 俺はただ、彼女の年齢不相応な美しさに見惚れて、何も言えなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説大賞入賞作、TO文庫より2025年11月1日発売!
もう二度と繰り返さないように。もう一度、君と死ぬ。
タイトルクリックで公式サイトへ、予約できます。wed 版から加筆修正を加えた自信作です、書店で見かけた際はぜひご購入を検討してみてください!

12dliqz126i5koh37ao9dsvfg0uv_mvi_jg_rs_ddji.jpg

― 新着の感想 ―
なんかタイムリープした意味ある?想い相手が拒否するシチュエーションは妥当で悪い部分なかったのにあっさり諦めるし、中身おっさんとはいえ最初との変わりようは違和感しかない。 あと、こいつらイジメに加担して…
[一言] これざまぁ小説には見えませんよ
2021/09/01 07:50 退会済み
管理
[一言] 自分から告白することもなく、告白されたにも関わらず付き合うわけないなんて拒絶するような女に、浮気は許さないなんて言われてもね… 主人公も曖昧な態度取ってないで突き放せばいいものを。 どいつも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ