ヒロユキの奇妙な冒険
実在の人物・団体とは一切関係ありません
「ヒロユキの奇妙な冒険」
安アパートへ赴き、永らく顔を会わせていない友人を訪ねるべく鍵の掛かっていない扉を開けると、その倒れている姿が目に飛び込んだ。
「み…、水…」
こちらの顔を見とめるなり哀願してくる。そこで、急いで台所に置きっ放しになっていたコップに水道水を注ぎ手渡した。
彼はヒロユキ、パソコンの大先生だ。何時もネットやら何やらで見付けた新しい物に手を出しては、引き篭もっている。
ヒロユキが美味しそうに水を飲んでいる間に部屋を見回してみた。散らかっているのは相変わらずだが、あろうことか彼の体の一部と言えるパソコンまでがデスクから落ちて床に転がっていた。
人心地着いた様子なので、あらためて事情を伺ってみる。すると、ゆっくりとヒロユキは何が起きたのかを語り始めた。
始まりは一本のゲームだった。
ご他聞に洩れずヒロユキはゲームの大先生でもあった。そこで発売されたばかりの「世界ツクール」の最新版を買ってきたのである。
Amazonと横書きで記されたダンボールを開き、早速取り出したゲームをパソコンにインストールする。
ゲームと言っても「世界ツクール」は一風変わっていて、自分でキャラクターや物語を作って遊ぶようになっている。最近のバージョンだと、かなり高度な設定も出来てヒロユキは大好きだった。
最初の数日は普通の中2設定冒険物語を作って遊んでいるだけだった。やがて類型的なそれに飽きたヒロユキは、別のアイデアを思いつく。
『キャラクターを自発的に動かしてみよう』
まずは画面一杯の大海に浮かぶ孤島を設定し、そこに2体のキャラを配置する事から始めてみた。こちらが指令しないでもそのキャラが勝手に振る舞えるように、必要最小限の動作をプログラムし、学習できるように設定しておく。
最初、数ドットのグラフィックでしかないその2体は島の中を無秩序に動き回るだけだった。数時間そのランダムな動きを見詰め続けた挙句に彼が飽き出した頃だった、初めて2体が遭遇した。そして、そのまま双方ピクリとも動かなくなったのである。
結局、その日はそれ以上の動きが現れなかったので、ヒロユキは何時の間にか眠りに落ちてしまった。
翌日、目を覚ましたヒロユキは己の目を疑うことになる。昨日から付けっ放しにしておいた液晶画面には、キャラクターが3体動いていたのだ。何度も寝ぼけ眼を擦っても、それが現実である事は明白だった。間違いなく増殖していたのである。
ヒロユキがプログラムを調べてみた所、仮に最初のキャラクター達をA、Bと置くと、新しいキャラクターCはA、B両方の特徴を受け継いでいた。つまり両親と子供の関係性がそこにあることになる。
昂ぶる感情をクールダウンしようと冷蔵庫から冷え切ったドクターペッパーとうまい棒を取り出してきた。プルタブを空け、勢い良く飛び出す炭酸を飲み、スナックを頬張りながら彼は考えた。
(これは本格的に観察すべきだ)
と。
彼が決意したまさにその時、目の前の画面で動きが活発になった。新しくキャラクターが生まれたのである。
そこから先は個体数が加速度的に増えていった。4体が8体に、8体が16体に。やがて島は無数のキャラクターに埋め尽くされた。
ヒロユキは薄ら寒い思いをしながらプルプルと見守っていた。蒸し暑い室内をPCファンの音だけが響き渡る。
どうも、増えすぎたせいで人口過密になった様だった。暫くは島内に動きはなかったが、やがて減少が始まった。急速に人口密度が減っていく様子に、絶滅するのではと彼が危機感を覚えた頃に下げ止まった。どうやら均衡を見出したらしい。増加と減少で釣り合いが取れており、安定して世代交代が行われている。ヒロユキは一安心した。
観察しているとキャラ達は集まっては離れてを繰り返し、複雑な構造を作り出していく。それは本当の社会が築かれていくようだった。暫くすると大きく別けて2つのグループが出来た。彼らは主にそれぞれのグループ内で繁殖を繰り返しており、偶に交流があるようだった。少し考えて合点がいった、国家ができたのだ。国家は時間の経過と共に複雑化していく様に見えた。
何時の間にか日も暮れ、時計の針が翌日に入った事を示したときに事件が起きた。異なった国家の構成員がぶつかり合うと、片方、若しくは両方が消滅する事態が頻発するのである。ヒロユキはこの状態を定義付けた、「戦争」と。
戦争は数日に渡り続いた。その間、ヒロユキはまんじりともせず見守り続けたのだった。結局のところ、双方の人口を相当数減らした挙句、決着は規模の大きい方による統合という形を取った。
(世界政府といったとこだな)
期せずして、たかが遊戯が現実世界を追い越した事実に、ヒロユキは自嘲気味に笑う。
統合された世界は新しい秩序を作り上げ、戦禍を癒しながら以前よりも規模を拡大していく。あらゆる土地に住民は移住し、進歩は最終局面を迎えているように見えた。
だが彼らは止まらなかった。
何時の間にか海を渡る手段を編み出し大海に乗り出してきたのだ。液晶画面の縁で大海が切れていることに気付くと、何度も何度もぶつかって来る。まるで突破口を探しているように。そこには間違いなく意志が存在していた。
既にこのゲームの行く末はヒロユキの予測を遠く離れつつあった。
そこで、彼は暫く観察を止めることに決めた。早い話が臭いものに蓋をした訳だ。新しくウインドウを開き、溜まっていた他の作業に取り掛かる。マルチタスクで「世界ツクール」も起動しているので、全体的に動作が重いが致し方ない。そのまま作業を続けることにする。
久しぶりに他の作業が出来たので、サクサクと進める事が出来た。快調に飛ばしていき、新しくワードのファイルを開いた時だった。
いきなり目に飛び込んできたのは、本来文字が収まる筈のスペース上を蠢く無数のドット絵キャラの姿だった。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
ヒロユキは言葉にならない奇声を発し、瞬時にパソコンをシャットダウンする。そのまま、机からパソコン本体と液晶画面を払い落とした。その勢いで電源ケーブルと通信ケーブルが縺れながら抜けていく。
外部の助けを呼びにいこうと立ち上がりかけた処でヒロユキは気付いた。この数日の間観察に夢中になるあまり、何も口にせず、身動きもせず、廃人化していたヒロユキに扉から出るだけの体力は残されていなかったのだ。故に彼はその場に崩れ落ちた。
そうして床に這いつくばっていた処に俺が現れたという主張らしい。
「はいはいワロスワロス」
そう易々と釣られる俺ではない。
軽くあしらっていると、涙目で唇を震わせながらヒロユキが
「本当だもん」
と、駄々っ子の様に主張し続けるのがうざかった。
取り敢えず散らかった部屋を片付けてやる。
「通信ケーブルを繋げちゃだめだからね、世界中にあいつ等が広がっちゃうかもしれない」
と大声を張り上げてくるので取り敢えず言われた通りにしておく。
幾分整理が着いてきた所で、iPodが床に落っこちているのに気が付いた。
何か閃いた様子でヒロユキがそれを奪い取る。
「そうだ、オイラ、パソコンを起動してる間にこれも接続していたんだった。もしかしたら、こっちにも」
そう言うと電源ボタンを押して起動させる。
そのまま無言になると、俺に向かってその画面を突きつけてきた。
嫌々ながらその茶番に付き合うべく林檎マークの浮かぶ画面に目をやる。そこで俺の目は釘付けにされた。
そこには、起動画面の代わりに、活発な動きを示すドット絵のキャラクター達の姿が…
[完]
SF、それは「すこしふしぎ」