本編シリアスで入れ替わりネタできなかったので。
すげーアホな話
「入れ替わり、といえば入れ替わりネタだよね!」
頼むから、そういうセリフを永坂の顔で言うのはやめてほしかった。旭は呼ばれてからずっと笑いっぱなしである。
「…お前が楽しそうで何よりだよ、榊。」
すでに諦めムードの永坂in榊は深いため息をついた。
異能対策局には、『発明課』が存在する。発明家と発明課をかけた高度な駄洒落で、そういうふうに呼ばれているが、正式名称は、『異能対策開発課』。『異能封じ』の縄などはここで作られている。
そこの課長が、先日の事件で捕らえた北隆之介の『異能』を応用して作ったのが「ハイパーイレカワレール(試作品)」であった。
その被験者に白羽の矢が立ったのが、榊。なぜかというと、下心に負けてすんなり使用してくれそうだったからである。その話を聞いた永坂が、可哀想にも入れ替わり相手として名乗り出た。榊を野放しにすれば、ろくなことにならないと睨んだからである。
入れ替わりは成功した。しかし、その後が大変だった。
「じゃあナオの顔でナンパしてくる!」
そう言った自分の体を押さえつけるのに、30分は要した。永坂はどうにかこうにか、榊in永坂を抑え込み、縛り上げる。
しかし、この面白すぎる状況を、誰にも話せないことが嫌だと駄々をこねた榊のために、永坂が旭を呼んだのだ。
「いや、本当にめちゃくちゃ面白いですね、これ。事件での使われ方は恐ろしかったのに、終わってしまえばこんな呑気な使い方もできるんですね。」
旭はころころと笑う。自分の体がふざけるのを見て、永坂は非常に嫌そうであったが。
「実際の用途は別に呑気にはならないが、有用性は高いだろうな。指紋認証、声紋認証、顔認証、そういう本人しかできないことをするときにいいかもしれない。」
彼は報告書を作成しながら頬杖をつく。榊の顔だが、その静謐な雰囲気は永坂そのもの。
「ナオさんが中に入ってると、榊さん凄みありますね。威圧感?仕事できそう。」
さすがに足の拘束は解いてもらった榊の隣に、旭は座る。
永坂の目が子どものように無垢な輝きを持っているのは、控えめに言っても面白い。くっくっと喉奥で笑うと、永坂は眉間に皺を寄せた。
「楽しそうでいいな、2人とも。榊、お前が報告書書いてもいいんだぞ。」
榊は悪戯っぽく笑って、縛られた両手を上に挙げる。
「これが、これなもんで。解いてくれるならやったげてもいいよー?」
横で見ている旭は、ころころと表情の変わる永坂に、仏頂面をしている榊といった構図なので、笑いが止まらなかった。そろそろ表情筋が痛くなってきて、彼女は2人から目を逸らす。
「あれ、旭ちゃん。ダメだなぁ、今のうちに目に焼き付けておかないと。」
ずいっと永坂の顔で接近してくる榊。彼の声で「旭ちゃん」はなんとなくくすぐったかった。
「今だけ、旭ちゃんはやめましょうよ。こそばゆいです。」
永坂はいつも「旭」と呼んでいる。それで呼べというつもりだったのに。
「じゃあ、兎美ちゃん?」
榊はそういう人である。耳元で囁かれた旭は、耐えきれずに吹き出した。
「あははは、無理です、もう、ほっぺ痛い。」
腹を抱えて笑い始める旭の隣に、永坂が座った。大人2人でもぎゅうぎゅうのソファが、さらに窮屈になる。
「飽きた。お前らだけ楽しそうなのはずるい。」
永坂にしては珍しい言い草だ。旭と榊は顔を見合わせて、ニヤッと笑った。
「寂しかったんですね?」
「寂しかったんだなー?」
揶揄うつもり満々の2人の視線を受けて、永坂は諦めたように微笑む。
「はいはい、そうですよ。俺も混ぜろ。」
その笑い方が、不思議と永坂にしか見えなくて、榊の顔なのに変だなと、旭は首を傾げ、顔を近づけた。面食らったように、永坂は体を逸らす。
「なんだ。」
榊は綺麗な顔をしている。サラサラの指通りの良さそうな髪に、白い肌。中性的な顔で、目はくっきりしている。
「いや、榊さんだけどナオさんなんですよね。」
言っていて頭が混乱してきた。それは永坂も同様で、何を言っているんだ?というふうに顔を顰められる。
「旭ちゃんの言いたいことわかる。俺の顔なのにナオにしか見えない。面白いよね。」
意気投合して笑い出す旭と榊を見て、永坂は呆れたようにため息をついた。
「わからないこともないが、俺の顔で「旭ちゃん」は違和感がある。」
そこには旭も頷く。2人に先程の話を蒸し返された榊は、困ったように顎を押さえ、思いついたように旭の耳元に口を近づけた。
「兎美。」
旭がここで完全にツボに入る。
「ひぃ、やめ、あははは、ほっ、ほんと、勘弁して。ふ、腹筋攣ります。」
体をくの字にして苦しみ始める旭の背を、永坂が叩いてやりながら顔を顰めた。
「お前、俺の顔で遊ぶのやめろ。」
永坂の本気で嫌そうな顔を見て、榊も笑い始める。
「悔しいなら、ナオも俺の顔で遊べばいいじゃん。」
榊の言葉で、永坂は少し悩んでから、やっと落ち着いてきた旭の方を向く。彼の様子を窺うように、視線を合わせてくれる旭。少し間をおいて、彼は呼んでみた。
「…兎美。」
沈黙が訪れる。永坂はすぐに目を逸らして、旭はそんな彼を見つめながら顔を赤くした。
「えっ、旭ちゃん?俺のときと態度違うよね?どういうこと?」
この雰囲気何?榊が旭に詰め寄る。永坂は彼を呆れた目で見て、旭から引き剥がすように、げしげしと蹴った。
「痛っ。ちょ、俺は悪くないじゃん?ナオがやらしいのが悪い!」
やらしいという単語に、永坂は驚いたように目を見開いて、旭の方を見る。彼女は永坂の方を見ないようにして、でもチラリと見て、また逸らした。
「そ、そうですね。今のはちょっと…。ほ、ほら!榊さんの顔が悪いんですよ、たぶん!」
「旭ちゃん、それはわりと傷つく!」
間髪入れずに入った榊の言葉に、旭はまた笑い始める。
「顔は良いからな。顔は。」
永坂も薄く笑った。榊だけが納得いかないようにブーイングを飛ばす。
「2人してなんなのさ!俺のどこが悪いって言うの!?」
旭と永坂は顔を見合わせて、示し合わせたかのように言い放った。
「「日頃の行い。」」
榊はそれにも不満そうに口を尖らせる。
「えー、合意の上でしかやってないよー!ねえ、旭ちゃん?」
彼は旭の手を取って、誘うように期待の目で旭を見た。旭はフフッと笑って、口を開く。
「知りません。合意した覚えないですから。」
最近はきっぱりと断れるようになった。榊は悲しそうにしゅん、と落ち込んでソファの上で体操座りをする。図体のでかい男の姿でそれをやられると、かなり邪魔でかなり情けなく見えた。
旭がそれを嫌そうに見ている永坂の方を向くと、見るな、というように頰を摘まれた。
「…ふふ、やっぱりナオさんだ。」
ぎゅむぎゅむと頰をいじくられながら、旭は嬉しそうに微笑む。
目の前の男はどこからどう見ても榊なのに、その仕草や雰囲気は永坂にしか見えない。永坂の中に入った榊もまた、どこからどう見ても永坂なのに、そのしょげる背中の情けなさが榊である。
「2人がどこに行っても、何をしてても私、わかる自信がありますよ。」
へへん、と胸を張ると、今度は永坂と榊が顔を見合わせた。
「なら、俺たちもお前がどこに行って、何をしようと旭兎美だってことがわかるな。」
思ってもいなかった切り返しに、旭が目を丸くすると、両方から頭を撫でられる。
「ちゃんと見つけてあげるからね、兎美ちゃん。」
完全にふざけた声色で囁かれて、旭は吹き出した。
「ナオさんの声で「兎美ちゃん」は本当に面白いんでやめてください。」
調子に乗った榊は、兎美ちゃんを連呼し始める。小学生みたいな男である。旭も景気の良い笑い声を響かせた。そんな悪戯の応酬を続けていたとき。
「兎美。」
耳元で囁かれたその状況は同じなのに、それは胸のあたりにずしりと染み込んだ。旭は、永坂の顔を見て固まった。彼は悪戯っぽく笑って、彼女から体を離す。
「あれ、戻っちゃった。ちょっと持続時間短かったね。ナオ、報告書に書いておいて。」
榊が時計を見ながら立ち上がり、そう言った。永坂はそうだな、と返事して立ち上がる。旭は彼の顔を見れなかった。
「そういえば縛られていたな。榊、解いてくれ。」
榊の方に縛られた両手を差し出す永坂。だが、榊はぷいっとそっぽを向く。
「やだね、俺を縛ったのはナオだろ?優しい旭ちゃんに解いてもらったら?」
拗ねたように言われて、永坂は肩をすくめた。
「旭、頼めるか?」
そう言った後、彼は旭の方を見て、首をひねる。彼女は目を伏せたまま、微動だにしなかった。
「旭?」
やっと永坂の方を見たその顔は真っ赤であった。永坂は思わず固まる。その隙に旭は素早く立ち上がり、榊の背後に隠れてしまった。
「し、知りません!ナオさんなんて、しばらく縛られていればいいと思います!」
永坂は目を見開いて、榊の方を見る。何もわかっていない榊は、ニヤリと笑っていた。
「あーあ、嫌われちゃったね、ナオ。」
永坂は心外といったように顔を顰めて、旭に近寄ろうとするが、彼女はすばしっこく逃げる。ついでに榊にも妨害に入られて、永坂は訳の分からないまま、小一時間拘束されることとなった。