はじまり
動物園といえば、パンダに象やキリン、カバ、猿山の猿など日頃目にすることのない動物たちに会えることでワクワクした場所。園内は獣のにおいがして、あちらこちらから大きくて珍しい鳴き声が聞こえてくるので、さらにワクワクドキドキしたのもです。
初めて動物園に来た陽子も目の前で象が長い鼻を使って餌を食べたり、キリンが長い首を高い木に伸ばして葉っぱを食べたり、カバが水面から顔を出して大きく口を開けたり、軽々と岩山を登る猿たちに歓喜の声を上げている。陽子の両親はそんな娘の姿を見て目を細め、顔を見合わせながら連れてきてよかったと思う。
気の済むまで園内を回りそろそろ帰ろうかと、出口まで進んだ。
「上野動物園、どうだった?楽しかった?」
両親の真ん中で両手をブランコのようにしながら、ぶら下がっていた陽子に母の房子は聞いた。
「うん!こんどは『したのどうぶつえん』につれていってね♪」
陽子はそう言うと両親の手を離して、先にパタパタと走り出した。
『したのどうぶつえん?』娘から予想もしていなかった言葉を聞いて、房子は陽子の後ろ姿を見ながら父親の源一に聞いた。
「したのどうぶつえんって・・どこのことを言っているのかしら?」
そう聞かれた源一も分からないというように頭を左右に振ると
「上野よりも南方面の動物園の事を言ってるんじゃないか。」
と軽く返した。【したの】ってそっち?子供に地理上の北と南が分かるのかしらと房子は思ったが、動物園に来てからずっと陽子がスキップをしながらご機嫌な様子なので、思い当たる動物園を回って連れて行けば、納得してくれるんじゃないかと源一を促した。
陽子は走って行きながら目の前に光る何かを見つけた。そばまで行くとそれは真っ黒でツヤツヤと光るまん丸の小石だった。陽子はしゃがみ込んでその小石を拾うと、しばらくマジマジと眺めていたが、『たからもの!』と言うとスカートのポケットにしまい込む。そして両親の元に戻ってまた両手を二人につないだ。
三人は動物園の門を外に出ると、なにか食べて帰ろうかと話をしながら上野駅方面へ向かって行く。