5話 レオント村 3
翌朝、私たちは朝食をいただくと(夕食もだったけど、食事情がよくわかる固くて黒っぽいパンと、薄味の野菜のスープだった)それぞれ仕事に向かう。
ジェイは畑の作物を荒らす害獣駆除、私は畑仕事。今は収穫の時期だからね。
「行ってらっしゃい!お互いがんばろうね〜!」
先に出るジェイを気合を入れて見送る。
私たちは村長さんのお宅に滞在させてもらえる事になった。
もちろん部屋は別々だけどね!
村長さん宅に滞在させてもらえるのは、私が転移者だからの待遇みたい。
冒険者が宿屋のない村に滞在する時は、村長さんや大きめなお宅の納屋なんかに泊めてもらうんだって。身元保証のない流れ者を家に入れないなんて当たり前だから、ジェイたちも気にしないらしい。
野宿より警戒しないですむ、村の中でしっかり眠れるだけありがたいとか。
冒険者、なかなかハードだな。
さて、仕事だけど。
これでも自宅の庭でささやかながらハーブの栽培をしているし、長い休みの時にはおばあちゃんちに泊まりに行って、広いお庭の手入れを手伝っているし、教われば畑仕事もなんとかできるはず!
と、簡単に思っていた訳ではないんだよ?
農家さんは大変な仕事だろな〜とは思っていたけど、思うのとやるのとは大違い!言われた事を集中してやる事はできるけど、まぁ疲れる疲れる!!
中学ではソフトボール部に在籍していて、そこそこ強いチームだったから練習量もけっこうあった。
身体を動かす事にはそれなりに自信があったんだけど、何これ、農家。全然違う。
午前の仕事が一区切りで、午後の仕事になる前のお昼の休憩の時にはバテバテで倒れ込んだ。
疲れすぎてご飯を食べる気にもなれないわ〜。
村長さんから転移者と紹介されているからか?農家初体験のへっぴり腰だからか?一緒に収穫作業をしていた村のおかみさんたちは声をかけてくれたり、軽い仕事を回してくれたりしてくれる。
申し訳ないながら、そういうのがわかってとっても嬉しい。気持ちがありがたいよね!
それにしても、今日も暑い。
吹き渡る風が汗をかいた身体に気持ちいい。
さわさわ草が揺れて……。
何かいい匂いだな〜……。
ん?
身体を起こして周りを見れば、色んな草花と一緒に、ハーブらしきものがあるじゃないか!
私が育てているものや、おばあちゃんちで見た事があるものしかわからないけど、触ればいい匂いのハーブらしきものがたくさんある!
これは使える!テンション上がるわ〜!
もしかしたらだけど、これで皆さんに喜んでもらえるかもしれない。
頭の中で計画を立てながら、午後の仕事をがんばった。
そうして夕方、日が傾いてくる前に今日の仕事は終わった。明かりが貴重だから、暗くならないうちに仕事は終わるんだって。
明るいうちに帰って、ご飯を作って食べて寝る。ネットもテレビもないもんね。
めっちゃ疲れたけど、私は目をつけておいた辺りのハーブを摘んで、フラフラになりながら帰った。
村長さん宅に着くと、ちょうどジェイも帰ったところだったようで、入り口のところでうろうろしているのが見えた。
「おかえり〜!お疲れさま! そっちはどうだった?」
なんて話しながら中に入る。
「お疲れさまでした。ユアさん、ジェイ。食事の前に汗を流しますか?」
村長さんに出迎えられて、そう言われる。
お互いを見ると……。
あらまぁ、たしかにすごい汚れっぷり!
一生懸命働いてきた証拠だもんね!と笑い合う。
「村長さんは、もう済んだのですか?」
奥さまが浴室のようなところで、大きな木の桶にお湯を用意してくれている。
その家のご主人より先にお湯をいただいては申し訳ない。
というより、まだならぜひ試してもらいたい事があるのだ。
「まだですが、まずユアさんにと思いまして」
ニッコリと言う。
いえ、私は期待に応えられずお役にも立てない転移者ですから。気にしないでもらえた方がありがたいです。
という事で、先に村長さんにお湯を使ってもらう。
その時に、奥さまにちょっとした事を頼む。
さてさて。村長さんの感想は?
「ユアさん!あのお湯はいったいどういうものなのですか?」
しばらくたつと、湯上りでサッパリとした村長さんがやってきた。
よかった。気に入ってくれたらしい。
「ハーブバスですよ。本当はブーケにして浴槽のお湯に浮かべるんですが、ジャマになるかと思って奥さまに煮だしたハーブ液をお湯の中に入れてもらいました」
ハーブバス……。
村長さんは、ほうほうとつぶやいている。
「私には香りのリラックス効果が一番なんですけど、ハーブには色々な効能があるんですよ。 今日お湯に入れたハーブは、疲労や夏バテなんかに効くといわれてるんです。 肌をきれいにする効果もあるので、これからの汗をかく季節にはいいと思います」
ちょっとうろ覚えのところもあるけど、だいたいそんな感じだったと思う。
うちでは夏場には弟たちのあせも対策なんかにも活用している。
何より、いい香りでお風呂タイムを楽しんでいるのだ。
「香りのリラックスできましたか?」
「ええ、とっても」
村長さん、いつものスマイル。
「でしたら、昨日言われていたお風呂の問題、これで試してみるのはどうでしょう?」
私も笑顔で提案してみた。
さて、お風呂が一応クリアしたら、次は食問題。
別にこだわるつもりはないけど、平成日本から持ってきた知識で少しでもお役に立てたら嬉しい。よくしてもらったお礼というか。できるだけね。
そんな事を思いながら、順番にハーブのお湯で汗を流して、夕ご飯になった。
文句を言ったらいけないけど……。こんな固いパン食べた事ないし、薄味のスープもかなり辛い。
うん、文句だね。ごめんなさい。
パンが固いのは、週に一度まとめて焼くからで、焼いた日から固くなっていくんだそう。
今日は四日目。これからもっともっと固くなっていく……。
三日後にパン焼きの日があって、この日にパン釜の余熱を使って村人がお風呂に入るんだって。
お風呂はパン釜のある村長さん宅。さっきお湯を使わせてもらった浴室らしき所に確かに大き目な浴槽みたいなものががあった。
村人全員の一週間分のパンを焼くんだもんね。そりゃあ一日かかりだわ。
その日に美味しいものを食べてもらおう。
そうはいっても一人ではできないけどね。パンをスープに浸して食べながら考える。
お行儀が悪いけど、そうしないと固いパンが飲み込めないからしょうがない。
今日、畑仕事をしていて使えそうな食材を物色していたんだ。
うん。あれらを使ってスープというかシチューというか、作ってみよう。
それだけでは食材は足りない。うちで私が作っていた材料は……。
「ジェイ、害獣駆除の時に鳥とか獲れる余裕ある?」
「うん? 余裕あるよ。子供の頃から狩りはしてたからまかしとけ!」
日本だったら、今でも子供の年齢だけどね!
スプーンを持ったまま、頼もしいお言葉。お任せしよう。
しかし、私はそれをさばけない。
「奥さま、鳥をさばく事はできますか?私は調理はできるんですけど、さばく事はできないんです」
一緒の食卓についていた村長さんの奥さまは、
「あら、ユアさんはさばけないのですか?それならお教えしますよ。この村では子供でもできますからね。旅をされるのならできるようになっていた方が便利ですよ」
ニッコリ笑ってそう言った。
似た者夫婦なのね〜と、その笑顔を見て思う。
ちなみに四人で食卓についている。
村長さん宅といえ、お手伝いさんはいないのだ。いっぺんに仲良く食事。
人手不足という事で、田舎の村は何でも自給自足になる。
「村長さん、三日後のパン焼きの日に収穫祭というか、村の皆さんに料理を食べてもらいたいと思うんですけどいいですか? 私の生まれ育った国の料理で、村のとれたて野菜とジェイがとってきてくれる鳥肉で、一皿で栄養のあるものができると思います」
ついでにハーブバスも用意しよう!
日本でういところの暑気払いってヤツだね。日本だとウナギだけど。
「それは大変楽しみですね。村には楽しみが少ないので、皆喜ぶと思います」
村長さんは奥さまと同じいい笑顔。
よかった。ちょっと余計な事かと思ったり。何せほら、食材を使わせてもらうからね。