4話 レオント村 2
村長さんのお宅に訪いを入れると、村長さんご本人のような中年男性が現れた。
四十代くらいかな……。
白いものが混ざり始めた薄い金色の髪に、知性を感じさせる茶色の目。やや細身の、なかなか素敵なロマンスグレーのおじさまだ。
ジェイは村長さんに取り次ぎを頼む。するとやっぱりご本人だった。
私たちは改めてご挨拶と、何日かの滞在と、その間に何か仕事をさせてほしい事をお願いする。
村は人手不足でいくらでも仕事があるとの事で、私たちは滞在と仕事の依頼を了承された。
そして、ジェイとの会話に一区切りすると、村長さんは私を見た。
「その黒い髪と黒い眼は……、もしかしてあなたは転移者様ですか?」
「はい!ご存知ですか?」
思ってもみなかった言葉に、驚いて返事をする。
「私ような立場の者は、たくさんの事を知っていなくてはなりませんから。転移者様のような稀な事は、この目で見るまでは半信半疑でしたが……」
笑顔でそう言った。
それから場所を移して、応接室のような部屋に通された。
私とジェイが隣同士で座り、村長さんはテーブルを挟んで向かい側に座る。
間を置かず、奥さまかしら?品のいい中年の女性がお茶を出してくれた。
うわ〜、何か校長室で校長先生と向かい合っているような感じ?
そんな経験ないけど!しかもきっと、呼び出しの時にお茶は出ないと思うけど!
はあぁぁ……。 内心大きく息をつく。
こうやって大人の人と向かい合うって緊張する。
私の内心の緊張が伝わっているのかいないのか、村長さんは渋くて深いお声で「さっそくですが……」と話し始めた。
「転移者様は特別なお力をお持ちだと伝承されています。村に滞在している間、少しだけそのお力をお借りする事はできませんでしょうか」
うわっ! ここでも言われた!
何その特別な力って!曖昧すぎるでしょ!
「すみません。私にはその特別な力というものはないんです。私の生まれ育った国では、私は未成年のただの学生ですし」
「そうですか……」
村長さんは少し残念そうな声でそういうと、すぐに気持ちを切り替えたように、
「実は、ここのところの急な暑さで体調を崩したり、そこまでではなくても疲れている者が多く出ておりまして……。ユア様の世界では、こういう時はどういう対応をされていますか?」
村長さん頭の回転が早いな〜。切り替えが早いというか。こういう建設的な人っていいわ。
というか! ユア様って!
「村長さん、様はいらないです!先ほども言いました通り、私はただの学生ですから!年下ですし」
「そう言われるなら、わかりました。
……それで、何か対応策はありますか?」
えっと……。
季節の変わり目の体調不良って事だよね。うちだったら、ゆっくりお風呂に入って、栄養のあるものを食べて、たっぷり睡眠をとる!って感じなんだけど……。
テレビなんかでもそんな感じで言ってたような……。
うん。たぶんそれでいけるんじゃないかな。
それをそのまま村長さんに伝えると、
「風呂ですか……」
ん?何やら思案顔……。 あっ!
「村長さん、この村のお風呂事情ってどんな感じですか?」
昔は個人の家にお風呂はなかったとか、毎日の入浴習慣はなかったとか、何かで読んだような気がする。元の世界での話だけど。
「風呂は週に一度のパン焼きの日に入浴する事になっています。その他は各家で行水をしているかと思います。夏場なら川や井戸の水浴びで済ませてしまう事も多いかと思いますが」
行水! 時代劇なんかで見た事ある! 大きな木の桶で簡単お風呂?みたいな?
「栄養のあるものも……、なかなか難しいかと思います。この村もですが、地方の小さい村などは、食べていくだけで精一杯というところがほとんどでしょう。こういう時には滋養のある物を食べさせてやりたいのですが……」
なかなか難しい食事情なのね……。
「すみません。何か、全然お役に立てなくて」
「いいえ、お気になさらないでください。初夏の野菜は豊作なので、それなら皆と食べる事もできるのですが……野菜だけでは滋養にはならないでしょうね。 でもまぁ、たっぷりの睡眠ならとれますから」
やっぱりいいお声で、村長さんは笑って言った。
その後、夕食分くらいは働かなくてはと、村長さんのお宅の水汲みや薪割りなんかをやらせてもらった。といっても、ほとんどジェイがだけどね。私は一緒にいるだけというか、話してるだけというか……。
水汲みをするのはバケツじゃなくて桶!
これが水の重さだけじゃなくて、木の重さもあってとても重いのだ。水を満杯にしたものなんて持ち上げられない。もちろん運べない。
プラスチックって、何て軽かったんだろう……。考えてくれた人ありがとう!
薪も割った事がない。そして斧も重い。
振り上げる事はできるけど、狙ったところに下ろせない。よろける私を怖がって、ジェイが割る事になる。
「だからユアにはムリだって言ったろ?ユアは割った薪を片づけてよ」
という事で、私は割れて軽くなった薪を焚き木置き場に並べる係になった。
何か悪いね。水汲みもできなかったし……。
ジェイはなかなかリズミカルに薪割りをしている。この世界の人はこれが平均なのか?ジェイができる男なのか?どっちにしても感心しちゃう。
「ねぇジェイ、この国の食事情って、さっき村長さんが言ってた通りなの?」
割れた薪をせっせと運びながら、ジェイに話しかける。
「あぁ、まぁそんなもんだな。俺の生まれた村はここよりもっと南だから、もう少し食べる物も多かったかもしれないけど、腹いっぱいの記憶はないね」
「そうなんだ……」
「町なんかだと、また変わってくるだろうけどさ。美味いものは金持ちとか貴族が食べるもんだから、庶民は量は食べられても、まぁそれなりの物だと思う」
それでもジェイの村では年に一度、合同結婚式があって、その時にちょっとしたご馳走を食べる事があったり、村によっては豊作の年には収穫祭があったりと、数少ない楽しみはある事はある。なんて教えてくれた。さっき村長さんもそんな事を言っていたしね。
お腹いっぱい食べる事も、美味しいものを食べる事も、贅沢な事なんだ。
「俺さ、ユアの弁当食べた時、美味いってこういう事なんだって初めて知ったわ」
ジェイはしみじみと言った。