1話 出会い
目の前には一面の草原。
ずっと遠くの方に森のようなものがある。
私が立っている場所は一本道の上。
太陽の位置から考えると、道は南北に延びている。
南に目を向けると、少し先で下りになっているのか、道はいったん視界から消えて少し先からずっと彼方まで続いているのが見える。
北に目を向けると、ずっと先の森に向かっているようで道は視界から見えなくなっている。
道の両サイドは風に揺れる草原。
唖然とするというか、途方に暮れるというか……。
何なのこれ?
登下校のバスの中で読んでいるファンタジーの世界みたい。
それとも夢なのかしら?
人が想像できるものは実現できるって……
こういう事も当てはまるのかしら?
吹き渡る風にただ立ち尽くしていると、少し先の草がサワサワ揺れてきた。
風で揺れているのとは違う、生き物が移動しているような動きに目を向けると、
ザッ! 大きな生き物が現れた!
それはありえない程大きな、芋虫のような見た目をしていた。丸々した太さは大蛇よりあると思う!
生の大蛇見た事がないけど!
顔と思われる先端には口のようなものが見える。それが大きく開いて、ヨダレのようなものを垂らしながらこっちを向いていた。
何なの?!
本能的に身の危険を感じる。
早く逃げなくちゃと思うのに、十五年の人生で見た事もない生き物に恐怖で身体は動かず、向かってくる巨大芋虫を見ているしかなかった。
目の前に迫った巨大芋虫に死を覚悟すると、
「死にたいのか! 動け!」
大きな声とともに身体に衝撃が走り、私は突き飛ばされて転がった。
転んでビックリすると身体は動いてくれて、私は手をついて身体を起こし今まで立っていた方を見た。
そこには巨大芋虫に向かう、冒険者風の衣装の人がいた。
衣装じゃないか。もしここが異世界なら、あれは普通の恰好かもしれない。
その人は、自分より大きな気持ちの悪い生き物に向かって両手で剣を横薙ぎにフルスイング!
巨大芋虫はザックリ切られると、緑色の液体を吹き出して音を立てて倒れた。
「- - -!!!」
あまりのおぞましさに、私は言葉にならない悲鳴をあげて、意識を失った。
「おい!おい!」
身体を揺すられ、声が聞こえる。
目を開けると、地面に倒れている私の隣には冒険者風の衣装の男の子。
「大丈夫か?」
心配そうな声。
でも大丈夫かと聞かれても、とても大丈夫とは言えない。
冒険者風の服を着た男の子と、視界の端に見えている巨大芋虫。
さっきのあれは夢ではないのね……。
これが夢ではないという事がわかって、さっきの恐怖と、何が何だかわからない不安と、訳のわからない怒りのような感情に、ボロボロと大粒の涙がこぼれた。
「何なの!!ここはどこ? お母さん!お父さん!どこ!」
自分でもどうしようもできず大声で泣きじゃくる。男の子が驚いているけど止められない。初めて会った見ず知らずの男の子の前だけど、この状況がものすごく怖くて怖くて、私はしばらく泣き続けたのだった。
どのくらいかかるたったか……。
ずいぶん泣いたからか、少しずつ落ち着いてきた。
男の子は困った顔をしながらずっと隣にいてくれた。
「いきなり、泣いたり、して、ごめんなさい。そ、それから、助けて、くれてありが、とう」
まだ涙声でしゃくりあげながら言う。
この歳になってこんなに大泣きするなんて恥ずかしい!落ち着いてきたら、見ず知らずの男の子の前で泣いたのも恥ずかしい!
「あ〜、まぁ、驚いたけど…… って、そうだ!あんた何か飲み物もってないか?」
男の子はハスキーな声でそう言った。
何だって? なんで今そう言う? 突然だな。
私はまだ震えている手で、背負っていたリュックから保冷ポットを出して手渡した。
午後の休憩時間に先輩たちと飲もうと思っていたから、一リットルのちょっと大きめなポットだ。
中身はハーブ水。
レモンバームでレモン風の香りづけと、ハチミツでほんのり甘く。
夏日の予報だったから氷も入れて冷たくしてあるから、渇いた喉にはとっても美味しいと思う。
男の子はよっぽど喉が渇いていたみたいで、ポットに直に口をつけてゴクゴクと音を立てて飲んでいる。
直飲み……
いやいや、彼は命の恩人だ。一リットル全部さしあげよう。
男の子は半分くらい一気に飲んだところでブハッと口を離すとすごい勢いで、
「うまっ!何これ!これ水か? いや、水じゃないな、すごく美味い!何だかいい匂いがして、ほんのり甘くて。 何より何でこんなに冷たいんだ?」
「ハーブ水だよ。気に入ってくれたならよかった。 冷たいのは保冷ポットに入っているからね」
聞かれたことに答えていると、
グウウゥゥゥ。
お腹の音?
見ると男の子が顔を赤くして、
「昨日からずっと飲まず食わずだったんだ。食べ物は何とかガマンするけど、水がなくなったのはキツかった。しかもこんなに美味い水!ほんと助かったよ!」
照れ隠しか、早口でそう言った。
いやいや、照れてる場合じゃないから!
昨日から何も食べてないって!私なんて一食抜くだけでも死にそうになるわ!抜いた事ないけどね!
「よかったら、お弁当があるけど…… 食べる?」
西洋風の人に和食が口に合うかと、ちょっと迷ったけど聞いてみる。命の恩人だもんね。
「それ、あんたの食べる分じゃないのか?」
「まだ他にもあるし。それにしばらく食欲はわかないわ……」
それならばと、男の子は嬉しそうにお弁当箱を受け取った。
食べる前に、アレが視界から見えないところまで移動する。少しでも早く離れたいし、私は食べないけど、あんなのが近くにある場所で食事なんてありえない。
「うまっ!」
男の子は最初にそれだけ言うと、後は一心不乱に食べている。息してるのか心配な程。
そんなにお腹が空いてたなら、最初から遠慮しないで食べたらよかったのに。
ちなみに今日のメニューは、簡単に鶏そぼろと卵のそぼろの二色弁当。彩に、カップの底にマヨネーズをしいたブロッコリーの緑と(こうするとブロッコリーが動かなくていいの)ミニトマトに塩コショウとオリーブオイルをかけてラップで茶巾にした赤色のサラダ。
そぼろはこぼれて食べにくいから、お弁当の時はスプーンにしているんだ。よかった。この人きっとお箸は使えないもんね。
それにしてもすごい食べっぷり。和食が口に合ってよかった。
「美味かった〜!」
返されたお弁当箱は、舐めたようにきれいになっていた。
この気温だし洗っておきたいけど、水道なんてないからしょうがない。そのままリュックにしまう。どこか洗えるところに行ったら洗おう。
「で…、食べたり飲んだりが先になっちゃったけど、あんたどうして一人でこんなところにいたんだ?」
私だってどうしてだかわからないよ。
何て答えたらいいのか考えてしまう……。
私が黙っていると、
「黒い髪に黒い目って初めて見た。あんた人族に見えるけど……、違うのか?」
人族!
という事は、エルフやドワーフなんかもいるという、やっぱりここは異世界なのね!
気持ちの悪い芋虫風モンスターもいたしね!
「いやいや、人だから!というか、私の名前は、木崎優愛木崎が姓で、優愛が名前ね」
西洋風だとファーストネームが先だったからね、一応そう言ってみた。
「え、貴族様……、なのですか?」
男の子は焦ってちょっと変な発音になった。笑える。
「貴族じゃないよ、一般庶民。それからあんたじゃなくて名前で呼んでほしいかな」
「なんだ、姓なんてあるから貴族かと思ったじゃないか。焦らすなよ」
男の子はホッとして、ちょっと文句のように言った。
わかりやすい性格だな。
「で、命の恩人さんのお名前は?」
「俺の名前はジェイソン。ジェイって呼んでくれ」
命の恩人は、いい笑顔で言った。