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the World Around  作者: 一倉弓乃
7/20

7 港町

 持ち物を整えて、与えられた車でドームを出たとき、すでに日は暮れかけていた。

 ドームの外は、冷たい冬の大気に包まれていた。

 当り前に運転席についた陽介に、ハルキはたずねた。

「…免許はいつとったんですか。」

「…今年の春。

…直人さんがとれっていうからとったら、とった途端亡くなったよ。」

「…ああ、自分の死期がわかってたんだ…?

…いろいろ不思議な力のある人でしたからね。

いかにも俺は一般人だよ、みたいな顔してたけど…

よくよく考えたら、いろいろありえない人でしたよね。

ホントは力が負担だったから、水守の社に通っていたんでしょ?あの人。」

「そうらしい。」

「…運転、僕もできますよ。とりあえず今日は一時間交代にしますか。」

「ああ。…おまえはいつとったの。」

「僕は南米いく直前に。連邦軍の訓練所で。3日でとらされましたよ。」

「…大丈夫なの?」

「…まっ、乗り回してましたからね。南米着いてジャングル向う途中でもういきなり検問突破からスタートですから。

…いつきさんの運転より絶対マシですよ、僕のほうが。

戦車も運転しましたし。ぶっつけ本番で。」

「…。」

 2人の車はオレンジ色の夕日の照らす、乾いて澄んだ大気の中をまっすぐにすすんだ。

 しばらくはぽつぽつと道沿いに点在する住宅をみることが出来たが、やがて丈の低い芝生のような下草が延々と広がる原野になった。

 夕日が遠くの森の輪郭をメルヘン画のような影絵にしたあと消えると、辺りはまったく何もない、真っ暗な一本道となった。

「…ブリテン島って日本と一緒くらいの広さだろ。

なんで浮上車の設備整えないのかな。

誘導電波だしたほうが安全なのに。」

「…そもそも事故るほど車がないんでしょうね。

フィールドの人口が日本とは段違いです。

それと、設備整備の実務に携れる若い筋力が不足しているんでしょう。

じいさんばあさんが多いんですよ。

あれは人間が有り余ってるアジアの文化です。

浮上車は値段も高い。」

 …確かに、ドームを出てから、対向車には一度も会わなかった。

「…先輩、真っ暗で怖いですか?」

 ハルキはそういってクスっと笑った。

 陽介はため息をついた。

「…狸轢きそうで怖いよ。」

「あはは。」

 …しばらく、南米で蛇や蛙や獣を轢いた話が続き、陽介はげんなりした。

 食い物が尽きたときに、いつきがそれを拾いに行って、2人で焼いて食った話となると、吐き気を催した。

 確かにフィールドは、ヨウスケのようなスーパーオボッチャマが一人で来るところではない。

「…安心して下さい、先輩にそんな変な物食わせたりはしませんよ。

ここはヨーロッパだし。

蛙は森林部以外では死滅してます。

いたとしても冬眠してますよ。」

 …もっと不安だ。


+++

 緯度が高いため、日暮れは早かったが、時間はまだそんなに遅くなかった。

 周囲はまったく見えなかったが、下草も絶えたらしく、岩石がむき出しになっているのだろう、砂がもうもうと撒き上がって視界を悪くし、空気は埃っぽくなり、ときどきワイパーを動かしたが、フロントはすぐに泥だらけになった。

 ハルキが運転し始めて40分くらいたっただろうか、遠くに明りが瞬き始めた。

「…灯台ですね。」

 ハルキが言った。

 じきに、街についた。

 街には街灯があったが、車はそれほど多くなかった。

 ドームのない街で、夜が人間の活動時間だ。

 人がそぞろ歩いていた。犬の散歩をしたり、買い物に出かけたり、だ。

 陽介は予約していた宿の道順を告げ、ハルキは宿に車を入れた。

 2人で先ずはチェックインした。

 宿の1階はパブで、2人は部屋をみたあと、そこでかるく食事をとった。

「…この街にいる間は食事は問題なさそうですね。」

「…逆にいうと、まともな食事はこの街までかもってことか。」

 食事のあと、パブのマスターにここしばらくの来客についてたずねてみた。

 いつきも鳴海もライリアも出てこなかった。

「…ここの街は、ほかに宿は?」

「ホテルはうちだけかな。

でもB&Bが10軒ばかりあるよ。」

 ベッドと朝食だけの宿だ。個人宅がやってたりする。

 なるほど、だ。なんだかんだでお嬢でお高いいつきはともかく、鳴海はそういうところで地元の人と酒を酌み交わすのが好きそうだった。

「…パブは他に何軒くらいあるの。」

 ハルキがたずねた。

「小さいとこもいれれば20軒はあるよ。」

「…そのうち、女性がたまってるようなところってある?」

 陽介の問いに、ハルキは吃驚したようだが、マスターはやれやれという顔になって苦笑した。

「…港に面したウッドテーブルってとこは、お姉さんが客をとってるよ。」

「いや、そういうところじゃない。」陽介は否定した。「地元の普通の女の子が、女の子同士でチップス片手に、うわさ話に興じてるようなところ。」

「…シロウト相手はよくないよ。いざこざになる。やめときな。自称漁師の男どもは怖いよ。」

「…買うんじゃないんだ。友達をさがしてる。女の子が注目するような友達なんだ。」

 ハルキがなるほど、と日本語でつぶやいた。

「人探し、ね。あまり協力は得られないと思うよ。…ここは観光地だしね。」

 そういいながら、マスターは、そばにあった他店の紹介カードの山から、一枚を探って陽介に差し出した。


+++

「…まだですね。」

 港町のうすぐらい街路で突然そう返事をされて、陽介はびっくりした。

「何?」

「え?…今、追っ手はまだだよなって、言いましたよね?」

「いや、言ってねえ。」

「嘘ですよ。」

「いや、ホントに言ってねえ。

…おまえ、また神様に話し掛けられてンじゃねーの?」

「やめて下さい。」

 紹介された店はツーリストインフォメーションの隣だった。大きな通りに面しており、人通りも多く、車も走っていた。教会も近いらしい。

「…先にインフォへ寄ろう。まだ開いてるだろ。」

 大きなインフォメーションの建物は古びていたが美しい建築だった。中に入ると、内部は近代的な素材で清潔に維持されていた。

「…ああ、なんかムラムラと、コーヒーが飲みてぇ。」

「…店で飲みましょ。」

「…いや、一杯だけ。」

「いつからコーヒー中毒なんですか。」

「直人さんと暮してから。」

「…」

 陽介は一通り地図やパンフレットを拾うと、さっさとカフェのカウンターに座った。コーヒーを頼む。ハルキは頼まなかった。

 コーヒーが来ると、飲みたかった衝動はきっぱり収まった。

 陽介はフェリーの時刻表をみた。

「…一応、船は毎日行き来してるらしい。

朝晩一本ずつだな。」

「…飲まないんですか。」

「…飲むよ。」

「…一口ください。」

 陽介はびっくりして顔を上げた。

「…いいけど…買えばよかったのに。」

「…いや、急に飲みたくなった。」

 ハルキは陽介のコーヒーを飲んだ。

 コーヒーはここでは安くて、一杯50くらいのものだ。水よりやすい。

 陽介がみている前で、ハルキはコーヒーを全部飲んでしまった。

 …陽介はとくにコメントしなかった。

「…島のツーリストインフォの隣が大きなB&Bらしい。島のメインのホテルといってもいいな。…てことは、島にも滞在できるな。」

「…まあ、連絡船に乗り遅れるお馬鹿さんもたえないでしょうからね。

…先輩、ごめんなさい。全部のんじゃった。やっぱり買って返します。」

「…いいよ、別に。なんか飲みたくなくなった。」

「…すねなくてもいいでしょ。返すっつってるのに。」

「…いや、ほんとに、急にどうでもよくなった。」

「もう。」

 ハルキは腹を立てて、コーラを買って来た。

 コーラはなんとなく飲みたかったので、陽介はそれを有り難く頂いた。

「…けっこう広いですね、島。

歩いて一日でまわるのはきついんでしょうね。

祭壇遺跡までの、レンタサイクルに、馬車に、ミニバスツアーか。

…公共交通機関がないですね。

島民はみんな、徒歩だ。

住宅地が港の近くに密集している。」

「…自転車いくらだ?」

「一日で500ですよ。

…乗れるんですか?」

「の れ ま す。

…ボーイスカウトなめんなよ。」

「わぁ、すごい。

僕は乗ったことないんですよね。

でも馬なら乗れるな。」

「馬?!」

「…まっ、自転車ためしてみましょう。

一時間くらいでのれるんじゃないかな。

バイクは乗れるし。」 

 2人はツーリストインフォメーションを出て、隣の店に入った。パブではなく、コーヒーショップだった。何故か2人は当り前の顔で、もう一度コーヒーを頼み、陽介はケーキを買った。

 うまくアレックスがつかまるように、祈った。

「…わかりました。」

 席に着いた途端またハルキに唐突に返事だけされたので、陽介はびっくりしてハルキの顔をみた。ハルキはちょっと憮然として、

「…わかったから、早く行きなさいよ。」

と言った。

 ちょうどそのとき、陽介たちと同じくらいの年齢の女子が3人ガヤガヤと入って来た。


+++

「ええ、これ撮ったの、私よ。

素敵でしょ、この人。」

 アレックスは明るいブラウンの髪をした、ソバカスのたくさんある普通の女の子だった。女の子といっても、白人なので、陽介の倍くらい体重がありそうだった。

「ああ、よかった。

この人を探しているんです。」

「もうだいぶ前だからねえ。

…それに、別に、詳しくいろいろ聞いたわけじゃないし。」

「…どこへ向ったかわかりませんか。」

「どこって勿論、島よ。

でももういないんじゃない。

観光客だと思うし。それっぽい格好だったわよ。

悪い人には見えなかったけど…

きちんとした人だったわ、発音もきれいだったし、態度もきびきびしていて。

…なんで探してるの、日本人?」

 アレックスは訝しげにたずねた。

 陽介が何か適当な出任せを言おうとしていたとき、背中をどん、と誰かに叩かれた。

 その瞬間、何故か涙がだーっとでてきた。

 「えーっ?!」と自分で思い、必死で言い訳をしようとしたら、アレックスは急に立ち上がって、心配そうに陽介を覗き込み、肩を叩いてはげました。

「わかった、わかったわ。

こめんなさいね。

いいのよ。

気にしないで!

私達はすごく話がわかる女子なのよ、大丈夫よ!

…わたしが会った日の便で島へ渡ったはずよ。

祭壇遺跡を管理しているウィッカンの本部に知合いがいるって言ってたわ。

本部は集落から離れているけど、向こうできけばすぐにわかるわよ。

…みんなで有機栽培とかやって、自給自足っぽくシンプルに暮しているわ。

ガーデンの場所はどこかって聞けばすぐに分かるわよ。

そこで聞けばきっとあなたの彼は見つかるわ。

幸運を祈っているわよ!」

 アレックスたちはそういうと、逃げた。背中に慌てて礼を言うと、苦笑して

「…アレックスはハンドルネームよ。

でも彼にもそっちを名乗ったわ。

だってあなたの彼、怖かったんだもの。

名乗ったら許してくれたから、よかったわ。」

といって、店をかえた。

 …後ろからハルキが日本語で言った。

「…やりますね、先輩。」  

「…俺じゃない。」

 咄嗟に答えたが、ハルキは容赦なかった。

「あんた以外のだれですか。

…ま、とにかくケーキ食って下さい。

僕はケーキは手伝いませんよ。」

 …陽介は席にもどった。

 最初の客がビンゴだったり、知りたい情報を向こうが勝手に吐いたり…

 キツネにつままれたような気分だった。  

 …飲んでないコーヒーが激減りしていたが、多分ハルキではないだろう。

「…ハルキ、さっき、何がわかったっていったの?」

「は?

…ちょっと一芝居やるから、お前はじっとしてろって、

先輩言いましたよね?」

 …勿論、言ってない。

「…言ってない。」

「…あんた、乖離生同一性障害ちがいますか。」

「…パニック発作はあるけど、別に統合は失調してない。」

「はいはい。」

 ハルキは見事にききながした。 

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