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the World Around  作者: 一倉弓乃
6/20

6 イケメン報告スレ

 陽介は連邦チューブラインサービスの駅で、追っ手の姿を見た。

 …ついて来い、ナルミのところへ連れていってやるから…

 そう思いながら、一人、ランチにのった。

 雑多な混血人種の乗客のなかで、陽介のアジア系の容姿は、うまく、地味に紛れた。

 海峡を越えて降り立ったドームは、大昔から保存されてきた、古く、しゃれた町並みを、そのまま建て替えることなく覆っていた。 

 陽介は用意された宿にチェックインして、部屋でコートを脱ぐと、すぐさまフロントからコーヒーを取りよせて、ラウールが用意してくれた移動情報端末を立ち上げた。いつきの最後のカード請求は、このドームからはいっているそうだ。連邦ネットの地図サイトをよびだして、このドームから外へ出るルートを確認した。

 …飲みたくないのにコーヒーを手許におきたくなり、しかも中身が減る。

 陽介は懐から、お守りの小柄をとりだして、コーヒーのそばにそっと置いた。…きっとこれをくれた人が、飲んでいるんだろう、コーヒーが好きだったから…と、ごく自然に考えていた。

 ハルキから電話がかかってきた。アカデミーのランチタイムだという。明日、講義が終り次第おいかけますから、決して焦らずに、僕が着くまで出発をまっていてください、と念を押された。「とっとと来いよ。」とだけ言っておいた。

 …もし、いつきたちがブリテン島の別の都市にいったのであれば、そこでの痕跡が残るだろう。ということは、ここのドームから、フィールドに出た可能性が高い。…周辺にいるのか、或いは…。

 地図を目で辿る。…ルートは数本ある。その一本が、海に繋がっていた。


+++

 外へ出て、少しまちを歩いてみた。

 陽介はここに来たのは初めてだ。

 物珍しかった。

 ごたごたが済んだら、冴と遊びに来られるかもしれないし、と思った。

 いろいろなレストランを覗き込んだが、今一つ気乗りしなくて、結局、日本でも馴染みのフィッシュ・アンド・チキンの店にはいり、見慣れたメニューでバーガーだのフィッシュフライだのサラダだのを注文した。

 テーブルにつみあげて食べていると、向いの席に、勝手に女がすわった。

「…。」

 黙って顔を見た。

 知らない人物だった。

 30代後半だろうか。…清潔で、知的な感じのする女だった。

「…ハルキ・ビトウが来る前に、あなたとお話がしたく。クガ。」

「…失礼ですが、どなたでしたっけ。」

「…名前は申し上げられません。残念ですが、社名も。」

 …社名?と陽介は内心訝った。

「…教団は、ナルミと話し合うつもりはありません。

あなたがこのままナルミのところへ追っ手をつれて行けば、

ナルミは危機に陥ります。」

「…。」

 …おそらく、教団がらみの人間なんだろうなと思った。

 夜思を見てもわかるように、教団も一枚岩ではないのだ。

「…教団の目的はなんですか。」

 陽介は単刀直入に聞いてみた。

 女は言った。

「…ナルミをとりこんで…聖地へ向う経済的負担を…。

ナルミは身寄りがありませんので、財産を取り上げるつもりです。

…教団は、いままでそうして何人かの資産家をとりこんできています。」

「ああ、金ですか。」

 陽介は興醒めして言った。

「…教団の覆面企業は、ハルキの働きで買収を免れたとききましたが…

聖地へ行く金もない窮状なんですか?」

「…」

 …どうやらその会社の関係者のようだった。

「…宗教団体というのも危ういものですね。

…教義はどこへいったのだろう。

…救済は?」

 陽介は上目遣いに女を見て言った。

「…金、金、金。

所詮金ですか。

…魂は、所詮ドームの殻を割れないわけだ。

ドーム世界の経済観念に、骨の随まで支配されている。

…それが宗教ですか?

…それともハルキが昔言っていたように、

はなから、神も救済もなく、

ただの胡乱な経済活動の一環だったんですかね、

ビトウ家の深く絡んでいるあの教団は。

…インチキと言い換えてもいいけど。」

「それは違います。」女は静かに否定した。「…ただ、人間は社会のなかで生きている以上、どうしてもお金は必要なのです。

組織が大きくなればなるほどそうなのです。

…集会一つするにも、場所代がかかる。」

「…信仰に金が必要なんじゃない、

単に団体の運営に金がかかるだけだ。

信仰なんて、個人的で、内面的なことだ。」

「…一人で信仰を持続していける人間は、希有です。

…人間は、群れを作る生き物ですから。」

「…。」

 陽介はため息をついて、バーガーをかじった。

「…で、俺にどうしろと?」

「…御忠告もうしあげただけです。

御判断は、御自身で。」

 女はそう言うと、立ち上がって店を出ていった。

 陽介は迷惑そうにその後ろ姿を見送った。

 …余計なお世話だ。


+++

 ラウールのわたしてくれた移動式の情報端末は頑丈な完全防水でしかも砂防のうすい被膜で被われており、太陽電池の充電器がついていた。あからさまにフィールド仕様だ。チップ一つで、衛星につながり、あらゆるネットワークにアクセスできた。…アウトネットにも、だ。アウトネットは、フィールドは勿論、連邦非加盟都市にまでその末端は伸びているといわれている。プレ・ドーム時代から続く古いネットワークで、だれもその全貌を知るものはない。

 陽介がよく見ているサイトは、いまだ地域言語が使われている匿名掲示板だ。翻訳ソフトがあるので、普通に読める。地域事情が濃厚に出ていて、面白い。

 いろいろ地方のスレをみているうち、ブリテン島の「イケメン報告スレ」というスレッドがあるのを見つけた。

 これは肖像権の侵害になるといって連邦ではかなり徹底的にとりしまられている遊びなのだが、アウトでは投稿者はまったく絶える気配がない。アクセスのIPが徹底管理されている連邦ネットならともかく、アウトネットはそのあたりが少し緩いので、なかなか投稿者がつかまらないのだ。

 簡単な遊びで、街でいい男を発見したら、写真をとって勝手にアップロードする。貼られた写真をみんなで品評して、投票する。毎月、ベスト10をきめる。それだけの、罪がないといえば、罪がない遊びだった。

 しかし品評されるほうはたまったものではない。ちなみに陽介はこれの日本語版のサイトで、クラスメイトがのっけられているのをみつけたことがある。嫌いだからおしえてやらなかった。おしえてやったところで、削除申請の仕方も知らないだろうから、騒ぎが大きくなって、面倒なだけだ。行き掛けの駄賃に「こいつ顔はいいけど、早漏」と書いておいてやった。ホントに早いのかどうかは、陽介の知ったことではない。

 さーとスクロールしたら、過去のベスト10画像の中に、簡単に見つかった。

「素敵な彼だと思わない?…本人には掲載了承済みです。」などと嘘っぽいタイトルがつけられて、「おじょうちゃん、いいかげんになさいね」という顔で呆れているライリアの写真が、そこにあった。投稿者情報にのっているアルファベットと数字の羅列をコピーし、別のサイトで解析にかけた。

 10月の下旬の日付けと、地域の名前だけはかろうじて表示された。

 …少し日がたってしまっている。もうそこにはいないだろう。

 陽介は一応それをメモに残した。…写真の後ろは、海だ。

 評には「すてき」とか「わたしはこれいいと思うわ、お気に入り」とかにまじって、「よく撮らせてもらえたわね、殺されそう」などというかき込みもあった。投稿者はそれにこう答えている。「彼、もう行ってしまったわ。だからどうでもよかったのではないかしら。本当の通りすがりだったの。睨まれたけど、怒ったかどうか聞いてみたら、名前を聞かれたの。あなたがとても素敵だったから写真をとってしまったの、御免ナサイと必死で謝ったら、写真ぐらいはいいが、許可をとってから撮るべきだと、口煩いおじいさんみたいな口調で叱られたわ。」と。…投稿者の名は、アレックスとだけあった。


+++

 翌日の夕方、ハルキがやってきた。チューブラインの駅まで迎えにいったら、なんと、向うのほうで、追っ手に囲まれているハルキをみつけた。

「…あちゃー。どーするよ、これ。」

 陽介は独り言をいって、仕方なく、離れたまま、話が終わるのを待った。教団は教団で、いろいろ利害関係が衝突しているのだろう。調整が必要なのだ。

 しばらくもめているのを遠くから見ていたら、やがて警備隊がやってきて、ハルキと追っ手はあっというまに、蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ出した。陽介は外に出て、ハルキがでてくるのを待った。ハルキは手際よく陽介を見つけて、走ってやってくると、ひっさらってそのまま無人タクシーに連れ込んだ。

「ふーっ、びっくりしたーっ。」

「…お前にたかるとはね。…教団、なんだって?」

「ああ、先輩の動きを逐一報告しろって。」

「うわあ。スパイかよ、お前。」

「ことわっときましたよ、安心してください。

…あー、久しぶりにケンカしたかったのになあ。

掴み合うまえにオヒラキになっちゃった。残念。」

 陽介は苦笑した。心強い連れなのは、確かなようだった。

 陽介は、前日に調べたことを話した。

「…そこの港からの船の行き先は5つだ。

…そのうち、4つまでは、ほかの小規模都市の港にむかっている。

1つだけ、かわった行き先がある。」

「どこですか。」

「島だ。

…しらべたら、昔から観光地らしい。」

「観光地?

…昔って、プレ・ドームってことですか。」

「プレ・ドームもプレ・ドーム、…中世末からだ。」

「中世の観光地ぃ?

なんすか、それは。」

「…きまってる。

巡礼地ってこったろ。」

 ハルキはヒュ-、と口笛を鳴らした。

「…キリスト教ですか。」

「…一時期はな。

今はもう撤退してるが…巡礼路は健在らしい。」

「一時期、…」

「そう、つまり、

…もともとあった地域信仰の聖地だった島なんだろ、

でも聖地ってからには、

ようするに、一種のパワースポットかなんかで、

キリスト教の坊主もそこで修業してたんだろうさ。

それでここはいいってことになって、

教会かなんかたてて、

キリスト教の聖地にしちゃった。

…そのあとドームが作られ始めて、バチカンは、そこを…」

「…維持できなくなって、切り捨てた。

なるほど。

…でもパワースポットとしての人気はまだぼちぼちのこってるってことか。」

 ハルキはうなづいた。

「…調べたら、

どうやらそこには、今は別の宗教団体がいついてて、

ウィッカン的なその活動が、

けっこう地味にウケてるらしい。」

「ウィッカン?」

「魔女宗だよ。

宗教っていうよりは、なんつーか、うーん…

まあ、つまり、魔女活動してるんだろうな。

ブリテン島はもともとドルイドとかもいたところだし、

フィーリングが合うんだろ。きっと。」

「ハア、占とか、媚薬とか、呪いとかってことですかね。

…水守さんみたいな感じか。」

 最後のコメントに、陽介は、急激に時間が逆戻りしたような気分になった。

 水守神社の山で過ごした不思議な夏の記憶が、鮮やかに、賑やかに、2人の間に蘇った。 

 ハルキがふと笑った。

「…なつかしいですね。あの山の夏。

2人で特急列車にのって行ったっけ。

…先輩、あの空、覚えていますか。」 

 陽介は激しく揺さぶられた気がした。

「…覚えてるよ。」

 …せつなさがこみあげた。

 …もう取り返しのつかない、遠い過去なのに、…まるで昨日の出来事のように感じられた。

 いつきがいた、ハルキがいた、直人がいた、あの夏。

「…じゃあ、その港へ行って、アレックスを探してみましょうか。

結局ライリアを追うのがてっとり早いでしょう、いつきとナルミを探すには。

…アレックスに、彼がどこいきの船に乗ったかきければ問題ない。」

 ハルキが話をもとにもどしたところで、ホテルについた。

「…そうだな。

…日が暮れるまえに港につけるかもしれない。

…周辺のパブは狙い目だな。

アレックスでなくても、ライリアをおぼえてるかもしれない。彼は目立つ。

それに、ナルミやいつきの消息もそこでつかめるかもしれない。」

「そうですね。

…じゃ、乗り物を受け取って、食料や水を少し積みましょうか。」

 2人は無人タクシーを降りた。

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