表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
the World Around  作者: 一倉弓乃
18/20

18 パリへ

 午後になってから、ソーヤが約束通り車で迎えに来てくれた。ソーヤは車にたくさんの保存食や飲み物を、ガーデンのために積んできていた。

「天気もよろしなったし、ちょっとお客さんたち手伝ってや。」

 いつきたちは声をかけられて、いったん自分たちの荷物を置いた。そしてソーヤが持ってきた荷物をガブリエルの住居へ運び込むのを手伝った。

「…僕たちの持ってきた食料も寄進していこうか。僕らはホテル入りするから、あまりたくさんの食べ物はいらないだろう。ここはこれからまだ長い冬だ。少しだけど、あれば役に立つだろう。」

 鳴海がそういったのでいつきと陽介とうなづき、荷運びが終わると、自分たちの荷物を開けた。

「…助かりますけど、手持ちの食糧がなくて大丈夫ですか?」

 ガブリエルは心配してたずねた。

「…栄養キューブと水だけ少しもっていこうか。」

 いつきが言うと陽介はちょっと渋い顔をしたが、同意した。

「…栄養キューブか…まずいんだよな、あれ。」

「じゃおいていきなさいよ。」

「…いや、非常食必要だろ。軽いし、一応持っていく。」

「はるきちゃんもなんか持ってると思うけどね。…ところであんた朝もろくすっぽ食ってなかったけど、大丈夫なの?」

「…大丈夫だろ。水さえ飲んでりゃ当分は死なねぇよ。」

「…だから歩けないんじゃん。」

「うるせえ、ほっとけよ。」

「陽介さん、食べなきゃだめですよ。寒冷地では体温の維持にカロリーもっていかれますから。水だけだと体が冷えますし。」

 ソーヤも言ったが、陽介はかるく手を振って「ホテルでなんか温かいものでも食べます」と言っただけだった。もっとも、ホテルの食事も味や質はまったく期待できなかったのだが。それを裏付けるようにソーヤが言った。

「…ホテルも保存食ですよ。言ったでしょ、うちの店の食べ物がこの島では一番ましだって。」

 陽介としてはそんなに寒さも苦痛なほどではなかったし、まずい食べ物を我慢して食べるより食べないほうが楽だった。…冴の手料理が恋しかった。

 軽くなった荷物を持ち、ソーヤの車に三人はまた乗せてもらった。ソーヤはガブリエルにちょっと目配せした。ガブリエルは小さくうなづいた。

「ほな、わたしはまたきますわ、ガブリエル。」

「ええ。いつでも。」

ガブリエルは強風のやんだ晴れた空の下で手を振って見送ってくれた。

「…話し合いはついたんですか、みなさん。」

 運転しながら陽気にソーヤは言った。

「ええ。とりあえず一旦根ボスのところに戻ることになりました。」陽介がこたえた。

「どこだか聞いていい?…いやなら言わんといて。」

「…P-1よ。」いつきが言った。

「あら、パリから来てはったの。」

「実は。」

 ソーヤは笑った。

「バリバリの連邦圏内やね。お嬢さんはそんなふうに見えなかったんやけど。あの眼鏡のお兄ちゃんとか。」

「目がいいわね。…わたしたちは外が長かったから。」

「やっぱり。たくましそうやものね。」

「デショ。」いつきは肩をすくめた。「陽介のほうがよっぽどお姫様みたいでしょ。」

「それは言えるわ。」

 陽介はちょっといら立ったが、面倒なので黙っていた。

「僕もアウトエリアにいた時代あったんですよ。」

 鳴海が面白そうに言った。

「えーそうなの。それはわからんかったわ。擬態うまくいってはりますな。」

「まあ、連邦もけっこう長いです。」

「アウトエリアの匂いがすっかり抜けたのですね。」

「そう見えますか。」

「見えますね。上品などこかの御曹司って感じやわ。」

「…まあ、どうやらそう…らしいんですけどね…ははは…」

鳴海は虚ろに笑った。

「おお、そうでしたか。わたしの目も中々やね。」

 ソーヤは別に気にしたふうもなくそう言った。

 車をつかえば小さな島の移動はあっという間で、天候が悪化する前に四人は港についた。

「…今日の便はもうないから、明日ですね。ホテルは取れましたか。」

「とれたわ。」

「オフシーズンですからね。こんな島でも夏は観光客でにぎやかなんですよ。遺跡とか見にね、みなさんいらっしゃる。…あ、お連れさんでは?」

 ソーヤが手を振ったほうをみると、はるきが手を振っていた。

 陽介はふと思い出してソーヤに訊ねた。

「…カウンター、どうなりました。」

「…今日もダメでした。一回本島に戻りましょうかねえ。どこで迷子になっているやら。今日び運送屋も大変なんでしょうなあ。しかもこんな連邦のはずれではね。」

「早く届くといいですね。」

「そうやね。」

「…車に乗せていただいて助かりました。どうもありがとうございます。」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。…またどこかでお会いしましょう。連邦か、連邦でないところか、その境界かで。」

「そうですね。そのときはお礼ができるといいんですが。」

「ほんまに気にせんといて。ソーヤさんはええ人やから。」

 三人はその言葉に笑って車をおりて、ソーヤと別れた。

   +++

 はるきと合流して翌日の船のチケットを予約しようとしたが、船が来るかは波次第なので予約はできないと断られた。

「…信じられん。一応連邦だろ、ここ。」

「…連邦だけど外よ。」

「仕方ないですね。まあ、海の機嫌は人間には測りがたい。大人しくホテルに入りましょう。」

 埠頭から10分ほど歩き、ホテルに入った。チェックインははるきが済ませていたので、キーを受け取って部屋に入った。はるきと陽介、いつきと鳴海の組み合わせの部屋に分かれた。陽介は嫌な組み合わせになったな、と少し思ったが、鳴海と二人というのもうるさそうだし、いつきと陽介が二人というのもはるきが嫌なんだろうな、と思った。部屋で荷物を下ろし、ベッドに腰を下ろすとどっと疲れが出た。

「…先輩?…大丈夫ですか?」

「何が。」

 陽介は不機嫌に聞き返したが、そのままベッドに倒れた。

「ちょっと!先輩!」

 …うるせえな、と思ったが、声も出なかった。

 陽介の感覚では少しして、目を開くと、いつきがいた。

「あ、意識もどったわ。」

「意識戻ったわって…ちょっと目閉じてただけだろ…」

「陽介、あんた気絶してたのよ。もう夜の十時よ。…息は苦しくない?心臓は?」

 陽介は唸りながら起き上がった。

「そっちは大丈夫だ…十時?嘘だろ…」

「…嘘だったらよかったんだけどね。フロントに聞いたんだけど、食堂が開いてない時間は食べ物ないんだって。…あきらめてまずい栄養キューブ食べな。持ってきてよかったね。」

 いつきはそういうと、陽介の荷物から取り出したらしいキューブと水を差しだした。仕方なく陽介は受け取った。

「はるきは?」

「そわそわしてうるさいから鳴海にあずけてある。ちょうどいいから二人で親交をあたためたらいいよ。鳴海は教団のことに興味あるだろうし。

…まったく、インスタントコーヒーぐらい出ても罰は当たらないと思うけど、まあ、貧しい島なんだろうね。教団が泊ってるっていうB&Bのほうがなんか飲み物くらいあったかも。あたしは神殿勤めで慣れてるけど、あんたはつらいよね。」

 陽介は派手な味のついたキューブをかじり、よく噛みもせず水で飲み下した。

「…アフリカって、もっとつらいんだろ?」

「そんなこともないよ。まあ、水は少ないけど、食べ物は市にたどりつけばけっこうある。キャッサバの餅みたいなやつとか、トウモロコシのパンとか、けっこう美味しいよ。」

「市…それってオアシスの近くとか…」

「連邦非加盟の『まち』だね。ドームのない、まあ、水場の近くといえばそうかも。」

「ドームなしで砂漠で生きてんのかよ。」

「生きてる。」

「どうやって。」

「どうって、井戸掘ったりとか。日光は日干し煉瓦的なもので遮って、冷蔵庫の原理で風の温度下げて、太陽光で発電して、けっこうそれなりに楽しくやってるよ。まあ、あたしも隊商の話で聞いただけだけど。神殿は地下だったね。だから地下都市も多分あると思う。」

「樹都はドームがあったんだよな?」

「昔はね。今は多分ないか…大きく破損したままになってる。直せる体力が残っていたとは思えないからね。ラウールがコテンパンにやってくれたから。…ああ、神殿はドームの外にあったんだよ。1キロくらい離れてたかな?」

「…人間て意外と強いよな。」

「まあね。…だけど、日本州の夏だって相当つらいよ。あの湿度はないわ~。冬もけっこう寒いし。神殿の地下部分は涼しかったよ。あたしは黒人の血が薄いから日差しはつらかったわ。」

陽介は三口ほどでキューブを食べきり、そのあと水を多めに飲んだ。

「…せめて暖炉でお湯にできれば良かったんだけど、鍋とかないんだよね。電熱器もない。」

「…電灯がつくだけでありがてえや。電気どうしてるんだろうな。天気も悪い日が多いのに。水素電池かな。」

「多分そうだね。」

「…手間かけさせて悪かったな。」

「別に。」

いつきはつんとして否定した。

「…だいぶエネルギーの流れ整えたんだけど、何しろあんたカロリーがたりてないわ。」

「…そうだな。すまん。」陽介はため息をついた。「…こんなんじゃ、聖地までもたんな。」

「ラウールがうんと言えば、徒歩で行くわけじゃないし、あんたでもたべられる携帯食がないか打診してみるよ。軍で作ってそうじゃない?」

「頼む。」

「…材料担いでいけば冴が作ってくれるんじゃないの?」

いつきは冷やかすように言った。陽介はため息をついた。

「…そうだな…」

「心配?」

「…冴も連邦から出たことないからな。多分銃ももったことないぜ。」

「あの子は月島の倅だけあって骨があるから、なんでもすぐ覚えるわよ、特にそういう人殺しの技とかは。」

「…血で汚したくないな…」

 陽介はぼんやり言った。まずい栄養キューブの後味で胸が悪くなっていた。

「どうだか。もう二~三人刺してるかもよ、あの目は。」

「…冗談でもいうな。」

「ナイフで人といわずとも鉞で動物退治するくらいは普通にやってたと思うけど。」

「やめろ。」

陽介は顔を両手で覆った。自分が冴を連れ出したせいでそういう事態になるのはさけたかったが、連邦の領土を出るとなると、まったくもって何の保証もない。

「…具合は大丈夫みたいね。横になってなよ。」

「風呂にはいりてぇ」

「このホテル、シャワーもないもんねえ。水が乏しいんだよ多分。」

「頭がかゆい。」

「あたしもー。あたしは軍隊勤めで慣れてるけど、あんたはつらいよね。」

「…船は明日十一時頃だったよな。」

「うん。」

 陽介はため息をついた。

「カロリー使わねえようにもう寝るわ。」

「そうだね、布団で温まりな。じゃ、あたしも部屋に帰ってはるきちゃんこっちに戻すよ。」

「…別にお前でも何もしないけど。」

「あんたや鳴海みたいな、いくらでもすぐ殺せる男は一緒のベッドで寝たとしても別に何も怖くないけど、はるきちゃんがヤキモチやいてあらぬ妄想するとあとでめんどくさいから。」

「…そうだな。俺は貞操の危機だけどな。」

「はるきちゃんもさっきまで気絶してたセンパイ襲うほど非常識じゃないよ。…じゃ、お休み。」

「ああ、お休み。…ありがとな。すまん。」

「別に。」

 陽介は再び横になった。そしてはるきが戻ってくる前に、眠りに落ちた。

   +++

「たかがこの距離の移動に一日かかるって、ほんとカントリータイムだな。」

 翌朝の食事はやはり陽介の喉を通らなかった。はるきに強要されてまたキューブを水で流し込んだ。水ははるきがもっていたものだ。自分の持っていたものは余計な分だとおもってガーデンに置いてきてしまった。

「のんきなこと言ってられるのはロンドンのドームまでですよ。連邦チューブラインサービスの圏内にはいったら、目まぐるしい時間がかえってきますからね。」

「今後の予定、昨日カズにきいた?」

「はい、聞きました。特に異存はないというか、まあ、僕はどうでもかまいませんよ。」

「いつきはお前をアフリカに連れて行くみたいだけど、お前大学はいいの?」

「いいというか…多分どうせ進級できないので、一年留年かな、下手したら退学かな、と思っていたので…」

「なんで進級できないの。」

「僕、市長枠で二か月遅れで入ってるんですよ。その分講義やレポートだいぶ落としてるんで…」

「…それはもったいないな…せっかく天下のアカデミーにいれてもらったのに…」

「市長枠だから、ワイトさんに頭下げれば今年は退学はないと思います…あとは来年のスケジュール次第ですね。レポートで許してもらえれば一縷の望みはあるんですけど。」

「何専攻してんの。」

「僕に倫理学以外何をやれっていうんですか。」

「神父にでもなんの?」

「それはこっちでは神学です。…一輝兄の轍は踏みませんよ。」

「あっ、そうだよな。」 

「…荷物できました?僕が持ちますよ。また倒れたら大変だ。」

「…うん…頼もうかな…自信がねーわ。」

「大いに頼ってください!」

 はるきはにこにこして言った。

   +++

 埠頭へ出ると、船が入っていた。四人はやっと乗船許可を手に入れ、船に乗り込んだ。乗り込むなり見知った顔を見つけて陽介は驚いた。

「あれっ、ソーヤさんじゃないですか。」

「ドモ。おはようございます。」

「…ということは今日もカウンターが…」

「はい、届きませんでした。一度本島にもどって調査します。」

「大変ですねえ。」

「いいええ、こんなもんですよ。仕事なんてね。…向こうまで船旅またご一緒しましょ。…ドームまで行かれるんですよね?そこからチューブラインでパリに行くんでしょ?」

「はい。」

「わたしは本島の埠頭の倉庫から調査しますんで、埠頭でお別れですね。」

「じゃそれまでご一緒に。」

「ええ。…ゆで卵おごりましょうか?」

「…水があるからおごられようかな。」

「うん、なんか食べないとだめですよ。」

「キューブは食べたんですけど。」

「あれは一日持たないですよ。半日分。…あ、AWのヨーグルト飲料ありますよ。あげましょ。」

「え、いいんですか。」

「はい。倒れそうな美少年ほっといたら罰が当たりますんで。」

「…面目ない。昨日あのあと倒れましてね。」

「いわんこっちゃない。」

 陽介は三人とわかれて、ソーヤと売店へ行った。ソーヤは自分の分と二つ、ゆで卵を買い、一つを陽介にくれた。

「…ねえ、陽介さん。…ちょっと陽介さんの胸に秘めておいてほしい打ち明け話があるんですけども…」

「え、なんですか?」

「うん、いつきさんたちにはまだ黙っておいてもらえます?」

「いいですよ。」

「…あそこのガーデンねえ…けっこう昔からあるんですけど、古い言い伝えが残ってましてね。」

「言い伝えですか。」

「はい。」

「どんな。」

「…ガーデンにぶらりと来たナザレスさんを、ガーデンが受け入れたのには訳があるんです。それは旅人をもてなすとかそういう範疇のことではないですよ。わたしもナザレスさんやライリアさんのことは今回初めて聞いたんで知らなかったんですけど、…ちょっとあなた方をおくったあと、ガーデンに引き返してガブリエルに話をききましてね…」

 …まあ、興味がわいても仕方あるまい、と陽介は思った。どうせ言いふらしたところで妄想と思われる聖地の話だ、別段ソーヤが知っていても問題はなかろう、と思った。

「…あそこのガーデン、言い伝えでは、昔は割としっかりした組織をもってる宗教の出張所みたいなところだったらしいんですよ。ナザレスはそれをあてにしてやってきたとガブリエルは言うんです。」

「…しっかりした組織の出張所、ですか。」

「うん、もともとはね、本部がこっそりと何人かを何事かから守ろうとして逃がして、その集団が果ての島にいついたということらしいんです。」

「…」

「島に出張所ができたばかりのころは本部とそれなりに行き来もあったらしいです。…いや、それでね、わたしのママがガーデンの出だという話はしましたよね?」

「え、はい、そうでしたね。」

「わたしのママはその最初のひとたちの子孫というか、まあ、血がつながってたらしいんです。ガーデンは別に男子禁制ではないですからね、旅人をもてなして子種を置いていってもらうこともあったわけで。」

「…そうなんですか。」

「はい。それでね…今のガーデンの魔女たちは、普通の人が多いです。ガブリエルも外から入ってきたひとですし、血がつながってないメンバーが多いんです。でもね、わたしもそうなんだけど、ママは突然白日夢みたいな変な夢を見ることがたびたびあったんです。」

「!」

「…はい。少しあなた方のお話はガブリエルからききました。…多分、ママは聖地の人の血を継いでいます。それで、ナザレスというひとは多分、聖地の神殿の出張所みたいなところが、この島にあるのを知っていて、頼ってきたんだと思います。ガブリエルたちは夢物語とは思いながらも拒否することはしなかった。久しぶりの本部からの消息ですからね。…ライリアというひとはわかりません、ナザレスさんの消息を追ってきたそうですから、ガーデンが昔は神殿の出張所で、聖地を逃げてきた巫女さんたちが作ったところだったとは知らなかったかもしれません。」

「…あんた夢見か…」

「夢見?そう呼ばれているんですか、聖地では。」

「いや、教団がそう言ってる。教団ていうのは、神殿とは別の組織で、…あそこもあんたの言うガーデンみたいに、はぐれの巫女さんが中心になって作ったと思われるんだ。…はるきの母親だ。翼に光とかいて翼光教会。」

「…はるきくんも『夢見』、ですか?」

「…微妙だな。あんたが言うように、『白日夢みたいな奇妙な夢』はみている可能性があるらしい。いつきが言ってた。いつきは『夢見』だ。ここんとこ倒れてないが、高校生のころは学校でばたばた倒れて眠りこんでいた。神様から送られた夢を見るんだそうだ。」

「神様から送られた夢。それです。」ソーヤはうなづいた。「パリにいったとき、空いっぱいを埋め尽くすブロンドの神様の幻を見たことがあります。パリのドームにいくとやたらに白日夢を見るんです。だから行かないようにしている。」

「何も知らなかったのに神様からの夢となぜ気づいたんです。」

「それはあの圧倒的な迫力というか、恐れすら抱かせるヴィジョンを見たら、誰に教えられなくても神様か悪魔の凄いやつか、どっちかだと思いますよ、誰でも。」

「…そのことは誰も知らない?」

「…いまのところはママだけですね。パパにも言っていません。…精神科に行かされるのがオチですからね。ママが『夢』をみるのは知っていたんで。」

「…なんとまあ。ソーヤさんも関係者だったってことか。」

 陽介は言った。平静を装っていたが、内心かなり驚いていた。

「…それでね、わたしはとくに墓参りとか用事はないし、聖地の男殺しの結界とやらにひっかかるのもゴメンですから、アフリカについていく気はないです。仕事もありますしね。ただ、もし無事にお帰りになられたら、わたしやガブリエルたちにも顛末を教えてほしいんです。…ナザレスも別に本部と連絡を取ってくれていたわけではないらしいですが、それでも本部からの久しぶりの便りで、そのあとはライリアが来た。そのあとはあなたたち。ガーデンは聖地と微かな糸でつながっているんです。」

「わかった、ガーデンには世話をかけたし、…連絡先を交換しておきましょう。」

「話がはやい。…今聖地はどうなっているんですか。ライリアという人が、ドームが壊れたと言っていたらしいんですが。」

「…いつきの話でもどうやらそうらしい。ただ、神殿のほうは無事である可能性が高い。…魔法樹とはここ数年、力の弱い夢見はつながらなくなっている。これは教団からきいた。いつきもあまり夢で倒れなくなってる。ただ、教団に言わせるといつきは魔法樹に対する感度は高いらしい。ほんとかどうかは知らないけど。」

 二人は話しながら連絡先を交換した。

「…いつきさんのお母さん、一人で守っているんですか?」

「…どうだろう、多分そうなんじゃないかと。」

「それは大変なお役目ですね。」

「そうだな…。」

「…これでよし。…じゃあ陽介さん、頼みます。」

「わかった、面倒くさいから内密にしておく。」

「助かります。わたし、仕事を失いたくないんで。」

「ガブリエルにもよろしく伝えておいてくれます?」

「もちろんです。」

「あと、ガブリエルに、関係ない人間には俺たちが来たこと話さないように言っといたほうがいいかも。」

「そうですね、ガブリエルは口が軽い人ではないですよ。わたしが身内で、わたしのほうから聞いたから教えてくれただけで。実際ナザレスさんやライリアさんのことで、あなた方に言わなかったこともあると思います。…もし万一わたしが教団とやらに絡まれたときは、あなた方のことは何も知らないと言っておきます。ガブリエルにも口止めして、なにか適当な嘘を言うように言っておきましょう。」

「助かります。」

「…さすがに観光、じゃごまかしきれないでしょうなあ。」

「ナザレスもライリアも知らなかったことにすればいい。俺たちは空振りで帰ったと。実際あなたは最後に動かなかったら、そうだったところなんだから。」

「そうですね。わかりました。」

 二人はゆで卵を食べ終わり、陽介はケホケホとせきこんで、慌てて水でぱさぱさの黄身を胃に流し込んだ。

   +++

 本島につくと、港でソーヤとは別れた。

 午後になっていた。

「…なんか食べられそうなもの探して食べようよ。フィッシュ・アンド・チップスでもハンバーガーでもいいからさ。あたしおなか減ったし。陽介にも何か食べさせなきゃ。」

「そうですね。」

「温かいものがありがたいよね。お茶かコーヒーだけでも。」

「寒い?鳴海。」

「まあ、いささか。でも僕より陽介が心配で。」

「…すみません、みなさんにご心配かけて。俺は別に寒くはないです。」

 陽介はいささか小さくなって謝った。

 ほどなく四人はファーストフードの店を見つけて、そこの席に落ち着いた。

「はー…疲れたね。」

 鳴海が言うと、いつきが言った。

「鳴海や陽介はつらいわよね。あたしたちは慣れてるけど。」

「…ほんと、南米ではいろんなもの食べたよね…」

「栄養ついたデショ。」

「まあそういう言い方もあるね。水に当たらなかったのは幸いだったよ。」

「はるきちゃんはほんと、おなかは頑丈よね。おなかだけじゃなく、体が強いのよね。」

「うん、外長いからね。」

 はるきは人目をきにしてか、アウトエリアということばを避けた。  

「遺伝もあると思うよ。免疫の問題もあるから。」

「そうだね。丈夫に産んでくれたっていう点では、お母さんには感謝してるよ。」

 魚のフライとポテトが目の前にありながら、四人とも先にコーヒーを飲んだ。

「うわー、あったまるう。」

「助かるわね。」

「いい香り。」

「…俺今の状態で魚のフライ食えるかな…はるきとちがって腹強くねーから、油使いまわされてると中るかも…」

「んーもう、これだから深窓の令嬢は。どれ、あたしが先に味見してあげましょ。」

  いつきはそう言うと、豪快に、大きなタラのフライにかぶりついた。

「んーあっつ!おいし!…大丈夫そうよ。油、酸化してない。」

「いただきまーす。」

 はるきもチップスを食べた。

「…うん、大丈夫みたいですよ、先輩。」

「…重ね重ねすみません。」

 陽介が殊勝に謝ると、鳴海が笑って「僕たちもいただこうよ。」と言った。

 そこで陽介も鳴海と一緒に食べ始めたが、胡椒だけで簡単に味付けされた白身魚は塩気がなくて不味かった。チップスをつまんだが、「こんな俺でもつくれそうな簡単な料理どうやったら味付けとか失敗するんだよ」というような味がした。鳴海は文句を言わずに食べている。

「…カズ平気?」

「…僕は飢えて歩いてた時期が長いからね、わりと食べ物は有難く何でもいただけるよ。…食べるの無理そう?」

「…胃袋縮んでるのかな。」陽介は見え透いた嘘を言った。

「…たべなさいよ、お姫様。」

 いつきが言うので、陽介はちまちまと少しずつ食べた。いつきもはるきも豪快に食べている。あっという間に大きなタラを胃袋に収めた。

「…お前らをみてるとホント世の中に不味い食べ物なんてないんじゃないか、って気持ちになるよ。」

「…うちのお母さん先輩のお母さんと違って、料理あまり上手くなかったんですよね。なので僕は大体どんな味付けでも食べられます。子供の頃はパンとチーズとヤギの乳だけの日も多かったですね。」

「失礼ねあんたたち。こんな温かい食べ物、美味しいじゃないの。腐ってるわけじゃなし。」

「…俺の分も食っていいよ。」

「ダメ。あんたは食べなさい。」

「うん、陽介は無理しても食べたほうがいいね。」

 鳴海もぱくぱく食べながら言った。

 陽介はとりあえずコーヒーを飲んだ。コーヒーは飲める。これ多分直人さんのおかげだな、と思った。まあ直人さんが嘆きそうな味ではあるけど…と。

「…まあいきなりたくさんは食べられないかもですね。フィッシュフライ半分手伝いますよ。チップスはたべられるでしょ、なんとか。」

 はるきはそう言うと、陽介のフィッシュフライを半分折りとって、少なくしてくれた。

「…この辺て、塩味つけない地域なのかなぁ。」

「そうですね、薄味ですね。」

「いや薄味っていうか…」

「文句言ってないで冷めないうちに食べなさい陽介。冷めたらもっと不味いわよ。」

「…はい。」 

 いつきの正論にぐうの音もでず、陽介は我慢してチップスと残りのフィッシュフライを食べ始めた。あまり味わわなければいいかも、と思ったが…

「…陽介たん、ちゃんと噛んで食べなちゃい。おなかこわしまちゅよ。」

 と鋭くいつきに突っ込まれ、いよいよ我慢して噛む羽目になった。

 それでもやはり全部は無理で、途中でギブアップした。

「…ダメだわ。もったいないからはるき食って。」

「…また気絶しますよ、空腹で。」

「…運転は無理そうだね…」

 鳴海も二人に続いて完食して、言った。はるきが陽介の残り物を食べながら言った。

「ああ、運転は僕がしますよ。」

「…僕の運転は陽介がこわいっていうから、そうしようか。…車無事かな。」

「こんなに長く滞在する羽目になるなら、誰かに預けたのにね。まあ、エンジンが盗まれていないことを祈る。」

「さりげない感じで地元の車にまぎれるようにとめたから盗難は大丈夫だと思うけど、…ご近所さんが怒ってるかもね。」

「そうねえ。まあ、仕方ないわね。」

 陽介は残りのコーヒーを飲みほした。はるきも食べ終わって、コーヒーを飲みほした。

 店を出て車を止めた場所に行ってみると、はたして車は無事だった。

「よし、じゃあドームに戻ろう。」

「…あたしたち臭くない?はるきちゃんはともかく。」

「まあ、パリにもどってから身ぎれいにすればいいよ。ロンドンは一瞬通過するだけだから。」

「まあ、そうね。」

「行こう。」

 四人は車に乗り込み、ロンドンのドームへと向かった。

   +++

 ドームに入ってからは急に時計が動き出したかのようにスムーズに物事が進んだが、なんだかんだでパリについたのは夜中だった。

「…まだ二十二日だよな?」

「うん。朝になったら二十三日よ。」

「まにあった…」

 座り込みそうになりながら陽介は言った。

「…陽介、帰ったら少し走ったほうがいいよ。」

「え、そんなギリギリか?」

「いやそういう意味じゃなくて。一日十キロぐらい走って体力つけたほうがいいよ。…ヨレヨレじゃん。」

「…飯が食えればここまでフラフラにはならなかったと思う。飯がネックだった。パリでなんか食いなおそう。」

「この時間に空いてる店探すのはなかなか難儀だよ。まあ、AWでも行ってサンドウィッチでもたべるしかないだろうね。」

 鳴海が言った。

「あー…またサンドウィッチか…でもコンビニは世界標準だからまだ食える気がする。」

 はるきは無人タクシーを止めた。

「乗ってください。」

 フラフラしている陽介の腕を掴み、はるきは陽介をタクシーに押し込んだ。そして自分は前の座席に座った。鳴海といつきが陽介と並んだ。

 いつきが件のホットラインに連絡を入れると、また菊が出たらしい。

「…ラウール今日は疲れてもう寝た?…議会そんなにもめてるの?…議会も今日締めでクリスマス休暇に入った?…ああ、そっちでも御曹司が最終日ボロボロになってたわけね。…ん?陽介?大丈夫よ、死にゃせんわ。まずいものが食えなくて腹減らしてるだけ。…え、いつもの終夜営業のレストランもクリスマス休暇?…あらまあ…いよいよコンビニ飯ね…。売れ残ってればいいけど…報告明日でいい?…ん、わかった、あした揃って四人で行くわさ。菊に会うの久しぶりね!…ホテル、ラウールのあの部屋使ってもいいよね?あたしのアパルトマンでもいいけど…はい了解。菊もお休み。…はーい、はーい。」

 いつきは通信を切り、向き直った。

「ラウールの部屋使っていいって。…陽介あの部屋に泊まってたの?」

「ああ、うん。貸してもらってた。」

「…いい部屋デショ?あたしの部屋全部より広いんだわさ。ベッド三台いれてもらおう。先に連絡しとくか。」

 いつきは続けて例のホテルにも連絡を入れた。

「…ということで、四人いきます。真夜中だけどルームサービス頼めないですか?…あ、ダメ?わかりました。」

 いつきの声を聞きながら、陽介はうとうとしていた。

「…ちょっと、寝ないでよ?陽介。あんたくらいは抱き上げられるけど、かっこ悪いわよ、あんたが。」

「…うん。」

「…だめだこりゃ…」

「…先輩僕が背負いますよ。流石に横抱きはちょっとね。」

 はるきはふりかえってクスクス笑った。

鳴海がつぶやいた。

「…パリとトーキオって、時差何時間だっけ。」

「七時間か八時間くらい。」

「じゃ大丈夫か。寝かせてあげよう。お姫様はお疲れだ。明日はラウールを相手にしなくちゃいけないしね。」

「ラウールも疲れてて機嫌悪そう。」

「…悪い予想はいたずらにするものじゃないよ。」

「…そうね。…鳴海の言うことって、たまに神殿の教母みたいね。」

「…どういう意味だい?」

「別に深い意味はないけど、おばあちゃんたちよく『悪いことを口にするな』とか言ってたから。悪い祈りになるからって。」

「うーん、それはね、真理だよ、いつき。」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ。」

「じゃあ、悪い予想は取り消すわね。」

「うん。ラウールが一晩寝て機嫌よくクリスマス休暇を迎えているよう祈ろう。」

「そうね。それがいいわ。」

「まっ、あの人あれでけっこう体力あったりしますからね、ラウール。」

 はるきが幾分陽気に言うと、鳴海といつきもうなづいた。

   +++

 翌日陽介が目を覚ましたのは昼過ぎだった。

「…なんで起こさねーんだよ!」

 いつきは肩をすくめた。

「いやあ、かわいそうだからって、鳴海が。」

「ラウールに会いに行くんだろうが!」

「そのまえにクロワッサンとコーヒーぐらいとりなさいよ。」

「あっ、お前風呂に入ったな?!俺もシャワーくらい浴びるぞ!」

「お風呂、今、鳴海が使ってる。あたしたちも一時間くらいまえに起きたのよ。やっぱり疲れてたかねー。…クロワッサンとコーヒーでいい?」

「ああ。おまいらはなんか食ったの?」

「食べてない。みんなの分頼むね。」

 いつきは部屋の豪華なベッドの横にある古風な電話でフロントに連絡を入れた。

 そしてしばし丁寧に「お願い」をしていたが、突然怒り出して怒鳴った。

「いい加減にしなさいよ!あたしが女だからってなめてんの?ホテルまでクリスマス休暇で人がいないってどういうことよ!人がいなくても市長の娘にコーヒーぐらい持ってきなさいよ!」

 はるきがぎょっとして、慌てていつきから電話を奪った。

「…コーヒーとクロワッサンを四人分持ってきてほしいんですけど。『NON』は、なしでお願いします。」

 はるきは短く言うと電話を切った。

「…こんな立派なホテルでも人手が足りてないんですね。…ていうか、今、掃除をしてそのあとフロントはチェックイン受付のタイミングですね。僕ら昨日夜中にドロドロの汚れ具合でとびこんで、そのうえベッド運ばせてますし。…それでなくてもパリの連中はアジア系には渋いんですよね…とくに女性には。あと若造は確かになめられる。」

「あたしはこんなだけど本当はアフリカ系よ。」

「『めぎ・いつき』って名前でアフリカ系主張してもね…。」

「『メギ』ってアフリカにもありそうじゃない。しらんけど。」 

「パリって今時そんな人種差別とかあるんだ?!」

 陽介は寝起きだったのでポカーンとして言った。

「うん、威張ってないとカフェでコーヒーの注文受けてくれないよ。いばってるくらいでちょうどいい感じかな。」

「鳴海が電話すれば良かったですね。あの人見た目が世界混血系だから。フロントは覚えてるでしょう。」

「確かに俺たちアジア人の見た目だよな…俺なんか名前漢字四文字だし…」

「先輩はけっこう混ざってる系の顔ですよ。でも全然混ざってないんですよね。」

「うん、全然まざってない。お前のほうが混ざってるくらい。」

「ところが僕は髪とか瞳がアジア人なんですよね…母親金髪なのに…」

「あたしはアフリカ系!」

「それはわかったよ。」

 陽介はそう言って頭をかいた。

「…あれっ、俺…誰が運んでくれたの…?記憶がない…」

「はるきちゃんよ。感謝してね。」

「いいですよ、一番臭くないって理由で天蓋つきのベッドゆずってもらったし。」

「すまん、はるき。ありがとう…」

 陽介がもそもそ言うと、はるきは笑った。

「いいですってば。」

 それから間もなくクロワッサンが慇懃無礼に届いた。ボーイがいなくなってからいつきが言った。

「…やりゃできるじゃないの。」

「…まあ、この部屋だってことに気づいたのかもしれないですね。」

 シャワー室からきれいになった鳴海が出てきた。

「あっ、コーヒーが届いてる。…やあ、陽介、おはよう。」

「おはよう、カズ。俺もシャワーあびてから飯にしたい…」

「いいからあんたはまず食べなさい。」いつきが強い口調で言った。

「そうですよ先輩。お風呂で倒れますよ。」はるきも言った。

 陽介はしぶしぶベッドを抜け出して席に着いた。…頭がかゆい。

「…いただきます。」

「いただきます。」「神に感謝。」「クロワッサンいいにおい!」

 それぞれ勝手なことを言って、食べ始めた。

「あ!これ食える!」

 陽介が感動して言うと、いつきが言った。

「遅い朝食とはいえ、もう少し量がほしかったわねえ…」

「コーヒーも美味い!さすが市長の定宿!」

 あっという間にクロワッサンはなくなった。

「よし、風呂だ」

 陽介がそう言った瞬間、いつきの端末が呼び出し音を立てた。

「あっ、菊かラウールだわ。…アロー、いつきだよ。」

 いつきが素早く出ると、いきなり怒鳴られたらしくいつきは端末を思わず耳から離した。

「…遅くなってごめん菊、みんな疲れて寝てたんだよ。わかった、すぐ行くから。どこへいけばいい?市庁舎はカラでしょ?…うん、うん、うん、わかった。」

 通信が切れるといつきは肩をすくめた。

「…菊だった。」

「どこに来いって?」

鳴海は訊ねた。

「…パウロんとこだって。陽介が心配だから。ついでに検査するって。」

「よし、行こう。」

「ちょっとまった、俺の風呂は…」

「報告が済んでから。あんたは少し汚れてるくらいのほうが安全よすももちゃん。」

「えー…」

「パン食べる時間あって良かったじゃない。行くわよ。」

 三人が立ち上がったので、陽介も仕方なくそのまま立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ