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the World Around  作者: 一倉弓乃
17/20

17 樹都のありし日

「母がいうには…」いつきは言った。「神殿が女しか受け入れなかったのは、多分生殖コントロールのためで、実際は、男の『巫女さん』もそれなりにいたはずだと。」

「生殖コントロール?」陽介はたずねた。「どういう意味だ?」

「だからね、巫女さんを、一代限りで終わらせて、突然変異とかの巫女さんに限って受け入れないと、神殿の食糧事情がね、おいつかないから。男女がいるとどうしても遺伝で能力を持った人間が増えていくでしょ。両親揃って能力があったら遺伝する確率は高くなるし、力も強くなる可能性があるでしょ。総長宮はそれを危惧していた、と母は言ってた。強い力の巫女さんがクーデターとか起したら、ほとんどが常人の集まりの総長宮ではかなわないでしょ。」

「それで女だけ隔離してたってことか。男だけ隔離しそうなもんだが…。」

「そう、あそこはある意味隔離施設だったのよ。男を隔離するより女を隔離するほうが楽だったんだろうと母は言ってた。それに、『巫女さん』同士でなくても、巫女さんと血筋の戦士は禁忌のかけあわせって言われててね。これも母はただでさえ神様の力借り放題の人物に血筋の戦士の能力が追加されたらとことんヤバイだろうって話だと言ってた。そういう超人が現れたら政権をとってそのまま世襲制になる可能性もあるわよね。総長宮はそれは嫌でしょう。権力は握っていたいでしょう。能力者と常人の間にはいくばくかのミゾがある。血筋の戦士は戦力の要だからこっちは隔離するわけにもいかないしね。だから禁忌のかけ合わせのことを伝承みたいな形を装って、『穢れている』と言って生じないように差別していたのよ。

…ところがうちの母が世紀の大恋愛の末に血筋の戦士との間に子供作っちゃって…。母は大教母だったのよ。ものすごい力をもってたの、いろんな意味で。」

「どうなったんだ?」

「どうもこうもないわよ。大教母くらいになるとね、本気でやれば祈りの力で慣習や法律変えることも不可能じゃなかったのよ。魔法といってもいいわさ。それにうちの母はけっこう政治に強かったからね。」

「じゃあ…制度根こそぎにしてお前の兄貴を産んだってことか?」

「そういうこと。」

「それこそが政府の恐れていたことだったんじゃ…」

「まあ、そうね。でもあのクラスの巫女さんになると、本気出せばできないことなんかないも同然なのよ。もちろん綱渡りにはなるけど…。

…親父は士官学校のころからグレースの部下で怪しい仲だったけど、その状態で子供作るぐらいのことはおふくろにとっては朝飯前だし、そのことをグレースも親父も別に疑問に感じたりはしなかったのよ。まあつまり、魔法がかかって思考力が落ちていたってことね。」

「…巫女さんていうより魔女じゃねえか…。今どうしてるんだよお前のおふくろさん。」

「さあ。はるきちゃんは木の根の国で会ったといってた。あの子実際おふくろに会ってて、わたしへの伝言持たされてるのよね。腕に今でも刻まれてるわさ。あたしはそれを見ようとして力が足りなくて一時期目がつぶれちゃったけど、それは陽介も知ってるよね。…まあ、時が来れば読めると思うわ。それはさておき、…おふくろは神の結界内に、神と一緒にいるってことね。はるきちゃんのこと送り返すことはできたんだから、自分もやれば出られないわけじゃないでしょう。何か事情があってとどまってるんだと思う。…たぶん、結界を支えてるんじゃないかな。パリの手から神を守ってるのよ。怪我が治る前に神様が起きちゃったら何が起こるかわかんないでしょ。約束の日まで多分いるつもりなんだと思う。」

いつきはため息をついた。

「…で、うちのおふくろは、血筋の戦士と恋愛している間に、制度を変えなきゃ将来自分の子供がヤバイ目にあう、て結論に至って、これはまず『普通のことだ』って話にしなきゃいけないと思ったらしいのね。つまり男でも巫女さんの能力をもってる人間はいるし、女でも血筋の戦士はいる、という、ことを証明してしまえということになったわけ。

…そこで目をつけられたのがグレースだった。グレースは子供のころ『歌を歌って魔法樹に雨を降らせる』っていうので一時期ちょっと騒がれたことがあったのよ。一般人は『不思議な偶然』くらいにしか思ってなかったらしいけど、母たちから見たら、それは間違いなく祈りの力なのがわかったわけ。雨が降るって、ドームの中だからね。散水サービスじゃないんだから、そりゃ不思議なことよ。でも神のおひざ元ではなんでも起きるってわけ。樹都のドームも、あのお山みたいなところだったのよ。

グレースは当時士官学校の参謀科に紛れ込んでいて、実践訓練中にたまに力をつかって不正勝ちしていた。母はまだ結婚してなかった当時の父との雑談からそれを察したわけ。それで、女ならみなそうされるように、みつかった巫女さんとしてグレースを神殿が身柄拘束した。そして男でも祈りの力を持ってる人間がいるってことを証明してしまったわけ。…ただ、神殿にも総長宮にも『男の巫女さん』として認知されたのはグレースとわたしの死んだ弟しかいなかった。多分、これはあたしの推測だけど、まさか祈りが聞き届けられるなんて思って本気で祈った男なんて少数派だし、たとえその少数派にしても、うまく祈りが魔法樹の中継にキャッチされた、なんて事例はごくごく少なかったんだと思ってる。当然表面化はさせずに沈黙しているだろうし。隔離されたくないからね。隔離されるならまだマシで、闇から闇へ始末される可能性もあったし。」

「…」「…」

陽介と鳴海はまだいささか呆然としたままだった。

鳴海が言った。

「や…そういう事情だったんだね。でも潜在的な『巫女さん能力』をもってる男は、そのグレース氏のほかにもいた可能性が高いわけだろう、だから僕がグレース氏の息子だっていうのは、いささか短絡的ではと思う…いや、ただね…僕も自分の母からきいたんだけど…僕の父親は確かに『歌を歌うこと』によって祈りの力を使ったと…。」

いつきは頭をぐしゃぐしゃに掻いた。

「なんで気が付かなかったんだろう!こんなに顔似てるのに!後頭部とかもそっくりよ!」

「…そういえばお前以前、グレースなんちゃらって女優にロバート総長が似ているって話をしたとき、そのグレースなんちゃらって女優はカズを女にしたような顔、っていってたよな…」

「そうなのよ!そこまできてたのに!アーッ!!」

 いつきはしばっている髪がほどけるのもかまわずに全力で頭をぐしゃぐしゃにした。

「…エッ、じゃあ…僕は実は聖地の最高権力者の落とし胤ってことなの…?」

鳴海は珍しく信じられないといった顔になり、控えめにたずねた。

「そうよ!」

いつきは単純明快に答えた。

鳴海はぼけーっとした顔で陽介を見て、なぜか自分の顔を指さした。陽介もぼけーっとうなづいた。

「…そう…らしいな。本物の御曹司だ。…プリンスだ。」

「…まあ年齢から言っていつきの弟の子供でないことは確かだよね…」

 いつにもましてボサボサの頭でいつきは座り込んだ。

「…これ、全部がおふくろの祈りじゃないよね…?」

「…これって、…どれ?」

「だからつまり、ロバートの息子とわたしが会ったり、一緒に墓参りに行こうとしたり…鳴海とあたしのこと…全部。」

「…」「…」

鳴海と陽介は思わず手を取り合った。本気で怖かったのだ。

「でもほらっ、お母さんは多分僕のこと知らないし!」

「そうだよ、教団のことも知らないだろ、全部が全部ではないと思う、一部は…ある可能性も全然なくはないけど…」

 「そうだよね…」いつきはフーッと長い溜息をついた。「いやすぎる…なにもかもおふくろの手の上のできごとだったら…」

「そっ、それはねぇだろ、ねぇよ!」

陽介はむきになって言った。いつきは急に疲れたかのように、うつむき、ぐしゃぐしゃの髪の下から言った。

「…でも陽介たちはあいつの怖さ知らないからね…」

「…」「…」

陽介と鳴海は手をとりあったまま、顔を見合わせた。

そのとき、急にフフフと女性の笑い声がした。三人は飛び上がるほど驚いた。…黙って話を全部聞いていたガブリエルだった。

「いつきさん。」

 ガブリエルはヘアブラシを手に取ると、床に落ちていたいつきのヘアゴムを拾った。

「…わたしたちはこういうんですよ。『何事も、母たちの御手のままに』と。」

「…わたしたちもそう言った。」

「それならわかりますね。母親のいうことを聞けという意味じゃなくて、自分の魂の中にある大いなる愛に従えという意味なんですよ。ナザレスもそう言っていたんですよ。」

 ガブリエルは樹の汚れてぐしゃぐしゃの髪をブラシで丁寧に解き、ポニーテイルに縛りなおした。

「さあ、電話をしてお言いなさい、四人で一旦パリへ戻る、と。…そしてその壮大な大教母の祈りの話を…娘を愛した母の話を、あなたの今のボスに、話すんです。」

「…娘を愛した母の話…」

「そうですよ。あなたのお母さんが大変なことになっているのは、みんなみんな、あなたと兄弟を愛した、それだけのこと…、少し多才なだけの、ただのお母さんのお話ですよ。…あなたは墓参りではなく、お母さんを助けてあげにいかなくちゃいけません。」

「わたしが母を?助ける?」

「人間の寿命は神より短い。お母さんが支えているなら、結界とやらが崩れるのは時間の問題ですよ。お母さんを死ぬまでそこに閉じ込めておくつもりですか?あなたを愛した、お母さんを。」

「…ガブリエルさん…」

「世界が壊れても、あなたは人柱になっているお母さんを助けるべきです。」

「…」

「もちろん、決めるのはあなたです。」

ガブリエルはそういうと、いつきの頭をなでて、立ち上がった。

陽介と鳴海は、そっと取り合っていた手を放した。

陽介は言った。

「…菊さんに電話してくれ、いつき。まだ日数がある。俺もパリまではつきあう。」

いつきは眉をひそめて言った。

「…パリから出してもらえなくなるかもよ?」

「…菊さんはクリスマス休暇をくれるといったんだろ。大丈夫だ。」

 いつきは重い手をのばして、陽介から携帯端末を受け取った。


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