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the World Around  作者: 一倉弓乃
16/20

16 すり合わせ

  いつきが外の石垣の近くで吹雪に吹かれていると、遠くのほうから何かやってくる気配がした。いつきはそちらに顔を向けて、目をこらした。かなり背の高いなにかが近づいてくるが、何しろ日は落ちているし吹雪なので、見えない。それがだいぶ近づいてから、吹雪にかき消されまいという大声がした。

「あれ。いつきじゃない。何してんのこの吹雪の中。」

 馬に乗ったはるきだった。

 いつきも大声で返した。

「馬本当に乗れるんだ?」

「嘘ついてどおするんですか。乗れますよ馬くらい。なんならロバも乗れますよ。」

「思わぬ特技。」

「僕子供時代アウトエリアにいましたから。…で、なにしてるんです。風邪ひきますよ。」

「ああ、ちょっと頭を冷やしてんの。」

「喧嘩でもしたんですか。」

「いや、そうじゃないけど…て、はるきちゃんが来たってことはもう金曜日ってこと?」

「いや、土曜日ですよ。金曜日に本島には着いてたんですけど、船がなくて。今日やっと渡ってきたんですよ。…車はないけど馬がいるってきいたから借りてきました。いやそれにしても凄い吹雪だ。建物に入りましょうよ。」

「いや、あたしはもう少し外にいる。」

「どうしたんですか。」

「うん、いろいろ話をきいて、ちょっともやもやした気分になった。」

「話って何の。」

「ライリアのこと。」

「ああ。」はるきは得たりとばかりにうなづいた。「なんかもやもやするような話だったんですね。」

「うーん…そうね。」いつきは少し煩わしかったが、はるきが一度食いついたらあきらめないのを知っていたので、却って面倒が少なくなるだろうと思い、かいつまんで説明することにした。「なんか、わたしはライリの一面しか知らなかったんだなあって。ライリも普通のにんげんだったんだなあって。」

「…いつきライリアのこと完全無欠の人だと思ってたの?」

「そういうつもりじゃなかったんだけど、まあ血筋の戦士にしては、高潔な人だったからね。我儘でお子様なうちの親父とかとは全然違う。だから、…うん、そうだったみたい。ていうか、ライリのこと自分はなんでも知ってると思ってた。知らない面もあったんだなって。」

「いつきでもそういうことあるんだね。」

 吹雪にかき消されないよう大声で話ながら、はるきは馬を降りてかるく鼻づらを撫でた。そして馬に言った。

「 …ご苦労様。少し休ませてもらおうね。」

「よくこの吹雪の中、馬歩いてくれたね。」

「ほんと。でもなんか慣れてるみたい。こういう天気。…建物こっちでいい?」

「…どれ、案内しよう。」

いつきは軽くため息をついて言った。表向きため息はついてみたが、兄貴がラウールの愛人だった件からずっと重くなっていた心は、なぜか軽くなっていた。

いつきは建物まではるきを案内し、ドアを開けてもらって、仲間だとガブリエルやソーヤにはるきを紹介した。ガブリエルは外に出て長く使っていない厩をあけてくれた。だいぶ傷んでいるが吹雪は避けられそうだ。はるきは厩にあった手動のポンプで地下水をくみ上げ、馬に与えた。

「これ、真水ですよね?」

「一応真水です。たまに馬にのった方が訪ねてこられるのでいつも飲ませています。大丈夫ですよ。人間はわかしてお茶にしてのみますが。馬は大丈夫です。古いけれど干し草も少しありますから、どうぞ。」

ガブリエルは部屋の隅を指さした。

「ありがとうございます。」

はるきは礼を言って頭を下げた。

借りものの馬を厩につなぐと、はるきは母屋のほうに案内された。

「やあ、はるき。え、もう金曜日?」

「鳴海さんいつきと同じこと言うようになってきましたね。土曜日ですよ。」

「そうなの?いつきも同じこと聞いた?…長く吹雪で方向感覚も曜日感覚もすっかり狂っちゃったんだよね。」

「ちょっと待ってくれ、土曜日だって?」

「…先輩もですか?」

「今日何日だ?!」

「二十日です。」

「二十日か。びっくりした。…いや俺二十四日の朝にはロンドン発つからね。」

「ああ、冴とクリスマスの約束してるんだっけ。先輩、冴に一度か電話いれた?」

「いや、いれてねー。」

「いれなさいよ。心配してますよ、きっと。」

「そうだな…」

 話をきいていたガブリエルがくすくす笑って言った。

「ここ、衛星電話通じますよ。もっとも、吹雪が酷いと電波が乱れるときありますけど…。アンテナがちょっとね。でも基本的には通じますよ。」

「あ、はい、ソーヤさんから聞きました。…みんなが寝てから、あとで…」

「何恥ずかしがってんのよ。カマトトぶっちゃって。」

 いつきが腕を組んで言うと、陽介は目をつぶって眉を寄せた。

「…そうじゃなくて割と強引に置いて出てきたから、電話すると修羅場るかもしれねーんだよ…。」

 ソーヤが立ち上がって言った。

「…ほな、みなさん今日はここに泊めてもらってください。わたしは一旦帰りますけど、明日の午後にまた車で迎えに来ますから。午前中に来てあげたいんやけど、例のカウンターの件があるので、午前中は荷運びの舟が入るのを待ってなくちゃならないんです。ゴメンねぇ。…何か食べるものおいていけるように持ってきますよー。」

 ソーヤの言葉にガブリエルもうなづいた。ソーヤは「じゃ、また明日。」と言って出て行った。集落の厚意で寝具を貸してもらえた。折り畳みの簡易ベッドと毛布だ。田舎の観光地であるため、こういう吹雪の日の泊り客は珍しくないらしい。決して寝心地は良くなかったし寒かったが、いつきたちは有難くお世話になった。この場所はなぜかなんとなく心が落ち着いて、みなよく眠れた。

   +++

翌朝吹雪はだいぶましになっていた。

「…さて、どうしようか。みんなの予定をすり合わせよう。」

持ち込んだ食料で軽く朝食をとったあと、ナルミが言った。

「ここの島での用事はすんだわね。まず本島に戻りましょう。」

「それなんだけど、午後に港まで送ってくれるということになると、今日は港近くの宿でもう一泊ってことになりますね。戻りの船がいっちゃったあとになりますから。」

「そうか…。じゃあラウールに報告先にいれておこうか。」

「ちょっとまってくれ。俺は一旦本島で抜けさせてもらうからな。」

 いつきたちは陽介を見た。

「…だってあんたライリアの追跡をラウールに依頼されて受けたんでしょ。」

「一旦っていっただろ。それにライリアは今洋上だ。都市客船を降りたところを陸で捕まえるしかない。都市客船の寄港地しらみつぶしに、だ。何日かかると思う?」

「…確かに都市客船は乗り込むのにはパスポートとビザがいるのよね。治外法権だから。乗り込むにしてももうアフリカいっちゃってるだろうし。ビザはまあ、ラウールのコネですぐとれると思うけど、…降りたとこ捕まえても同じか。」

「つまり次はアフリカに渡らなきゃいけない。悪いが一旦クリスマス休暇だ。」

「…それ、ラウールに言うつもり?」

「…できれば言いたくない。でも俺の行動は多分追跡されてる。まあ、言ってみるよ。かわいく言えばクリスマス休暇くれるかもしれない。」

いつきはあきれて言った。

「鼻で笑われたらどうすんのよ。」

「強行する。俺は冴と約束がある。」

「…ラウールに借りつくると後が怖いわよ。」

「お前がそう言うんなら余程なんだろうけど、俺は譲らないぜ。…だいたいお前らがサボってるからこういうことになってるんだろうが。」

いつきと鳴海は顔を見合わせた。

「まあね。」「…。」

「口添えしてくれ。」

「…確かに今、冴に会いに行くならチャンスだね。都市客船を追いかける方向で仕切りなおしてアフリカに渡らないと…。わかった、口添えしよう。ただ、君が教団を連れてきたので、僕といつきはそっちをかまわなくちゃならない。」

「問題ないだろ。」

「冷たいなあ。君をあてにしてたんだけど。」

「…はるきはどうする。大学はどうなった。」

「大学は月曜日からクリスマス休暇です。」

 鳴海はしみじみと言った。「…学生時代って、やっぱりよかったよね…。」

「あなたは永遠の学生時代みたいなもんでしょう。」はるきはぴしゃりと言った。そして少し考えた。「そういうことなら…うーん、僕はどうしようかな?一応先輩の護衛に来てるんだけど、先輩が日本州に帰るなら、その間はいつきたちを手伝ってもいいですよ、教団がらみだし。僕がいたほうが何かといいでしょう。」

「そうね。教団とやりあうならはるきちゃんがいたほうがいいわ。」いつきは同意した。「…変な話だけど、小夜とか夜思とか元気でやってるかねー…」

「まああの人たちはクリスマスも関係ないし、ほっとけばいいですよ。」はるきは冷たく言った。「どうせあの人たちは僕の苦労なんか知ったことじゃないですし。」

「小夜ははるきちゃんのこと心配してると思うよ?」

「どうかなー、旦那と楽しくやってるんじゃないですか?僕のことなんか忘れて。」

「あっ、拗ねてる、はるきちゃん。」

「拗ねてますよ。」

鳴海は苦笑した。「じゃ、はるきくんは僕らに『当面は』ついてきてくれるってことでいいのかな?」

「そうしましょう。とりあえず大学が明けるか、先輩が新しく動くかまでは大丈夫です。…ラウールに言われてきてるんで、ついでに報告しといてください。ラウールは僕がどうであれ連絡さえつけば文句はないと思います。」

「わかった、ありがとう。」

「お役に立てれば幸いです。」

「戦闘要員は有難いよ。まあいつきがいれば大抵大丈夫だけど、人数来られるとちょっと心配だから。」

「そうね、あたしも腕が6本あるわけじゃないからね。手足二本ずつだから。」

陽介は言った。

「じゃあクリスマス休暇の交渉がてら、俺がラウールに連絡と報告するわ。」

「鳴海がするわよ。…あんたそれより昨日ちゃんと冴に連絡したの?」

「したんだけど、電波が吹雪でとぎれとぎれで。つながらなかった。」

「してないんじゃない。あんたは冴に連絡しなさいよ。ラウールは鳴海のほうがいいでしょ。鳴海は場数ふんでるから。」

「…いや、俺のほうがいいと思うよ。」

「なんで。」

「…かわいいから。」

「…」「…」「…」

「…ラウールの前でそこまで自信もてるやつ、初めて見たわ。」

「…僕より厚かましい人いたんですね…」

「いや、市長が言ったんだよ、『きみかわいいね』って。あの人俺のことナメてるってことだろ。油断してると思うよ。クリスマス休暇もダメだったとき俺なら『テヘ』で済む。カズじゃそうはいかないだろ。婚約試験中なんだから。」

「…まあそういう考え方もあるね…」鳴海もいささかあきれて言った。「まあまあ、それじゃ、陽介が連絡をとって、もめたら途中で僕がかわろう。」

「僕は馬を返さなくちゃならないので、ソーヤさんの迎えを待たずに先に出ます。」

はるきが言った。

「オーケー、じゃあ港の近くの民宿みたいな黄色い壁のホテルで落ち合おう。予約をいれておくよ。」

「了解です。」

「はるきちゃん馬をかえして、そっから歩いていくの?遠くない?」

「…御曹司衆と一緒にしないでください。僕はエリアに移る前は山奥に住んでたんですよ?こんな小さい平らな島なんか天気さえよければ歩いて全部回れますよ。余裕です。」

「おおっ、頼もしい~」

「頼もしいでしょ。わかればいいんです。…吹雪がひどくならないうちに出発しますね。」

「了解。気を付けてね。」

「はい。ありがとうございます。…ガブリエルさん、ありがとうございました。お世話になりました。」

「またいつでもいらしてね。」

 ガブリエルはにっこりとして手を軽くあげた。

   +++

「…誰だ。はるきか?」

 ラウールのホットラインのはずのナンバーに陽介が連絡をいれると、ラフな口調の誰か別人が出た。彼はさらに言った。

「悪いな、今ラウール会議中なんだよ。この電話、俺が要件きくように言われて預かってる。誰だ。」

「そういうあんたこそ誰だよ。」

陽介が呆れて言うと、相手は「ああ」といった。

「第三秘書の菊だ。」

「ああ、菊さん! 俺は陽介です。ご存じでしょ?」

「陽介ェ?!」

 菊は素っ頓狂もない声を出して言った。

「陽介か!なんでこの番号知ってる。」

「なんでってラウールが教えてくれたので。」

「ちょっとまて、陽介、お前今どこからだ。」

「ブリテン島の近くの小島からですけど。」

「ヨーロッパにいるのか?…てことはラウールに会ったのか?」

「会いましたよ、お兄さんにも会いましたよ。あと美人執事にも。パウロ先生にも会いましたよ。」

「あそこいったのか?! 俺何も聞いてないぞ。」

「そりゃご愁傷様です。ラウールに言われていつきと鳴海を捕まえたんですけど。」

「なんだって?!クッソ、ラウール俺に黙って!!」

「…ええと、まずかったですか?」

「いや!まずくない!よくやった!」

「なんなんですか!」

「悪ぃ悪ぃ。」

 陽介は頭をばりばりかいた。…風呂にはいってないのでかゆい。髪もバサバサだ。菊は長年なじみの友人と話す若者のような口調で続けた。

「やー忙しいとこラウールが我儘言ってすまなかったな、陽介!悪気はないんだ、ラウールはあれでもいつきのことけっこう心配してるんだよ、許してやってくれ。今回は得体のしれないどっかの御曹司と一緒だしな!このままいつきを攫われると大変困るんだよ。」

「……お察しします。」

「ありがとな!すぐ二人をこっちに連れてきてくれ。」

「えっ、ちょっと待ってください!」陽介はあたふたした。「あなたは事情を何も知らされていないようですけど、話はそう単純じゃないんです。俺、例の教団から追われてヨーロッパに逃げてきているんです。連中はこの島まで俺を追ってきてます。ただ、連中の用事があるのは鳴海なんです。だから…」

「めんどくさいことはいいから、三人でパリにいったん戻ってこい。仕切り直しだ。」

「待ってください!ラウールとはそういう約束じゃなくて…」

「いいんだよ、陽介。俺がこの電話を預かってるときは、俺の好きにしていいことになってるんだ。教団に追われてる?ボディーガードがいるか?はるきあたりでどうだ?あいつ南米で鍛えたからけっこう使えるぜ。暇なら俺が行くんだけど、市議会がクリスマス休暇前でちょっとたてこんでてな。」

「いやそうじゃなくて…もう、市長はなんであなたに事情を伝えてないんですか!」

「それは俺がききたい。」

「教団を鳴海たちが引き受ける代わりに、俺はライリアを追うってことになっちゃったんです。」

「きにすんな。どうせラウールがごり押ししたんだろ。あいつの仕事はブレーンがきめたことをごり押しすることだからな。ごり押しのプロだ。」

「きにすんなっていったって!!!」

「いつきと鳴海はつかまえたけど、ライリアは捕まらなかったから報告入れてきたんだろ?」

「ええ…まあ…。行った先はいつきたちが調査済みなんですが、どうやら都市客船に乗ったらしいんです。」

「スカンジナビアか?」

「アフリカです。」

「ふーん、聖地とやらに帰る気だな…。それならいつきが追ったほうがいい。君みたいな超お坊ちゃまが聖地跡なんかいったら即座に結界に引っかかって八つ裂きだ。」

「ちょっとまってください、そのまえに、はるきは、今ちょっと馬を返しに行って外してますが、ここの島に来ています。」

「大学さぼってか?」

「来たのは金曜の放課後で、月曜からクリスマス休暇だそうです。」

「あいつも俺になんの断りもいれずに相変わらず勝手してやがるな。神父様とか呼ばれてるうちが花だぜ?俺を怒らせないように言っとけよ。お前の言うことならきくんだろ?」

陽介は頭を抱えた。

「そちらの事情は存じませんけど…」

「存じろ。」

「菊さん!とりあえず話をきいてください!」

「やだね。」

「菊さん!」

 陽介がばりばり頭をかくと、いつきが手をさしのべてきた。陽介は電話を渡した。

「…菊、あたし。いつきだよ。久しぶり。元気してる?…ああ、それは何より。ところでね、陽介がラウールにのせられて、ライリの追跡をひきうけちゃったの。それでね、その代わりっていうか、あたしと鳴海で教団を蹴散らさなくちゃならなくなっちゃったの。ラウールが一度こうと言ったら変更はないよ。わかるでしょ?え?そんなことない?…うん、…うん、…うん…。カズ?うん、鳴海はね、教団に敢えて一度捕まってみようかな、とかふざけたこと言ってる。危ないよね?…うん。…うん。…一度帰ってこいって?今陽介つれて鳴海と帰ったら教団ついてきちゃうけど、いいの?え、ついてこない?…え、陽介にクリスマス休暇?なんでその話がそっちから出んの。…え、陽介に美しい恋人がいて、日本で一人でクヨクヨして浮気してるから??なんであんたそんなこと知ってるの。」

陽介は目を「かっぴらいて」いつきを見た。いつきはチラッと陽介と目を合わせた。

「…陽介と冴の話はラウール周辺では茶飲み話的に盛り上がってる?あきれた!見張りつけてそんなこと調べてんの?!パリの税金で!!」

陽介はぞっとした。

「パリの税金じゃなくてラウールのポケットマネー?ものは言いようね!タカノが会った陽介があんまり可愛かったらしい?!馬鹿なの?てかいつ会ったの?!それでなにを喋ってんのあんたたちは!!」

いつきは開いてるほうの手で自分の腰の横あたりを掴んで菊に負けない勢いで問い詰めた。

「…それはあたしの一存じゃ返事できないわ。少し鳴海と話していい?十分くらいでまた電話する。…カズから電話をよこせ?それは断る!菊の勢いで鳴海をけむにまくきでしょ?そうはさせないわよ。あんたとの話はあたしがするわ。じゃ一回切るわよ。…え、ちょっとまって。…なに、鳴海。」

ちょいちょいと手をあげた鳴海にいつきは尋ねた。鳴海はひそひそ言った。

「…ついてこないってどういう意味か訊いて。」

いつきは電話に言った。

「…そうそう、あたしたちがパリにいっても教団はついてこないって、どういう意味なの?…え、なに、わかってることをきくな?どういう意味よ。カズにそう言え?え、ちょっと菊!…ちっ、切れた。」

いつきは携帯端末を陽介に投げ返してきた。陽介はあわてて身を乗り出して受け止めた。

いつきはため息をついた。

「菊と話すのはコツがいるのよ。それに、菊はあたしに甘いからね。本当の兄貴より本当の兄貴みたいなもんだから。…びっくりしたでしょ、大丈夫?」

「…俺は大丈夫だけど…わかってるって…鳴海、…」

鳴海は腕を組んだ。

「…もちろんわかってるよ。」

「どういうこと?」

いつきが顔をしかめると、鳴海は目を上げて、仁王立ちになっているいつきを見た。

「…バレてるってことだね。」

「バレてる?」

「つまり僕が教団を聖地に連れて行こうとしていることが、バレてる。」

 陽介は顔を上げた。いつきはおうむ返しに言った。

「…教団を聖地に連れて行こうとしていことが、バレてる…」

「そう。わざわざ陽介を餌にここまでつれてきてもらったわけで。僕は教団を蹴散らすつもりは最初からなくて、道に迷ってる教団を聖地に連れて行くつもりだった。教団には過去に一度、一緒に行かないかと申し出たことがある。話し合いは物別れに終わったけどね。」

「あんたそんなことあたしに一言も言わなかったじゃないの!教団に餌をまいたのは陽介をかりだすためかと思ってたわ!」

「君には言わなかったね。陽介には言ったんだよ。…教団は話を聞く連中じゃない。それこそ今度あったら薬漬けにされて情報を引き出そうとする可能性がたかいよね。いつきが言うように。僕は教団にすでに打ち明けた以上の情報はもってないから出し殻にされてうちすてられる可能性が高い。だから、自然な形で引っ張っていくつもりだった。…ちなみに、もちろんいつきの言うように陽介も引っ張っていくつもりだった。」

「俺は行かないってあれほど。」

「クヨクヨした恋人と悲恋してたらきみの病気は治らないよ。」

「余計なお世話だ!」

「そうかい?ちなみにきみはパリをでてから一度もパニック発作で倒れてないよね。」

「…っ」

「…敵は少なく、味方は多く、より沢山のひとを幸福な形でまきこむ…それが肝要なんだ。」

鳴海はうでをほどいた。いつきに向かって言った。

「…いつきには、僕が聖地に行きたい理由は話したよね。」

「…陽介と鳴海の両方からきいた。お母さんが聖地の出かもしれないんでしょう?高い確率で。」

「うん。きみに、案内とボディガードを頼みたいのも話したよね。ただ、どうやって行くつもりかは話してなかったよね。まあ、決めてなかったんだけど。」

「…つまり、決めずにあたしに近づいたけど、…このテストが始まった時から、ライリを追いかけていく、っていうのを言い訳に使えそうだと踏んでたってこと。」

「さすがだ。ものわかりがいいね。」

「…あたしに言っといてくれなきゃ困るじゃないの!」

「ごめん、早目に言うつもりだったんだけど…なんていうかこう、君と話すのは、コツがいるんだ。」

鳴海はそういってテヘッと笑った。…たしかにいつきと話すのにはコツがいる。

「いつき、言っとくけど、俺は家を教団にとりかこまれて逃げてきたっていうのは本当で…いやそれはカズの手回しだしお前も知ってたんだろ、…本当は来る気なかったんだからな。…来ざるを得ないようにカズやお前が仕込んだだけで。聖地までついていく気もないからな。」

「…なんでここまできて帰るのよ。」

「…冴はな、いつき。お前みたいな奴にはわからんかもしれないが、…モテるんだ。」

「恋人の浮気が心配だから帰るっていうの?…陽介、あんたを聖地に連れて行くっていう鳴海の考えには、あたしは賛成だよ。」

「なんで。邪魔にしかならねえぞ。足手まといだ。」

「あんたのことはあたしがなんとか守れると思う。鳴海も非戦闘員だし、守る相手が一人でも二人でも同じだよ。それはそれとして…あたしだって、鳴海に言われてっていうのはあったけど、あんたのことエリアから連れ出そうとしたもん。失敗したけど。」

陽介は一度いつきに誘拐されかかっている。冴が駆けつけてくれて助かったが。

「…おまえ俺のことみじめな奴って顔でみてたよな。俺が冴と愛に満ちた家庭作ってるのになんか文句でもあんのかよ。あるんなら今ここではっきり言え。」

「みじめだという気はなかったけど、哀れだとは思ってたよ。」

「俺が直人さんを失ったからか?」

「失ったのはともかく、そこから立ち上がる力を失って、病気になって、そっくりの息子に入れあげたりしてたからだよ。…あの親父の何がよかったの?セックスばりばり上手いとか、そういうこと?男から見ると、あの親父はそんなにいい男なの?」

鳴海が思わず噴いた。

陽介は鳴海をチラっと見て言った。

「…男からみるとっていうか、俺にとっては必要な人だったんだよ。」

「忙しいお父さんの代わり?」

「そうじゃない。…おれは親父とはヤッてないぞ。」

「月島直人とはヤッてたんだ。まあ男同士、妊娠することもないし、気楽に楽しめるわよね。」

「…一体何の話をしてるんだ、俺たちは?」

「あんたが直人そっくりの冴に入れあげて精神的に不健康で、かつ体の調子も治らなかったから、少し日本をはなれて冒険に熱中したほうがいいって話よ。そうしてくれるとあたしたちも助かるって話。」

「俺がおまいらといて、何の助けになるんだよ。」

「前も言ったけど、僕らは僕のほかにもブレーンを必要としているだ。」

 鳴海が口をはさんだ。

「それも、メンバーと関係が深い、いつきたちにとって気心の知れた人間が望ましいんだ。…はるきは菊の言うことはきかないけど、きみの言うことなら聞くだろう。」

「…どうかな。以前ならともかく。…はるきは俺のことをそんなには信用していない。」

「信用していないかもしれないけど、はるきちゃんはまだあんたのことが好きなのよ。」

いつきが言った。

「…」

「裏切られても好きなのよ。本当は知ってるでしょ。」

「…はるきには悪いが俺はトーキオに帰らないと。…冴を失いたくない。」

「…」「…」

 いつきと鳴海は少し口を閉じた。

 そして鳴海が言った。

「でも、君はもう少し自分の健康のことも考えたほうがいいよ。」

「不健康でけっこうだよ!俺を働かせるためにやれ俺が不健康だの冴がよくないだの、そういうのは余計なお世話を通り越して厚かましいだろうが!俺は極東に住む一学生で、忽然と消えたドームのことは、いつきとカズの故郷だって点しか知らないし関係もないっつーの!俺は恋人を亡くして傷ついてるし、その傷は癒えてないし、多分そのせいで病気だし、…それでも冴がいてくれるから少しずつ良くなってきてるんだ。ほっといてくれよ!」

いつきはため息をついた。

「…重症ね。」

「…重症だよ。」

陽介は返した。

「…とにかく。ここまで刺さりこんで抜けたら教団だけじゃなくパリからの心証も悪くなる可能性があって、危ないのはわかってる。ライリアを探すのは年明けにまた来るから、一回俺をエリア・トーキオに帰らせてくれ。」

鳴海は少し考えた。そして言った。

「うん、まあ、いいだろう。」

「鳴海!」

いつきが咎めると、鳴海は明るい顔になり、軽い調子で言った。

「無理にひきとめて、陽介に不幸になられちゃ困るんだよね。…みんなが幸せになる道を探そう。そうしないと、僕の祈りも通らない。」

「祈り…?」

「また来てくれるっていってるんだから、信じてみようじゃないか。」

 鳴海はにこにこしていつきに言った。

「…ところで、はるきと冴は相当に悪い関係なのかな?」

「それが…」陽介はおずおず言った。「そうでも、ない、らしい。」

「会ったことはあるってはるきちゃんからきいてるわ。たしかに別に悪口も言ってなかったわね…あのはるきちゃんが恋仇に嫉妬してないのは、不思議な感じだと思ってた。…それと、はるきちゃんは月島直人のことがけっこう好きなのよね。あたしがくそみそに言うと、『…でもあの人頼りになる人だったじゃない』とか言うの。月島直人は男うけがいいのかな、って思ってた。まあ、古風な男だったしね。」

「はるきは直人さんに『山でいろいろ世話になった』って思ってるらしいからな。なぜか。まき割り習ったからかな?あとは…山で変な乗り物に乗った時とか、誘導してくれたからな…。あれは怖い乗り物だった。」

「乗り物?」

「うん…あまり追求しちゃいけない乗り物、だな。まあ、俺たちの共通恐怖体験。」

「あの山になんか乗り物なんかあったっけ。車しかなかったような。」

「…滝の裏に祭りの夜だけ開く『みち』があるんだよ。…人間ならぬもののための。俺らそれに乗ったから。」

「……あまり追求しちゃいけないわね。」

「だろ?」

「…じゃあそこは僕も追及しないけど、とにかくはるきと冴は別に険悪な仲ではないんだね。」

「俺がいなければ、多分。」

「ううん、そこか。」

「それが何。」

「ん、なんなら嫁も戦闘要員に連れてきたらどうかと思ったんだ。」

 いつきが眉を寄せた。

「ちょっと…鳴海、本気で言ってんの?…あたしは嫌なんですけど…そんな修羅場パーティー…」

「冴はまだ高校生だ。勉強しにエリアへ来たんだ。聖地に連れて行くなんて言語道断だ。冴に教育をうけさせるのは直人さんの望みでもある。」 

陽介も言った。

「でも嫁は陽介についていきたいかもしれない。」

鳴海の言葉に今度はいつきと陽介が黙った。少し黙ってから陽介が言った。

「…それは…そう、なんだ。ついてくると…言ってきかなかった。」

「彼には彼の自由意志がある。自分のことを自分で決める権利がある。」

「そうはいかない。冴はまだ高校生なんだ。」

「僕は高校生のとき、すでにエリア入りするための準備を自分の意志で決めていた。いつきはどう?」

「あたしは…まああたしも希望を言えと言われて、一般的な高校生というものになりたいといって、エリア入りしてた。」

「…陽介はどう?」

「俺は…おふくろと暮らしながら幼稚園からエスカレーター式で大学までの道順はすでに決まっていた。」

「…その道をきめたのは誰。」

「親父だが、特に異論はなかったから、そのままレールに乗った。」

「…冴は、きみと違って周囲の決定に不満がある。…彼はどうするべきだろう?」

「…」「…」

「…一年留年するのを許してやるべきでは?…お金がたりない?…僕が貸してもいいよ、無利息無期限で。」

「それは…俺も親父に相談しないと、一存では決められない。」

「決めるのは冴だ。」

「日本ではそうじゃない。」

「この際、国境は関係ない。…そもそも冴は学校を卒業してどうなりたい?」

「でも直人さんが…」

「死んだ親父は関係ない。それはすでに過去だ。」

 鳴海がそういったとき、急に建物に隙間風が吹き込んできた。バタバタとタペストリがゆれ、空気が動いた。

「…直人さんは学歴で苦労して生きた。それを我が子に連鎖させたくないんだ。それは冴のお母さんも同じ考えだ。…うちの両親や俺自身も、だ。」

「きみは冴と一緒にいたいんだろう?連れて来ればいいじゃないか。はるきと彼で修羅場になるかもしれないけど、まあ、きみが安西キリウをぬらくらかわしていたように、上手く二人をコントロールすればいいだけの話だ。…きみは、本当は自分が自分のお母さんに叱られるのが怖いだけなんじゃないの。」

最後の一言はマザコンの陽介に突き刺さった。

「…まあ冴の件はこのくらいにしておいて…。それよりせっかくおびき出した教団を放り出してパリに帰らなくちゃならなくなった。教団はいままでのいきさつからパリをかなり警戒している。パリにたとえ追ってきたとしても、何もしないだろう。パリに用もないしね。出来ればパリに入りたくないというのが本音だろう。…教団を聖地に連れて行こうとしているのがラウール側にバレてるなら仕方がない。ラウールも含めて仕切り直ししないと…それにしてもなんなんだろう、久我の家に盗聴器でも仕掛けてあったのか。僕といつきは完全にパリをまいていたのに。」

「うちに盗聴器?うちに?」

「パリの連中が君の家のことに詳しすぎる。可能性はあると思うね。きみはいつきの彼氏だと思われていたんだし。教団ともかかわりがあったんだろう?盗聴器だけでなく周辺に諜報員がいた可能性もある。」

「…それは親父に不注意をとがめられそうだな…。帰ったら業者をいれて探してみる。」

「…きみんち、猫がたくさん出入りしているそうだね?」

「猫に盗聴はむりだ。」

「どうかな。尻尾にでも埋め込まれていたかもしれない。」

「それは…」ないとは否定できなかったが、「だが多くの猫は母が連れていった。今はほとんどいない。」

「…野良が数匹出入りしているのでは。」いつきが言った。

「あいつらは、来て、おやつ食べて、すぐ出ていくから…」

「…まあ、それは帰ってから調べてみてくれ。」

「そうだな。」

 陽介の返事をきくと鳴海は軽くうなづき、それから伸びをして言った。

「…うーん、ダメだったか…。ラウールをなめてたな、僕は。」

「鳴海、あたしからラウールに全部話してみる。」

「全部?偽装婚約の件から?」

「そう、偽装婚約の件から。それであたし、ラウールに、聖地に墓参りにいきたいって、本当のこと言ってみる。鳴海も本当のこと話せばいい。陽介は手伝ってくれただけなんだって。ラウールは大切な話はきいてくれるよ。」

 鳴海は少し考えた。

「…きみはラウールと、もともとは関係がいいけど、はるきの一件で信頼を損ねている。ラウールが素直に話をきいてくれるとは思えない。男っていうのは一度機嫌を損ねるとわりと根に持つものなんだよ。年は関係ない。」

「でもライリアがフリーで歩き回っていることをラウールは嫌がってる。連れ戻すといえば悪い顔はしないと思うわさ。」

「なるほど。」

 鳴海はまた少し考えた。

「…まあ、僕が話すよりはいつきが話したほうがましだろうとは思う。僕はあの男に全く信用されてないからね。信用がないをとおりこしてマイナスだ。」

「ラウールの信用をかちとるのは命がけの大技。信用はなくて普通。鳴海のいうところの『王様』が、子供を引き取って手駒とすべく英才教育してるのと同じように、ラウールも戦災孤児の特殊能力者をたくさん引き取って育ててるの。…それなりに成果を上げた子供だけが少し信用される。あたしもそれ。咲夜って子なんかはだいぶ信用されてるよ。」

「その少しの信用でラウールは動くかな。」

「ラウールが動かなかったらパウロに話してみる。」

「…パウロって医者の?」陽介は口をはさんだ。「…パウロ先生は、ラウールを叱れる立場の人だ。…いつきはパウロ先生と面識あるのか?」

「あるもなにも。あたしがパリに意識不明で担ぎ込まれたとき面倒をみてくれた病院があそこよ。ラウールのひろってくる戦災孤児のメンテナンスをパウロは一手に引き受けてるから、ラウールの子供たちはみんなパウロと仲良しよ。パウロはあんなだけど、子供が好きで優しいしね。」

「…それはいいルートかもしれないね。」鳴海は注意深く言った。「それでもラウールがうなづくかどうかは賭けだけど。」

「……祈れ、カズ!」突然力強く陽介は言った。「ラウールをうなづかせるんだ!」

鳴海は顔をあげて陽介を見た。

「…果たして、あの神様の顔の男に僕の祈りの力で勝てるかな?」

「それでもやるしかないだろ!俺がエリア・トーキオに帰ってる間、なんとかして祈りを通せ!」

いつきが顔をしかめた。

「ちょっとまってよ、さっきも言ってたわよね、祈りがどうのって。何の話、祈れって…」

「お前きいてねーの?」

いつきはうなづき、鳴海がこたえた。

「うん、まだ話してないよ。いつきと話すのにはちょっとコツがいるから…」

「そこからだろ!今まで二人で何やってたんだ!」

「なにって…」

二人は顔を見合わせて、それから向き直って二人そろって言った。

「「ダラダラしてた。」」

陽介は怒って言った。

「今すぐ話せ!」

「聞くよ、鳴海。話して。」

「…僕はちょっとした特殊能力があるんだ…父親譲りらしいんだけど。」

 いつきは呆然とした。

「まさか祈りを魔法樹がかなえるんじゃないでしょうね…」

「何がかなえてるかはわからないんだけど、まあ、うまくいくと祈りが通るんだ。たまに失敗することもある。妥当性が低かったりすると、通りにくいかな。あと少し時間もかかる。」

「それ…一人でできるのは聖地では高位の巫女さんの力よ…教母クラス…」

「そうなの?でも母はこの力は父親から遺伝したと言ってたよ。巫女さんて女性だけなんでしょ?」

「父親ですって!」

 いつきは目を見開いて頭をぐしゃぐしゃになるほどかいた。

「…その顔!!どっかで見た懐かしい感じがするといつも思ってた!!…あんたの父親はグレースよ、鳴海!樹都でそれができた男は、魔法樹に愛されしトレブルの持ち主…歌うと魔法樹から雨が降ったと言われるグレースだけよ!ロバート総長よ!あたしの父と弟の恋人よ!あんたグレースに似てたんだわ!」

陽介と鳴海は凍り付いた。


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