14 ナザレス
島谷は有り難いことに、喜んで店舗に立ち寄ってくれて(考えてみれば当り前だ)、運搬に便利なようにと、持ち運びにちょうどいいキャリーつきのコンテナを貸してくれた。
「…ガーデンも粗食ですからね、保存食持参のほうがいいですよ。…水くらいはあるけど、飲み物も持参なさったほうが無難です。」
そういって缶詰めやビスケットのブロック、ペーパービーフやチーズ、そして勿論飲み水などを沢山だしてくれた。
幸い店には陽介が食べ慣れている食べ物がいろいろあった。3人は店舗の片隅のカフェ席をお借りして、インスタントコーヒーで軽食をとらせてもらった。…なるほど、ここをアンティークなカウンターに改造するのは、いい考えだ。
「うちの店のがいちばんうまいでしょー?世界標準ですからね!」
島谷はニコニコ言った。
3人はうなづいた。
「…かも。」「ですね。」「確かに。」
…ほめたらチップスをつけてくれた。
「ジャガイモだけはね、あるんですよ、島に。
島の畑でとれるほとんど唯一といっていい作物なんです。」
「…岩盤だもんね、地面が。
耕作に向かないっていうより、不可能だよね。」
いつきが言うと、島谷は言った。
「そうなんですー。どうやってると思います?
海藻をね、海から引きずって来て、それを石つぶや砂とまぜてね、そうして土を作って、ジャガイモを植えてきたんですよ。
すごいでしょ?」
「…すごい。」
「…もっとも、今は土も少し本島から輸入してますけどね。ちっさな樹脂のミニチュアドームのなかで、青菜とマメ作ってる家もありますー。」
「…青菜作ってるってだけで、もう、名士になれそう。」
「するどいっっっ。その通りですよー。」
島谷は声をひそめて肯定した。
「…まっ、でもね、ここの島人はみんな仲良しさんなんですー。
陰湿な権力闘争とは無縁の場所ですよー。
そういった意味でもね、辺境なんですよー。」
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食事がすむと、約束通り、島谷は3人を載せて、吹雪の中、祭壇跡に向けて車を走らせてくれた。
「…ねえ島谷さん、ここって、一応…連邦なんだよね?」
すっかり島谷に馴染んだいつきがたずねると、島谷はうなづいた。
「勿論ですよぉ。」
「何市の管轄下なの?」
「ここいらは北西ヨーロッパ諸島州。俗称は北海州っていうんですけど。
昔で言うところのユニオン・キングダムと北欧がくっついてる感じですかねー。
一番威張ってるのはロンドンですよぉ。
…それにしたって、隣の島と仲悪いし。
…そういえば、隣の島の西端にも有名な島があるんですけど、
そこはおおよそ、外の国ですよぉ。
コンビニもあるんですけど、知らんコンビニなんです。」
陽介がうなづいて言った。
「…AWが知らないコンビニとなると、確かに外っぽいですよね。」
「そうなんです。でも、連邦の市民が普通に観光にいってますよぉ。通貨も3種類くらいつかえます。」
いつきが驚いた。
「えーっ、そうなの?! このへんて、ラフなのね。」
「ええかげんなんですわ。まっ、でも、そのくらいのほうが、人類としては、健全やと思いませんかー。パリとか、異常ですよー。」
「思う。」「そうですよね。」「賛成だな。」
「阿呆らし、なぁ?連邦しか世界があらへんなんて、誰がいいだしたんでしょー?このあたりにくれば、世界が外にもあることくらい、誰でもしってますよぉ。」
「…そうなんですね…」
ナルミがそっとつぶやいた。
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巡礼の道を祭壇の手前で降り、道があるとも思えない道を少し東へ、海岸の崖にそって進むと、腰ぐらいの高さの石垣にかこまれた小さな集落があった。
灰色の天然石を積み上げた古い石の建物があり、周囲は昔の墓地だった。墓石は風に風化し、すでに刻まれた文字も薄れて、読むことは出来なかった。
「…お墓作るのも大変ですよ。埋める土探すのが…。」
「…本当ですね…」
「随分前から使われていない墓地ですけど、…使われてたときは、きっとここいら、大変なことになってたと思います…。」
島谷は神妙な顔で冗談を言った。
それを耳にしたいつきはニヤリとし、島谷に猫なで声で言った。
「そうね、たいへんな臭いだったろうね。
それに海鳥がすごかったろうね。」
陽介は眉をひそめた。
「…いつき。乗るな、その話題に。シャレだから。」
島谷はケラケラとはじけた笑い声を出した。
「…はいはい、シャレですよぉ。
今はちゃんと、一度本土に運んで、分解処理してますよぉ。」
島谷はそう言うと3人を連れて、一番大きな建物に向かった。
看板などは出ていなかった。
観光施設や商業施設ではなく、真面目な、宗教的な集団なのだろうな、と思わせる風情だった。
…が、島谷の態度はびっくりするようなものだった。
どんどんどんどん、とかわいい緑色の木のドアを殴りつけ、
「あけてんかーーー、ソーヤたん到着やでーーーー」
と、(英語なので語尾等は意訳だ)大声で叫んだのだった。
3人、呆然と見ていると、しばらくして、ドアが静かに少し開いた。
「…ああ、ロビン。久しぶり。いつ来たの?」
「今です。」
「…島に。」
「月曜日。…寒いわ、入れて。」
「…お客様とかって…」
「いいからはよ開けて入れて!!」
隙間から顔をのぞかせていた女性の口元が笑うのが見えた。…島谷をからかっていたのだ。
「…気が短いわね、ロビン。」
「ロビンはいい人やからね。」
島谷が口を尖らせて言うと、ドアがあいて、くすんだブロンドの髪で、緑色の瞳の中年女性が現れた。
「…ようこそガーデンへ。」
…誰も拒みはしない、という慈愛に溢れた瞳で彼女は言った。
島谷が、その女性がガーデンの責任者で、ガブリエルという名だと教えてくれた。
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ガブリエルは4人を中に招き入れた。
中は意外と広く、2間続きになっていた。
窓には樹脂ガラスがはまっていたが、あとは昔のまま、石造りの壁にみっしりとタペストリがかけられて、気持ちばかりの防風と防寒の役割を果たしていた。
暖房は部屋の中央にある円錐型のストーブで、エントツがまっすぐに天井へ伸び、屋根を貫いている。中では泥炭が燃えていて、そばへいくとまったり温かかった。
「…まだ泥炭燃やしてるの?いい加減に風力にしたらええのに。」
「…火は魔除けになりますから。」
文句を言う島谷に、ガブリエルは優しい笑みを向けた。
島谷はハキハキ尋ねた。
「…魔物でるんですかー?」
「…でますよ、心の内に。」
ナルミがぷっと笑った。
ガブリエルはナルミに笑いかけ、言った。
「…いつまでも少年でしょう?ロビンは。
でもこんなでも結構頼りになるときもあるんですよ。」
ナルミは微笑んで言った。
「勿論。行きずりの我々をご親切にここまで案内してくださって。
とても良い方です。」
「な?ロビンはいい人やろ!」
島谷がまた先程のフレーズをくりかえした。
いつきが不可解な顔をしていると、陽介がコソっと言った。
「妖精のこと、
悪く言うと悪戯されるから、good peopleっつーの。」
「…おお!」
いつきはそう言われて納得した。
島谷は二人を見てちょっと笑うと、言った。
「…坊ちゃんたち、人探しだとおっしゃってましたね。
早速おききになられたら。」
「そうですね。」
陽介は居住まいを正して、ガブリエルに写真を見せた。
「…我々はこの人を探しています。」
ガブリエルは写真を手に取った。
「…お知り合いなのでしょうか?」
ガブリエルは尋ねた。
「はい。この人が突然行方をくらませてしまったので、
探しています。」
「…どういったお知り合いなのでしょうか。」
ガブリエルは静かに問いただした。
陽介は一瞬考えたが、ナルミが喋り出す前に言った。
「…実は、ここにいる彼女は俺の友人なのですが、
今度そちらの彼と婚約する予定で…
…この写真の人は、彼女が幼いころ、父親がわりになってくれた人なのです。
それで、是非会って知らせたいのです。」
陽介が一瞬で選択した理由は、狙い通り、ガブリエルの好みにぴったりの、ロマンチックで純粋な美談だった。
ガブリエルは警戒をとき、念のためにいつきに尋ねた。
「…ではあなたは、例の…あの件の関係者なのですね。」
「…あたしは神聖樹都神殿の巫女だよ。ライリアは陥落の日に亡くなったあたしの父の親友だったの。」
いつきがばっさり言うと、ガブリエルは目を丸くした。
そしてうなづいた。
+++
「ライリアはここに一週間ほど滞在しました。
ここに辿り着いたのであれば、時期などはだいたいご存知でしょう。
彼も、知り合いの消息を尋ねてやって来たのです。」
ガブリエルは4人の持ち込んだミルクを沸かして、チョコレートの破片をとかし、ココアをつくってくれた。それはとても温かく、ほろ苦く、香り高く、体を温めてくれるもてなしだった。
「…残念なことに、ライリアの友人は、もう随分まえに、亡くなっていました。…彼はここの計理士というか…まあ、何でも雑多にやってくれた、世俗に強い人で、ここをいっぱしの観光地にしたのは、彼だといっても過言ではない、と思います。」
いつきは不審そうに尋ねた。
「…ライリアは生っ粋の聖地育ちだよ。こんな北の方に知り合いなんか…。
…なんていう人だったの?」
「…ここに居たライリアの友達は皆からナザレスという徒名で呼ばれていました。」
「ナザレス?」
いつきはまったく思い当たるふしがない様子で、首を傾げた。
ガブリエルはうなづいて、続けた。
「ライリアも歳は同じか、近かったようです。」
「…どうして亡くなったの?」
「ああ、それは、風邪のあと、肺炎になったのですが、何しろ医者のいない島ですし、彼は連邦の市民権がなかったので。」
「…じゃあ…その人も…」
「そうです。16か17のとき、故郷のドームから逃げて来たと言っていました。
私は…」
ガブリエルはそこで切って、クスクスと笑った。
「…なんという夢物語を語るお兄さんだろう、とずっと…愉快なお兄さんだと思っていたのですが、ライリアがやってきて、それらが全て事実だとおしえてくれたのです。
ふふふ、あいた口がふさがらなかったわ!」
ナルミが、よくわかるといった顔で、そっとうなづいた。
ガブリエルは、笑いをおさめて言った。
「…ナザレスは小柄で黒髪の美しいひとでした。食えない人、というのがぴったりでしたけれど…でも笑うととても素敵な笑顔で、死ぬまでずっと、ここのアイドルでした。
…人間の心を持っている人ではありませんでした。恐ろしい、魔物のような人でした。けれども彼はなんとかここで暮そうとしていて…とても努力して…ない心の代わりに、その卓抜した思考力や計算力で、他人を慮っていたのです。ときどき的外れでしたけど…。
ライリアと彼は、仕官学校時代の同期だったそうです。」
いつきはびっくりして目を見開いた。
「じゃあ、うちの親父とも同期のはず。…だれだろう?」
「…ナザレスはもともと、フィールドの流民で、子供時代に攫われて、奴隷市場で売られたそうです。ただ、とても可愛い子だったので、よい人に買われて、ずっと大切に、わが子のように、恋人のように愛されて育てられたそうです。」
ナルミの目が一瞬泳いだ。
いつきは言った。
「どうやってドームに?」
「彼の保護者は腕のたつ傭兵だったそうで、紹介されてそのドームに雇われたらしいです。国境にいたと言っていました。そして国境で亡くなったと…。」
「…」
「保護者が亡くなったのでナザレスはドームにいられなくなり…逃げたと聞いています。」
「…いられなくはなるけど、殺されるわけじゃないわ。逃げることはないでしょ…?」
ガブリエルはくすくす笑った。
「そこはそれ、ナザレスですから。故郷では敵が多かったようです。そもそもが、追っ手のめくらましのために仕官学校に入学したと言っていました。養父の死で居場所がバレて夜逃げしたんだよ、ととても楽しそうに、いつも話してくれました。」
「…楽しそうに?」「…」「…」「…ぷっ」
陽介は眉をひそめ、2人は沈黙し、島村だけが笑った。…他人事だからか。
「なんでも彼はその美貌をドームの首長に愛されて、総長宮というお城に住んで、女の子のようなきれいな服を着て、髪を腰まで伸ばし、…そのスキャンダラスな御寵愛は、一時期ドームを傾けると心配されたそうで、そのおばかさんで人の良い総長閣下は、結局、それが理由で解任されたらしいです。」
いつきが目を見開いて口を押さえた。
「ナザレス! …クライストのことね?!」
「そうなのです。彼の本名は、そんな大物みたいな名前なのです。」
ガブリエルはクスクス笑った。