13 グッドフェロー
吹雪は、3日おさまらなかった。
宿の部屋にずっといるのも申し訳ないので、港のショップ・レストラン・パブ・コーヒーショップを順にハシゴして3人は時間をつぶした。3人を気の毒に思ってか、パブの主人がトランプを貸してくれた。3人はオールドメイドや七並べ、3人でやるつまらない大富豪を延々繰り返して、吹雪がやむのを待った。
おかげさまであちこちの亭主と顔見知りになり、だんだんといろんな話をきかせてもらえるようになった。
3人が来た次の日の船で、教団の追っ手が来たらしいことも知った。彼らはどうやら、別の個人宅でやってる宿に入ったらしい。
ライリアは確かにこの島を訪れていて、おそらく2週間ほど滞在していた。
何しろ目立つ男なので、みな覚えていた。
「…ずっとガーデンにいたらしいよ。知り合いがいると言っていた。」
「その知合いって、だれだったんだろう。」
「だれかなあ。…ガーデンは島の人ではなくて、よそからきた人がほとんどだからね。」
この島は、プレドームの時代から、出入りの宗派は変わっても、そういう人たちの聖地であることにずっとかわりはない、と、島の老人が語った。
「他人に対して、寛容でなければいけない。相容れない相手でも、受け入れることだよ。」
…いつきは何が気に入らないのか、その老人に絡んだ。
「…理解できなくても受け入れられる、ていうんでしょ。偉いわぁ。」
「お嬢ちゃん、
相容れない相手をいちいち殺していたら、この狭い地平に人間などいなくなってしまうよ。
あっというまに、ひとりも。
儂なら、それを寂しいと感じることだろう。」
老人は笑ってそう言った。
絶海の孤島に住む老人の孤独は、いつきを黙らせた。いつきは明らかに、不貞腐れていた。
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木曜日の朝、B&Bの質素な朝食の席で、わずかに果物の缶詰めと真空パックの牛乳と、ぱさつくゆで卵に売店で買った塩をふって食べている陽介を横目で見つつ、ナルミは切り出した。
「…このまま吹雪が止むのをまってたら、何日あってもたりない。
冬中かかりかねない。
親愛なる陽介くんが栄養失調になる前に、やはり出発する必要があるね。」
「…俺、クリスマスまでに家に帰らなきゃ。」
陽介はもそもそと卵を噛みながら言った。
「お二人の覚悟が決まったのであれば、あたしはいつでもいいけど。」
いつきがうなづくと、ナルミもうなづいた。
「…島を周回してるっていうミニバスでなるべく近くまで行って、そこから歩こう。」
「それしかないわね。」
「馬貸し屋さんあたりまで行けば、あのへんの店のどれかはトラックもってると思うんだけどなぁ。仕方がない。」
距離が遠いのでたしかに車がある可能性が高かった。けれどそこまでの距離をどうつめるかが問題だった。それに車があったとしても、日をまたいで借りるわけにはいかないだろう。個人の持ち物だとしても公共性が高い乗り物なのだ。
「…でもとりあえずさ、ミニバスの人に頼んで、コースの途中にあるコンビニに寄らせてもらおうよ。少し食べ物とか持ってないと心配だ、さすがに。」
「復路っぽいから面倒そうだけど、そのほうがいいね。
パブのご御主人の話だと、風情がこわれるといってコンビニ反対者も多かったらしいけど…。あたしたちにとっては有り難いよねえ。」
「いやまったく。」
食事のあと、3人は宿を引き払った。
充分に防寒を施して外へ出た。
ミニバスは船のつく時刻に合わせて、港からでている。
3人は港に向った。
…不思議なことに、船は運休していなかった。
荒れているのは島だけで、海はきわめて穏やからしい。
そういう島なのだと、パブにきていた漁師がおしえてくれた。
雪が20センチほどつもっていた。
もっと積ってもよさそうなものだったが、風がふきとばしてしまうのだろう。
「あれ、坊ちゃん! やっぱり会いましたね。」
突然誰かが陽介に声をかけてきて、3人は一斉に声のほうを振り向いた。
防寒具でぽこぽこにふくれた小さな男がにこにこ愛想よく笑っていた。
「…あ、船でお会いした…」
陽介も愛想よく笑って、2人は握手した。
「吹雪が続きますね。これじゃ折角来ても、観光できないでしょ?」
「ええ、もう、全然。」
「交通が止まってしまうからね、御買い物バスくらいしか動かない。…そちら、おつれさんですか?こんにちは。日本語わかりますか?」
「ええ、大丈夫。」「はい。わかります。」
「あ、うれしいな。
こういう辺境で、生まれた国の言葉に出会うと、とてもうれしい。
…わたし島谷蒼夜といいます。よろしく。」
「あたしいつき。こっちはナルミ。陽介とは友達よ。」
いつきとナルミも握手した。
「ぼっちゃん陽介さんておっしゃるの。漢らしっ。
あんまり顔にあいませんなぁ?
いちごちゃんのほうがいいですよ。」
「すももちゃんとかね。よく言われます。
…関西の言葉だと島谷イエスさんみたいなお名前ですね。」
「そうやね。
子供の頃よくからかわれました。東京ならいいんですけどね。
うち親が2人とも外人で、ネーミングセンスがイマイチなんです。
ひぃおじいちゃんが日本人。ニホンは平和でいいから、親が親戚頼って移住しまして。」
「今日はエリアことばなんですね。」
「仕事のときはなんとなくね。」
「…お仕事でいらしてるんですね。この島、移動とか大変では?」
「いやべつに。私は店の車があるから。…でも店の荷物がなんでかおくれてましてね、帰られません。」
「お店?」
「わたしAW本社の管理社員です。西ヨーロッパのフィールド販売区の担当してます。」
「えっ」「えーっ」「ええっ」
AW、Around the World、は、件のコンビニを経営している会社であった。
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「あーっ、きいてますよ、エリアトーキオの閑静な住宅街で、
カーチェイスやって、店舗につっこんだお金持ちがいるって。
あなたですか。」
「やー、面目ない。」
ナルミは笑って頭をかいた。
陽気な島谷は、話を聞くと、船が着いた後でよければ、望みの所まで車で送ってやると言ってくれた。3人で拝むと、辺境のつらさはしってますから、困ってるときはお互い様ですよ、と笑った。
到着した船に、島谷の待っていた積み荷は乗っていなかった。
「…ブリテン島に入ってきてるのは確認したらしいんですけどねえ。
なんかあったとしたら、ドームから港までの間かな…。」
「お店の商品ですか?」
「そっちは問題なく昨日届いてるんです。
店舗を改装するのにね、アンティークのカウンターをオークションでおとしたそうで…。」
「コンビニにアンティークのカウンター?」
「…バックパッカーが雨宿りや昼食休憩できるようにね。ただでさえ現代的にケバいって、うちの店ここで不評なんです。だから少し店内エレガントにしてみようかって。まあ、そうしたらそうしたで、どうせパブとかに商売の邪魔っていわれるのはわかってるんですけど…。ふう。」
島谷はため息をついて首をコキコキと回した。
「…これでまた一日暇です。
…お約束通りおおくりしましょ。
大丈夫ですよ、ガーデンには知合いますから。電話してから行きましょう。衛星電話が通じます。」
元気に言い、島谷は車の後方部に座席を作って、3人をのせた。いつもは座席をしまって荷物を積んでいるのだろう。
三人は有り難く乗り込んだ。
ナルミは話をそらすのに、島谷に尋ねた。
「…でも島谷さん、日本州で育って、こんなヨーロッパのフィ-ルドの離島の辺境が管区とは、大変でしょうね。」
「…そーでもないですよー。
まあ、ここだけが管区のすべてではないです、もっとマチバもやってますから、ここに来るのはたまーになんです。
それに、うちのママ、ここの出なんです。」
三人は驚いた。
「えー、そうなんだ?」
「そうなんですよー。」
「…じゃあ、日本人なのは、お父様のほうの御親戚ですか。」
「そうそう。そうなんですよー。
ここ、いっぺんきてみたいと子供のころから思ってたし。
だから世界的なチェーン店持つ企業に就職したっていうのもあって。
管区も自分で志願したんですよ~。
島の人たちはママのことみんな知ってますし。
わたしのこともちょっと異質な身内くらいに思ってくれてます。
背がちっさいでしょ、だからチェンジリングだっていわれてて、パックとかロビンとか呼ばれてますよ。」
…妖精の取り替え子のことだ。妖精が、妖精の子供と人間の子供をこっそり取り替えていくことがあり、取り替えられたのうちの子はつまり妖精ということになるので、ちょっと変わり者に育つと言われている。
「へえええ」「へー」「そうなんだ、なんかすごい。」
「すごいでしょー、もういじめですよ、ほんとに。」
そういって島谷はケラケラ笑った。…どうやら持ちネタらしかった。