11 道なりに
ドームを出て、車を港町に向けていると、隣のシートでいつきが言った。
「ねー、さっきさー、別れ際にハルキちゃんなんかくれなかった?」
「あー、折をみておめーに渡してくれってなんか頼まれたわ。
別にあとでいいだろ。事故りたくねー。」
「まあいいけど。」
そういや、別件も頼まれてたなー、こいつの似てねー兄貴から、と思い出した。
非常に憂鬱になったので、口に出した。どうせ早いか遅いかの違いだし、と思った。幸いいつきはそんなに機嫌も悪くない。
「…いつきよー、俺パリでちょっとおめーに伝言たのまれたんだわー。」
「だれから。」
「んー、ラウールんちでよ-。」
「あー、行ったの、あのお城。」
「いや、マンションのほう。」
「あー、なんかハーレムになってるとかいう噂の…。」
「…ハーレムってほどでもねーよ。桜さんはいたけど。」
「愛人もいるんでしょ。みんなが『猫』って隠語で呼んでる男。」
「…んー、いたわ。」
「…前はライリアも一緒にいたのよね。」
…話しにくい反応だった。意外と、乙女な反応だ。ナルミといたせいなのかもしれないが…。以前は下ネタでも普通に話せたのだが…。
陽介が言い淀んでいると、ナルミが助け舟を出してくれた。
「…あのド美人の執事さんに、なんか伝言頼まれたの?」
「…うん。」
「愛人稼業も大変よね。老けたらお払い箱でしょ。だってラウールだもの。そいつって、きれいなほかになんか取り柄あんの?あればいいけど! 老けてから再就職はきついわよね。」
いつきの言葉にはいつになくトゲがあった。
「…お前しばらくあわないうちに、ものっすげえ嫌な女になったな。」
陽介は眉をひそめていった。
するとナルミはクスクスわらった。
「…違うんだよ、陽介。いつきはなーぜーか、その執事さんに会わせてもらえないの。だからラウールの部屋に行ったことないし、ラウールが自宅に呼びつけるという実家のシェフたちの料理も食べたことがないってわけ。それで拗ねてる。執事さんを逆恨みしてるってわけ。」
「…食い物かよ!」
陽介は愕然とし、そして思わず笑った。
「なによ、悪い?!」
いつきはひらきなおった。
…なんだかほっとした。
「…お前が執事さんに会わせてもらえねーのはな、その連邦内外で名家の執事を歴任してきた若いけどバリバリの超美人の執事さんは、お前の血の繋がった兄貴だからだ。」
陽介が一気にそういうと、イツキは「ぶはっ」と言ってむせ込み、ナルミは「えーっ」と奇声を上げた。
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「…養父と兄が実は愛人か…それは…女の子にはキツイ話だと思ったんだろうな…一応、きっと…。言えなかったんだな、いくらラウールでも…。」
やっとおちついてから、ナルミが言った。
イツキは憮然として黙り込んで窓の外の暗闇を見つめていた。
「…最初にラウールんち連れてこられたときは、リンさんいつきの消息は全然知らなくて、勿論おめーもだれにもいってないから、ラウールもまさかあの美人がお前の兄貴だとは思ってなかったらしい。
…リンさんな、まあ、ことさら仲良くしようって意味でもないらしいんだけど、今となっては2人きりの兄妹だから、せめて生きてることだけは知らせたいってさ。」
イツキは陽介を見た。
「…養父と兄貴くらいなんだってーのよ、実の父と弟が総長はさんで三角関係だったのにくらべりゃあ…
屁みたいなもんよ。」
ナルミが咳き込んだ。
「…そのわりにはショックうけてるじゃねーか。」
「…やられたわ…。
あの男が悪魔みたいに男にモテるの忘れてた…。
親父とか骨抜きだったもんなあ。
…てーか、あの悪魔、生きてたのかよ。」
「…なんか、軽傷で助かっちゃったらしいね。」
道なりにハンドルを切ると、いつきはその揺れで体勢を戻した。
ナルミがフォローしてくれた。
「…悪魔って、そんな。礼儀正しくて有能な人だよ。いつきのお兄さんていわれると、なるほど、あの有能さは家系か、と思った。」
いつきはため息をついた。
「…あいつは我が家の黒い羊なのよ。
シェハルの倅に戦士腺がなかったってんだからね、もう、なんてーか、一人目の子だし、親パニックでさ。
別にそれがないのが悪いわけじゃないけどさ、むしろ祝福するけど…。それはわかるけど…。
親父があたふたしちゃって、猫ッ可愛がりして、我侭にしちゃってさ。
もうあたしと弟は忍の一字よ。
もうやりたい放題、いばりたいほうだい、親は二言目には『お兄ちゃんかわいそうでしょ』ってさ。何がだよ。まったく。挙げ句グレやがってさ。
しゃーないから14で持参金つけて丁稚奉公に出したのよ。執事の。家を出た後は少し落ち着いたって人づてに聞いた。」
「…」
ナルミが言葉を選んでいるうちに、陽介は笑って言った。
「…お前と気が合うわけが今になってやっとわかった。俺も兄貴の行いに関しては忍の一字だ。」
「…あたしは前からわかってたわよ。」
「早く言えよ。」
「…いっとけばよかったかーっ。そうだなーっ。」
いつきもつられて笑い出した。
…多分、笑うしかなかったのだろう。
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いつきがすっかり大人しくなってしまったので、ナルミが席をかわってくれた。
ナルミという男はこまごまと気を使う男で、しかもそれを苦もなく当り前にやり、やったあとは忘れている。彼が成功した理由はその辺りにあるのだろうな、と陽介は思い、少し尊敬した。神経が細くて弱い陽介は、そういうふうに気を使うと、くたくたに疲れてしまって何も出来なくなる。
ナルミは話題をかえて、いつきと遊びまわった遺跡や田舎町のことを面白おかしく話してくれた。
「…これから島に渡ることになるんだね。
なんだかわくわくするなあ。」
「…島ってなんかいいよね。
俺、たまに日本で旅行するけど…島へ行くのって、なんか特別なんだよね。」
「わかるわかるーっ。なんかこう、船にのって、海を渡ってさぁ。」
「そう。なーんか、違う。
島イッコ行くと、すぐ別の島行きたくなるんだよね。」
「わかるわかる。
それで僕も島を買っちゃってさあ。」
「そうだ、カズは島もってるんだよね。琉球弧だっけ?
あのへん、紫外線はどうなの。」
「きついよ。ドームかけてある。
でもね、やっぱりいいんだよねーこれが。
ドームのなかに人工海岸作ってあってさ。海水ろ過してひきこんでるの。だから泳げるよ。」
「すっげえ。P-3みてえ。」
「そうなの、P-3に憧れてね、あそこ好きなんだ。
今度陽介も、うちおいでよ。嫁もつれてきていいよ。」
「いくいく、ぜってーいく。」
陽介が喜んで言うと、ナルミはにこにこして言った。
「…元気になったね、陽介。ね、やっぱり来て良かったろ?
君には冒険が必要なんだよ。」
陽介は思わずナルミの顔を見た。