10 広場で
「…ライリアは10月にラウールのところから消えている。
カードは持たずに現金で移動している。
偽造の市民証とパスポートを持っているらしいが、どんな偽名を使っているのかはわからない。
ラウールの出していた市民証が使われたのは、ここのドームが最後だ。
持ち金を全て現金化している。
しかし彼は目立つので、ドームの内外で、ところどころで目撃されている。」
「…二枚目だもんな。…10月の末に島に渡ったのは俺も調べたよ。」
「…島?」
「あれっ、知らないの。」
「しらない。
…チューブではなくて、どうやらドーム船でアフリカに渡った可能性が高い。
アレクサンドリアから別便で折返した観光客がライリアを目撃していた。」
ドーム船というのは、透明樹脂に包まれた球形の船のことで、多くは豪華客船だ。中には超豪華になってしまって、「独立国家」というか「完全自治」というか、「無国籍化」「海賊船化」して一つの都市のようになってしまっているような物もあるとか噂にきくが、本当なのかファンタジーなのかは不明だった。
陸上のドームが半球を被せているのに見た感じは似ているのだが、ドーム船は、完全な樹脂の球体の中に水平な船面が浮かんでいるような形で、下半分には安定のためにゲル状の物質が満たされている。船といっても、ちいさな陸地がそのままカプセルインして海を漂っているような物で、巨大な船面の上にはホテルや病院が立ち、乗り組み員の家族のための学校があり、船によってはカジノがありサーカスがあり劇場があり、著しきは農耕や牧畜も行なわれているという。
「…アフリカって、…ライリアはどこで降りたんだ。」
「わからない。
目撃者も四六時中みはっていたわけではないからね。
彼が乗っていたのは一応連邦船籍の『バルセロナ』って船だ。
…まあ、ラウールに報告義務が生じたのであれば、逆に軽くラウールの側近に乗船者名簿とりよせてもらうって手もあるな。」
「あ!
知ってる、パルセロナ周辺の砂漠化が進んだときに、
ガウディのカサ・ミラとかを移植した船じゃね?」
「その通り。
さすが陽介、話がはやい。
グウェル公園もあるよ。サグラダファミリアは教会から許可がおりなくて、残念したけど。」
「…バルセロナがヨーロッパを離れたのは?」
「11月の後半、地中海にいたよ。ぐるっとまわって出ちゃって、今はもう、アフリカの西を喜望峰へ向っている。…詳しい日付けはあとで渡すよ。」
+++
「…島の話をきかせてくれる?」
ナルミが言った。
陽介はうなづいて、ライリアが10月の末に港町のアレックスに写真を撮られたことを話した。
「…そのあと、近くの島に渡ってる。
ドーム以前から巡礼地として有名な島なんだ。
今も祭壇あとが観光地になっている。
島にはウィッカンのコミュニティがあって、自給自足の質素倹約生活をしているそうだ。
そこにライリアは用があったらしい。」
「…ウィッカンのコミュニティ?」
いつきが言った。
陽介が魔女宗のことを少し説明してやると、いつきは眉をひそめた。
「…島、の…?
…ライリアはそこに用があったっていうの?」
「らしい。」
「何の?」
「知り合いがいるって聞いた。」
「…」
いつきは難しい顔で黙り込んだ。
「…島の魔女…?
…て、勿論連邦のハズレか、下手したら圏外だよね?
まさか…島の神殿?」
3人がいつきの顔を見た。
いつきは顔を上げた。
…ハルキは険しい顔になった。
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「…じゃあ、こうしよう。」
ナルミが言った。
「とにかく、その島は興味深い。
一応経緯をラウールに報告してから、その島へ向おう。
追っ手がついてこられるように、のんびり行けばいい。
勝手についてくるだろう。」
「…途中の砂漠で襲われるとめんどくさいわよ?」
「まー多分、大丈夫。
僕らの行き先に、彼らは興味があるはずだから。」
「…うーん。」
「その島で、ライリアの行動を追おう。
彼の目的がその島だったのであれば、それを明らかにしたところで、もう一度ラウールと状況を話し合ってみよう。」
「…そんなところだね。」
陽介が同意すると、ハルキが言った。
「…来週の週末なら僕も行きたいんですけど…」
「悪いな、ハルキ。俺、急いでるんだよ。」
陽介は素早く却下した。
「…ですよね。」
ハルキはため息をついた。
「大学なんかなげちゃおうかな…。
別に、姉さんだっていってないし…。
どうせ落第しそうだし。」
「…落第してからでいいんじゃね?」「そうだよ、今まで書いたレポートが無駄になるんだよ?」
陽介とナルミがそろって眉をひそめると、いつきが言った。
「…もしかそこが島の神殿なら、あんた危ないから、今回はおよし。
いつでも時間さえあれば行けるでしょ、パリから近いもの。
日帰りだよ。
…安全かどうか、確かめておいてやるわ。」
「…アブナイって、どうして?」
ナルミがきくと、いつきは言った。
「…ハルキちゃんのママは神殿を足抜けしてるんだ。
…巫女さんは結婚は禁止だし…
神殿の掟が生きていたら、ハルキちゃんはママの咎でつかまるってわけ。」
「…つかまってどうなるの。」
「ママをおびき出す餌にされるか、
あとは、水に突っ込まれて溺死刑かな。」
「ええっ!」「えっ、子供に罪はないでしょ?」「そんなにきついわけ?」
「…巫女さんの血は残しちゃいけないの。
絶やさないと。
だから結婚禁止なの。」
「なんで?!」
「…だから、巫女さんていうのは、…神様と繋がる回路を持ってる人間だから…ふやしちゃいけないの。だから、神殿にいれて隔離するの。」
「何で?」
「ばっか、ドームの中に雨降らすようなバリバリ現役の神様なんだよ?
人間が常時接触してたら、あっというまに感化されたり支配されたりするじゃない。
神様はいい奴とはかぎらないでしょ。ある日天から怪我して落ちて来たとかいう謎の奴なんだからして。」
「…」「…」「…呪われた血筋…?」
「そっ。巫女さんの子ってだけで、呪われてんの。」
ナルミがあっけからんと聞いた。
「でもさー、男女のことだから、妊娠しちゃうこともあるでしょ。そういうとき、子供に罪はないよ。」
「まーね。でもそれは子供の理屈だからして。…有無を言わさず堕胎。そしてうまれちゃったら溺死刑。」
「…おまえはいいのかよ。」
「…うちのかーちゃんは、法律をかえたからね。あたしと兄弟はすれすれセーフ。神殿にも認定されてて、どこの神殿にも通達が行ってる。…でもせっかく変わりつつあった樹都は、パリに陥とされた。」
「…」「…」「…」
そろって難しい顔になる3人の中、いつきはハルキに言った。
「いいね?…ちゃんと大学いきな。」
「…はぁい。」
ハルキは大人しくうなづいた。
「…おまえもいきゃいいのに、大学。ユウも行ってるし。」
陽介がぽつりといつきに言うと、いつきはにっこりした。
「…墓参りがすんだらね。」
+++
買い出しのあと、レストランに入った。美味しい物が食べたーい!とごねると、ナルミが適当なところを選んだ。その様子をみていた陽介が言った。
「…お前、ナルミといるうちに、我侭に、かつ、使えなくなったな?」
「…絞め殺すわよ。」
すかさずいつきが返すと、ナルミは朗らかに笑った。
「アハハハハ、いいじゃない。街にいる間は楽しくカップルごっこさ。」
「そうそう。外に出たらハードボイルドだからね。」
「たまには男のふりしないとね~僕も~」
「ふりかよ。」
レストランでデザートまで食べたあと、ナルミはいつきから電話を借りて、ラウールに報告の電話をいれた。ナルミの申し出は了承された。陽介も一応少しラウールと話した。
「…ナルミの読みでは教団は、俺達のあとをついて島まで来るだろう、とのことです。…まあ確かに、いつきがいる場所ではディフェンスが堅くてあいつらナルミに近付けない。ついてくるしかないとも言えますね。」
「…なるほど。ではくれぐれも気をつけて。…あ、ハルキは大学に送り返してくれないか。」
「了解です。今日中に。」
「幸運を祈ってるよ。」
「有難うございます。」
電話を切った後、陽介はハルキに言った。
「…じゃあ、ここで別れるか。ハルキ。…ラウールがお前を大学に行かせろってさ。」
「…みなさんはもう、ここから直接、出発ですか?」
「そうね。ちょっとどっかのトイレで着替えくらいするけど、まあ、そんだけ。買出しも済んでるしね。…でも、駅までは送るよ。」
ハルキはため息をつき、しぶしぶ了承した。
いつきが言った。
「…仕事がすんでたら来週末に遊んだげるからさ、ハルキちゃん。元気だせー。」
「…いつきさんの顔は見飽きましたよ。」
「この失礼野郎。」
いつきは憮然とした。
そんないつきを無視してハルキは陽介に言った。
「…先輩、気をつけてくださいね。教団の連中は鍛えてます。逃げ足だけじゃ足りないかもしれない。」
げっそりしている陽介をみて、ナルミは笑った。
「…僕のことも心配してよー、ハルキ。」
「なんであんたの心配を僕が…?」
「公平、平等。」
「…哲学的概念ですね。」
ハルキが冷たく切り捨てると、ナルミは呆れた。
「…レポート書き過ぎだよ。」
会計を済ませてレストランを出た。
「…車2台あるな。預けるならドームの中のほうがいい。」
「…ナルミの車を預けて、ラウールの用意した車でいこうか。」
「…そのほうがいいかもね。荷物を積み換えよう。」
荷物を積み換えてから、まずはハルキをチューブラインの駅に送り、そこで別れた。
ハルキは少し陽介のそばにきて、なおもボソボソ別れを惜しんでから、ようやく先に席をたった。
そして1台の車に3人で乗り、…出会いの事故をふと思い出した陽介は強引に運転席についた。
「…心配しなくても大丈夫だわよ、陽介。」
「…おまえはあれを見てねーからな。」
「あっはっはー、いいよ、運転しておくれ! 」
ナルミは陽気に笑った。
3人はドームを出た。