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the World Around  作者: 一倉弓乃
1/20

1 天使の領土

 誰かに起こされた。

 陽介が目を開くと、連邦チューブラインサービスのランチは、すでに停止していた。

 到着放送が流れ、間もなく、ドアがあいた。

 ドアの外にはこの時刻だというのにも関わらず係員がいて、陽介におりるよう促した。出発時刻が微妙だったせいもあり、ランチの中には、客は陽介しかいない。

 夜勤の係員に軽く礼を言って、陽介はランチを降りた。

 手続きを済ませてゲートを出ると、そこは清潔なP-1の到着ロビーだ。到着の客は少ない。

 誰かに急き立てられて、陽介は立ち止まらずにそこを通過した。

 トビラから出ると、いきなりの人ごみだった。

 出発客だ。

 陽介は人ごみになるべく紛れて、足早にチューブラインステーションから出た。追っ手は今の所、視界に入ってこないが、次のランチは早ければ15分で到着する。いずれにしろ、じきに追いつくのは間違いない。

 ホテルで休みたいところだったが、まだチェックインには早過ぎる。

 とにかく人のいるところ…そう思って、地図を見た。

 ルートに従って巡回する無人のタイプのタクシーが、このドームでは普及しているときいていた。陽介はとりあえずタクシーに乗った。

 電話を取り出した。

 こんな時刻では殺されかねないと思ったが、もしかしたら相手は、昼間の国にいるかもしれないという期待も多少あった。

 数少ない友人であるいつきの電話に呼び出しをかける。いつきの言っていたことが本当ならば、電話は傍受されているはずだ。陽介は言葉を選びつつ、相手が出るのを待った。

 呼び出し音がきれて、沈黙が流れた。

 怒ってるかな、と思ったが、陽介は思いきって言った。

「久鹿だけど。」

「…」

 くす、と笑う気配がした。

 陽介は肝が冷えた。

 …いつきじゃない、と思った。

 相手は、甘い美声で言った。

「…ずっと君を待ってたよ、いつきの冷たいお友達。…今まで何してたんだい?彼女を怪しい男に押し付けて。ほかの誰かと幸せだったの?…本当に、酷い人だ、君は。」

 …陽介は落としそうになった電話を、慌てて握りなおした。


+++

「どうして僕に先に電話してくれないんですか! 夜思から内密に連絡が入ったから待ってたのに!!」

「だってお前ナルミとビタ一文関係ねーじゃねーかよ!」

「そりゃナルミとお金の関係はありませんけどねーっ!!」

 …午後になって、陽介を迎えにきたのはハルキだった。

 会うなり怒鳴り合いになったのは、それはそれで進歩だと思う。

 ハルキは陽介より1つ年下だ。

 数年前、学校ドームS-23高等部で、2人は恋仲だった。

 あの頃のハルキは小柄で、女の子のように可愛らしく、年子の姉よりも魅力的な少年だった。

 手探りで始めた初心な同性愛だったが、それなりに幸せだった。

 2人は喋り好きという幸福な共通点もあり、たとえ抱き合う気はおきない日でも、2人でいて退屈したということがない。

 いつでも2人笑いあって恋愛や哲学から政治経済教育問題まで、あらゆる話題を喋りつくし、…そして誰にも憚らず、手をつないで昼間の町を歩いた。

 夏休みに2人で出かけた旅先で、陽介が父親ほどの年齢の男と浮気してしまい、それですっかり2人の仲は冷え込んだ。

 それでも、いつきが仲を取り持ってくれたような部分もあって、ぼちぼち関係は続いたが、翌春に、ハルキはいつきの養父でもある親権者に強引にP-1に連れて行かれ…連絡がとれなくなって、2人の仲は終わった。

 陽介はそれから孤独を病み、結局、件の年上の浮気相手…月島直人とよりを戻し、遠距離の時期もふくめて1年ほどつきあった。後半の半年は、同棲していた。…同棲していた、というか、まあ、直人の部屋に、転がり込んでいた。

 その直人は今年の春に事故で他界した。

 陽介は体を壊した。体というか、正確には、心の病だ。ときどき動悸が激しくなって、目眩がして、日常生活やら通学やらができない状態になる。なにがきっかけでそうなるのかは、陽介自身にも予想がつかなかった。とにかく、突然、なる。

 体はどこも悪くないので、親にはジリツするように促され、一人暮らしとなった。

 自分の世話が到底自分で出来ない陽介は、家事のできる下宿人をさがした。

 陽介の幼馴染でもあり、いつきの友人でもあるユウという女子が、もみ手して、一人の高校生をつれてきた。

 …月島冴、目を一度むけたが最後、けっして目を離せなくなる美しいその高校生は、直人の忘れ形見だった。

 顔や歳こそ違え、直人と同じ性格で、同じ声をしていた。

 陽介はほどなく彼に夢中になり、…家事担当の居候は、すぐに、同棲する恋人となった。

 ナルミには「嫁」とからかわれている。

 そうしてハルキのことを少しずつ忘れようと努力していたときに…ハルキが日本に顔をみせた。

 再会したハルキは、たった2年で、「かわいい」を卒業していた。

 今は陽介より上背があり、肩幅もひろく…いつまでも少年じみている陽介とくらべれば、3つ4つ年上に見えるほどだった。髪も伸ばして、多少はひげも生えるらしい。

 …かわっていないのはそのこじゃれた眼鏡くらいのものだった。

 ハルキのほうは、陽介と、終わったとは思っていなかった。

 …もめた。

 そのときもう、陽介は冴と同棲していたし、いろいろなことに傷付いて健康も損ねていたし、ハルキの不在が陽介の不幸に拍車をかけていたのは確かだったし…ハルキは引かざるを得なかったのだろう。陽介も、話しあいに応じる気はなかった。…美しい冴のことを、そして他界した直人のことを、愛していたので。

 不思議なことに、ハルキは顔をあわせた冴とはなんのケンカもせずに別れているそうだ。あとになって、冴からそう聞いた。冴は普段は無口な大人びた少年だが、

「…あの人、変わった人ですね。でも、変わっているなりに、いろいろ気遣いをする人ですね。」

と、ハルキについて好意的なコメントをしていた。

 あのとき、いつきを日本州の州都で駅まで見送りに行き、陽介の現状を心配したいつきにあやうく誘拐されかかったのだが、…ハルキに会うのはその駅以来だった。ハルキはそのとき、いつきと行動を共にしていた。

「…お前、今はどうしてんの。」

「アカデミーでレポートかきまくってますけど。まあ、身柄はワイトさんとタカノさんががっちりかばってくれているので、今の所ラウールにぶっ殺される心配はないです。…でも退学になりそう。到底間に合わないですよ、1ヶ月遅れだし。」

「ダイガクセイ?!」

 陽介は愕然とした。

「なんでだよ?! お前S-21で高等部卒業してないだろ?! まだ3年に学籍あるんじゃ…」

「しりませんよ、南米に飛ばされて、帰って来たら『はい、明日からダイガク行って』って。…まあでも、先輩と同じ学年ですね。」

 ハルキはそう言ってニヤニヤ笑いながら、鼻の上で眼鏡を押し上げた。

「う…うるせーよ!」

「あははっ。」

 陽介が怒ると、ハルキは嬉しそうに笑った。そして改めて言った。

「まっ、そうしたことごとはともかく…ようこそ、災い多き天使の領土へ。」

 陽介はそれを聞くと、真顔になった。 


+++

 ハルキの育った尾藤家は、家族がまるごと、新興宗教の教団だ。父親、母親、長男の3人が、教団の指導的な地位にあり、次男・三男・四男も教団の運営部にいる。四男が、陽介のかよっている大学の2年にいる美形様の夜思で、その下が、陽介と同じ歳で一時は陽介の彼女だったこともある小夜、その下が五男のハルキ、天下無敵の6人兄弟・8人家族だ。小夜とハルキだけは、教団の信者として名をつらねていない。つまり、下の2人は「うっかりできちゃった子」らしい。…仲の良い夫婦なのだった。

 陽介は小夜と付き合っているあいだまったく知らなかったのだが、ハルキとつきあいはじめて少しずつ知った…尾藤家は、父親も母親もある種の特殊な能力をもっていて、子供達もそれぞれに少しずつその血を受け継いでいる。とくに父親の血が濃いのが4男の夜思で、…彼はいわゆる、幻視能力者だ。教団では、「夢見」というのだそうだ。

 母親は、どこか遠くの神殿からかけおちでやって来た巫女さんなのだそうで、こちらはなにか不思議な「術」を使う。たとえば呪文をとなえて人間を10メートルもぶっとばしたりだとか、そういった種類のことだ。原理や分類は、陽介には分からない。魔法というのがイメージに一番近いだろう。

 同じ力を、いつきも使う。いつきいわく、尾藤の母は、多分いつきのいた神殿と同じ宗派の分院のようなところの出身なのではないかとのことだった。教団の教義は、おそらく多くの部分をこの尾藤の母・リリアの記憶に拠っている。従って、いつきの知る神話と、教団の教典には共通点が多い。魔法は、神の力を、神がその根に眠る木・魔法樹が中継して発露するのだと、いつきは言う。

 神殿は、いつきが居たところが根拠地で、件の魔法樹というものがあったこともあり、「樹都神殿」だとか、「聖地」と呼ばれていたそうだ。いつきの記憶では、「谷の神殿」というところに、駆け落ちした巫女さんで「リリア」という人物がいたらしいとのことだった。


+++

 尾藤家はそれなりに教団運営に成功していたらしいのだが、数年前、夢見の失調から、聖地の消失を知る。衛星写真からも消え、聖地に行きつけなくなった事実は、尾藤家、おそらくはとくにリリアに、強い衝撃を与えた。…自分の価値の拠り所が根こそぎなくなった心地がしたことだろう。

 さらに詳しい調査で、教団は日本州に留学していたいつきを見つけた。…いつきは、P-1のベルジュール市長が養女として保護する戦災孤児だったが、聖地の神殿からやってきた少女だった。(…その言葉のもつ神秘的イメージとはかけはなれたたいそう漢らしい女子だったのだが、それはとりあえず、どうでもいい。)

 教団は以来ずっといつきをマークし、マークするだけでなく、利用もした。

 陽介はいつきとは友人だったし、はるきとも好い仲だったので、とばっちりで、ちょっと怖い目にあった。以来おかげさまで教団にときどきちょっかいを出されるようになった。

 …そうしたことごとが、ハルキと陽介の絆を深めたのも事実だ。

 教団はその少し前、P-1で、集団自殺騒ぎなどを起こしたりしていた。たまたまそこに貼られていた神のイコンみたいなものが、市長に似ていたものだから、市長がとりしらべをうけるはめに陥っていた。

 そんな状況下、いつきに手を出されてもめているうちに、教団が集団自殺の一件に深く関係していると知った市長の一派は、教団の中核・尾藤家に制裁を加えるベく、どういう離れ技をつかってか、ハルキの親権をとりあげて、ハルキを人質にとった。ハルキは、尾藤家の末っ子で、眼鏡なぞかけて可愛らしく、一見従順そうに見えたのだろう。


+++

 P-1は、聖地消失に関して後ろぐらい部分があり、そこに触れられたくないというのが本音だ。教団は五月蝿いハエのようなものだった。

 P-1は世界の食卓をささえる農業都市だ。

 農園ドームに、紫色の斑点のある、害虫が大発生したのだという。

 …改良種の小麦は、ひとたまりもなかったらしい。

 これは公開された情報ではない。陽介は、これをアウトネットと呼ばれている、連邦ネットでない地下の情報ネットワークから断片的な情報を読み取って、推測した。父を含め、政財界の知人たちも、ほぼ同じ推測に辿り着いている。

 連邦は、その年、餓えた。極東の食料豊かな地域に暮す陽介にその実感はなかったが、連邦は、飢えで、その人口を減らした。

 おそらく、P-1は、事態を食い止めるために、それしかなかった手をうった。

 連邦に加盟していない、食料の豊かな小都市をいくつか略奪したのだ。これも推測だが、…いつきから聞いた話とは一致している。いつきは、「あいつらの狙いは、備蓄の食料だったのよ」と言っていた。いつきは父親と弟が城につとめており、その時の様子を、死を数時間後に控えていた弟から聞いたといっていた。

 聖地は焼かれ、ドーム殻が崩壊した。いつきはそのとき、父親と弟を亡くしている。

 ただ、そのあと、どうしてそのドームの焼跡すらも、地球上から消えたのか、その説明はつかない。

 多分、ドームが壊れた段階で、魔法樹と神を守るために、神殿がなんらかの手をうち、空間を切り離したのだろう、と推測されている。いつきの話では、いわゆる「結界」の技術が、神殿にはあったという。それは「男殺しの結界」で、近付く男を八つ裂きにするという…もともとは、神殿を男子禁制に保つためのわざなのだとか。

 連邦には、ジェノサイド禁止法という、都市国家に適用される法律がある。いつきたちの故郷は連邦ではないから、そちらの側から訴えることはできないが、やったことが公になれば、P-1は連邦検察から起訴され、間違いなく連邦の都市法廷にかけられる。そのとき、連邦市民を飢えから救うために行なった略奪の責任をとらされるのは、ベルジュール市長、…つまり、ラウール、だ。


+++

 人質の可愛いハルキは、意外にも、集団自殺の真相について、何か知っているにも関わらず決して口を割らなかった。それもそのはず、その一件は尾藤家や教団の存続を左右しかねない問題を含んでいて…反抗期のハルキでも、言っていいことと悪いことの区別くらいは、ついた。

 また不思議なことに、ハルキを守るかのように、立て続けに怪異が起こったのだという。おかけで市長側も苦戦したようだ。

 ちょうどそんな中、教団のイコン画家が、市長側の手に落ちた。市長は懐柔策をとり、この絵描きを攻略したらしい。扱いにくいハルキは、いったん、手放され、極東の陽介たちのもとに帰された。

 市長側は教団の動きを押さえ込むため、教団の収入源を長いことかかって調べた。その仮面企業がわかったため、ハルキをP-1へ呼び戻した。(ここのところで、陽介とハルキは終わったというわけだ。)買収する際、尾藤家を大人しくさせる人質としてだ。しかし、ハルキ自身が大人しくしていなかった。

 市長が捕えていた絵描きを逃がして、身動きできない自分のかわりに情報を持たせ、教団本部に送った。結果、教団は買収を阻止した。

 市長側が激怒したのは言うまでもない。

 ハルキはこうして南米のゲリラ調停軍に送り込まれ、血筋の戦士であるいつきでもそばにいなければ即死間違い無しの環境下、一年半、銃弾飛び交うジャングルに野生化し…そして生き延びた。

 ハルキがよびもどされたのは、陽介がP-1にいつきの見合いを持ち込んだからだった。

 人質であったハルキを、いつきなしでジャングルに放置しては生かしておくことができないと判断された、多分、それだけの理由だ。

 だが、実際どうだろう、と陽介は思う。多分、いつきがいなくても、ハルキは死なかった…そんな気がする。

 いつきの話では、ハルキが成人してしまうと、親権の意味がなくなるので、成人と同時に、市長側は、もっと扱いやすい別の兄弟と、人質を交換したがっているようだ…とのことだった。そしてもしそうなれば、いろいろな内情を知り過ぎたハルキは、始末される可能性もある、と…。


+++

 ハルキとそれなりに一年ちかく付き合った陽介は、ハルキの個人的な、極めて特殊な事情を、すこしだけしっている。

 ハルキは、別段霊感があるとかそういうことではないらしいのだが、たまに、神を見る。

 夜思やアキラのように、夢で見るのではなく、意識があるときに、見る。ただ、その体験は、ハルキにとっては激しい恐怖を伴うらしく…ハルキはそれを恐れ、嫌がっている。

 嫌がっているのには、わけがある。

 ハルキは、何故か、ある神さまに、約束の履行を要求されているのだそうだ。

 それは本来は、ハルキの両親が支払うべき負債なのではないか、と推測されているが、定かではない。ハルキにはおぼえがないのだという。

 しかしハルキには痛いところがある。子供の頃、神隠しにあっていて、そのときの記憶がないのだ。

 そして親兄弟は、そのときに、ハルキがなにか約束をしたに違いないと思っているのだと言う。つまり、親兄弟も、もし嘘や言い逃れでないならば、覚えがないということになる。

 …その神様は、なぜか不思議なことに、ラウールにとてもよく似ているそうだ。

  

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