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寝る前に読む短い愛の物語  作者: 内藤昴
1/3

公園の老人








とある公園のベンチに佇む老人がいた。


そよぐ風を受け、気持ちが良いのか、少し眉根を寛がせるその老人に近寄り、"隣を良いか"と若者が問うた。


了承した老人は気難しい顔を意外にも崩し、至極朗らかに喋り始める。


この公園がお気に入りで、約束の場所に雰囲気が似ているのだと老人は語った。


老人と若者が周囲を見渡すと、公園には母親に連れられて散歩する赤子の姿や、子供達が駆け回る姿があった。


そして若いカップルが喧嘩をしており、何が理由なのかはわからないが、きっと大した理由ではないのだろう。若気の至り、あれは若いが故の愛情の確認作業だ。


斜め向かいのベンチには、疲れ果てたように項垂れるサラリーマンの姿が、そして先ほどの子供達を追いかけて遊ぶ、恐らく父親だろう男性の姿もあった。


老人はそれらを愛おしそうに見つめ、また若者に振り返る。




"戦争に赴く時、捨ててしまった恋があるんだ。"


"へえ、どんな方だったんですか?"




老人は遠くを見つめ、その視線の先に、老人と同じようにベンチに腰掛ける、古めかしい衣服を身にまとった若い女性の姿をとらえた。




"彼女と出会ったのは食堂だよ。彼女の親が経営していた。三つ編みされた、艶々とした髪の毛が綺麗なお嬢さんでね...いつも店を手伝ってた。私はもうすぐ出兵が決まっていた高等学生で...彼女を憎からず想ってはいたが、とても想いを伝える気にはならなかった..."




そんなある日、ついに老人の元にそれは届いた。




"...出兵の決まった日、彼女の店で最後の飯を食べたんだ。自分の顔付きでわかったんだろうね、彼女の親達は険しい顔でご苦労様です。と言ってくれたよ。

その帰り道に追いかけてきた、彼女に呼び止められたんだ。"




老人の視界には、在りし日の映像が事細かに浮かんでいた。


呼び止められた声の高さも、握られた細いけれど荒れた手の感触も、まるで昨日の事のように思い出せた。




"呼び止められたのは公園と言っていいかも憚られるような空き地でね...こんな上等なベンチはなかったが、どっかの不良か煙草好きが置いたのだろう、木製の戸板で作られた長椅子が置いてあって、そこで2人は話をしたんだ。"




あの時以上に、胸が高鳴った事はない。




"戦後、縁あって寄り添った妻には悪いが、生涯唯一の恋だったと思うよ。"




彼女との再会の約束が、老人を無事に帰してくれたのだろうと思えた。


老人はキュッとハンチングをかぶり直した。




"私は臆病者だよ。噂に踊らされて、彼女が生きているのか死んでいるのか、もしかしたら生きて誰かへ嫁いでしまったのか、確かめるのが怖くて焼け野原になった故郷(くに)へは一度も帰らなかった。"




若者は決して口を挟まず、老人のように遠くを見つめていた。

否定も、肯定もしなかった。




"...じゃあ、そろそろ行こうかね。"




老人は膝を押さえ、ゆっくりと立ち上がり、曲がった腰のまま若者へと振り返る。


若者も"そうですね。"と告げて後に続いた。




"余談ですが、私2.3日前に、たまたま同じような話を窺ったんです。"




老人が驚いて若者を見つめると、若者は特に表情を変える事無く飄々と続けた。




"同じように公園におられた女性で、ベンチに腰掛けてお話しをしました。...たった一つの恋だったと。"




老人の目に涙が浮かぶ。


そうか、彼女も覚えていてくれたのか。




"...きっとあちらで、楽しみにお待ちになってると思いますよ。"


"...そうかね。"




老人は優しく笑う。


ハンチングをまた弄り、深くかぶり直した。



"お互いジジイとババァでわかるかね。"


"さぁ、そこは頑張ってください。"




不思議と歩みは軽くなる。


老人は溌剌とした口調になり、姿形もあの頃のように変わったかに思えた。




"...この帽子、似合っとるかね。"


"よくお似合いで、かっこいいですよ。"




2人がどこに消えたのか、わかる者は誰もいない。


老人がいなくなったのと同時に、公園とそこにいた人々は影も形もなくなってしまった。






人の一生を表すのは、もしかしたら公園程度の敷地内に、収まってしまうものなのかもしれない。










ただ、老人は公園からいなくなった。









fin.





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