六話。不気味なアイツと不満な俺と
あれから城塞都市への入城を許可され、激しい歓待を受けることになったのだが、俺は早々に切り上げて与えられた城塞の一室へと帰ってきていた。
クィーンサイズベッドとサイドテーブルにティーテーブルが備え付けられ、広めのテラスから入る風が心地よく慣れない場で疲れた体を冷やしてくれる。
手を軽く降って壁に備え付けられているランプの灯りを消し去ると変わりに光球を上げて、ベッドへと座り込み。そして、軽く目を閉じると目頭を揉みほぐす。
火の灯りは意外と疲れるのだ。常に揺れている為に、火を見つめる分には癒しになるのかも知らないが、明かりとしては揺らめきが目にストレスを与える。
これからのことを考える。これから北に向かうのが一番早い。
だが、今のままで北方の魔王領の奥深くまで行けるかと思った時に首を振らざる得ない。
ガドは十分だ。冒険者としての力量も戦士としての武力も人としての識見も申し分ない。
エルは駄目だ。危機に陥った事がないから、選択を迫られた時に我を失う可能性がある。
それでも、まぁなんとかなるだろう。
問題はアレクとルクセリアだ。
アレクは経験が浅い部分がある。いざ選ばなければならない時に人に……主に俺に頼る部分が大きい。
ルクセリアはバックである教会がそもそも信用が置けない。
教会の腐敗が世界を腐らせていると言ってもおかしくはない。
友愛を訴えて人間至上主義が実情だし、賄賂や不当収入が鼻につきすぎる。
そもそも、教会自体が神聖騎士団を初めての独自武力の拡大しつつある。
問題山積だなっと、溜息を付きそうになる。
そして、背を反らして天井を見上げた時に、ひょろりと空気に異物感が混じってるような感覚が訪れる。
そして不意にドアからノックの音が飛び込んできた。
「そろそろ来る頃合いかと思ってたんだよなあ。開いてるから勝手に入れよ」
無愛想にドアへと声を掛けると、手に紅茶ポットとカップが乗ったトレイを持つ女中が立っていた。
なんの変哲もない。一言も話して別れたら直ぐに忘れそうなほどに特徴がない普通の女中に見えた。
「夜伽に参りました」
紅茶の乗ったトレイをテーブルへと置くと、紅茶をカップへと注いでから、するりと女中服を緩めた。
「冗談はよせよ。男でも女でもないお前さんを抱ける奴はいねぇよ」
「くっくっ、ひどいねえ。折角こんな衣装まで用意して、こんなとこまで来たってのにさあ」
「こっちは頼んでないんだがな」
うんざりとした様子で手を振って、軽々しい間延びした声の主に答える。
女中だった者は既に服を脱ぎ捨てて、女性とも男性ともつかない体にピッタリと張り付く衣服を身につけていた。
「そもそも、お前なら苦もなく入れただろ? ったく、来るのはもう少し先かと思ってたんだがな」
「つれないねえ。長い付き合いだというのにね。この世界では始めましてかなあ」
くつくつと笑いながら、ベッドへと飛び込むように座りこんだ。
「すんごいベッドだねえ。城塞でも一等客室だよ」
「打算こみこみだろ。今日の魔物の群れも森からだろ。前兆と思われてもしょうがねぇ。保険ってことだろ?」
「前兆……。前兆ねえ」
含みのある言い方に、俺はピクリと反応する。
こいつがこの手の含みを言う時は碌でもない時だと相場が決まっている。
「なにがある?」
訝しげに問い掛ける俺に、こいつは意味ありげな笑みを顔に貼り付けて、何の衝撃も与えずにベッドから飛び上がると踊るようにテラスへと身を流す。
「さあてね? ただ言えることは東の魔の森から入って更に奥に行ったところに、君達が知るべきものはあるよ」
それだけを残して身を翻すと、テラスから背を反らして手摺から身を乗り出して、後ろへと一回転するように外へと飛び出した。
俺は黙ってそれを見送ることだけする。問い返した所で答えることはないし、そもそも捕まえる事は出来ない。
あいつの名前はシロクロとしかわからない。年齢不詳というか。年齢すらあるのか不明だ。
シロクロとは長い付き合いだ。今の世界で俺の転生し続けるという状況を知っているのは、こいつぐらいなものだろう。
なんせ、こいつは俺ですら何者で、どういう存在なのか不明なぐらいだ。
初めて会ったのは数百年前だ。
それ以来、俺がどこにいつ転生したとしても、どこからか現れる。
そして、何かと手助けしてくれる。まぁ、場を掻き回す事も多いが、そういう存在であると思うしかない。
シロクロが何かあるというのなら、何かしらあるのだろう。肝心な事は語らないが、決して俺の邪魔だけはしない。
「でもまぁ、あいつがなんかあるってんなら、何かしらかあるんだろうが……魔の森かぁ」
嫌な予感しかしない。魔の森には古代王朝時代の遺産が多く存在している。
寧ろ、元古代王朝があった場所が魔の森と呼ばれるものになったというべきか。
なんにせよ。今すぐどうこうは不可能だろう。魔の森に行くには準備が足りなさすぎる。
俺は仲間達になんと言って魔の森へと向かうようにしようかを考える必要ができた。