五話。城塞都市と魔獣達
魔王がいる居城は北方にあり、当然ながら魔王が統治している魔国と言われてる国も北にあった。
魔国といっても別に魔物が跳梁跋扈しているわけじゃない。普通の人間国家とそう変わらない。
ただ、基本的には民主主義国家なだけで、人間国家のように立憲君主制よりも、良心的に感じるかもしれない。
ただし、魔王が眠りから覚めると状況は一変する。
普段は北方から出てこない魔族達が、狂信者の様に凶暴化し、魔王の魔力に触発された魔物も北方から徐々に狂化して人類世界へと侵食を開始するのだ。
それを封じられるのが勇者と言うわけだ。
「まぁ、つーのがお前さんの役割なわけだ」
「そうなんですか」
歩きながら語った魔王と勇者の関係を、みんな黙って聞いていたが、語り終えると感心したように、アレクが声を上げて聖女ルクセリアは両手を口に当てて驚愕を露わにした。
「ど……どうして、それをご存知なんですか!?」
「どうしてって冒険者をなめ過ぎだ。SSクラスにも成れば大陸中を飛び回る羽目になんだぞ。それくらいちっと調べりゃわかる」
ため息を吐いて肩を竦める。教会の暗部というか恥部に近い。
魔族は蛮族で奪うことしか知らず、力だけが正義で仲間同士で争い合ってる。なんて教えてるんだからな。
魔族が人間と同じように国家を作り、あまつさえ人間よりも理性的な運営を行っているなど、到底、看過し得ることではない。
そもそも、魔族の大元である魔王が“人間が生み出した”事を知ってるなんて言ったら、何を置いても抹殺に来るだろう。
「でも、魔王は殺すことは出来ないの? そうすれば魔族とだって仲良くできるかもしれないのに……」
「不可能ですわ! アレク様のお考えは素晴らしいと思いますが……その……魔族と人とはそもそも相容れない存在なのですっ!」
アレクの若者らしい青臭く理想的な意見に、ルクセリアも流石に見過ごせないのか。いつものお淑やかさもどこへやらムキになって否定する。
「アレク。こればっかはルクセリアの言う通りだ。魔族とは決して相容れないんだよ。どれだけ理性的であろうともだ。そも魔王は滅ぼすことは不可能だからだ」
「それはどうしてなんですか?」
「うーん。これはなぁ。ちっと説明は難しいんだが……。魔王は存在ではなく、概念と言い換えてもいい。実体のある概念だ。この世から魔王という言葉を消し去る事はできるか?」
俺の言葉にアレクは難しい顔をして、ルクセリアは険しい顔を浮かべる。
そのルクセリアを更に険しい顔で見つめる四つ瞳を、当の本人は俺に夢中で気付くことは無かったようだ。
俺達はそんな感じで、目的の街についていた。
街に入る城門には多くの人々が押しかけていた。
それは俺達が来た理由でもある。
この街は城塞都市であり、ある目的で建てられた計画都市だった。
これから東に七日ほど行った所には魔の森と呼ばれる封鎖区域がある。
冒険者トップと言ってもいいSSランクの俺ですら深部の立ち入りが許可されない。
唯一立ち入りが許可されたのは人類で唯一人、SSSランクである冒険者が入った記録が過去にあるだけだ。
まぁ、それは数世代前の俺なんだが、それでも唯一俺が人の為に死ねなかった苦い思い出でもある。
あそこは禁忌の魔境と言ってもいい。あそこにはネームドと呼ばれる災害級が最低ランクという出鱈目な場所だ。
三百年前には魔の森から溢れた魔物の群れが暴走を起こして、三国を滅ぼした記録すらある。
それが今回の魔王復活から影響を受けて活性化し、周辺の村々が襲われているのだ。
ここにいる人間達はそんな魔物に追われて逃げてきた難民なのだ。魔の森の監視と国家防衛の為の城塞都市に逃げ込むために。
「こりゃ、入れるのは明日になりそうだなぁ」
ざっと眺めただけで、百や二百ではきかない難民で、城門は大混乱に陥っている。
それもそうだ。この城塞都市は堅牢な作りになっていようと、魔の森に一番近い城塞都市なのだから、魔物がいつ襲ってきてもおかしくはない。
「何をおっしゃってらっしゃるんですか? 私にお任せください。この聖女の聖印を見せればすぐにでも!」
ルクセリアがたわわに実った胸の谷間から、教会のルーンを取り出すと、中天にある太陽光を反射して、ミスリル特有の青白色に光った。
それを見て、これ見よがしに大きな溜息をついて肩を竦めて首を振る。
「んなもん却下だ」
「ど……どうしてですか!?」
「お前さんはあの必死の形相を見て何も思わねぇのか? あんな中であとから来た俺達がほいほい入っていけばどうなるか想像してみろ。難民が暴徒になるのがオチだぜ」
そもそも、目的を忘れてるんじゃないだろうな。今回は俺達パーティーの実戦訓練なのに、真っ先に危険から遠ざかってどうするんだ。
「師匠!」
横から小さく硬い声が聞こえてきた。
見れば、エルが険しい表情を浮かべて、魔の森がある東を睨みつけている。
――カーンカーンカーンカーンッ!
直後に鐘の音が鳴り響く。城塞都市が襲来の鐘が激しく鳴らしているのだ。
「ガド!」
「おう!」
打てば響くとはこのことだ。何も言わずして名を呼ぶだけで意図を察してくれる。
視線を走らせると、アレクも表情を固くして同じ方向を見つめて、すでに剣を抜いている。
「ガドが前で壁、アレクは自由に遊撃しろ! エルは開幕でブッパなせ! ルクセリアは防御魔法と支援だ。適時やれ!」
「師匠はっ!」
「俺は難民の方に行く。結界を張って防御に徹する。アレクの実戦訓練だ。派手にやれ」
俺は矢継ぎ早に命令すると、難民が固集まっている城門へと走り出す。
見れば何人かの人間は気付いた様で、東の方角を指して、何かを言っているのが見えた。
釣られて見ると、東から迫りくる土埃が見えた。数としては百を超える魔物の群れだろう。
奴らはただ、狂ったように城塞都市を目指している。あの規模の狂った魔物の集団ですら、暴走とは言わないっていうのだから、暴走が起きればこんな砦などはひとたまりもない。
「ルザル・ガルザ・ロド・テスク・シルファ。
逆巻け唸れ疾く走れ。地を這う見えぬ蛇、喰らい噛みつけ。グラム・ガ・ザ」
朗々と響くエルの声がここまで聞こえてくる。
古代魔法でも風の上位呪文である。災厄の風という対軍魔法だ。
振り返り見た光景は、ルクセリアの身体強化魔法を掛けられて淡く光るガドとアレクが映る。
その頭の上には、エルが生み出したこの世の物とは思えない深淵を思わせる渦巻く漆黒の球体が浮かんでいた。
俺は半ばパニック状態で暴徒になりかけている難民の元へとたどり着いていた。
手が血塗れになるのも構わずに、城門を激しく叩いているが、兵士達は門を固く閉ざしていて、決して開けようともしない。
「ちっ! そりゃそうだ。どんな堅固な城塞も入口が開いてりゃ意味がねぇんだからな」
素早く難民達の最後尾に辿り着くと、城門との間に難民を挟み込むように、俺は持っていたオリハルコン製の長杖を地面に突き立てた。
「ガズル・フム・ファタール・フォル・テアヌ・ロウ! 築け築け。魔天の楼閣。不可侵なる聖なる域よ。十重に連なる禁足の地。
ストス・イジス!」
呪文を唱え終わると、杖を起点に光の膜が半球に広がり、城門ごと難民を覆い尽くした。
その光景をある者は驚愕を露わにして見回し、ある者は呆けたように口を開けて見つめていた。
「あんたらこれでここは安全だから落ち着け。あとは彼奴等に任せろ!」
「あなたたちは……一体っ?」
「彼奴の少年の名はアレク……アレクシス。勇者ってやつだ」
この結界には外界と断絶する効果の他に、内部に聖域を形成して、心の安静効果を齎してくれる。
さて、アレクの活躍を見させてもらおうか。
すでに魔物の大群は大地の振動すら感じられる程の距離まできていた。
もうすぐにでも魔物の大群は、アレクたちを飲み込み城塞都市へと到達するだろう。
だが、決してそうなることはない。俺の至高の弟子が待ち受けているのだ。
「ヴァルザ・デル・スコル。さあ、時は来た。歌え歌え。因果導く乙女達、汝らの歌声を世界に響かせよ! バルゼズ」
術式最大化の複合古代魔法だ。
知る限り、これを使えるのは俺を置いても、彼女だけだろう。
エルフィエナ。聖属性を持ちながら、相反する筈の魔力を内に秘めたハイブリッドだ。
彼女の中にはまるで陰陽の印のように、魔力と聖属性の両方が渾然一体と混ざり合っている。
エルならば俺を超える魔導師になることができると確信している。
エルの頭の上で渦巻いていた黒い風の塊は二倍以上に膨らみ、ゆっくりと前に撃ち出されて魔物へと速度を上げて迫る。
そして、それは起きた。
世界から音が消えた。音とは即ち空気の振動だ。伝わる空気すらも消失させながら黒風は魔物を飲み込んでいるということになる。
直後に多頭の蛇のように風の触手を生み出して、魔物を飲み込み。齧り取り、音も魔物も何もかもを喰らいながら、全てを黒の終わりへと引きずり込んでゆく。
そして世界に音が帰ってきた時には、そこには魔物の大半と大きく抉り取られた地面が無残な光景を晒していた。
俺とエル以外の全ての人間が呆然とその光景を眺めることしか出来なかった。
あれで実に半分の威力しかないのだから、我が弟子の恐ろしさは底がしれない。
本気を出せば単騎でこの程度の魔物の群れなんて、一掃させることもできるだろうが、今回の目的はあくまでも、アレクの実戦訓練と理解しているのだろう。
「ガァァアァァッ!」
雄々しい獣の咆哮が音が帰ってきたばかりの世界を震わせる。
ガドが使う獣魔術、獣人族特有のスキルと言ってもいい。
獅子人族の勇敢なる獅子の魂と言われるものだ。
この咆哮は仲間には立ち向かう勇気を、敵には竦ませる効果を持つという。
咆哮と同時に飛び出したガドは、重厚な鎧を苦ともせず、加速してゆくと生き残った魔物の集団へと人の身長ほどもある大きな戦斧をぶんと振り回し、横殴りに叩き込む。
それだけで人の数倍はあるイノシシは肉を割られてなお、後続の魔物へと巨体を斬り飛ばされる。
ぶつけられた後続の魔物も脚を止めた直後に、振り抜いた勢いのまま振り下ろされる一撃に、今度は縦に頭を割られて、一瞬で絶命する。
ガドは典型的な脚を止めて戦う重戦士タイプだが、別に戦斧だけに頼っているわけでもなく、両手につけた手甲で近くの攻撃をいなしつつも、殴りつけて、また戦斧を振るう。
まさに千切っては投げという言葉がピッタリと当てはまる奴はそうはいないないだろう。
そんな、ガドをフォローしつつ的確に強敵のみを一刀のもとに屠っていくのがアレクだ。
アレクは剣に聖波動を纏わせなが、一撃離脱を心掛けて、急所に当てては残心しながらも、別の目標へと向かう。
アレクは対魔物、対魔族でははっきり言って反則級の強さを誇る。
それは世界の寵愛を受けたと言わざる得ない聖波動のおかげでもある。
聖と魔、魔力を多く体に持ち、もはや細胞レベルまで魔力で満ちている魔物にとっては、聖波動の力は劇毒みたいなもので、掠っただけでも傷口から魔力反発を起こして、自壊を始める。
そんなもので急所を傷つけられると、魔物としては溜まったものじゃないだろう。
即死すればいい方で、生き残ったとしても地獄の苦しみを味わって死ぬことになる。
魔物群れがまたたく間に数を減らしてゆく。
城塞都市に近寄る魔物は、アレクとガドが切り捨て、多少の知能がある魔獣も逃げ出した所を的確にエルが殺す。
それはまさに戦闘というよりも虐殺に近いだろう。
まぁ、魔物も人間を虐殺してここに来てるんだから、逆の立場になっても同情する気はない。
「た……たす、かったのか?」
「ああ、お前さん達は運が良かったな」
難民の内の一人が圧倒的な光景に呆然として腰を抜かしながらも、独り言で安堵の言葉を吐き出した男に敢えて答える。
次の瞬間には城塞都市の内と外で歓声が爆発した。