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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
転生人生。勇者アレクシス編
5/46

番外編。四年間のあれこれ。アレクシス


 タクト兄に師事してから三ヶ月が経った。

 本当に厳しい。今までも何かと鍛えてくれたり訓練してくれたけど、あんなものは遊びてしかなかったと本気で思う。


 胃液を吐かない日はないし、骨の折れない日もない。


 戦士のガドさんも容赦がない。タクト兄のように、速いわけではないのに、避けることができない。僕の動きやフェイント、何をしても“先の先”をとって、まるで予知しているように動いた所に、ガドさんの剣が振るわれ、攻めようとすればこちらより早く前に出てきて動きの機先を制される。かと言って猛攻に隙をつこうと下がれば、ガドさんは攻撃をやめて既に息を整えている。


 攻めようがない。弩が至るところに設置された頑丈な砦攻めのように感じる。攻めれば攻撃を受けて傷付き、引けば相手は補給する。

 勝てる想像が付かない。


 こちらの構えに、微かに切っ先を動かすだけで、隙を見せない歴戦の戦士に、本当に師匠に、恵まれていると思った。



 最初は国のなんとかって貴族の人とか。騎士団長様と宮廷魔術師様を教師に付けて貰うことになっていた。


 でも、一目見て駄目だと感じた。


 宮廷魔術師の初老の方は、ただ難しい事を言うだけなのと、ただ、自分の魔法を見せびらかして、僕がわかりませんというと、これだから卑賤の輩はとバカにするだけだった。


 騎士団長様はご立派な体をしてらしたけども、筋肉だけが凄くて邪魔にしか見えなかった。


 それにレイピアを渡してきて、まず剣を振る訓練からと言われて、呆れることしか出来なかった。

 気付けばレイピアを投げ捨てて、素手で打倒していた。

 それからも訓練と称してやらされるのは腕立て腹筋や荷物運びといった筋肉を鍛えることだけだった。


 タクト兄は違った。

 孤児院から出て、冒険者になっても二月に一度は帰ってきては御土産をみんなに配って、僕の訓練も見てくれていた。


 最初は剣を振らせてもくれなかった。徹底的に柔軟と走り込み以外は許してくれない。

 半年後に来た時に一緒に鍛錬の成果と称して遊んだ時に言った。


『鬼ごっこをして夕刻の鐘まで、自分から逃げ切れば剣を買ってやる』


 それから地獄の鬼ごっこが始まった。

 場所はスラム街を含む孤児院の区画全域というとんでもない広さだ。

 最初は楽勝だと思った。スラム街は一年も来なければ街の構造が変わると言われるような場所だ。

 地の利は自分にあると、それが甘いと気付かされたのは一刻ほど後の事だ。

 どこに逃げてもどこに隠れても、息を整える間もなく見つかり追いかけられる。


 その度に手が届きそうで届かない所から飛び出してきて脅かされる。

 そして精魂尽き果て倒れて動けなくなると、気が付けばタクト兄に背負われていた。


『お前は強くなったなぁ。んでも、約束は約束だ。来月また帰ってくるからそれまではお預けな』


 兄の大きな背中に負われながら、兄は楽しそうに嬉しそうにくつくつと笑って孤児院への道を歩く。

 僕はそれが嬉しいやら悔しいやらで、その日は眠れなかった。


 次の月は路地や物陰に隠れずにスラム街の屋根まで使って立体的に走った。

 バランスを崩して落ちた時に抱きとめられて捕まった。


 次の月も、その次の月も。


 それからただ走るだけじゃなく、追いかけてくるタクト兄の動きを観察して、足運びや体重移動を盗み取ってした訓練だけではなく、目潰しや人を雇ったりした工夫も重ねた。

 それでもタクト兄からは逃げ切れず、目潰しは逆に返されて悶絶して、雇った人間は実はタクト兄が雇い返していて、僕の邪魔をしてきた。


 そんなときに兄はいつも満面の笑みを浮かべて言うのだ。


『なっ? 最後に信用できるのは、努力した力だろ?』っと。


 息も絶え絶えながら逃げ切って勝ったのは、鬼ごっこを始めてから半年後の事だった。


 その頃には僕の身長は五サント以上も伸びて、かなり鍛えられてたと思う。


 それからちょくちょく冒険者の助手みたいなことをやらされた。

 最初に狩ったのは素早いと評判のコボルトだったけども、タクト兄が「お前ならやれるさ」の一言で恐怖心も何もかも吹き飛んだ。気付けば一人でコボルトを五体も倒していた。

 その日は初討伐記念ってことで冒険者酒場でみんなにお祝いしてもらった。


 喧嘩してる人や泣いている人もいたけどもみんな楽しそうにしていた。

 僕もいつの間にか飲んでいたジュースをお酒にすり替えられてて、すごく酔っ払って次の日にタクト兄と二人でシスターフレイアに、こっぴどく叱られたけども。


 それから近隣で狩りをしたり、討伐したり、比較的簡単なダンジョンに潜る時は常に連れていってくれた。

 ガドさんっていう凄く格好良い獣人の戦士と組んで冒険した時は、戦士として色々と教えてくれた。


 そして、運命とも言えるあの日……選定で勇者に選ばれてから、僕の人生は大きく変わった。


 国からも教会からもちやほやされて誰も彼もが僕に魔王を倒せ。人を救えと縋り付いてくる。


 このままじゃ僕はおかしくなってしまうと危機感を抱いて、既に国一番の冒険者になっていたタクト兄に救いを求めた。


 僕はタクト兄が孤児院を出た時から変わらない子供のままだ。

 

 タクト兄は国王に呼び出された時も、僕に何も言わなかった。ただ、昔から全く変わらない満面の笑みを浮かべると、僕の頭をぐしぐしと撫でてくれた。


『魔王だの勇者だの。うちの弟がこんな湿気た面をしてるわけだ。馬鹿じゃねぇーのか? いい大人が雁首揃えて日頃は貴族だ何だと言ってる奴らが、成人したての人間を捕まえて、何もかもおっ被せて上から目線かよ。てめぇ等ら厚顔無恥にも程があるぞ。恥を知れよ』


 タクト兄は僕の頭を撫でることを止めると、国王様を始めて貴族の方々を見回して、そう言い放った時には心臓が止まるかと思った。 


 その時に思ったんだ。タクト兄はタクト兄だ。ぶっきらぼうで、傲岸不遜で……でも、誰よりも優しい。


『無礼者っ! 貴様ここをどこかわかっているのか! 我々を誰かわかっておらぬのか! 痴れ者がっ! 騎士達よ。この痴れ者を捉えよ! 反逆罪である!』


 騎士が一斉に動き出した。僕のせいだ。

 僕がタクト兄に頼ったから。僕の為にタクト兄が怒ってくれたから、せめてタクト兄だけでも逃げてもらおうと構えた。

 しかし、騎士達の動きも、貴族の怒声も、僕の心配も何もかもが無駄だった。


 ドンッという何かが激しくぶつかる音と城を揺らす激しい振動に、部屋の中にいたすべての人間は静まり返り、ピクリとも動くことが出来なかった。

 気がつけばタクト兄が立つ大理石の床が大きく窪み、無数の亀裂が走っていた。

 そんなことよりも、何より睨み付ける目が怖かった。

 ただ、頭の中を占めるのは、根源的ともいえる恐怖感だ。

 野鼠が龍に敵意を向けられたらこんな気分になれるのかもしれない。


 ――怖い。――怖い! 死ぬ殺される食われる潰される壊される。すべての死のイメージが浮かび歯の根が合わずにガチガチと音を鳴らす。   


『どうした? お前達が反逆者という男はここにいるぞ。

 この国の敵はここにいるぞ!

 何故に怯える? お前たちはどうしてそんなに尊大でいられるんだ?

 兵が。権威が守ってくれると、俺を倒してくれると思ったか?

 俺は古の龍を倒した男だぞ。お前達は普通の黒竜を倒すのに、どれだけの兵がいるんだろうな?

 近衛騎士の全員か? 騎士団の全兵士か?

 それとも……徴兵した“全国民”か?

 足りねぇーよ。お前達の前にいるのは世界でも二人しかいない人外の冒険者と言うのを忘れたか?

 なんなら、お前達全員を、竜の谷に転移させてやってもいいんだぜ?

 精々、王だ貴族だと権威がドラゴンに通じるか……試してみるか。……ん?』


 一字一句覚えている……忘れられる筈が無い。

 初めてタクト兄の本気の怒りを見た気がした。

 あの憤怒と殺気の渦に比べたら、今まで周りから言われていた期待という名の圧力なんか。綿毛のように軽く感じて、心は軽くなった。


 それからタクト兄がどんな話し合いをしたかわからないけども、国は一切、僕の自由を縛らないと約束した。

 その時には王は心労で倒れて、第一王子が王位に就くことを宣言していたけども、本当にタクト兄は何をしたんだろう。未だに怖くて聞けなくている。


 そして、僕は未だに迷っている。魔王を倒す? 人々を救う? 倒したいと思えるし、タクト兄のように人を救える人になりたいとも思う。

 けど、未だによくわからない。勇者って何をする人なのか。僕はまだ勇者というものの意味がわからずにいる。






 人の育成は得意中の得意だ。特に自分の死に関わる人を強くする事に異存はない。

 というか。魔王が発生してから紛争ですら消極的になって、人間の力が落ちるのは皮肉だと思う。

 力を合わせて力を鍛えて、人間を遥かに超える強靭な魔物を倒さなきゃならないのだがな。

 戦争が下火になったからか、後方で人類の要の軍のトップが権威と爵位を盾に、騎士団長だとかになるんだから、筋肉ダルマの騎士団長を見た時には目が点になったわ。


 ボディビルダーかよと思ったわ。挙句、筋肉程に力は無いし、無駄に付いた筋肉が動きを阻害して活かせないなんてなんのギャグだと。


 俺は徹底して体力と柔軟性を鍛えさせた。

 戦闘に置いて力はある事に限るが、どんな力強さを活かすも殺すも、体幹を意識することと体幹を維持する柔軟性、足運びと重心移動を重点的に鍛えた。


 成長期真っ盛りの肉体に筋肉を付けさせても、変に癖づくだけだし、成長も阻害する。

 後は実践から自力である程度の剣を使わせて、自分の剣の形を作らせる。

 俺の剣の技を教えてもいいが、それでは駄目なのだ。まずは剣で“敵意を持って”命を断つという嫌悪感と、自分も死ぬ側にいるという根源的な恐怖心に打ち勝つことを優先した。


 まぁ、杞憂に終わったが、勇者の適正は半端ないわ。


 今の所はシナリオ通りだ。

 アレクが魔王討伐を拒否したら拒否したで、別のシナリオでアレクには平和に生きてもらって、俺は別のラストを用意していたが、今のところはベストシナリオに向かっている。


 裏で組んでいた第一王子の即位にも持っていけたし、今回の件で騎士団の抜本的改革を行って下準備も出来ただろう。


 第一王子クライム……いや、もう第十五代アレイムス国王か。は、既に魔王討伐後の世界情勢に向けても動き始めている。


 勇者という個に頼らない軍事力と国境に直ぐに駆け付ける即応軍の創設、それには魔法騎士団も俺が隊長になる予定で入っている。

 まぁ、予定は未定ってことで、とにかく勇者に頼った武力は諸刃の剣だから使わない方向に持っていくらしい。

 それでいい。そうじゃないと国も人の繋がりも意味のないものになる。


 俺の方もなんとか手を打つつもりだから、もう少しだけ頑張ってくれよな。アレク……俺の愛しい弟よ。

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