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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
二章。花は咲いてこそ華
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【二章】十九話。不在の訪問者


「あーあー。マイラはいいわよね……。アレがまだ来ないんですもの」


 窓際のティーテーブルで紅茶と焼き菓子を楽しまれているアリマ皇女が、独り言のようにぽつりと呟いた。


 アレの意味がわからずにキョトンとするが、アリマ皇女の顔を見て、すぐに思い至った。

 アリマ皇女は拗ねた様に口を尖らせながらも、耳まで真っ赤になっていた。


「そんなに辛かったですか?」

「うん。お腹に石を詰められてしまったみたいだった!」


 その気持ちはよくわかる。私が女に生まれて、毎回一番鬱になるのは、それが理由だからだ。

 だから、基本は魔力を操作して来ないようにしているのだが、それを覚えるまでは女に生まれる事が死ぬほど嫌だったからだ。


「大丈夫ですよ。私もあと数年で来る事になるでしょうですから、その時はお揃いですね」

「そんなお揃い嫌だぁ。あんなのはうんざりだよう」


 そう言うと大仰に溜息を吐くのを、私は苦笑を浮かべて見つめた。

 あれから半月程経ち、月の物も終わりを迎えている。

 まだ、帝城には伝えていない。伝えればすぐにでもあの変態皇帝が何を仕出かすかわかったものではないからだ。


「ルーシーは今どうしているのでしょうか?」

「あの方はずっと働き詰めですから……。少しは休んでいただかないと……。では、御嬢様。御用の際は、隣室にはカテジナが詰めておりますゆえ、私は屋敷を見て回ります」


 ティーポットをテーブルへと置いて、私は優雅に見えるように一礼すると、アリマ皇女の居室から辞する。


 アリマ皇女が口にしたように、今この屋敷にはルーシーはいらっしゃらない。

 目覚めた日から月の物が終わるまで、様子を見ていた。

 だが、記憶が戻る様子も無く。体調も悪くなかった事から、急遽、暇をアリマ皇女に頂いたのだ。

 もちろんただの休暇ではないとは思う。

 いつまた、記憶が戻り、精神が恐慌に陥るか解らない状態で暇を頂いたのは、何らかの対処を行う為と聞いている。


 それがどのようなものかは聞かされていない。

 しかし、アリマ皇女の為であることには違いない。

 あの忠厚い侍女が、こんな時に敢えて外に出る決断をしたのだ。

 私はただ、私に出来る事を最大限努力する以外存在していない。

 とは言え不安ではないかと言われれば不安だ。

 今の所は帝城から誰かが来る様子も、女になられた事を知られた様子も無いが、知られないとは限らないのである。


 最悪、キツめの睡眠薬を使い、また倒れた事を偽装するように、言付かって薬も預かってはいるが、なるべくなら使いたくはない。


 屋敷内を慌ただしくない程度の足の速さで歩く。

 規則正しい木製の踵の音が耳に心地良い。

 良いメイドの見分け方は足音でわかると、よく言われているが、あれは本当だと、お仕えする身になってから良く分かった。

 教育の行き届いていないほどの、下働きメイドが立てる足音はバタバタと慌ただしく音が大きい。

 侍女教育の基本として教えられたのは歩く時は姿勢と音に注意を払えと言われて、疑問に思ったものだが、今ならよくわかる。

 一定のリズムで、耳に痛くない程度の音で歩く。音は大きくても小さすぎても駄目で、十メルト先から辛うじて聞こえる程度にする。


 こうすることで自分の存在を表し、尚且、主人に不快感を与えない。


 それはともかく要所要所を眼に留めるだけにしてのリズムを崩さずに歩く。

 歩いている時に使用人とすれ違っても、向こうが廊下を譲るので、歩く速度は変わらない。


 館を一周りして、次は庭に出ると庭木の様子を見て回る。

 おかしな様子が無いか、館の外回りをしてから屋敷に戻り、次は厨房にいく。

 料理長に夕食のメニューを聞くためだ。


 料理の説明や素材。その他の事を聞かれても即座に答えられなければ、侍女として失格となる。

 炊事や洗濯、掃除などと言った雑務は無いが、ひたすら覚えることだけは日々多くある。


 これらの作業だけで、軽く二時間ほど掛かる。

 本来ならば侍女が最低三人で持ち回りするものだが、アリマ皇女の重要性や能力を知る者は、迂闊な人間を、お側に付けることは出来無い。

 今更ながら、申し訳思いつつも、ルーシーが私を侍女に推した意味はわかる。

 確かにアリマ皇女の能力を知った上で友達なるような人間は手放したくなかろう。


 漸く一通りの作業をした時に、玄関ホールにノックの音が入ってきた。

 誰だ? もうすぐ陽も傾いたこの自分に来るなど、来客の知らせは受けてはいない。


 二階に上がったばかりだというのに、玄関ホールへと降りて観音開きの玄関ドアへと向かう。


 来客の応対も侍女の仕事だ。


 玄関ホールを薄く開いて、外へと顔を見せる。

 外には身成の良い老紳士が立っていた。

 胸に釣られた鎖飾りの先端に紋章が刻まれたコインが揺れている。

 それは、私が付けているチョーカー飾りに埋め込まれた紋章コインと同じ、『フランネル侯爵』を示す紋章であった。


「アリマ皇女殿下は御健在か?」

「未だ。少しは体調思わしくありませぬが、“起きて”はらっしゃいます」


 眼の前の老紳士は折り目正しく静かに頭を下げて、手を胸に当てながら名乗りを上げる。


「左様でございますか。申し遅れました。私はいやしくも皇帝陛下の第二執事にてお仕えしている。グルトと申す者。アリマ皇女殿下へのお目通りを願いたい」


 名乗りを聞いて、私はゆっくりと扉を大きく開いて、全身を現した。


「こちらこそ、申し遅れました……。アリマ皇女殿下の第一侍女をしております。マイラと申します。侍女長をしておりますルーシーは、暇にて私がお迎え致します。アリマ皇女殿下はお休みいただいております。私が用向きをお伺いしても?」


 カーテシーを決めてから、深く頭を下げながら、上目遣いに相手へと問い掛ける。

 侍女や執事にも階級がある。

 『執事長』『第一執事』『第二執事』となる。

 ちなみにアリマ皇女には、私とルーシーしかいないために、ルーシーが『侍女長』と私が『第一侍女』となる。


「では、こちらをお受取りください。皇帝陛下より拝命されたのは、この招待状を届けるようにと……。お言葉として楽しみにしているとはお伝え下さい」


 一枚の封蝋がされた招待状を、私に差し出してきた。

 私はそれをエプロンドレスの中から、絹のハンカチを取り出して跪くと、頭の上に掲げるように、手を差し上げる。

 手の上にはもちろんハンカチが敷かれている。


 たかが招待状と侮るなかれ、この招待状には皇帝陛下の意が書かれていると言う事は、皇帝陛下の言葉を受け取ると言うのと同義なのだ。


「ふむ。中々に躾が行き届いておりますようで、見事な所作です」

「お褒めに預かり、ありがとうございます。では、確かに皇帝陛下よりの招待状はお受取り致しました。主にお言葉と共にしかと届けましょう」

「よろしくおねがいしますよ」


 私はすっと立ち上がると、招待状を絹のハンカチで包み込み。届けてくれたグルト第二執事を見送った。

 私は少し離れて様子を見ているメイドに、玄関ドアを閉めるように頼むと、そのままの足取りで、主人であるアリマ皇女の部屋へと向かったのだった。


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