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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
二章。花は咲いてこそ華
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【二章】十五話。世界は残酷である。


 自室へと戻っては来たが、あんな状態のアリマ皇女を見て、眠れるはずも無く。

 着替える事もせずに、部屋の椅子で座り込む。


 頭の中で必死に思考を巡らせるが、いくら考えようとも考えが纏まることはなかった。

 その理由は簡単な事だ。勤めの情報が無さ過ぎる。

 一般的な王女や皇女の勤めはいくつかある。まずは他国の大使などへの応対や国内行事の参列。

 大半がこれだ。子供として紹介されて、取り入ろうとする大使や貴族などの意図を探る意味合いを持つ。

 内部分裂を狙っていたり、皇族の弱みを握ろうとしたり、どういう意図で取り入ろうとするのかを探れる。


 もう一つは婚約等の他国との結び付きを強める意味合いだが、これは今は話に聞いていない。

 皇族とも成れば生まれた瞬間に、婚約者が決まってるといった事まであるらしいが、アリマ皇女様には、不思議なことにその手の話は聞かない。


 明日にでもアリマ皇女に聞くべきか?

 即座に自分の考えを否定する。あれ程の精神錯乱を起こすような事を、翌日に思い出させるように聞く。

 臣下としても友達としても、そんな事が出来る筈がない。

 おそらく、ルーシーもそれを見越して言ったのかも知れない。

 だとすれば、もし無配慮に聞いていれば、私は侍女職を解かれるか、最悪殺される可能性だってある。


 ならば、苦しんでいる友達である。アリマ皇女の現状を見て見ぬ振りするのか?

 それこそあり得ない。

 もう、誰かを見捨てるなんて、私にはありえてはならない!


 まんじりともせずに時間だけが無為に過ぎてゆく。

 時間は既に深夜になり、窓から外を見ると半分に欠けた月が中天で輝いていた。


 ここでこうしていてもしょうがない。屋敷の裏にある勝手口から外へと出ることにした。



 厚めのガーディガンを肩から掛けても、寒さが身を震わせる。

 白い息を吐きながら、庭園のガゼボへと歩く。

 屋根と柱造り、その中にベンチとティーテーブルだけが設置された簡素な使用人専用のガゼボである。

 使用人の為だけに作られたガゼボは風が吹きっ晒しで寒さを凌げるようなものではない。

 だが、思考をスッキリとさせる為には、これ位が丁度いい。

 

 ガゼボに辿り着くと、そこには先客がいた。

 帝城に仕えるメイドが着る刺繍入りのエプロンドレスに、夜会巻きがよく似合っている女性だった。


 帝城の仕えのメイドの割には香の匂いがしないことが、特徴といえば特徴なメイドだった。


「本当に何処にでもいるのね。シロクロ」

「昔にも言ったじゃあない? 僕は何処にでも居るし、どこにも居ない」


 私は瞬時に、そのメイド姿の女性がシロクロである事がわかった。

 シロクロ最大の特徴はすぐにわかる。人間の気配に似てはいるが、個を判別する差がまったくないのだ。

 言うならば、何処にでもいるメイドという特徴だ。


「君のお友達が大変だって聞いてねえ? そろそろ出番かなあってさ」

「丁度良すぎて気味が悪いわ」

「やぁっぱり女の子の君は可愛いねえ。食べちゃいたい位だよ」

「止して、あなたが言うと本気にしか聞こえない

わ」


 冗談っぽく両手で体を抱き締める。だが、シロクロらしくない間の抜けた表情を浮かべる。


「ねえ。君を攫ってここから逃げてもいいかな?」

「何を言ってるんだか……」


 私の言葉に、シロクロは肩を竦めて見せた。

 冗談だよね? 仄かに頬が赤い気がするが、本当に器用な奴よね。


「貴方が今ここにいるって事は、アリマ皇女様に関わることよね?」


 その言葉に、シロクロはふふっと笑って、ベンチの背もたれに体を預けた。

 私も同じベンチへと座る事にする。

 微妙にこちらへと身を捩って近付いてくるのはどういうことだろうか?


「彼女の勤めのことに関することでしょう?」

「帝国も酷い事をするもんだよね。ところで聞く覚悟……って聞くまでもなかったね」


 シロクロは私の目を見つめて、途中で口にすることを止めた。

 覚悟も何も聞かないという選択以外はあり得ない。


「彼女の仕事は、人の闇を見るという仕事さ」

「人の闇?」


 私が問い返すと、シロクロは顔を顰めて頷いて返す。


「彼女はね……皇女という名の文字通りの“物”なんだよ」


 シロクロは憂う様に……嘆く様に、滔々と語りだした。

 人のとても残酷で醜い唾棄するような物語を……


 アリマ皇女の勤め……それは彼女の能力に依るものだ。

 見るだけで……時には意識せずに見えてしまう。

 その人の心と歩いてきた道程、それは母親からの遺伝であったらしい。

 それは明確な言葉や意志として見える事は少なく、大半はイメージとして浮かび上がるというが、その力が権力者に取っては、どれほどに有用な物か。


 時には他国の大使の心を。時には有力な貴族の心の内を見透かす為に、その力を使われているらしい。

 考えている頭の中を読み解く。瞬間的な俗に言うテレパシーならば問題ないだろう。


 だが、その人の過去の光景や記憶を見た時、人はどこまで耐えられるだろうか?


 例えば……、奴隷を買って、それを残虐な方法で拷問して殺す事が好きな加虐趣味者サディストの記憶を見たら、普通の感性の人間が耐えられるだろうか?

 アリマ皇女が今日見た貴族が、それだった……ただ、それだけの話だった。

 しかし、成人にも至っていない心優しい少女は、その光景に耐える術など無かった。


 その貴族を見た瞬間に、アリマ皇女は半狂乱になり、未だその悪夢の中に取り残されているのだろう。

 ルーシーに処置されて、帝城の居室で休んでいたが、ルーシーがやや強引にこちらの屋敷へと連れて帰ってきたのが、夜になり帰宅なされた理由だった。



「その……変態貴族の処遇は……?」

「無罪さ。帝国の法では奴隷売買も、買った奴隷をどのように扱うかも罪に問えないからね」

「それでも……」

「確かに酷い趣味嗜好しゅみしこうだ。それが下級貴族ならば、理由をつけていくらでも処理できる……。でも、皇帝陛下に拝謁を給えるほどの貴族だよ?」


 シロクロのその言葉に何も言い返すことができない。

 私の父であったエルドルトン伯爵ですら、個人で拝謁等はできなかった程だ。


 個人で拝謁の栄誉を賜り得る人物など、公爵か大公。大臣クラスの役職を賜っている侯爵といった貴族の中でも上位者達ぐらいだ。


「今回の面会者は、前軍務総監の息子さんでね。軍務総監の継承をして挨拶に来たらしいよ。だから、能力の行使が躊躇われた皇女を使わざる得なかったんだろうね」


 シロクロは軍全体を預かる人物の向背定かならぬとはいかなかったんだろうね。と、肩を竦めて苦笑いを浮かべてみせた。

 だが、おかしい事を言った。

 使わざる得なかったとは、まるで使いたいけども控えていたようにも聞こえる。


「初潮が来てない皇女を使うなんて、そこまで信用できないなら、軍務総監なんてやらせなきゃいいのにね」

「ちょっと待って。アリマ皇女の初潮と能力の行使にどのような関係があるの?」


 頭の中にあるのは昨日の朝に皇帝陛下に会った時の会話がおかしかった事だ。


「あっりゃぁ、知らなかったのかい。初潮が来てないのは人の心に触れてストレスで来てないって事になっているのに?」

「事になっている?」

「そうそう。本当はあの侍女ちゃんが薬で止めてるんだけどね」


 侍女ちゃん? ルーシーの事か。だとしたらなんのために?


「更に訳がわからないわ。順を追って説明してくれない?」

「なぁーにも知らないんだねえ。お友達だの何だの言ってるのに?」


 小馬鹿にするように言い放つシロクロに、激情が巻き起こるが、何も言い返すことはできない。事実であるからだ。


 確かに私が会ってから、これが初めての勤めだとか。言い訳はある。

 だが、少し考えればわかることだ。

 皇女殿下の不思議な立ち位置、顔見せの舞踏会デビュタントでの、王子の忌避するような態度、あれは能力を知るが故だとしか思えない。


「ふふふっ、困った顔をしている君を見ているのも新鮮で楽しいものだけど、これくらいにしてあげる。初潮が来ていないと“子が成せない”だろう」

「子を成す? 結婚につかえないってこと?」

「君らしくないなぁ。君はもぉっとひどい想像が出来るはずだろうに。能力は遺伝する+子供を作るって意味が解らないとは思えないんだけどもねえ」


 シロクロの言葉に、私の背中にぞわりとしたものが這い上がるような感覚に襲われる。

 あの時の……『あれにも……アリマにも来ておらぬか?』と言った皇帝の言葉が、闇の中からおぞましく聞こえた気がした。

 更に、今思えば皇女殿下を……。子供に対して“あれ”と称したのだ。


 思わず、希望を込めていつもなら口にしない事を迸っていた。


「でも……、自分の子供とそんなことを?」

「子供じゃないさ。まぁ、あの皇帝って生き物ならば血のつながった子供とすらヤるかもしれないけども、皇帝の子供じゃない。皇女は……、アリマ皇女は現帝の子ではなく。先帝の子供だからさ」


 アリマ皇女は先帝と寵妃アルタンツェツグ妃との間にできた子供だという。

 そして、先帝はアリマ皇女が生まれる前に亡くなられた。

 当時、帝位継承者が軒並み不審死を遂げていた事から、現帝が帝位継承のために、毒殺したのではと噂されたらしいが、その手の風聞など、古今東西歴史を見直したら腐るほどにある。

 そして、アリマ皇女の母親……アルタンツェツグ妃は……本来ならば南方に戻される所を、何故か。現帝の側妃へと召された。

 それも異例だが、尚更異例だったのか、皇帝の死後、月を跨がぬ内に現帝の側妃として発表されて、後宮に入れられたらしい。


 そして、半年もせぬ内にアリマ皇女を出産しているが、不思議なことに先帝の子だとは誰も言わなかった。

 先帝が病に倒れられたのをいい事に、アルタンツェツグ妃が現帝を引き込んだ不義の子とされたという。


「アルタンツェツグ妃も哀れなもんだよね。生まれた子は即取り上げられて、失意に自死を選ぶほどなのだから」


 そう言うシロクロの言葉には、同情が色濃く出たもので、いつもの間延びした口調ではない。


「つまり、皇帝はアリマ皇女との間に子供を作ろうと?」

「それも……不義の子。誰とも知らない男の子供ってことにしたいんだろうね。そうすれば次の子には皇女なんて、面倒な立場を与える必要はないし、アリマ皇女も皇族にあるまじき事ってことで、幽閉なりなんなりする事ができる」


 顔をこれ以上ない程に顰めて、吐き捨てるように一息に言い放った。

 私もあまりのおぞましさ醜さに、反吐が出そうになる。

 そして、心中は灼熱に焼かれるような激情が吹き荒れる。

 それこそ前世並みの力があるならば、今すぐにでも皇帝を八つ裂きにしてやりたいほどに。

 真実を知ったなら敬称を付けることすら反吐が出る。

 ルーシーは全てを知っているが故に、あのような態度だったのだろう。


 言いたいことを言い終えたのか、隣に座っていたはずの、シロクロの姿は掻き消えていた。

 シロクロはどんなに腹立たしい事を、見ても知っても動くことはない。

 動くのは……選択するのは、私の仕事だ。

 奴は、私の選択をただ見つめるだけ、そのための手助けをしても、自分の意志で動くことはない。


 私はどうすればいいのだろうか? 何を選び取りどう行動するのが正しいのかわからない。

 力が無い。立場がない。そして選択肢がない。

 手の出しようがない。

 だからこそ、今私に出来る事は何かと考える。


 空を見上げると、半分に欠けている月が、私に呆れているように見下ろしていた。


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