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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
二章。花は咲いてこそ華
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【二章】十四話。狂乱の夜


 私の部屋に入ってきたのは、ルーシー侍女だった。

 いつもは生真面目そうな凛々しい顔には険しい表情を浮かべていた。

 

 最初に思いついたのは、私の先程の失態だ。

 明らかに皇族にして良い態度ではない。皇帝陛下は許してくれたはずだが……。

 お付きの人間もいたはずだからどうなるかわかったもんではない。


「マイラさん……。貴女は皇帝陛下と拝謁されましたか?」

「も……申し訳ございません! 先程、偶々玄関ホール拝謁に叶いました。その時に大変な失礼な態度を……」

「それは別に構わないのです。その際に何かを問われませんでしたか?」


 構わないとはっきり言い切るのはどうなのだろうか?

 とりあえずは問題にはなっていないらしい。

 だとしたら、何故にこんな険しい表情を浮かべているのか?


「私がここに仕えてからの年月と、年齢でしょうか?」

「それだけですか?」


 訝しげに重ねて問いかけてきた。

 その声音には何かしらの確信があって聞いている節すらある。


「ええっと……その申していいかわかりませんが、月の物が来ているか問われました。それと皇女殿下の月の物も……」

「そう……ですか……。それでなんと?」

「いえ……まだ来ていないと……」


 私の言葉を聞いて、心からホッとしたように表情を緩める。

 しかし、それも束の間のことで、直ぐにいつもの姿へと立ち戻った。

 

「よろしい。これからも誰からその手の事を聞かれたとしても、同じように来ていないと言うのですよ」


 言い含めるような言葉に、否やは言わせないと言わんばかりの気迫が籠もっている。


「あの。それは一体どのような理由でと、聞いても構わないことなのでしょうか?」

「アリマ皇女殿下と仲の良い貴女と言えども、軽々(けいけい)に言えることではありません。また。知らぬ方が良い事でもあります」


 コホンと一つ咳払いをすると、居住まいを正す。


「この後、帝城へと皇女殿下は参られます」

「帝城に……でございますか?」

「その通りです。皇女殿下がお勤めを果たしに参られます。側添いは私が致しますので、貴女は館の留守居をしなさい」


 私が留守番? 訝しげにしたのを悟られたのだろう。

 ルーシーさんが、苦笑を浮かべる。

 今日のルーシーさんはどこかおかしく感じる。いつもなら私が疑問に思おうとも、不満を顔に出そうとも決して表情を変えずに、淡々と決定したことだけをやらせる筈だ。


「貴女の気持ちは解ります。ですが、貴女でも知らない方がいいこともあります。それは皇女殿下のお気持ちでもあります」

「畏まりました」


 私はそれ以上、聞くこともできずに、ただ下がるしか無かった。

 それは、ルーシーの瞳がとても哀しげに揺れていたから、勤めとは一体何なのかはわからないが、それはとても口に出せるようなことでないのはわかった。


 

 

 

 

 アリマ皇女とルーシーが帝城に向かってから、結構な時間が経った。

 昼過ぎに出掛けてから、夕食の時間になっても帰ってくる事は無かった。


 既に日は暮れて、館には主を待つ明かりだけが、煌々と屋敷に灯っていた。

 屋敷内の使用人達も起きて待っている。

 食事を取って寝るようにと申し付けたのだが、誰一人として寝る事は疎か食事も取らずに待っていた。

 アリマ皇女はそれだけ屋敷の人間に愛されていることがわかる。


 勤めが日を跨ぐような物ならば、予めルーシーが言っておくはずだし、何かがあって戻れない事になったとしても、誰かを使いに出す筈である。

 

 しかし、帰ってくることもなく、使いの者が来る様子もなかった。


 まんじりともせずに待っていると、帝城の方から数個の灯りが、屋敷に向かって慌てた様子で、激しく揺れながら向かってきた。


 私は二階の窓からその明かりを確認すると、急いで玄関ホールへと向かう。


 扉を開けて待っていると、使用人と護衛の兵士。そしてルーシーが慌てた様子で駆け込んてきた。


「おかえりなさいませ!」


 私が頭を下げて、アリマ皇女のお帰りを出迎える。


「マイラ! 暖炉に火は入っていますか!?」


 戻ってきて、玄関ドアをくぐる暇もなく、勢い込んでそう訪ねてきた。

 その腕の中ではグッタリとしたアリマ皇女が力無く意識を失っている。

 顔には酷い汗を浮かべて、呼吸も苦しそうにしていた。


「アリマ皇女殿下!」

「しっかりしなさい。暖炉に火は入っていますね! なら、直ぐにお湯を沸かしなさい! そして皇女殿下のお部屋に……。早く!」


 私は声も出せずに、ただ頷くと、心配で廊下まで様子を見に来ていた使用人達へと走った。

 なんで。なんで! なんで!? あんなことになっている!?

 

 体を動かしてはいるが、頭は混乱の中にいた。

 帝城に行っていたはずだ。この国で一番安全な場所にいた筈だ。

 アリマ皇女に何があった? そしてどうして、アリマ皇女の手が“拘束”されていたのかわからない。


 使用人によって沸かされたお湯とタオルを手に持ち、アリマ皇女の居室へと急ぐ。


「ぐうぅあぁぁぁあぁぁ……」


 部屋の前に着くと獣の様な声がドアの外にまで聞こえてきていた。

 慌ててドアを開けて、中へと入り込む。

 そこには拘束されても暴れるアリマ皇女と、それを必死に抑え込むルーシーがいた。


「いいところに来ました! 私の部屋に行き、二番の箱を持ってきなさい!」

「な……にを?」

「今は切迫している。早く持ってきなさいっ!」


 私は一瞬、呆然とその光景を見ていると、ルーシーの聞いたことのない悲鳴の様な必死の言葉に正気に戻った。


 お湯の入ったタライとタオルを置くと、直様すぐさま、階下のルーシーの部屋へと駆け込む。

 そこはまるで薬師の部屋のようであった。

 壁には薬草が吊るされて、調合道具と薬棚が置かれている。

 その中にある二番の箱を引き抜くと、部屋を飛び出して、アリマ皇女の部屋へと戻った。


「それをここに、そして少しでいいから貴女が代わりに抑えなさい」


 離れたルーシーの代わりに、アリマ皇女の肩を上からベッドへと、押し付けるように抑えつけた。

 錯乱状態にあるアリマ皇女の眼は翡翠色の綺麗な瞳は濁って血走っている。

 髪を振り乱し、暴れる姿は昼間に見たあの無邪気で無垢な少女と同一人物とは思えない。

 舌を噛まないように、咥えさせられている猿ぐつわの端からは泡状の唾液すら染み出してきていた。


「ぐうあぁあぁ! ぐむぅう!」


 明らかに正気を失っているのはどういうことなのだろうか。


「マイラ。退きなさいっ!」


 突き飛ばされるように、横に押されて退いた所に、ルーシーは慌てた様子で筒を鼻へと押し当てると、筒の反対側から軽く息を吹き入れる。

 そしてそのまま、ルーシーが押さえつけていると、目が次第にとろんと溶けて、呼吸も穏やかになってゆく。


 その様子を見て、ルーシーは漸く後ろへと倒れるように尻もちをついた。


「これで……大丈夫です……マイラ。お疲れ様でした。それと突き飛ばして申し訳ありません」

「それは構わないのですが、なぜこのような事に? 何があったというのですか?」


 私は床に座り込むルーシーに、手を貸しながら聞いてみた。

 ルーシーは暫くして逡巡してから、口をギュッと引き絞る。


「それは……私の口から言う事はできません」

「何故ですか!」



 掴みかかるように、ルーシーに食って掛かった私の肩を掴んで離すと、侍女服の乱れを直しながら立ち上がった。

 

「言う権利を私は持っていません。そして聞く権利が貴女には無いからです」

「アリマ皇女が……。お仕えする主の事を聞くのは侍女として当然かと思われます」


 毅然とするルーシーに、私は頑然と言い募る。


「どうしてもというなら、皇女殿下の許可をとってします。ですので、今は聞き分けなさい」


 これ以上の問答は不要だとばかりに、ぴしゃりと言い放たれた。


「ご苦労さまでした。今夜の寝番は私がします。貴女は休みなさい」

「でもっ……わかりました。我儘を申してすみませんでした」

「解ればいいのです……さ、今夜はおやすみなさいな」


 私はルーシーに背を押されるように、部屋から追い出されると、とぼとぼとした足取りで、自室へと帰るほかなかった。

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