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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
二章。花は咲いてこそ華
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【二章】十二話。毒と毒味と鬼の侍女


 夕食の時間となったが、皇族ともなれば、みんなで囲んで、家族団欒な夕食とはならない。

 皇族でも皇后は元より側妃も後宮内で食事を取るし、その子等も基本的には、帝城内にある自身の館で食事を取る。


 それはアリマ皇女と言えども例外ではない。

 前菜から出される料理は豪勢なもので、伯爵家で食べていたものよりも、質も量も多い。


「最初はスープです」


 食卓につくアリマ皇女の左に私が付き、右側にはルーシーが付いた。

 眼の前には小皿が置いてあり、アリマ皇女の皿から掬い取ったスープが入っている。

 ルーシーが小皿を持ち上げるのに合わせて、ワタシも続いて皿を手に持った。


 先ずは匂いを嗅ぐ。

 コツは深く吸うのではなく細かく嗅いで、一嗅ぎ事に間を開けるように、呼吸を止める。

 こうする事でより深く匂いを嗅ぎ分けられるのだ。

 鶏肉と野菜のスープが少し香ばしい匂いを鼻に留まらせる。


 続いてスープを一口含み、舌先で少し、舌奥と舌下で少し。最後にゆっくりと喉に貯める様に喉の奥へと少しずつ流し込んだ。


 そのまま、しばし目を閉じて体の中へと意識を集中している。テーブルに小皿を戻した。


 ルーシーが頷くのを見て、私が口を開いた。


「よろしいかと存じます」

「ありがとう」


 そして漸く少し冷めたスープをアリマ皇女は口にすることが出来た。

 これを品が変わるたびに手法を変えて行うのだ。

 パンは千切った物をランダムで受け取り、肉は先ずは銀の串を刺して変色しないことを確認してから、部分ごとに毒味する。


 これが皇族の食事風景かと思うと、なんとも味気ない。

 皇族に生まれなくて良かったと思うのは、不敬になるが、思わずにはいられない。


 それもしょうがないだろう。毒殺を常に恐れる皇族の中でもアリマ皇女は特別らしい。

 何しろ。アリマ皇女がこの年になられるまで、二十三人の毒味が犠牲になっているのだ。

 症状は様々で、死者こそ三人と少ないが、残り二十人は内臓をやられたり、手足に障害を残したりしたらしい。


 とても一人では食べ切れない量が用意されるのは、余ったものを使用人達への振る舞われるからだ。

 これも毒殺防止の一環らしい。


 ちなみに聞いたところによると、ルーシー様が侍女についてから毒を入れられた事が五回はあるらしい。

 その全てを見抜いて、未然に防いだ上で自身も無事でいるのだから、有能なのは間違いない。


 だからといってこれはどうかと思う。



 夕食も終わり、アリマ皇女の湯浴みの手伝いを終える。

 侍女としての仕事も、あとは寝るだけとなった時に、教育係であるルーシーが、私に与えられた部屋へと訪れたのだ。

 一杯の飲み物を手に持って……


「さて、これは毒入りですか?」


 ルーシーの手によって、眼の前に置かれたコップの液体を直視する。

 色は無色透明に見える。匂いを嗅ぐ。

 微かに香るのは柑橘系の爽やかな香り。恐らくは柚に近い香りだ。

 コップを口につけて、唇を湿らせる程度に唇へとつける。

 痺れは感じない。次に少量だけ口に含んで舌先で味わう。

 酸味と微かな甘みを感じる。舌奥に入れてから舌下にも回して、ワインのテイスティングの様に空気を細く吸い込み空気を含ませる。

 痺れは無く酸味がツバを溢れさせる。

 思い切って、それを飲み込んだ。

 直後に、横から手が頬に添えられると、無理矢理に口を開かさせられて、苦くて生臭い液体を喉に直接流し込まれるように入れられた。


「おぅ……えぇぇぇぇ。ゲホッゲホッ……グッ! おえぇぇえ……」


 余りの苦さと生臭さに胃がひっくり返るように中身を吐き出していく。

 いつの間にか。口には桶が添えられていて、床を汚す事は無かった。

 胃液まで全て吐き出すと、牛のミルクを差し出されて一心不乱にそれを飲み込まさせられる。私は抗うことなく生臭さを消す様に飲み込み。

 口に含んでうがいをするようにしてから胃の中へと流し込んでいく。


「先程のはミルカの実から取れる毒です。無色で微かな柑橘臭、これだけではレモン果汁を混ぜた水の様に感じますが、舌の奥でよく味わうと微かな苦味が特徴です」


 必死に生臭さを取り除こうとする私の横で、ルーシーが毒の説明を行う。


「効果は即効性が高い割に刺激は少なく。胃液と混ざる事で、致死率の高い毒性を発揮します。症状は意識の混濁から痙攣。ここまで行くと助かっても、後遺症が残る危険が高いです」


 気持ち悪さと未だ胃が痙攣しているように感じる不快感を、何とか押し殺しながら説明を必死に覚える。


 ここ数日の日課である毒味の訓練だ。


 今行っている毒味もその一つだ。銀食器を使っているが、それでも防げるのはヒ素や青酸カリといった鉱物から生まれた毒だけだ。

 植物性の毒や動物の毒には変色しない。

 だからこそ、毒の知識は絶対的に必要なのだ。

 即効性でも、胃酸と化合して劇毒になるものも存在する。また、遅効性はあまり使われることはないが味や匂い、症状で判別する他ない。


 一日に一度、寝る前の食後に、一品だけ出される。

 日によって毒が入っている時と、入っていない時がある。

 それを判別するのだ。


 はっきりいうと児童虐待もいいところだが、これが解らないと、皇女様を護るどころか。自分の身すら守れない。


 非常に解り難い毒が混ぜられている時は、即座に苦い嘔吐薬を飲ませさせられ、地獄のような嘔吐を繰り返す羽目になる。


 毒が入っていない物を、入ってると間違えた時も罰として、また苦い嘔吐薬を飲ませられるから、必死に舌で判別をする。


「この嘔吐薬にも慣れなさい。毒を取り入れてしまった時の対処法は、まずは毒を吐き出す。ミルクで胃の中の毒性を弱めて、胃を保護すること」

「は……い……。わかりました……」


 嘔吐するという行為は、予想以上に体力を消耗する。

 更に消化器官の機能を著しく低下させる薬草が嘔吐剤の材料となっているために、極度に体がダルくなり、直ぐに睡魔が訪れる。

 そんな私をルーシーは抱き上げると、ベッドまで運んで寝かせてくれる。


「今はゆっくりと休みなさいな」


 意識が落ちきる前に、ルーシーの優しい声が聞こえた気がした。




 目を覚ますと、既に翌日の昼近くにまでなっていた。

 拙いと思い急いで侍女服に着替えを済ませて、アリマ皇女の居室へと急ぐ。

 扉の前には護衛の近衛兵がいるが、黙礼だけで済ませると、皇女殿下の居室に続くドアを静かにノックする。


「皇女殿下。マイラに御座います」

「まぁ、マイラ。入って頂戴!」


 ドアを開き、ややうつむき加減に入室をする。

 面倒だとは思うが、許可を貰うまでは、目線を合わすのは無礼にあたる。


「顔を上げてください。マイラ」

「はい。皇女殿下」


 静かに顔を上げて、アリマ皇女の顔を見る。

 室内にはアリマ皇女とルーシー侍女長がいた。


「体調が悪いので、今日は休みにするとルーシーに聞いていたのですけれども、もう大丈夫なのですか?」

「はい。少し“悪い物”を口にしてしまい、体調を崩しましたが、大丈夫にございます」


「そうね。気を付けねばいけませんよ? マイラさん」


 しれっとルーシーが、そう口にするが、実際の所は気付けなかった私が悪いのだから、しょうがない。

 頭では解っていても、あの地獄のような毒味教育の恨みは忘れられない。

 心の中で鬼侍女と罵りながらも、今日もお仕えする皇女殿下の為に頑張らねばと思うのだった。



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