【二章】十話。叙爵と再会
「マイラ・ヒルシャー・エルドルトン。この時を以て、フランネル侯爵に叙する。これ以後も帝国に変わらぬ忠義を期待する」
「はいっ! この身命を持ちまして、皇女殿下に尽くし、帝国への変わらぬ忠義を証明したいと思います」
「うむ。頼むぞ」
私は宰相からフランネル侯爵家の紋が入ったミスリルで出来た大き目のコインのような物が渡される。
このコインが皇族に仕える者の証であり、これを城付きの彫金師に持ってゆき、好きな装飾品に加工して貰うのだ。
これで私はエルドルトン伯爵家の娘ではなく。フランネル侯爵の女当主となったわけだ。
とはいえ、あくまで形式上だけのだけでの事で、この帝城にはフランネル侯爵の当主は百人はいるだろう。
侯爵の大盤振る舞いもいいところだ。
これは貴族家として独立させるためであり、世襲する事はない。側付きから外されると、バライス子爵へと落とされて、使用人として扱われる。
叙爵が終わると、宮廷侍女に連れられて、皇族の私邸へと案内される。
案内してくれている侍女の名前はルーシーと自己紹介された。
眼の前を歩くルーシーの髪飾りを見て、この人もフランネル侯爵様かと思うと、くすりという小さな笑いが浮かんできた。
ほんの微かな声が聞こえたのか。足取りは変わらぬままに、首を少しこちらへと傾けてから話しかけてきた。
「貴女が何処の誰で、歳がいくつであろうとも皇族の方々に失礼は許されませんよ。それをまず肝に銘じなさい」
「はいっ!」
私の返事に満足しながら、また前を向き直った。
「貴女にとってはこれから行く場所は初めての場所になるでしょう。今向かっているのは紫玉邸です。ここは現在ではアリマ皇女殿下のお屋敷となります」
「そこにいる使用人は私を含めて何人程いらっしゃるのでしょうか?」
「そこには使用人が現在五十名ほどいます。それと使用人に自分を含めてはいけません。貴方はアリマ皇女殿下の側付きです。単なる使用人とは違います」
「では、私はどなたから指導を受ければよろしいのでしょうか?」
「二年間は私が貴女の先達として指導と補助をいたします。厳しくいたしますので、覚悟は今の内にしておきなさい」
いいですねと、事務的に冷たく言うとそれ以降は話すことはないと、黙って紫玉邸へと足を進めた。
帝城の裏の一画に、その紫玉邸はあった。
私邸と入っても、大きさは私が住んでいた伯爵邸に劣らない程の大きさがあり、周囲には花も植えられている。
庭師の手入れもよく行き届いており、紫色の花弁が花開いている。
少し見惚れて足を止めてしまったうちに、教育係のルーシーから少し離れてしまい、少し足を早めて追いつく。
屋敷に着いて玄関を潜ると、数人の使用人が掃除をしていて、ルーシーの姿を認めると、軽く会釈してくる。
その使用人達の態度から、元々はこの人がここを取り仕切っていたのだと理解した。
凛とした佇まいで迷いなく進んで見えるが、視線だけは、邸内の掃除や様子を細かくチェックしているようだ。
流石は皇族に仕えるメイドだけあって、その姿は洗練されている。
玄関ホールを進み、中央にある別れた階段を登ってゆく。
変わらぬ足取りのままに、二階の一室へと連れられて行くと扉をノックした。
「ルーシーに御座います。新しい側付きを連れて参りました」
「入ってください」
部屋の中から少し懐かしい声が聞こえた。
未だ少し幼さを残すその声はアリマ皇女のものだった。
「では、失礼致します」
「失礼致します」
扉を開けると入ると、突然、私の体に衝撃が走り、後ろへと二、三歩たたらを踏んで、尻もちをついた。
胸元の衝撃をもたらした人物を見て、微かに苦笑を浮かべる。
「久しぶりですね! マイラ!」
「はい。お久しゅうございます。皇女殿下」
「アリマと呼んでください」
低い咳払いの声が聞こえて視線を上げると、厳しい視線を向けるルーシーがいた。
「皇女殿下。恐れながら顔見知りとはいえ、そのような態度を臣下たる者にとってはなりません」
ルーシーの怒りを含んだ言葉に、皇女様はビクッと体を震わせると、飛び退くように体を離して立ち上がった。
「ご……ごめんなさい」
「謝られるような事は何一つございません。ただ、お立場に配慮していただきますれば……」
綺麗に会釈する姿は、まさに淑女の鏡と言われてもおかしくはない。
恐縮する皇女様の姿を見る限り、単なる皇女様付きの侍女なだけではなく、教育係も兼ねているのだろう。
私は立ち上がり、軽くお尻を叩くと皇女様へと向き直った。
「改めまして、本日より皇女殿下側付きの侍女となります。マイラと申します。至らぬ事は多々あると思いますがよろしくお願い致します」
「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね。ルーシー、少しだけ席を外して頂けますか?」
「しかし。……っ。畏まりましてございます」
ルーシーはちらりと私の方へと、視線を向けてから、部屋を退出してゆく。
部屋からルーシーの姿が無くなると、華が咲いたような笑みを浮かべて、改めて抱きついてきた。
「来てくれてありがとうっ! それとごめんなさい」
抱き着いてギュッと腕に力を入れて込めると、突然、謝罪をしてきた。
「どうして謝る事が?」
「私は貴方を侍女にするつもりはなかったの。ただ、父が……皇帝陛下に貴方の事を話したら」
「私のことを?」
まさか、転生者として事を話したのだろうか。
それならば最悪……自殺する事も考えなければいけない。
私の知識の中には現代では決して出してはいけない知識も存在するのだから。
「いえ、ただ友達ができたと……。貴方の事情は話してないから安心して」
そうか。それでまだ成人にも達してない私を召喚した。
帝国の皇帝も娘には弱かったと言うことか。
「お気に病まれませぬよう、私も皇女殿下にお仕えすることが出来て光栄の至りにございます」
「畏まらないでください」
「そうは参りません。私は皇女殿下の側付きとしてここにいるのですから、と言っても納得しないんでしょうね。ふぅ……アリマも無茶を言うんだから」
丁寧な言葉で否定すると、泣きそうな程に顔を歪ませたのを見て、口調を砕けさせた。
私の言葉に、また華やいだ表情を浮かべて、体をぎゅうっと力を込めてくる。
はぁ、しょうがない。
「でも、二人っきりの時だけですからね?」
私は口元に人差し指を当てて、笑顔をむけるのだった。




