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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
二章。花は咲いてこそ華
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【二章】九話。新たな始まりと別れ。嵐の予感


 社交界デビューから一年近く、屋敷に帰ってきてから変わらぬ日々を過ごしている。

 皇女様と友誼を結んでも、何も変わることは無い。

 まだ、この身は成人前の小娘でしかないのだ。


 この一年近くで、いくつか進展したこともある。

 邸内ではあるが、外へと出歩く許可が得られた事だ。

 とはいえ、一日に精々二時間前後しか外で自由にすると時間はないが、それでも外の広い空間で体を動かせるというのは大きい。


 伯爵家の屋敷は、帝城とは遥かに劣るが、それでも領主軍を訓練する練兵場も備え付けられている。


 私は練兵場をひたすら走り続けていた。

 広い所で体を動かすことができるのは、それだけでも気持ちが軽くなる。


「お嬢様」


 木陰のベンチで休憩していると、執事のサラスが、こちらへと声を掛けてきた。


「サラス。どうしたのかしら?」

「旦那様が及びでございます」


 手には濡れタオルを差し出してきた。


「そう、汗を流したら直ぐに行くと伝えて頂戴」 

「畏まりましてございます」


 何かしら? と首を傾げながら、首筋を濡れタオルで拭きながら、屋敷に向かって歩き出した。


 屋敷に着くとバタバタとメイドがやってきて、直ぐに浴場に連れてこられた。

 汗を軽く流すだけでいいのだが、何があるのやら数人掛かりで、体の隅々まで綺麗に洗われてしまった。


 そして入浴を済ませると、担がれるように部屋に連れて行かれて、外出用のドレスへと慌ただしく着替えさせられる。


 何が起きているのかわからない。メイドに訊こうにも、鬼気迫る勢いで準備させられている為に、聞くに聞けない。

 薄っすらとした化粧までさせられて、父の書斎ではなく。応接室へと案内された。


「ファルネーゼです。マイラお嬢様の準備が整いましたので、お連れ致しました」

「ああ、入りなさい」


 どうしたのだろうか。扉の向こうから聞こえてきた父の声から、微かだが疲れが感じられた。


「お父様、お呼びなられたということで参りま……」


 応接室に居たのは父だけではなかった。もう一人、身形の良い男性が父の向かいに座っていた。


「紹介いたします。娘のマイラです。マイラ、ご挨拶をしなさい。こちらは皇室から使者として来られた。ハルバール公爵家の方で……」

「そこからは私が……。私の名前はガルナ。公爵家に籍を置くものだ。恐れ多くも皇室で交渉官の役を頂いている」


 ソファから滑らかに立ち上がると、胸に手を当てて軽く礼をしてくる。

 私は慌てて、その場でカーテシーにて返礼をする。


「お初にお目に叶います。エルドルトン伯爵家、ヒルシャーが娘のマイラと申します。挨拶が遅れ大変申し訳なく思います」


 深く頭を下げて、最上級のカーテシーでもう一度、深く礼をした。


「ふむ。歳は八歳と聞いていたが、予想よりも遥かにしっかりとした子女のようだ。問題ないと思いますが?」


 顎に手を当てて、しばらく舐める様に私を見つめていたが、不意にそんな事を言いながら、父へと振り返って問い掛けた。


 何をしに来たのだろう? 皇室の交渉官は主に、皇帝の行幸などで先触れのように調整する人だと思うのだが……

 

「い……いえ、娘は未だ八歳に御座いまして、行儀の手習いも半ば、躾も行き届いて居るとはとても……」


 なんか、悪様に言われているが、その顔は必死さが垣間見える。

 なんだ? 後宮送りにでもされる様な。でも、皇帝が八歳の幼女を愛する特殊性癖とは聞かないし……

 いや、悪癖なんて表に出るわけもなし、聞かないだけで、もしかしてそうなのか?

 

「行儀や躾など、こちらで行儀見習すればよかろう? 陛下直々の願いなのだぞ?」

「しかしっ!」

「お気持ちわからぬでも無いが、情に流されては陛下のご不快を買われかねませんぞ。それに皇女様付きの侍女ともなれば、名誉な事ではないかな?」


 皇女様付きの侍女!?


 真っ先に翡翠色の瞳を持つ皇女様を想像する。


「しかし……」

「ご心配為されるな。アリマ皇女様は陛下に愛されている姫君、さらにアリマ皇女様も心映え優しい御方だ」


 しかし、父は険しい顔をして、喉の奥から唸り声を上げた。

 交渉官のガルナも、焦れてきたのか眉間に皺が寄ってきたのがわかる。


「失礼ながら、私も言をお聞きいただいてもよろしいでしょうか?」


 このままではまずいと思い、二人に対して失礼を承知で声を掛けた。


「マイラは黙ってい……」

「まあまあ。いいではないですか。他でもない彼女の事なのですからな。それで君は何を言いたいのかな?」


 子供と思って、口元には笑みを作っているが、目は鋭く私を据えていた。

 私はあえてあどけない笑みを向けて、口を開く。


「皇女殿下の側付きに私をお求めになられていると言う事でよろしいでしょうか?」

「ふむ。思っていたよりも聡明そうだな。その通りだ。アリマ皇女殿下が貴女をお求めになられている」

「左様に御座いますか。ならば、否やは御座いません。私は皇女殿下の側付きとなり、お支えしたい所存に御座いまする」


「マイラっ!」


 その言葉を聞いて、父は悲鳴のような声で私の名を叫んだ。

 私はそんな父に敢えて微笑んでみせる。


「お父様。当家は皇帝陛下の臣です。渋るは皇帝陛下に不審を抱かれましょう。それに当家はマリアお姉様は嫁がれ、アニスお姉様も来年には嫁がれましょう。私一人が皇女殿下にお仕えすれば、嫁ぎ先にも当家にも名誉な事と存じます」


 淀みなくそう言うと父は歯を食いしばり俯いた。

 ガルナは私の言葉に目を見開いて驚愕を露わにしている。


 父の気持ちはわからないでもない。

 皇女にお仕えすると言うことは、結婚をしないという事と同義だ。

 もしも、皇女が嫁いでいけばその嫁ぎ先にも付いて行き、後宮にも入るために結婚は諦めざる得ない。

 それだけではなく、これからはエルドルトン家からも縁が切れて、籍はフランネル侯爵家となる。

 このフランネル侯爵家は皇族に仕える側付きの侍女執事は、すべてフランネル侯爵となる。

 だが、フランネル侯爵家に子供を入れるということは、帝国内ではとんでもない名誉なことでもあるのだ。


 しかし、親馬鹿な父にとっては身を切られるよりも辛いことであろう。


「それにお姉様方も嫁がれたのです。私も他家に嫁ぐようなもの。同じでございますよ」


 私は声を上げて笑う。その姿を父は痛ましい顔で見つめる。

 ガルナも少しだけ不憫な者を見るような視線を向ける。


「……良い、御息女ではございますな」

「ええ、全く子供というものはあっと言う間に大人になってしまいます。本当に寂しいと感じる間もなく大人になって戸惑うばかりです」


 私はそこまでで部屋から退出させられ、話し合いが終わってガルナが帰っていった。


 次の日からは荷物を纏めたり、嫁いだはずのマリアお姉様も一時的に帰ってきて、暫く家族団欒の日々を過ごした。


 そして、五日後にせめてもの思いからか皇帝の印が入った馬車が迎えに来た。

 私はその馬車に乗って、キャビンの窓から後ろを眺める。

 離れてゆく伯爵邸を見つめる。その屋敷のアーチ門の前には家族はもとより、ファルネーゼやサラス達の使用人も全員が馬車に向かって頭を下げたり、目頭をハンカチで拭ったりしている。

 その光景に胸から痛く熱くなる。


「ありがとうございました。私を愛してくれて……そして、さようなら。私の愛しい家族……」


 私の呟きは一人っきりの車内で、宙に漂い誰の耳に届くこともなく溶けて消えたのだった。



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