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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
二章。花は咲いてこそ華
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【二章】一話。性を得て、失う性もある。


「わたくしの名前はマイラ。いや、違うな。少し大人すぎる。五歳なんだからもう少し舌っ足らずか? わたちの……いや、これは少しバカすぎる。わたしの名前はマイラです。うん。これが妥当か?」


 窓から差し込む月の光だけが光源の暗い部屋の中、口の中に転がす程度の小声でブツブツと呟く。


 鏡に映る姿は銀の髪を持つ割りと美少女と言っても差し支えない少女の姿が映っていた。

 時刻は既に真夜中に近く、屋敷に住む大半の住民は寝静まっている時間帯だ。

 この時間ぐらいしか一人になれる時間がないのが、貴族に生まれた現状だ。


 明るい内は常に側付きのメイドが付いてくるために不審な行動など取りようはなく、今ですら部屋の外には部屋付きの護衛兵がいるはずだ。


 寝室に置いてある家具や調度品は一流を感じさせるものばかりで、庶民感覚しかない俺にとってはストレスしか感じさせない。

 壁にかかった絵一つとっても庶民が何年間も暮らせるかわかったもんじゃない。


 一つ言えることは、俺の次の転生先はツいていたが股間には慣れ親しんだ相棒がツイていなかった。

 

 いや、転生先も下手をすればツいていないとも言えるかも知れない。

 生まれた家が伯爵家の第三令嬢だったからだ。

 これが三男ならばやりようはあるが、三女だと途端に自由がなくなる。

 末は家同士の繋がりに使われる運命にあるからだ。


 そして記憶を統合する限り、家族はマイラを溺愛に近い愛し方をして、五歳までわがまま放題に生きて来たようだ。

 

 胸に手を当てて大きく溜め息を吐いた。


「やっぱり、殆ど無いなぁ」   


 胸の話ではなく、顕在魔力……魔道士として魔法を行使するための、最低限度の顕在魔力が体の中に存在していない。

 あるにはあるのだが、それは一般人と比べても格段に低く、アレク達の兄であったタクトの魔力の百分の一以下、一般人の半分程度しか存在していない。


 何がまずいかというと、魔法行使どころか魔導倉庫に接続すら無理だ。

 魔法のフル詠唱をして魔力軽減してもなお、記憶の統合に夜まで掛かった。

 魔法関係は今回は諦めざる得ない。


「私はマイラ・ヒルシャー・エルドルトン五歳です。皆様ご機嫌麗しく……」


 一瞬、心の男の部分が嫌悪感を抱くが、鏡を見る事で、それも抑え込まれる。

 自分の見た目や立場、相手の見た目や立場に合わせて言葉遣いを変えるのは、一般人でも普通にやる事だ。

 

 人はそれを劇役者が着ける仮面を差して、『ペルソナ』というが、正しく俺はこれから心身ともに仮面を被り見た目に相応しい立ち居振る舞いを求められる。

 考え方や無意識にまで、貴族令嬢の振る舞いを徹底するのだ。


「私はマイラ……私はマイラ……私はマイラ……」


 鏡に映る自分と見つめ合いながら深く深く意識を鏡の中に、自分の中に染み込ませていく。









「お嬢様。フォルネーゼでございます。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 控えめなノックが部屋の中に転がる。


 朝日が窓から差し込み室内を明るく照らしだす。

 程よい日当たりに、室内の空気が暖められるような気さえする。


「入ってもいいわよ。おはよう。フォルネーゼ。今日はいい朝ね」

「左様でございますね。今日の雨が嘘のようです」


 ドアが開いて、そこそこ年季がいったメイドが入ってきた。

 フォルネーゼは手にティーポットとカップの乗ったトレイを持ち、ベッド脇まで来るとサイドテーブルに手際よく紅茶の用意を始めてる。


「どうぞ、お嬢様。後ほど、着替えのものが参りますので……」

「ありがとう。フォルネーゼ。いつも感謝しています」

「お嬢様? なにをっ!?」


 ベッドに腰掛けて、微笑みを浮かべてメイド長てあるフォルネーゼに感謝を伝えると、目玉が転げ落ちるんじゃないほど目を見開き、驚愕を露わにする。


「今まで私はいっぱい面倒を掛けたでしょう?

昨日で五歳を迎えたのですから、これからは振る舞いを改めねばと思ったんです」

「お……お嬢様……。フォルネーゼはそのお言葉だけで身が報われる思いでございます!」


 フォルネーゼは外掛けエプロンの裾で微かに浮いた涙を拭う。

 そりゃ昨日までは、わがまま放題にしていた女の子が、急に態度を変えたのだから驚くのも仕方が無いだろう。


 私の自我が覚醒した限りは、我儘に振る舞うつもりはない。

 子供のような振る舞いをする分には、演技することが出来るのだが、我儘を言うのだけは大人の精神ではストレスが半端ないのだ。

 言うならば大の大人が店先で駄々をこねる姿を演技とはいえできるかといった話だ。


 こればかりは多少強引ながらも我儘を言わないようにする。

 そして、本当に必要な時に我儘を言うのが効果的だという打算的な狙いもある。


「大人になられたのですね……。すぐに着替えの者を寄越しますわ」


 フォルネーゼはそそくさと、部屋を退出していった。

 この後はすぐに私の両親にこの事を報告に行くのだろう。


 それから少しもしない内に、別のメイドが部屋を訪れる。

 手には何着かのドレスを持って、この辺りはこの時代の貴族令嬢で良かったと思う。

 一々ドレスをどれにするかと悩まされずに、ある程度は絞って持ってきてくれるからだ。

 後はその日の気分次第で色を決める程度で済む。

 この辺りだけはどうしても無頓着になってしまうので、適当に青いドレスを選んだ。


 パーティーや公式行事だと、もっと凝ってて流行りを意識したデザインのドレスだが、一般生活ならば質素極まりない。


 着替えを終えた頃に、部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、朝食の準備が出来たのとのことです」


「ありがとう。すぐに行くと父様と母様に伝えて頂戴」

「はい。畏まりました」


 私はゆっくりとした足取りで、昔の女性だった時の感覚を思い出しながら、一階にある食堂へと向かった。 



 食堂と言っても、そこまで大層なものじゃない。

 貴族はよく大きく長いテーブルに椅子を並べてなどといった想像を一般人はしているが、日常ではそんなものは使ったりしない。

 

 あれは他貴族の来客で夕食を共にする場合とかだけで、基本は家族でだけならば、そこそこ広いテーブルに家族分の椅子と、その椅子の後ろに一人ずつ給仕役のメイドがつく程度だ。

 それでも一般人からしてみればあり得ないことだが、冒険者の中には日常からこれ以上の豪華な食卓を囲んでいる者は多くいる。


 食卓に着いてもまだ座ったりしない。まずは家族みんな揃い家長が座って、みんなに声を掛けてからが原則だ。

 貴族はこの辺の格式だけは無駄に多過ぎてうんざりする。

 だが、これも貴族としてのマナーだから致し方ない。

 私が一番のようだ。


「マイラ。おはよう」

「おはようございますわ。タシスお兄様」


 入口から肩口くらいまである、燃えるような赤髪を持つ長男のタシスが入ってきた。


「おっ、今日のマイラはご機嫌だね。いつもなら遅いと愚痴の一つも飛んでくるのに」


 長男であるタシスは、私の姿を認めると軽く笑みを浮かべて、からかう様な口振りで、テーブルを挟んで反対側を歩いてくる。


 そんな兄の姿を見て、私はわざと頬を少し膨らませてみせる。


「私だって、もう五歳ですのよ? 少しは大人にならなくては!」


 少し膨れた仕草で顔を背けると、タシスは明るい笑い声を上げながら、自分の席の前に立つ。


 次に現れたのは、アニスという女性だ。

 伯爵家の次女である。兄と同じく艶のある赤い髪を腰まで伸ばして、楚々とした姿で歩く。


「タシス。可愛い妹を苛めるのはよくないわ。マイラももう五歳ですもの。立派なレディーよね? おはよう。可愛いマイラ」


 アニスはタレ目がちな瞳を細めて、微笑みかけてくる。

 優しく包容力のある女性だと記憶している。


「はい! おはようございます。アニスお姉様」


 元気よく答えると、くすくすと笑いながら私の後ろを通り過ぎる際に髪型が崩れない程度に頭に触れて、通り過ぎて奥の席へとゆく。

 アニスとタシスは二卵性双生児で同じ十六歳を迎えている。

 長女は嫁いで行っているために家にはいない。


 最後に入口から肩ぐらいまである赤い髪を後ろで結んだ父と、腰ほどまで綺麗な金髪をたなびかせた母が揃って入ってきた。

 父は武官らしい精悍な体付きをしていて、目は猛禽類を連想させるように鋭い。

 逆に母はタレ目がちだがくりくりとした瞳が年齢よりも幼く見える。

 淑やかな姿と相まって貴族の淑女をそのまま当てはめたようだ。


 二人の椅子が執事によって引かれて、座席につくと、父が口を開いた。


「皆おはよう。さぁ、席に付きなさい」


 この言葉を皮切りにメイドが椅子を引いて、各々席付く。

 次々とカートから料理が運ばれて、テーブルへと並べられる。

 柔らかいパンとサラダ卵料理、それとコンソメスープが朝食だ


 肉を食うこともあるが、それは来客者が来たときくらいで、日頃はこの程度だ。

 だが、まあ貴族はこの食事のあとで野良仕事があるわけでもないし、菓子類を食ったり、父は果物を摘んだりするから、足りないということはない。


「さぁ、祈りを……。聖なる御名の方よ。今日を生きる糧を頂きたい感謝いたします」


 父は両手を胸に当てて、聖光教会の祈りの言葉を口にする。それに続くように家族全員が唱和した。


「では、皆頂こうか?」


 この言葉で漸く食事を始めることが出来る。


 貴族などと言っても、しがらみだらけで、下手をすれば一般人よりも肩身が狭く。息苦しいだけだと思う。


「時に、マイラ五歳になった気分はどうかな?」


 父が笑みを浮かべてこちらへと視線を向ける。


「あまり変わりはありませんわ。少しだけ大人になった気がするだけのことです」


 敢えて少しつまらなそうに口を尖らせてみせる。

 こういう子供らしさだけの演技は忘れない。

 孤児やらろくでなしの親ならばいいが、愛してくれている親から、子に甘えられる時期を奪う行為は避けなければならない。


「ははははっ、そうかそうか。しかし、マイラももう五歳になるのだな。嫁に行くのもあっという間だろう」

「ええ、そうですわねえ。あなた」

「マイラがお嫁さんか。想像つかないな」

「タシスお兄様って、意地悪ばかりいうのね!」

「タシスはマイラが可愛くってしょうがないのよね。ほら、好きな子にほど、意地悪をするのよ?」


 父が笑い声を上げて、母もつられてころころと鈴の転がるような声を上げる。兄と姉も実に楽しげだ。

 

 和やかな雰囲気で食事は進む。

 久しぶりに感じる家族の暖かさというか。団欒といった感じに自然な笑みを浮かべることができた。

 


今日から二章開始です。

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