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転生人生〜終わりなき転生の果てを彷徨う〜  作者: 黒猫鉤尻尾
転生人生。勇者アレクシス編
20/46

十八話。狂気の果ての正気の沙汰


 

 まず狙われたのは俺だった。

 一番近かったということだからだろう。胴体に向かって拳が突き出される。

 技術も何もない力任せの拳だ。だが、あのガドを吹き飛ばした膂力を考えれば、まともに受ければただでは済まないのはわかる。

 俺は咄嗟に体を捻って躱そうとするが、傍らにエルがいる事を思い出して、拳を受ける寸前に片方の手で、エルを突き飛ばすと空いている腕で拳を防ぐ。

 強烈な打撃と威力に体が後ろへと吹き飛ばされて、いくつもの水槽を破壊する衝撃が全身を襲う。


 予想以上の衝撃に肺から全ての酸素が飛び出して、耳の奥がじんじんとする。

 たった一撃でこれだ。全身が水槽の中の液体で、びしょびしょに濡れて、拳を受けた左腕も変な方向を向いている。

 離れた所ではガドが、ルクセリアと相対して、アレクは俺に向かって何かを叫んでいるが、鼓動の音が煩くて聞き取れやしない。


「ファム・フル・リンデ。癒せ癒せ。生命の息吹。ファム・フル」


 回復魔法を自身に唱えるが、先程の呪縛魔法に器を痛めたせいで上手く回復しない。

 だが、痛みさえ我慢すれば動けそうな程には回復できたようだ。


「大、丈夫だ。ガドの応援に行けっ!」


 動く方の手をアレクに振りつつ、よっこらしょと立ち上がろうとして、よろめいた所を小さい体が支えてくる。


「ししょぉ……ごめん」


 目尻に涙を溜めながら、見上げてくる小さな瞳に、俺は黙って手を伸ばして頭を撫でる。


「気にすんな。それよりもルクセリアに魔法を使えるか?」 

「私も魔力あんまり残ってない。師匠の回復で一杯」

「俺の回復はいい。ルクセリアに低位でいいから魔法を使え」

「わかった」


 エルは小さくこくりと頷くと、ルクセリアに向かってワンワードで火球を放った。


「イフル!」


 火球は寸分たがわず、ルクセリアに着弾するかと思われたが、体に触れる寸前に腕の一振りだけで火の粉を残して消し去る。

 それを素手で払ったにも関わらず、火傷は疎か全くの無傷だった。

 攻撃したと判断されたのだろう。ガドの腹部に蹴りを叩き込むと、ルクセリアはその反動を利用してエルに向かって突進してくる。

 見ると壁際まで吹き飛ばされたガドの鎧が蹴られた部分がべコリと凹んでいた。

 俺はエルの腕を引いて、俺の後ろへと庇うと、ルクセリアとの間に立ちはだかった。

 右の拳が来ると思った時には、既に体は反応していた。

 突き出された腕に添える程度に触れさせると、一歩踏み出して、拳を流して足を相手の股の間に踏み込ませるだけで、突進力そのままにルクセリアの体が宙を舞いすっ飛んでいく。


「ガドぉー!」

「おう!」


 打てば響くとはこの事だ。俺の呼び掛けに即座反応して獅子の咆哮が部屋の中に轟く。

 ルクセリアもどきの入った水槽がビリビリと震えて、いくつかの水槽を戦斧で叩き壊して、その破片を壁に叩きつけられてなお、即座に体勢を整えているルクセリアへと叩き付けた。


 そのせいでまたガドへと目標変えて突進してゆく。

 

「やっぱり……」

「やっぱりってなに?」

「今のルクセリアには魔法の一切が効かねぇ」

「えっ?」

「その通りっ! 素晴らしい。非常に素晴らしいっ!」


 驚きの声を上げるエルを他所に、俺はルクセリアを……それを作り上げた愉しそうに笑うサイモンを睨みつける。


「今のルクセリアは誰にも倒す事は出来ない。あれは魔王と同じ……いや、魔王よりも質の悪いものになりやがった」

「魔王と同じ?」

「あの野郎は……。あのクソ野郎は、“聖女と言う名の概念”を作り上げやがったんだ!」


 その言葉にサイモンが、口が裂けんばかりに満面の笑みを浮かべた。


 戦いは一進一退に見えたが、事実は違う。

 ガドは徐々に手加減ができなくなっているのに対して、ルクセリアは戦い方を学習し始めているのだ。

 戦う相手の優先順位、力の逃し方、受け身のとり方、効率良く相手を壊す技を人間では有り得ない速度で学んでいっているのだ。


「ガド、手加減するな! 今のルクセリアは死なない。全力で殺すつもりでいけっ! アレクはもういい。手を出すな!」


 自分で吐き出した言葉ながら反吐がでる。

 俺は誰かを救う為に生きているのだ。誰かを助ける為に死ぬのだ。

 そんな自分を律したルールを否定する言葉を仲間にやらせる。

 何と無様な事か。何と惨めな事か。

 

 だが、それ故に自分の中で明確に意識する。ルクセリアを必ず救う。

 

 ガドが吹き飛ばされるのは、何度目か? 既にガドは手加減などという生温いことは考えていない。

 戦斧を全力で振るい、巌の拳を叩き付け、自ら嫌う虎の爪をも使って切り裂く。

 その度に戦斧は手足を断ち切り、拳は胸を潰し、爪は内臓に達するほどの傷を負わせる。

 しかし、どのような傷を負わせても、直ぐに何事も無かったように癒やされているのだ。

 断ち切られた手足は即座に繋がり、胸を潰しても鼓動は止まらず、爪の傷もすぐ塞がる。


 更にはそんな傷も負わせられる回数が少なくなってきた。

 学んでいるのだ。どのように躱せばいいか。どのように防げば最小のダメージで済むか。


 ガドは全身が傷だらけでプレートメイルも至るところが凹んでいる。

 逆にルクセリアはというと、純白だった神官衣は紅く血に染まり、辛うじて服のていを成しているだけの布になっていた。

 一見して対等に見えるが、ガドは既に限界が近付き、ルクセリアは学習して強くなっている。

 アレクは側で見ているが、俺の言付け通りに手を出してはしていない。

 本気で戦うガドと連携など、今のアレクでは足をひっぱるだけだし、出番まで体力温存しておく必要がある。

 

「エル。魔力はどれぐらい回復した?」

「二割も回復してない」

「十分だ。ガドの治療を頼む」

「師匠は?」


 心配そうに見つめてくるエルに、手を振りながら、散歩に行くような気軽な足取りで、ルクセリアの元へと歩いてゆく。

 アレクの隣まで近付くと、俺の存在に気付いたのか振り返り、不安そうな顔を見せてきた。


「よく耐えたな。お前が我慢してくれたおかげて、ルクセリアを救うことができる」

「どういうこと……?」


 考えが正しければ、ルクセリアを救う術はアレクしかない。

 

「いいか? よく聞け……」


 俺はそれから二言、三言を伝えると、不安そうにしているアレクの頭を撫でてやる。


「お前を信じてるから、恐れずに言ったことをやれ。なあに、失敗しても死ぬだけだ」


 戯けるように肩を竦めると、ルクセリアの元へと徐々に速度をあげる。

 折れた左腕はくっついてはいるが、未だに鈍痛が響く。それを少しだけ回復した魔力で、脳にエンドルフィンを分泌させて誤魔化す。


 さて、一世一代の綱渡りをしますか!


 心の中で気合いを入れ直すと、体勢が崩されて追撃を受けているガドとの間に身を踊らせた。


「こっからは俺が相手だ。ガドはエルの所へ」

「気をつけろ。とんでもないぞ」

「わかってるよ。今のルクセリアの状況は……とっ!」


 話してる途中でもお構いなしに攻撃してきた拳を、俺は腕で反らして逃れる。


「あぶねぇあぶねぇ。よお、ルクセリアえらく荒れてんじゃねぇーの。アノ日かよ?」


 俺は軽口を叩きながらも、次々と繰り出される攻撃をさばく。

 腰に吊るしてあるシミターは抜かない。斬り付けた所で意味はないし、何よりここから先は時間稼ぎだ。


 バカ正直に突いてくる拳を反らし、決してまともに受けない。

 ガドには向いていないが、俺には向いている仕事だ。


「単調……っなんだよ。学習しても応用が利いてねぇ。いち覚えりゃいちしかできねぇ」


 足を狙って回し蹴りを放ってくるが跳んで躱す。

 ルクセリアの蹴りが勢い余り、体制が崩れて脇腹に隙ができるが、俺は着地と同時に後ろに下がって、間合いから外れた。

 

「聞こえてねぇんだろうが聞いとけ。俺達は絶対にお前を見捨てない。絶対にだっ! だから、もしも聞こえてたなら……手加減してくれね?」


 試しに軽口を叩いて反応を見るが、相変わらずの無表情で殴りかかってくるのを、体をずらして躱す。

 体をくるりと回す際に、腰からシミターを抜き放ち、余裕を見せるサイモンへと投げつける。

 しかし、またも防御用の魔法で防がれて、金属音を立てて弾かれて、床へと落ちてゆく。


 そこに突きを放つルクセリアを辛うじて躱した。

 動きが更に良くなってきている。より躱しづらくなってきた。

 鋭く予備動作も少なくなる。こうしてる間も学習を続けているのだ。


「おっとと、ちっと掠ったぜい。なはははっ」


 躱した所を間合いを詰めて、再度下段に蹴りが襲ってくる。そしてまた跳んで躱した瞬間に、下段に放たれた蹴りが軌道を変えて、上段へと靭やかに向かってきた。


「今のは正直やばかった。学習速度を舐めてたぜ」


 咄嗟に放たれた蹴りに対して、空中で腕を当てて、そこを支点に蹴りを飛び越すように、回転して着地する。


「くっ……。何をしている! その程度の相手などさっさと片付けんか。それでも聖女かっ!」

「うるせぇよ。ハゲ。何ならてめえが掛かってこいや!」


「なっ!?」


 視線だけを上から高みの見物を決め込んでいるいけ好かない男へと向けて、侮蔑の言葉を投げつける。


「師匠。回復した!」

「タクト、手を貸そうか」


 ちらりとだけ声の方に視線を向けると、笑みを浮かべるエルと、戦斧で肩をとんとんと叩くガドの姿があった。

 その体に傷跡すら既にない。得意ではない回復系であれだけ回復したのだから、エルが頑張ったのだろう。


「いらねぇよ。だが、タイミングは合わせろ」

「ああ、任せろ」


 お互いに“何を”とは言わないし聞かない。

 そういう間柄なのだ。


 よし、こっちは準備はいいが、アレクの方はどうか。

 視点をアレクに向かうと、瞳を閉じて集中している。だが、唐突に目をカッと見開いた。


 こっちもいけたか。さて、幕引きと行こうか。このクソッタレな茶番劇にな。


 俺はみんなが見守る中で、タイミングを見計らいひたすら躱し続ける。

 

 まだだ。焦るな……チャンスは一度あるかないかだ。

 左、右とコンビネーションで拳を繰り出してくる拳を、最小限の動きだけで躱して懐へと潜り込んだ。

 そして、俺は目の前にあるものを手で摑み取る。

 手中に収まりきれなかったそれは手の圧力で形を変えながらも、心地よい弾力を返してきた。

 胸に揺れる豊満な胸が手の中にあった。


「うーん。やっぱり予想通りのいい感触っ! 百点だ!」


 思う存分、手の中の感触を堪能していると、下から拳が突き上げられて、手を離して反らした頭の前を拳が通り過ぎてゆく。

 風圧だけで前髪が吹き上げられる。俺は二、三歩ほど後退る。


 心無しか怒りの表情に変わった気がする。ステップを踏むように、後ろへと下がった。


「さぁ、終わりにしよう。救ってやる」


 手を向けて指先だけを曲げて挑発する。

 ルクセリアは俺に向かって猛烈に走り出した。俺もそれに合わせて前に走る。

 激闘の瞬間、突き出される腕を左手で取る。あまりの威力に取った方の手が小枝を折るように、簡単に骨折してゆく。

 だが、構わずに右手を突き出された腕を巻き取りながら、腰を落としてルクセリアを投げ飛ばす。

 

 狙い通りに高みの見物を決めたままのサイモンのにやけ面に向けてだ。


 ぶつかる寸前に防御魔法の障壁にぶつかるが、障壁がまるでガラス細工のように簡単に砕け散ってキラキラと床へと落ちてゆく。


「ルクセリアは全ての魔法を無効化する。だったかな?」

「ひぃっ!」


 本能的な行動だろう。咄嗟にその場にしゃがみ込み、その頭上をルクセリアの体が飛んでゆく。


「は……ははっ! せっかくのチャンスも無駄に終わったようだな!」

「いや……そうでもないさ。なぁ? ガド」

「えっ?」


 俺の視線の先に気付いた時には既に遅い。サイモンが最後に見たのは、自身の間近に迫る戦斧の刃先だっただろう。


「やった。これてルクセリアさんも帰ってくる」


 飛び上がって喜ぶエルだが、ルクセリアは天井付近にぶつかる寸前に、ガドのように天井に着地して衝撃を逃した。

 そして、天井を蹴って俺に向かって飛びかかってきた。


「言ったろ? ルクセリア……お前を絶対に救ってやるってよ!」


 一歩だけ横に避けて、ルクセリアの突進を躱す。

 ルクセリアが横を通り過ぎて、地面に着地した。

 

「アレクっ!」

「はいっ! 兄さん」


 次の瞬間、視界すべてを白い光が埋め尽くした。


 光が収まった時には、地面にはルクセリアが気を失って横たわっていた。

 周辺の魔力が完全に消滅している。ルクセリアは魔王とは逆に周辺の魔力を聖属性に変換して、回復と力の強化を行っていると読んで、アレクに聖波動の照射で周辺魔力を消失させたのだ。

 間違いないと思ったが、正解で良かった。

 今のルクセリアは、急に酸素を奪われたようなもんだ。

 それで気を失ったのだろう。

 俺はなんとかなったことに安堵すると、どっと疲れが体を重くする。

 油断をすると気を失いそうになるのをなんとか堪える。

 散々迷惑を掛けられたのだから、これだけは言ってやらねば気がすまない。


「おかえり、ルクセリア……。つっかれたぁ」


 床には先程とは違い無表情ではなく、苦しそうではあるが表情が浮かんでいた。

 ギリギリだった。俺の体力も限界を通り越していた。魔力で抑えていた痛みが全身を襲う。

 その場にどさりと倒れ込むと意識を落とした。

 

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