十六話。辿り着いた場所は禁忌なりて
奥からは生ぬるい風が吹き抜けて、俺達が来た方向へと流れてゆく。
それはまるで俺達を拒んでいるようにも感じる。
「随分と歩いたな」
エルが作りだした光球を浮かせて進むこと、数時間は経つ。
森の中とは違い歩き易いのはいいが、これほどの距離を歩くとは思っても見なかった。
「方角的には魔の森の中心に向かっているはずだ。いや、まず間違いなくそうなんだろうよ」
記憶の奥底から遥か昔の記憶を引きずり出して答える。方角的には間違いなく、かつて古代王朝の首都がある方に向かっている事に、嫌な予感しかしない。
シロクロがあれ程の忌々しそうな態度にをしている事が何よりの証拠だ。
そして、そこにルクセリアの一体何があるというのかわからない。
「この通路は一体、何なんなんだろう?」
「恐らくは抜け穴かなんかじゃないか? だとしたら古代王朝の王宮に続いてるか。それに準じる重要ななにか……お、どうやら出口に近付いてきたようだな」
数百メルト奥の通路が袋小路のように道が途切れているのが見えた。
一見、単なる袋小路のように見えるが、よく見れば微かな隙間から光と風が流れ込んでいる。
その風が妙な生臭さを感じる。海風のように妙に懐かしさ感じるような生臭さである。
俺達はその突き当りに辿り着くと、隙間に耳を済ませて人の気配を探るが、特に人の声など聞こえず、機械音のように低い稼働音だけが響いて聞こえてきた。
「この奥が見せたいものって訳か」
「アレク、どうする?」
「……行きます!」
アレクの言葉に、俺はガドに目線を送ると、ガドは意図を理解して大きく頷いた。
背負っていた戦斧の尖端を隙間に差し込むと、テコの原理で引き開いて、ガドが辛うじて通れる程度の隙間が開いた。
開けると同時に微かにしか感じられなかった生臭さが、一気に増して思わず顔を顰める。
「なんだ。この生臭さは……。まるで潮溜まり側にいるみてえだな」
「しかし、酷い臭いだ」
臭いが質量を持って体に纏わりつくようにも感じる。
鼻が利く獣人のガドは顔を酷く顰めて、手で鼻を覆っている。
アレクやエル達も顔を顰める。
出た場所は通路の途中らしく、壁も天井も白一色に覆われ、左右に広い通路が通っていた。
風向きからして右側に臭いの元があるようだ。
「ししょお、ここは?」
エルが鼻を摘んだせいでくぐもった声を出して、俺を見上げてくる。
「抜け道が用意されてるから、何かの研究施設って所か?」
「右から臭いが来てるから、右が正解かな?」
「多分な。ガドは後ろを張ってくれ。アレクが先頭だ。後ろからガードゴーレムが来るかもしれん」
俺はこの時の選択が大きな間違いだったすぐに後悔することなった。
右の通路を進むほどに生臭さは増してゆき、音も大きくなっていった。
そして、少しも行かないほどの通路の角を曲がった時に、突然アレクが立ち止まった。
「どうした?」
「あ……あ……あ、うぷっ……うえぇぇえぇっ……」
呆然とした直後に、その場で嘔吐する。体をくの字に折り曲げて内臓全てを吐き出さんばかりに吐き続ける。
それでもアレクは、指を通路の先に示したいた。
「これ、は……。くそっ! そうかよ。そういうことかよっ!」
見ると円筒状の水槽が多数設置されてた。その水槽の中には人間が浮かんでいた。
ゆらゆらと金の髪が水槽の中を漂っている。水死体と違って水の中で眠っている姿にも見える。だが、生きた人間ではないだけはわかる。
胸から下腹部に大きく切り開かれていた。そのぽっかりと開いた胸や腹部にあるべき臓器はない。
それだけでも常人には耐えられない姿であろう。だが、アレクだけではなく、俺達にとってはそれだけではなかった。
水槽の中で無残な姿で飾られている人間は、ルクセリアそのものだったのだ。
「これは……なんだっ!」
後ろから何事かと覗いたガドですら絶句している。
エルは言葉をなくして、上がってくるものを堪えているようにも見える。
不味かった。これが先頭がガドならアレクに注意を促して、覚悟を固める時間も与えてやれただろう。
だが、不意にこんな光景を見せられれば、アレクじゃなくても大きなショックを受けるだろう。
「これ……ルクセリアさんだよね?」
全てを吐き出して少しは落ち着いたのか。震える声で聞いてきた。
「違うっ! ルクセリアは俺の背中にいる。これはルクセリアじゃない」
俺は咄嗟にアレクを叱りつけた。こんなものと背中で眠る女の子が一緒な訳がない。
その時、後ろから微かな呻き声と共にもぞりと動く感触があった。
「う……うぅん」
俺も無意識にだが手が緩んでいたのだろう。するりと背中から、ルクセリアが滑り降りると、床へと降り立っていた。
「ルクセリア! 見るなっ!」
俺は咄嗟にルクセリアに目の前の光景を見せまいとするが、その心配は杞憂に終わった。
ルクセリアは床に降り立つと、先程まで衰弱していたとは思えないような。しっかりとした姿で立ち、水槽とは全く違う方向を見ていた。
その瞳は虚ろでどこも見ていないように見える。
「いかなければ……」
ぽつりとそれだけを一人呟くと、ふらふらと歩き始めた。
その足取りはしっかりしているようだが、目は虚ろのままで、水槽が多く立ち並ぶ方向へと歩いてゆく。
「ルクセリア? 何をしている?」
その尋常ならざる様子に、ガドは声を掛けるが反応はまったくない。
だが、ガドがその肩に手を置いた瞬間に動きがあった。
一見、ただ腕を振っただけのように見えた。だが、現実はガドの巨体がその一振りだけで吹き飛ばされて、かなり広い部屋の壁まで吹き飛ばされて壁に叩きつけられていた。
それでも流石はガドというべきか獣人の身体能力か。壁に両足をつけて反動を殺すと、一回転して床に着地する。
「ルクセリアさんっ! 一体何をっ!」
アレクが悲鳴にも似た声をあげるが、ルクセリアは吹き飛ばしたガドにも、アレクも目に入っていないようで、また歩き始めた。
「ルクセリアさんっ!」
アレクは咄嗟にルクセリアを止めようと体に触れようとするのを、俺は肩を掴んで止めた。
「兄さんっ!」
「止めろ。今のルクセリアは、俺達の知ってるルクセリアじゃねえ」
「師匠どういうこと!?」
「魔力を流していたラインが途切れた……。いや、弾かれたというべきか。とにかくルクセリアに起きている事は普通じゃない」
俺は一つだけみんなに黙っていた事がある。
魔力ラインが絶たれる寸前、そこには根源魔力が確かにあったのだ。しかも、そこには燦然と輝く聖属性の輝きが感じられた。
以前の歪な聖属性の輝きではなく。ガドやエルの中に輝く光と同等のものが感じられた。
「ガド、いけるか!」
「誰にものを言っている。あの程度は屁でもない」
ガドは背負っていた戦斧を頭の上で一回して、大きく一振りしてから構える。
「上等っ! 魔法を使って捕縛するっ! エルは俺の補助だ。ガドとアレクは何とか足止めしてくれ」
「ああ、わかった!」
「師匠、最大化と増幅でいく」
「兄さん……」
アレクは仲間に刃を向けるのは抵抗があり、返事は弱々しく。剣も抜こうとはしない。
「アレク。惑うな! 仲間を救いたいと本気で思うなら相手の命も己の命も張ってみろ!」
叱咤の声に漸く覚悟を決めたのか。アレクは愛用のロングソードを鞘ごと抜き放って、瞳に力を入れて頷いてきた。
ルクセリアを救う為の戦いが始まろうとしていた。
文章が二重になってしまってました。
本当に申し訳ありません。




