八話。非情なる都市とぎこち無い二人
「あー。そのなんだ……いい、天気だなぁ」
「そうですね」
二人の間に沈黙が落ちる。これで何度目かわからない。
あれからみんなが起き出してきて、これからの事を話した。買い出しはルクセリアの二人が行くことになり、二人で城塞から都市部へと来ていた。
この城塞都市は中央の城塞区間を城壁と堀が囲み。その外側をグルリと都市を囲んでいる二重城壁という不思議な構造をしている。
これは魔物の最終暴走が起きた場合に外の城壁と合わせて、都市を犠牲にして魔物を多くこの都市内に引き止める役割を持つ。
そして、この都市の地下を流れる水道は魔法陣を描くように張り巡らされ、城塞にまで魔物が迫った際には、魔法陣を発動させて城塞を含む都市部すべてを地下から魔力爆発を起こさせ、大量の魔物を道連れにする仕掛けが施されていた。
そう、ここは人間を守る為の城塞都市では無く、人間を餌として魔物を捕らえ、殺すためだけの……。国を守る都市なのだ。
非情だが理解は出来る。この都市にいる数万の人間を犠牲にすれば、数十万、数百万の人間が助かるのだ。
納得できるかどうかは別ではある。
無論、この都市の真実を知っている人間は恐らく城主だけだろう。
俺ですら魔力の微弱な流れを感知しなければ気付けないほど、上手くできた代物だ。
それでも平時は市民の生活用水にもなっているために、川から離れたこの都市でも活気がある。
寧ろ魔の森の魔物を間引くために冒険者が多く集められている為に、商人が危険よりも利をとっているというべきか。
最後の消耗品を買う為に冒険者御用達の店へと向かう。
城壁近くにある冒険者ギルドや薬品店に向かっていくにつれて、家々だった周囲の景色も石造りの頑丈な建物になり、宿や酒場が目立ってくる。
活気の色も住民の賑やさから、やや物騒な色を帯びた騒々しい活気へと変わってゆく。
まぁ、どれほどの活気があろうが、俺とルクセリアの間には、淀んだ冷えた空気しか存在していなかった。
店を三軒回って買い出しを行っているのだが、その間に会話らしい会話など皆無と言って良かった。
一例を上げれば。
「ルクセリア疲れてないか?」
「別に平気です」
「ルクセリア、喉が渇かないか?」
「渇いてません」
「ルクセリアもなにか必要なも……」
「ありません」
取り付く島も無いとはまさにこのことだ。
常に一定の距離を取り、ただ付いてきているだけといった始末だ。
せめて、エルでも居てくれれば、少しは空気も良くなるのだが。
思えば溜息しか出てこない。
誰のせいで溜息が出ると思っているのやらと横を盗み見れば、不機嫌そうな顔で睨みつけてくる。
なまじ綺麗な顔をしているために、余計に冷たく感じる。
ふと見ると道端に魚の香草蒸しが売っていた。
香草独特のいい匂いが鼻を刺激する。
「ほう、香草蒸しか。西方の料理が出てるとは、西から結構な商人が来てるみてぇだな」
俺の言葉に興味を惹かれたのか。ルクセリアが香草蒸しを売っている店を見つめいる。
「魚の香草蒸し?」
意外と普通に問いかけてきたのでびっくりする。
しかし、当のルクセリアは気付いていないようで、じっと屋台を見つめていた。
「ああ、西方の寒い地域の料理だ。西方ってのは大河が流れているんだが、そこは万年濁っていて、魚も泥臭い。だから、臭い消しの香草に包んで蒸すんだ。臭みはあるが結構うまい。食ってみるか?」
香草独特の匂いにつられて、ルクセリアは鼻をひく付かせていたが、俺の言葉に顔が合うと慌てて、すまし顔にもどった。
「結構です!」
「お、おう……」
まったく野良猫を懐かせようとしている気分だ。興味を引く事である程度は引き寄せられても、意識されると逃げ出される。
我ながら酷い例えもあったものだと、くつくつと含み笑い漏らしていた。
「なんですか!?」
「いやなんでもないと……ところで、ルクセリアはどこの生まれなんだ?」
「どこだっていいでしょう!」
やや投げやりに返してきた。
流石にちょっと面倒くさくなってきた。なんで、俺が気もない女のご機嫌取りせねばならないというのか?
異性云々抜きに、そもそも共にする仲間と言うのに、これからもこんな調子なのかと思うとうんざりする。
「だあぁ、面倒くせぇ。もうやめだ! やめやめ。貴族のご機嫌伺いじゃあるまいし」
「いきなりなんですか!」
我慢が限界を迎えて遂にはガシガシと髪を片手で掻き毟って今まで我慢していた理性を全て投げ捨てた。
「腹を割って話そうや。ぶっちゃけるとお前さんは俺になんの不満があるんだ? アレクは元よりガドやエルともわりと普通に会話してるよな? 対して俺にだけはツンケンする理由はなんだ」
俺の剣幕にルクセリアは面食らったように目を見開くと、その目がみるみる吊り上がっていく。
「心当たりがないとでも言うのですか!?」
「……ねぇよ」
一瞬だけ戸惑うが本当に心当たりなどない。不信感はあっても仲間としては平等に接しているし、特にこれと言って邪険にも扱っていない。
「貴方は他の方々と違って、野蛮で粗野で何よりえっちです!」
「えっちって……意味がわからんぞ!」
野蛮で粗野だと言うのは理解できる。冒険者なんてやってたし、ルクセリアの前ではアレクですら厳しく乱暴に扱う。
だが、エッチとは如何なものかと思う。旅を始めてからそういう店には行ってもいない……はずだ。
「覚えていないのですかっ!? 一週間前の野営の時です!」
「一週間前? あ、あれかっ!?」
あれは旅立って数日立って野営している時にたまたま。本当にたまたま水汲みに行った時に、ルクセリアが沐浴をしていた所に遭遇した。
「あの時のことは謝っただろ? つか、事故だと言ったろ」
「それだけではありません! 半月前の温泉街に行った時のことを忘れたのですか!?」
確かに温泉街に立ち寄ったことがあるが、あれは元は日本人である俺には立ち寄らない理由がなかったからだ。
確かにあの時もルクセリアの裸体を見ることになったがそれだって……
「いやいやいや、あれはお前さんがあとから混浴に入ってきたんだろうが!」
「それでも普通はすぐに顔を反らしたり、手で目を覆ったりするものではないのですか!」
「そんなもったいな……とっさの行動ができるかっ!」
そこに乳があるのだ。それも稀に見るたわわに実った見事な乳があるなら、男ならそりゃ見るだろう!? そりゃ、マジマジと見るだろう。
「それに貴方は不審過ぎます! 貴方は勇者様と同じ孤児院で育ったと聞きますが、本当は何者なんですか!」
「はっ? いきなり何を言い出すんだ」
「貴方だけなのですっ! 聖なる光が見えないのはっ!」
「……今なんていった?」
「ですから貴方からは見えないのです。皆さんには勇者様のようにあるのに、貴方にはない。胸で輝く聖なる光がっ! 何者なのですか!」
俺の目は見る間に険しくなっていっていることだろう。
有り得ない。有り得ないとしか言えないのだ。聖属性とは魂と呼ばれる物に付与されるものでたり、魔力などと違い決して見ることも感じることが出来ない。
それは魔王がこの世界に生まれて、バランスを取るためだけに世界意志とも呼べるものが、生み出した一つの概念であり、アレクは元よりガドや自分の体の魔力に精通したエルですら感知は不可能なのだ。
唯一、古代王朝で魔王が生み出された概念の術式を知る俺以外は。
「お前こそ何者だ!? それは人に感知できるものじゃない!」
俺のただならぬ様子と、いつもは決して見せない素顔をみて、ルクセリアは顔を強張らせる。
更に問い詰めようとした所で、ルクセリアの様子が変わっていることに気付いた。
「は? 何を言ってるんですか? 貴方以外の皆さんは見えているはずです」
「見えないんだよ。エルにも聞いたことがある。あいつに自覚はなかったっ!」
大通りから少し外れた所にいた事が幸いした。最悪、ここなら巻き添えも騒ぎになることも少ない。
俺は腰の剣に手を添えて、警戒しながらにじり寄る。
「答えろ。なぜ、お前に聖属性の光が見えるっ!」
にじり寄る俺に合わせて怯えたように、ルクセリアは後退る。
「何をいったい!? 私は昔から見えて……。昔?」
そこで俺はルクセリアの様子が少しおかしい事に気づいた。
怯えているとか恐れているではなく、視線も定まらずに、フラフラとしている。
呼吸は浅く俯いて一人呟いている。
「私の子供時代? 私はあれ? わ、たひはルクせひあ……。くっ……あ、頭がっ……。いたっ……」
「おい?」
ルクセリアは呂律が回らず舌っ足らずな感じでブツブツと言いながらフラフラと二歩三歩と後退りすると、急に頭を抑えて倒れ込んだ。
「頭が……」
倒れ込んだルクセリアを見て、演技などでは無いことに気付いた。
まるで死人のように顔色が蒼白を通り越していた。
「くそっ! なんなんだ。これはっ!」
俺は悪態を付きながら慌てて駆け寄って助け起こすが意識は完全に失っており、額にはびっしりと冷や汗をかいていた。




