最悪よ
「……そうなの、それは大変だわ」
玄関のエントランスで、ママが誰かと話してる!?
い、インターフォーンよね?
インターフォーンに間違い無いわ?
インターフォーンで有って、お願い!?
「あら、ナノちゃんは白いのね。昔のあたしらみたいで可愛ねぇ。女の子も居る、イズミちゃんがうらやましいわ、うちはむさ苦しいのが3人もだから」
あたしに向かって、エントランスの方から、知り合いのおばちゃんの誰かの声がする。
あぁ、実際におばちゃんが居るのね。
あの格好のママと話してる。
今は、通常通り対応してるおばちゃんだけど、ママが居ないところではどうなるかしら?
引越……あぁ、変な文字が脳裏に浮かんでは消え……消えない!
引越。
引越、引越。
引越、引越、夜逃、引越。
引越、引越、引越、引越、引越。
どんどん増えてく!!
「ナノ、ヤスミおばちゃんから、頂き物したから、いらっしゃい」
平然としたママの声がする。
こっちを廊下から見てる、ドラウトと目が合った。
右手で胴体をガッチリホールドよ!
「……ナ、ナノちゃん?」
ドラウトが戸惑ってる!
今ね!
「ヤスミおばちゃん、ママが恥ずかしい格好なのは、みんなこのどぶねずみ妖精の仕業なの!」
目をつぶって、エントランスに走り込んで、ドラウトをおばちゃんの前につき出したの。
「あらぁ、やっぱり白は良いわね」
え?
「あなたがヒデリのお子さん?」
え?
おばちゃん平然としてる?
恐る恐る目を開けると、あたしの前に、あたしの前にぃぃ!?
「魔法美少女戦隊MAD49リーダー、ヘリオドール・サンデーよ」
てっぺんにオレンジのティアラ、花やリボン、レースや宝石でデコった、オレンジ色のボンレスハムの塊が、ヤスミおばちゃんの声で、しゃべってる!?
「ナノ、ヤスミおばちゃんが変身してくれたわよ」
ママが平然としてる。
確かに、良く視ると、ママの友達のヤスミおばちゃんだ。
ママが着てるアイドル衣装と、似た感じの色違いでオレンジのを着てる!
開いた口が、ふさがらないわ。
ママだけじゃなく、このちゃんこ鍋屋さんの女将さんなヤスミおばちゃんも『魔法美少女戦隊』で、おばちゃんがリーダー!?
「見とれちゃいやだよ、ナノちゃん。おばちゃんも久し振りに変身したんだから、25年ぶりかい?」
「30年よ、30年ぶり。懐かしいわよね。そうだ、ホムラちゃんやビッキちゃん、山桜先輩や三巴さん、お宅の明星くんとかと、今度皆で会いましょうよ」
塊デコオレンジボンレスハムが、ママと楽しげに話してる。
「いいわね。今ね、うちの人には連絡したから、すぐ来るから、カーポートからのロックを、開けといてくれないかい?」
「今なのね?あら、それは、楽しみね」
ママがモバイルを嬉しそうに操作してる。
藍色のアイドル衣装に、薄いお化粧で。
ママ、目立つわよ、薄いお化粧だと、シワシミタルミシワシミタルミシワシミタルミ……。
言っちゃったらダメ!
言っちゃったらダメよ、あたし!
言ったら、お小遣いが、お小遣いが!
『お久しぶり、広印泉水さん、どうも九曜紋明星です。かみさんに呼ばれて、あわてたよ。ナノちゃん次元妖精から美少女に選ばれたんだって?』
「お久しぶり、明星くん。また立派に成ったかしら?カーポートの脇が、開いてるから、どうぞ」
「立派じゃなくてうちの人は成人病予備群なのよ」
「あら、家のパパもなのよ。お互い大変ね」
「あら、好太さん、スリムじゃない?それで成人病予備群なの?」
「脱いだらぶよぶよなのよ、あの人は運動嫌いだから」
ママがヤスミおばちゃんとつまんないお話を長々としてる。
あのママが抱えてる箱が、ヤスミおばちゃんからの貰い物なんだろうな。
そんな事を考えていたら、やっと玄関エントランスのカーポートからのドアが開いた。
何?
「イ!!」
このグロテスクなのは?
ママと同じ衣装の色違いのレモン色。
ティアラもレモンイエロー。
但し、スカートじゃなくて、レオタード的な何か。
そこにもっこりっと黒ずんだレモン色の突起物ゥゥ!!
「あら、明星くん変身して来てくれたの?」
ママが平然と対応。
これが明星くん!?
ゴッツァンデス、ゴッツァンデス、ゴッツァンデス。
ドスコイ、ドスコイ、ドスコイ。
ノコッタ、ノコッタ、ノコッタ。
ゴッツァンデス、ゴッツァンデス、ゴッツァンデス。
ドスコイ、ドスコイ、ドスコイ。
ノコッタ、ノコッタ、ノコッタ。
ただ今の取り組みは東、明星、決まり技はモロダシ、モロダシ、モロダシ。
「今、カーポートでちょっと」
「あんた、そこは、ナノちゃんの目に毒だよ。まだ高校生なんだから」
「おっと失敬、失敬」
黒に黄色のセカンドバッグで黒ずんだレモン色のもっこりした突起物を隠すゴッツァンデス、ゴッツァンデス、ゴッツァンデス。
うん、このゴッツァンデスの衣装、スマートなら、爽やかなレモンイエローの白鳥の湖とかの、バレエのタイツ姿の王子様、な衣装なのよね。
但し中が中身がドスコイ、ドスコイ、ドスコイな初老の親父だと、キチャナイ満月のコスプレ。
これが『魔法美少女戦隊』の一員なの!?
これが美少女?
「明星くんは、サポートメンバーの天道だったのよ。主に肉体労働担当の体力派。すぐへばってたけどね」
ママが説明してくれた。
あぁ、サポートメンバーなのね。
でも、サポートメンバーまで変身するの?
他人顔をしてるドラウトをにらむ。
「……明星くんは、美少女だったら、レモンクリソプレーズ・フライデーだったんだそうけど、美少女じゃなかったからサポートメンバーだったそうです」
おい、ドラウト、このドスコイ、美少女以前に、少女でも、女でも無いよ。
「あんたが変身したのはミノリちゃんが、ジェット・オブ・ブラック・フライデーに戻った時に、出て一回だけだよね」
「そうだよ、30年ぶりの2回目だ。変身サックが出てくるか心配だった」
「あたしも、変身コームが出せるか心配しちゃったよ」
あたしの疑問にヤスミおばちゃんが答えを出してくれた。
良かった、一回だけなのね。
「あ、ママ、頂き物もってく」
離脱よ、離脱。
初老の会話は長いのよ。
「これ、冷凍庫に入れておいて、アイスケーキですって」
ママが渡してくれたのは、紙製の箱。
これ保冷箱なの?
冷たいけど、なんか部分的に生暖かいんだけど!?
「女の子は良いね、ナノちゃんはどこの高校だい」
満月コスプレ初老に訊かれたわ。
「まだ、底等辺之中学2年生でぇす。高校行ってるのはお兄ちゃんです」
早く冷凍庫に行かなきゃ。
「あら、ごめんね。おばちゃんナノちゃんは家の3番目のマナミと同い年だと思ってた」
「そうなんですか」
なんか長くなりそうな気がするわ。
「マナミくんと同学年は、お兄ちゃんのほうよ。そうよ、マナミくん。マナミくん推薦で国立大付属の泰緑武高校入ったのよね。うち成泰は一般で山留高校がやっとだったわ。私立よ、私立。それも二次募集でよ」
ママ、ナイス!
「推薦っていっても、マナミはスポーツ推薦よ、スポーツ推薦。頭は空っぽだから。私立でも、成泰くんは頭が良いから」
よし、この隙に離脱よ。