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メガネ属性疑惑の検証

◆今回の登場人物

【従業員】テンパリババア

【脳内彼氏】オールキャスト(総勢6名)

「ねえ、これって何秒チンするんだっけ」



 揚げ物作業しかまともにできないはずのテンパリババアが、レンジアップの必要な揚げ物の温め時間を私に訊いてくる。てめえついさっきも同じヤツ普通に揚げてただろうが。ガチのアルツハイマー発揮してんじゃねーわ。


 どうせろくに聞かないであろう文句をしまい込んで、私はババアから揚げ物の入った袋を受け取ってパッケージを確認する。そう、ちゃんと袋に書いてあるのだ。時間をド忘れしたらそこを確認すればいいという考えは奴の頭に備わっていない。


 時間を確認した私は、ババアに袋を返しながら親切に教えてやる。



「1分ですね」


「50秒ね」


「そうですね」



 ――ではここでクエスチョンです。今のやりとりの矛盾点をお答えください。


 回答例その1。1分は60秒であることくらい知っていながら、私がその間違いを指摘していない。


 回答例その2。二人とも算数ができていない。


 どちらも正答と言えるが、実は真実に最も近い答えはこれらとだいぶ違う。


 実際は、最初からババアは50秒でチンすることしか頭になく、私が違う秒数を答えようとどのみち50秒でやるつもりだった、というのが正解。



(めんどくせえ…)



 無駄な時間を付き合わされたのだから、揚げ物に関するクレームのフォローをババアに頼まれたって意地でも無視するわ、と決め込む私だった。







            *   *   *




 そもそもの人数が多すぎることはさておき、私の脳内彼氏達のメガネ率の高さは異常だ。今のところメガネを掛けていない人がたった一人しかいない。


 私はメガネ属性なのだろうか。メガネの似合う男性ばかり好んでいる自覚はないけど、現状から推察するにその可能性があまりに高すぎる。


 彼ら一人一人のどこを気に入っているのか、軽く検証してみることにしよう。気に入った決め手がメガネ、という結論が多ければ、私はメガネ属性であることを認めるつもりだ。




【イケボ氏の場合】


 まずはメガネじゃない人からだ。この人のメガネ姿は想像するしかないけど、試しに思い描いてみよう。


 ……うん。ないわ。かなり失礼な言い方をすると、生理的に無理。おそらくそこまで拒否反応を示してしまうのは、個人的に特別な事情を抱えている私だけだ。


 この人の風貌は、どことなく別れた旦那に似ているのだ。体格とか、背中の丸さとか。そこにメガネなんて掛けられてしまえば、普段からメガネだった元旦那により一層近くなってしまう。


 似合う似合わないは別として、この人はメガネじゃなくていい。そう結論づけるまでの間に商品のスキャンを終えた私は、支払いをする準備をとっくに整え終えた彼に金額を告げる。


 そうすると彼はいつも、もっさりとした動作でそれを差し出し、その動きにそぐわないほどの凛々しい声で言う。



「カードで」



 くあああああいつもありがとうございますううううう!


 ルックスだろうがメガネだろうが、唯一無二の重低音ボイスさえあれば何も気にならない。




【カラアゲさんの場合】


 今日の揚げ物は、カラアゲとフランクフルトとコロッケね。大抵のお客さんにはケチャップ一つとソース一つでいいかとしか確かめないけど、この人の場合は質問を工夫しなければならない。



「ケチャップとソースはいかがなさいますか」


「じゃあ、ケチャップ三つで」



 …そうきたか。


 カラアゲは基本何も付けない。フランクフルトはケチャップ。コロッケはソース。普通のお客さんにはそれを前提に確認をし、付けるか付けないかだけ確かめている。


 それがどうやら、彼は三種類ともケチャップだそうだ。



「コロッケもケチャップなんですか?」


「そうっすね」



 そうっすね、ときたか。普通に考えて、コロッケにはソースっすね。


 これを頼む時もケチャップなんだろうか、と彼の嗜好を考えるのが楽しくなってきて、揚げ物の新商品の告知が出るたびに私はわくわくしてたりする。


 ……あ、メガネのこと忘れてた。似合ってると思うよ、うん。なくても面白さは変わらないだろうし。




【ガードマンの場合】


 メガネなんてさておいて、この人は某お笑い芸人に物凄く似ている。



「似てるってよく言われません?」


「すげー言われる。正直かなり嫌」


「ちょっとメガネ外してもらえます?」


「ほい」


「うわ、似すぎ」


「やっぱなー」


「メガネやめてコンタクトにしたら、そっくりさんで定着してちやほやされるんじゃないですか?」


「嫌だわそんなの。ぜってーメガネはずさねーから」



 断固としてメガネはやめないそうなので、この人に似合う似合わないの判定は無意味だ。


 彼とはこんな風にラフな会話ができるのが楽しいだけなので、よりそっくりさんに近くなるかどうかは私にとって割とどうでもいい。




【キャップの場合】


 ツナメさんが訪れる時間帯に差し掛かると、私は目に見えて落ち着きがなくなる。レジに立ちながらしきりに入口を気にして、ツナギを着たメガネの男性の姿をいち早く捉えようとそわそわしはじめる。


 ……はっ!ツナギとメガネと……って、キャップ!またお前か!


 どういうわけか、彼が来店する時間はツナメさんと被るのだ。社名の刺繍が施されたツナギを着ているから、ツナメさんと違う職場であることは明らかなのに、不思議だ。


 しかも被っているのは帽子だけじゃ――じゃなくて、時間帯だけじゃない。愛用している煙草もツナメさんと同じなのだ。なんて紛らわしい。これでレジにカレーパンでも持ってこようものなら、彼に向かって「パクんな!」と抗議する用意はいつでもできている。本当に言うわけないけど。


 ツナメさんとの共通項が豊富なキャップだが、彼自身は割と特徴的なところがある。



「年齢確認のタッチお願いします」



 酒や煙草を購入する際にレジの画面に表示されたボタンを客に押してもらう、個人的に言わせてもらうと面倒な年齢認証のやりとり。特別風変わりなことなどそうそう起こらないのだが、彼に限ってはこの時の所作が独特なのだ。


 中指の先で画面に優しく触れ、すっと離す。バレエやフィギュアスケートなんかでよく見られる、指の一本一本まで表現を込めた手つきで、ほんのわずかだが余韻まで残す。言葉ではうまく表現しきれないが、たかが画面のタッチで彼はそんな独特な一面を見せるのだ。


 風貌はそんな所作に似つかわしくないほど男性的なのに、手だけは細くしなやかで女性のようだから、またその所作が似合うのだ。所作も含めて、彼の手の美しさは常連客の中でも断トツである。メガネは特に気にしたことがない。手ばっかり見てるから。




【本命と+αの場合】


 今日のツナメさんは、明らかにお疲れのご様子。いつもより買い物の時間が長いし、しきりに生あくびをしている。


 ああ、メガネの奥のタレ目が眠そうにさらにとろんとして、可愛らしいことこの上ない。眠くて頭がぼーっとしてるのかな。珍しく買うものを決められないまま、同じ所を行ったり来たりしてる。あなたを眺めていられる時間が長くなればなるほど、私は幸せでございます。


 心の底から笑顔を湛えて見守る私の視線の先で、ツナメさんは一際大きくあくびをした。いつも美しいほどにしゃんと背筋が伸びている彼は、気怠げにわずかに背を丸めて目元に手を持ってくる。


 そしておもむろに、メガネを外した。



(ふおおおおおお!?)



 やばいやばいやばいこれはマジでやばい破壊力が尋常じゃない普通に死ねる天に召される…。


 とにかく、メガネを外したツナメさんは凄まじくかっこよかった。なのに子供みたいに眠そうに目を擦ったりするもんだから、殺人的に可愛かった。


 彼の新たな一面を見るたびにこんな調子で興奮してたら、私はいつか鼻血吹いてぶっ倒れることもあるんじゃないだろうか。そうなったら彼はきっと、おろおろしながらも心配して私を助け起こしに――



「……?」



 ……あ、また不思議そうな目で見られてしまった。そういえばシャイ君もいたのすっかり忘れてたわ。ごめんね。


 ああもう、ただでさえくりっと可愛らしい目をさらに丸くしちゃって、ますます可愛い。君もメガネ外してごらんなさいよ。超絶美少年ぶりがさらに増すに決まってるわ。


 この二人はお互いのメガネを外した姿なんて、やっぱり見慣れてるのかしら。もちろんそうに違いないわ。メガネも素顔も何もかも、滅多に他人に見せない相手の一面を二人は誰よりも知ってるの。そう、二人はどんな一面だろうと恥じらわず何もかもさらけ出し合っては――



「……」




【検証結果】


 メガネ属性である可能性は限りなく低いが、紛れもなくド変態であることは証明するまでもなかった。

6人も詰め込んじゃいましたが、アバンを除けばなんと3000文字で収まっちゃいました。このコンパクトさを追求したかったのです。内容がしっかりと凝縮された濃いものに仕上がっているかはまだ自信を持てませんが、シャイ君をオチに頼ってしまう辺りまだまだですね。

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