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今日も元気にストーキング

◆今回の登場人物

【従業員】お姉様、店長

【脳内彼氏】ツナメさん

「ちょこーっと、行ってきていい?」


「いいですよー」



 ああ、お姉様。その人差し指と中指を口元にあてる仕草、様になりすぎてていつも惚れ惚れします。電子煙草派になったから、もうその仕草で煙草吸うわけないと思うのですが。


 とっくに休憩時間を消化しきったお姉様が、こうして短い煙草休憩をしたがるのはもはや恒例。煙草を吸わない店長はお姉様のわがままを許可しない時もあるけど、幸い店長はまだ…。



「あ」「あ」「あ」



 三人分の「あ」が綺麗に重なる。煙草を取りに事務所に行こうとしたお姉様と、いつの間にか出勤していたらしい店長が鉢合わせてしまった。


 どうしましょう、お姉様。店長は煙草休憩を許してくれるでしょうか。


 普段から店長を「お母さん」と呼ぶお姉様は、極上の笑顔でおっしゃいます。



「あらお母さん。今日もとてもお美しいですね」


「あらそーお?」


「一服してきていいですか?」


「いいわよー」



 さすがでございます、お姉様。







            *   *   *




 一昨日は来なかった。昨日も来なかった。


 だとすると今日来店する可能性は、残念ながら割と低い。



(あー…テンション下がるー…)



 仕事が終わるまで、あと一時間ちょっと。この時間帯を過ぎてしまえば、もうあの人が来ないのは確定だ。


 帰宅ラッシュもとうに越えて、客は誰一人いない店内。夜の便で納品された商品の品出しを気怠さ全開で黙々と進める私。店長はドリンクの品出しをしに、ウォークインに籠もりきり。


 気を配るべきは、入店チャイムの音に耳を澄ませておくことと、背後の気配に神経を張らせておくこと。先に作業を終えた店長に後ろから忍び寄られて、冷房の効いた作業場で冷え切った手を首筋に当てられてビクッとなるのは、今日こそ回避してやる。正確に数えるのは諦めたが、連敗記録更新中だ。


 いや、店長と私の密かな攻防なんてどうでもいい。問題はあの人が来ないことだ。


 この時間帯に訪れる、白のツナギに黒縁メガネのお兄さんに、私は片思い中。好きすぎて、気になりすぎて、彼が買っていったのと同じものを買う、なんて遊びを楽しんでたりする。


 はい。どう考えてもストーカーです。本当にありが――



「――いらっしゃいませー!」



 油断してた。チャイムに気付くより先にいらっしゃいませが言える習慣が身についていると、ぼんやりしていた今みたいな時に割と役に立つ。


 チリンッ。



(はっ!煙草!)



 半分寝ぼけ気味だった頭が、小ぶりなベルの音に反応して一瞬で覚醒する。アニメで表現するなら、私のこめかみから一筋の電流がぴしーっと走ったことだろう。私は新人類でも何でもないけど。


 入店早々にレジ横の煙草を選び取って、ドリンクの売り場に直行する。あの人の行動パターンと一緒だ。商品棚二つ分向こうからかろうじて見えるあの髪型と背丈、歩く速度なんかも、まさしくあの人。



(もしかしてもしかして…!)



 はやる心を抑えて、ドリンクの棚からいつものエナジードリンクを取る人影を棚越しにじっと見つめる。はっきり見えないのがもどかしいけど、あの白っぽいシルエットはおそらく間違いない。


 ぱたんとドリンクの扉を閉めたその人は、今度は野菜ジュースが並ぶ棚に向かおうとして、私の視界に姿を見せる。



(きたー!!)



 やはり彼だ。訪れる時間の正確さは時報クラスの彼にしては、珍しく少し遅い来店。だだ下がりだったテンションがもう上がる上がる。


 どれだけ脳内がお祭り騒ぎだろうと、所作はあくまで清楚に優雅におしとやかに。私は何食わぬ顔で品出しに区切りを付けたふりをして、膝をついて作業していたズボンの埃を軽くはらい、落ち着き払ってレジへ。


 さーて、今日はどの野菜ジュースかな?最近のローテから考えて、そろそろ私の一番苦手な……あー、やっぱりそれか。野菜の青臭さが強すぎて、飲みにくいんだよなあ。まあ、どのみち真似して買うんだけどさ。


 煙草と、エナジードリンクと、野菜ジュース。今日の買い物はこれでおしまいかな。残念ながら紙煙草派の私が真似できるのは、いつも煙草以外の飲み物類ばかり。


 前は頻繁に買っていたアレも選んでくれたりなんかしたら、テンション上がるし今日の夜食に最適――



(……ひょ!?)



 どれだけ脳内で奇声を上げようと、私のポーカーフェイスは崩れない。それでも私は内心で興奮せざるを得なかった。


 そのままレジに来るかと思っていた彼は、パン売り場を目指した。私の期待が最高潮に高まる。私が発注を担当している品揃え豊富なパンの棚の前に立った彼の視線は、どれを買おうか迷う動きなど見せない。


 その日によって選ぶ物が違う野菜ジュースや、時々買ったりするお菓子なんかとは違う。彼がパンの棚を眺める時の視線の動きは、確実にお決まりのものを探している。



(……いよっしゃあああ!ひっさびさきたあああああ!)



 彼がそのカレーパンを手にした瞬間、私は内心で全力のガッツポーズをする。


 理由はわからないけど、この人はカレーパン以外のパンに手を付けない。人それぞれ、パンといえば甘い菓子パンしか食べない、逆にごはん代わりになる惣菜系のパンしか食べない、そんな風に好みの傾向が分かれるのは納得できる。


 それが彼の場合は、カレーパン一択なのだ。謎すぎる。それしか選ばない理由にめちゃくちゃ興味がある。どうしてもその真相を知りたいけれど、気さくに話しかける勇気のないシャイな私は、彼のことを「カレーパンの人」と陰で勝手に呼ぶだけで済ませている。


 ああ、さすがはカレーパンの人。ここ最近買わなくなったからカレーパンの人じゃなくなるかもなんて思ってたけど、今宵伝説は再び蘇った。私は何を言ってるんだ。


 レジに向き直って私と目を合わせた彼の、いつものクールフェイスをエンジェルスマイルでお出迎え。



「お預かりしまーす」



 煙草、エナジードリンク、野菜ジュース、そしてカレーパン。そつなくレジに登録し終えて、金額を告げる。他の客相手には到底使わない、格別のよそゆきボイスで。


 それが私の普通の声色だと思い込んでいる目の前の彼は、何の疑問を抱くことなく財布を開く。ああ、お願いだからおつりの必要な金額を出してちょうだい、お兄さん。レシートいらない派のあなたの手に触れる回数が、お金を受け取る一回だけの時と、おつりを渡せる二回の時とでは、退勤までの私のモチベーションが段違いなんだから。


 変態思考に染まりきったまま手早く袋詰めを終えようとしていた私の前に差し出されたのは、紙幣でも小銭でもなかった。



「カードで」



 不覚にも、反応が遅れた。



「…あ、はい。カード払いですね」



 焦った。いつも現金払いの人だったから、カードで払うことを想定してなかった。落ち着け私。クレジットだろうがクオカードだろうがクーポンだろうが、レジ打ちほぼ完璧の私にとって造作もないわ。現金以外は確実に手間取るどっかのババアじゃないんだから。


 余裕の表情を変えることなくカードをスキャンして、客層キーを押して、レシートの出力を待つ。クレジットカードでの支払いはネットワーク通信の時間を要するため、レシートが印字されるまで若干のラグがあるのだ。



(だから……絶好のチャンス!)



 1秒もかからないわずかなラグの間にできる、ちょっとした不貞行為を実行に移す。



(TSUNAME……ツナメ、かな?)



 しっかりとそれを目に焼き付けて、レジから吐き出されたレシートにカードを重ねて、にっこり笑って両手で丁寧に彼に差し出す。



(苗字しかわかんなかったけど、大収穫だわ)



 大抵はフルネームだけど、苗字しかカードに印字しない人もいる。どうやらこのお兄さんは――ツナメさんはそういう人らしい。


 よいこのレジ従業者のみんなは、あんまり真似しちゃ駄目だぞ?


 はい。どう見ても個人情報保護観念に抵触する行為です。本当に――



「ありがとうございましたー!」



 ええ、色んな意味で。

ツナメ、という苗字は実際にあるのだそうです。調べてみたところ「綱目」という苗字の方が日本に二桁ほどいらっしゃるそうな。

もちろん実際のツナメさんがそのうちの一人なんてことはありません。そう断言できる根拠は、あえて伏せます。節操のない店員で本当にごめんなさいツナメさん。


ゆるいと前置きしておきながら、想定外にしっかり書いてしまいました。予定ではもっとコンパクトにまとめられるつもりだったのですが、ツナメさんが絡んでしまうとどうも本気出したくなるようで。むしろ端的にまとめられる力量が不足している証拠ですね。以降は詰め込みたい要素をいかに短く表現できるかを課題にしていこうと思います。

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