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妄想警護の依頼は可能でしょうか

◆今回の登場人物

【従業員】お姉様

【脳内彼氏】テンさん、ガードマン

「…………む」



 習慣付いた動作にほんの少しの違和感を覚えて、私は押し込もうとしたレジのドロアを見下ろした。


 ちょうどそんな私の後ろを通ろうとしていたお姉様は、私が声を上げたのに気付いたらしく、横に来て尋ねてくる。



「どうしたの?」


「いや、なんか、レジの締まりが悪いなーって」


「ああ、万?」



 お姉様の返しに軽く考え込んだ私は、ほどなくしてピンと来て、ドロア内のトレーを一つ取り払う。普段は「万券」や「万札」という言葉に慣れていたから、あまりにも略しすぎた「万」が一万円札のことだと気付くのに時間がかかったのだ。


 レジのドロアが締まりにくくなったのは、一万円札が原因ではないだろうか。さっきのお姉様の短い言葉は、そういう意味だ。



「ああ、そうみたいです。いっぱいになっちゃってトレー浮いてきてました。抜いておかないとですね」



 高額な公共料金の支払いに立て続けに応じたから、一万円札がかなり貯まってしまっていたようだ。そのせいで浮いたトレーがつっかえて、締まりにくくなっていたらしい。防犯上、レジに入れた売上金はこまめに金庫に移さないと。


 ドロアからお札をごっそりと抜いて枚数を数え始めた私に、商品整理をしに売り場に出ながらお姉様が話し掛けてくる。



「なんか今の会話さ、割とアウトだったね。マンだの締まりが悪いだの」



 おかげで数がわからなくなった。変なこと言わないでください、と私は苦笑いで返して、気を取り直してお札を数え直す。


 まだ店内のあちこちに男性客がいるというのに、よくもまあ堂々とそんな台詞が言えたものね。ほら、聞こえてたらしい何人かの顔が引きつってる。


 でも私は、そんなお姉様に心底呆れたりなんてしない。むしろ尊敬どころか崇拝すらしてるわ。万物の事象を下ネタに繋げられるお姉様は、私のエロ師匠よ。


 空っぽになった万札入れにトレーを戻し、ドロアを押し込む。がちゃん、とスムーズに締まって、気分爽快な笑顔で報告。



「お姉様。マンをヌいたら締まりがよくなりました」



 店内のあちこちで商品が床に落ちる音がした。







            *   *   *




(はわわわわわわ可愛い尊い儚い折れそう幸薄そうううううう……!)



 脳内彼氏のニューフェイス、テンさんに近頃の私はすっかり夢中。


 凛々しいお顔に長身痩躯。マネキンかってくらいキープされた無表情の、特にその薄い唇がもうたまらない。おそらくそんなに歳はいってないんだろうけど、気にして染めたりはしないらしい半分近く白髪の混じった髪が、むしろ大人の色気があって本当に素敵。


 苦労人キャラ。薄幸美人。私はテンさんをそんな風に例えて、脳内でとてつもなく労って手厚くもてなして愛でている。



「ありがとうございましたー!」



 会計を終えて店を出て行く、疲労感がたっぷり滲んだ猫背を見送る。お仕事お疲れ様。今買ったお酒で晩酌して、ゆっくり休んでくださいね。


 ……なんて言ってくれる人が、家で待ってたりするのかな、テンさんは。いてもおかしくなさそうな人に見えるけど、出来れば独り身であってほしいなあ。



「いや、いるんじゃね?」


「そうですかねえ。結構な頻度で晩ご飯買いに来ますよ?」


「でも酒二本買ってったじゃん」


「二本飲まないと物足りない人なんですよ、きっと」


「都合良すぎ」


「そうですよねえ…………って、あれ?いらっしゃいませ?」


「なんで疑問系なんだよ」


「いや、あまりにも絡みが自然すぎて」



 いつから心の声を口にしてしまっていたんだろう。いや、いつからレジの前にいたんだろう。まあ確かめても仕方ないから、気を取り直して私はガードマンの会計に応じる。


 二日に一回は来てくれるテンさんとは対照的に、ガードマンが来るのは本当に久しぶりだ。たぶん顔を見たのは数ヶ月ぶりくらいになる。まあ、職場も家も隣町らしいし、滅多に立ち寄らないって知ってるからいいんだけど。


 ともあれ、リアルだろうと架空の話だろうと、レアキャラに遭遇するのは嬉しいことだわ。それが脳内彼氏達のうちの一人なら、なおさらね。



「彼氏『達』って、何人いんの?」


「んー。今のとこ6人かなあ。あ、さっきのおじ様も入れたら7人ですね」


「多すぎ。節操ねーにもほどがある」



 …………ん?


 ちょっと待てウェイト。私、今、ガードマンを前にして「脳内彼氏」なんてワード、口にしてなかったはずよね?あの、まさか、考えてることを無自覚に口にしてしまうやばい人になったとかじゃなくて、私の心を読んでやしませんかガードマンさん。



「定員オーバーは見過ごせねーな。もう少し人数絞れ」


「ふぁっ!?なななな何をおっしゃるの急に!?」


「自力で人員整理できねーなら手伝うぞ。仕事柄、誘導は得意だ」


「私の妄想なんかで警備員魂燃やさなくて結構なんですけど!?」


「うるせー、腹括れ。関わりの薄いヤツから順に候補から外していけ」


「それでいくと真っ先に除外されるのが貴方なんですが!!」


「そうか。じゃあまずは俺から」


「のええええっ!?お願い待っていなくなっちゃらめえええええぇぇ!!!」













「――むはっ!?」



 変な声が出てしまったけど、どうやら夢を見ていたらしい。会計に来る客を待って、レジの前に立ったまま。


 そりゃ居眠りもしちゃうわ。今日で13連勤目だもの。シフトの都合で週一の休みに出勤させられて、明日がようやく二週間ぶりの休み。ああ、早く帰って泥のように眠りたい。



(それにしても……変な夢見たなあ)



 もう何ヶ月も顔を見ていないガードマンの登場は素直に嬉しかったけど、なかなか不吉な内容の夢だったわ。脳内彼氏の話を出されたり、ガードマンがその面々から除外されそうになったり。


 まあ、人数がいっぱいになってきちゃったのは確かなんだけど。ツナメさんは殿堂入り枠だから別として、それ以外の人達はあまり特別扱いしないようにした方がいいかもしれない。


 節操がない、なんてガードマンに言われたことだし、さすがに自制を心がけないとね。たかが夢の話といえどね。



「――いらっしゃいませー」



 いつもの掛け声のトーンが、無意識に若干高くなった。だってそろそろ、テンさんが来るいつもの時間なんだもの。


 自制だのなんだのもっともらしいこと考えながら、早速これよ。そういう時は大抵、お目当てとは違うお客さんが来るのがお約束――



「パパー、アイス買ってー」


「ダメ。家にまだいっぱいある」


「今食べたいのー」


「ダメ」


「えー」



 ほほえましい、男の子とお父さんの会話。普段ならそんなやり取りを交わしながら入ってきたお客さんを、素直ににこにこしながら眺める私は、すっかり目を丸くしてその二人を見つめた。



(……そっか。子供、いたんだ…………ガードマン)



 どことなく寂しさを覚えながら、長身で頼もしい出で立ちのガードマンと、そんな彼を懸命に見上げて歩くやんちゃそうな男の子を、私は遠巻きに眺める。


 息子さん、お父さん子なんだなあ。すっごく可愛いし、奥さんはさぞかし綺麗な人なんでしょうね。男の子の顔は、お母さんに似るってよく言うもの。


 夢だと思っていたけれど、本当に脳内彼氏から除外せざるを得なくなっちゃった。さすがに家庭持ちであることがわかった人相手に、色目を使うわけにいかないわ。いくら節操なしとはいえ、そこだけはしっかりとわきまえますよ、私は。


 特別な何かを、特別な誰かを、警護するのが生業のガードマンが相手じゃ、なおさらね。

これで「坊やが大人になったらお嫁さんになってあげるね」だとか「お姉さんと仲良くパパを分け合いっこしようね」だとか脳内で語りかけようものなら、奥様セキュリティが発動して父子ともどもしっかりガードされる展開となったことでしょう。

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