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影法師  作者: 鈴草
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童子様の問いかけ 後編

 高天原への道を開くために、多くの学者クラスが頭を悩ませている答えを、何故童子様が知っているのかなど聞く気はない。童子様はたぶん「生まれた時点で知っているから知っている。それだけのこと」だと、本当にそうなのか、はぐらかされているのか分からないような回答をするだろうし。

 まぁ、今回の件は答え合わせができるから、学者泣かせかもしれない。


「俺のあげる『不可欠な要素』は3つ」


 穂澄は机の側に腰を下ろし、童子様を抱きかかえて自分の横においた。二人の前にタブレットを置き、ノートパッドに記述しながら穂澄は話をつづけた。


「一つ、血縁者あるいは地縁者の選定。

 一つ、信仰対象の変更。

 一つ、儀式を行う術者、この場合神主の選定が必要なこと」


「穂澄がこれらが要素だと考えに至った、それぞれの理由を聞こうか」


 タブレットに顔を向けつつ、視線だけを穂澄に投げてきた。その表情は童子様のものでなく、依り代のものに変わっていた。童子様曰く真顔らしいが、正直、人形の目が勝手に動いてるようでちょっと怖い。


「血縁者あるいは地縁者の選定。これは簡単に言うと『人柱』だ。人が人ならざる力を求めて儀式を行う以上、代償が必要になる。中つ国の神に関する儀式なら、中つ国に住む人でなければならない。加えて、代償として利用しやすく、比較的簡単に準備できるのが「血」だと考えた。人間が妖を呼び出すときも代償として、召喚者の身体の一部が必要だ。加えて、神は妖より格上の存在。血縁関係があるなら別だけど、髪や爪とかより、もっと直接的に生命維持にかかわる部分の供物が必要だと思う。かといって、人を殺すなんてできないし、臓器を捧げるなんてこともできないし、ということで血を候補にあげた。

 つまり、貢物程度じゃ代償不足、最低でも子々孫々中つ国に住む一族で、一定量以上の生き血が必要だろうってこと。」


「血という観点からの切込みは悪くない。妖にとって術者の身体の一部と血の組み合わせは、もっとも強力な呪縛となって抗えない鎖となるんだ。

 私に関して言うならば、穂澄は私の製作者の正当な子孫だからこそ、私の能力の恩恵を受けることも、私の知識にアクセスすることも代償なく行える。それが製作者及び正当な子孫の権利だ。ただし、答えるかどうかは私次第だし、子孫では私に命令権は本来ない。

 穂澄は私に新しい依り代を作っただけでなく、依り代の中に血と、穂積の血を染み込ませた親知らずを埋め込んだ。二つの代償により、私に対して製作者と同じだけの支配権を手に入れることができたんだ。」


 穂澄は、親知らずが生えてくる前に歯茎を切開して取り出した。生爪や眼球など、まだ生きている部分を切り取った代償は特に効果が高い。伸びたから切った髪や爪、生え変わりで抜け落ちた乳歯だと、高位の妖だとゴミと判断されかねない。生きるために必要な部分ほど、生命力や妖力が詰まっているためだと童子様は穂澄に教えている。

 加えて、家付きの妖用に採血が認められているため、童子様のために生き血を抜いて、血染めの布で親知らずを包んで人形に埋め込んでいた。


-作っているときは、悪魔召喚の儀式をやってるんじゃないかと気が気ではなかったけど……。

-何気ない質問も他愛ない会話も、依り代を作る前と同じぐらい対応してくれてたから気にしてなかったけど、そんなに呪術的に強力な依り代だったのか……。


「では、次の要素の理由を聞こう」


 童子様は音もなくタブレットに書かれた二つ目の項目をたたいていた。やわらかい依り代だったので、音が鳴らなかったようだ。真顔ではなくなっていたので、ただの愛くるしい動作にしか見えない。


「二つ目は対象の変更。この国の文学作品を読んでて気が付いたことだけど……。

怒らないで聞いてね。この国は本来多神教であれ一神教であれ『神』といわれる存在は、存在しないんだ」


 童子様は何も言わず、うなずきもせず穂澄を見つめ続けた。その視線に怒りや戸惑いなどはなく、どことなくやわらかい、孫を見るような視線だった。

 少し見つめあったのちに、いつも通りの口調と声音で童子様は先を促した。


「かぐや姫や浦島太郎、桃太郎、天の羽衣、傘地蔵とか、神様なんて出てこない。中には七福神やカラス天狗、稲葉の白兎といった神や神の使いは出てくるものの、古事記時代の話だったり、仏教や道教が輸入された後のよその国の神を組み合わせて生み出された話だ。

 でも、五穀豊穣やはらえといった神事は行っている。逸話と神事に乖離がみられる。この乖離から予想されるのは、平民にとって神は存在せず、支配者階級には神が存在するという仮説だ」


 ちらっと童子様を盗み見てみるが、童子様はじっと穂澄を見つめ、話を聞いている。その雰囲気はなぜかやわらかいままだった。


「平民にとって神事や神は、大それたものじゃなく、あくまでも「日常の延長」でしかなかったんだ。極端に言ってしまえば、「事象の擬人化」を行っていただけ。適度に雨が降った-ありがとう。食器で食事ができる-ありがとう。病で死んでしまった-病が恨めしい。その程度だったんだろうね。

あらゆるものにあらゆる顔があるとして、物事を擬人化すなわち神と言い換えていたに過ぎないんじゃないかって。神が何らかを司っているのはここから来たんだろう。

 そこに、ややこしいことに「言霊」が交わったから歴史が変わったんだと思う。妬み嫉み恨みつらみねたみそねみうらみつらみ、感謝崇拝尊敬博愛を何千何万単位の人が一つの事象に対して口にしたことで、強力な魂を手に入れることができた。『自然』を依り代とした付喪神といってもいいと思う。

 一方で、支配者階級にとっちゃ便利な存在だったんだ。気まぐれに神は災いを起こす。鎮めるために色々やってやるってね」


「今までの穂澄の内容は、神の発生に関してだな。しかも、神がいないなら高天原の存在すら否定してるぞ。対象の変更が高天原への道を開く要素だという仮説はどうなったんだ」


 ひらひらと手を振る童子様に言われて、ひどく脱線していたことに気が付いた。息を整えつつベッドに寄りかかりながら、また話し始める。


「ごめん。「言霊」の性質を最大限に利用して生まれた『事象の擬人化』の究極が、『宇宙の擬人化』天御中主尊あめのなかぬしのみこと、『創造概念の擬人化』神産巣日神かみむすびのみこと高御産巣日神たかみむすびのみこと造化の三神ぞうかのさんじんだと思う。この三神だけは高天原から降臨した記録も、高天原内ですら移動した記録も残ってないから、高天原にはこの三神しか残ってないんじゃないか。造化の三神、正確には天御中主尊の魂がいる場所こそが高天原だといえると思う」


「つまり、天照大神たちがかつて住んでいた場所を高天原とするのではなく、天御中主尊自体を高天原だとするわけだな」


「長々と語ったけど、そういうこと。『高天原という場所』の存在は否定するけど、『高天原たりえる要素がある場所』の存在は肯定するってことね」


 指をピンと立てて、童子様はきりっとした顔で問いかけた。


「のちに天照大神が高天原の管理を引き受け、今もなお高天原で管理人として活動しているはずだ。邇邇芸命ににぎのみことに持たせた天照大神のご神体、八咫鏡を使えば直接やりとりできるんじゃないか」


「覚えてるかな。三種の神器とゆかりのあるご神体、地域でも天照大神は答えなかったって。事情は知らないけど、天照大神は対応しないこと。地上に天岩戸と思しき逸話が多数存在するから、記録には残ってないけど降臨していた可能性がある。とすると、天照大神は今もなお高天原に居るとは言いがたいよね。

 それに、天照大神は岩戸隠れの前例もあるし、高天原の管理に加えて中つ国の対応もってなると、セカンドハイド待ったなしじゃないか」


「ストレスを爆発させたら中つ国が面倒くさいことになるってことだな。組織のおさに気難しい神がいるって大変だよな」


 童子様はやれやれといいたそうに身振りをし、足を組みなおした。仕切り直ししたということだろうか。穂澄にまた柔らかいまなざしを向けて語り始めた。


「対象の変更は、まぁいいだろう。結果論で話を進めた部分もあるが、事実だしな。神の発生に関しては、少々ツッコみたい場所もあるが、今はそれで構わない。別に学会に発表するような、大それた論文を執筆するわけじゃないしな。

 個人的には天御中主尊に着目したことを評価したい。『暇な神』と評されることもあるが、中つ国だけでなく、高産巣日神と高御産巣日神を始めとしたすべての神と出来事を見届けてきた神だ。生き字引といってもいい。それに……まぁ、悪くない」


 童子様にしては、珍しく歯切れの悪い発言だった。

 童子様が歯切れが悪いときは、大体が童子様の過去に何らかの関係があることを指している。天御中主尊が童子様と何の関係があるのだろうか。


「で、最後の要素。術者の選定に関して聞こうか」


 最後の要素に関して話す時が来た。これは正直、他の二つと比べて話すことがほとんどない。すぐに終わってしまうが、童子様は納得するだろうか。


「最後の要素、術者の選定。これは簡単に言えば、謂れはなんでもでもいいから儀式の対象になってる神と関係がある人物が望ましい。

 理想を語るなら「血縁関係の謂れをもち、その土地に長く住んでおり、神職についていて、神事に詳しい重要人物」なんだけどね」


「多くの論文でも、なるべく理想に近づけたか要素をいくつかもつ人物に頼んだと思うけど、穂澄は誰が適切だと思ってるんだ。その顔は知ってる人だろう」


 童子様は既に分かっているようで、確認の意味を込めて聞いている体だった。童子様の思い描く人物と穂澄の思い描いた人物は一致しているはずだ。


「一方的に、だけどね。陰陽師以上に神事の儀式に詳しくて、ほぼ確定で神の血縁をもつ人物なんて一人しかいないし、ある意味最強の術者がいるじゃないか」


ー今上天皇陛下、御方ただひとりだよ。


「さらに言えば、現代に伝わる大本オリジナルの三種の神器も本来の所有者は天皇陛下だ。血はさすがに無理でも、血縁関係者なら御髪でもギリ代償になるし、中つ国自体が天皇家の家なんだから地縁もばっちり。

 可能かどうかは別として、高天原への道を開くために欠かせない要素で尚且つ、もっとも理想的な組み合わせだと言いたい。

 童子様の『高天原への道を開く不可欠の要素を考え、俺の理想の組み合わせ』は、今上天皇陛下を術者とし、代償として今上天皇陛下の御髪を捧げ、天御中主尊に祈祷することじゃないかと思う」


「『みかどの御髪』なんて倫理的な問題に更に不敬罪が適応されかねんな」


 笑いながらの発言には呆れも含まれているように思う。

 実際にこの考えに至った研究者も多くいるだろうし、実際にいたのだと思う。ただ、相手が悪かった。童子様のような陰陽師の知識を根底にもつ、儀式に詳しい妖にでも「これでいいか?」と答えを聞かないと、うまくいくかは分からない。

 結果的に時間の無駄とは言わないが、学術研究の一環で、として何度も協力していただけるようなお立場の方ではない上に、直系の子孫であっても時が経ちすぎている。最低でも、天照大神からすれば15‐20万年、天御中主尊からすれば『億』単位の年月が経っている。

 それだけの時間が経っていれば、血は薄まりすぎて他人だと言われても文句が言えない。神との対話が成立したときのリスクを鑑みても、奥の院の大臣おとどが許すわけがない。

 

 現実的に、童子様ですら「私と同じような儀式に関する知識をもっている妖は知らないな。妖術や呪術と儀式は根本から異なる。儀式の性質上、家単位村単位での人数が必要なものばかりだ。妖に置き換えれば最低でも百鬼夜行が必要になる。そういう事情から、陰陽師にでも使役されていた経験がある妖以外には『人間の集団奇行』程度の認識だ」とのこと。

 妖も種としてある程度の数が存在するため、その中から陰陽師に使役された経験のある個体を見つけるのは至難の業だ。加えて、もし経験のあった妖であっても、一度消滅すれば「妖としての本能」以外すべてリセットされる。童子様のように、本体を修繕してくれるか新しく依り代を『男系子孫が』作るなどしなければ、物理的寿命で消滅してしまう。本体を破壊されなければ、永遠に存在し続けられる付喪神にとっては『難儀な体質』らしい。


「まぁ、今回の考えは及第点としておこうか。何処とは言わないが、ツッコみたい場所もあるし私の経験と知識でほぼ否定できるところもあるけど、別に論文にして発表するわけじゃないしな。

帝が関わるため、実行も現実的じゃないし。今回の穂澄の回答はなかなか面白かったぞ」


「教授に聞いたり、調べまくったりして、それでも童子様を満足させられなくて残念だ」


 二人して笑い、「夕飯の準備をするよ」と穂澄は部屋を後にした。童子様はタブレットをしまい、さっきまで穂澄が座っていたベッドにダイブする。

 依り代であるため、息を吸ったりはできないが、真似事はできる。ぐっと体を伸ばして脱力する。考えていることは、さっき言い淀んでしまったことだ。


「……穂澄にはバレただろうな。濁してしまった内容は私に関係があることを。天御中主尊と何らかの関係があることを。……穂澄はどう思うだろうな」


--天御中主尊の欠片を基に生み出された『超絶劣化版・天御中主尊』が私なのだと--


「私の大本の神は今もなお、高天原におわすのは感じて分かっている。そして天照大神を筆頭とした神に委ねた、今の中つ国に不必要に干渉したくないことも。そのご意思を中つ国の都合で曲げていただくような無礼は許さない。神降ろしの儀式で使うために生み出されたとしても。

 創造主は私の言い分を受け入れてくれたものの、当時の東帝あずまていは愚かにも強制してきた。

仮に、東帝が創造主の子孫であったとしても許すことはない。

 歴代の子孫たちに私と神の関係は極力知られないように、という創造主の命令のため、隠し続けてきた。きたのだが……心が揺らいでしまった。

 やはりどうしても私は、もはや忘れ去られかけている天御中主尊の話を穂澄がしてくれたのが、たまらなくうれしかったのだ」

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