よっぱらいの話
昨日のことだ。俺は一人の少年を眺めていたんだ。あ、理由? んなもん決まってる。釣りをしてたからな。
一人なのか友達連れなのか知らないが、テトラポッドの隙間で落とし込みをしてたんだ。お前も知ってるだろ? 落とし込みなら結構すぐに食いつくからな。
その少年は、なかなか運がいいみたいでな。落とし込みの入れ食いとか初めて見たぜ。
見た限りでは大物はいなかったな。よくてカサゴくらいか。さすがにクロダイは釣ってなかった。
それでも、十分だろう。大きさも少年の両手ぐらいのでっかいやつでな。煮物でも刺身でも一匹で一食分になるほどだ。
「そんなでかいサイズは、さすがに入れ食いじゃなかったでしょう」
まぁ、な。小さくても少年の片手ほどの大きさだったな。でかいやつが数匹釣れてたようだから、リリースしてたみたいだけど。
そうだな。時間にして30分ぐらいか? 俺が見てた範囲ではスポスポ魚を引き上げてたな。
……なんだよ、その顔は。
「30分も少年を眺めてたって、それはもはや変質者でしょう。通報されなくてよかったですね」
失礼な奴だな。こんなダンディな男が日光浴してただけで通報されてたまるか。
水着でデッキチェアに優雅に寝そべってたから、少年がちょうど視界に入る場所にいた形で眺めてただけだ。
そんでしばらくすると、俺は違和感を覚えたんだよ。
なんで少年は竿とバケツしか持ってないんだ?
「それのどこがおかしいんですか? 今は毛ばりみたいな、疑似餌が付いた針もたくさんありますよ。落とし込み用の針だと、自作の可能性もありますが」
いや、少年は確かに何かを針に指す動作をとってたんだ。
てっきりフナムシかなんかを現地調達してるって思ってたんだ。意外とフナムシっていい餌だからな。見た目は悪いけど。
あと、これは釣り人あるあるかもしれんが、餌を買っても使いきれるか? 俺はゴカイとか買っても使い切れた試しがない。
しかも一杯……あ~。プラケースあるだろ? テイクアウトとかに使ってるようなケース。あれ1パックで500円~とかだから、大量でな。使い切れないんだよ。
しかも、日持ちしないしな。帰るころには、餌はぐったりよ。とても明日も使おうって思えねぇんだわ。
「わかります。特に遠投系の釣りだと、なかなか減りませんよね。撒き餌代わりにもできませんし、最後の方はぐちゃぐちゃにつけても、大物が釣れるわけでもないから、帰るときに残りは海にさようならですよ」
そうそう。〇〇円分で! って量り売りしてくれりゃいいんだけど。っとと。でな、そういう事情もあって、落とし込みしかしてない少年は、現地調達派なんだなって思ってたんだよ。
そこで次に釣れた後をよ~く見てたんだ。魚を外した後、針をいじる仕草をしてたから、ああやっぱりなんかつけてるってな。
何だろうなぁって見てるとよ、やっぱりなんか足元から回収してるんだよ。ああ、やっぱり現地調達のフナムシかって思ったが。
「が、何ですか?」
黒い紙みたいだった。ちぎり絵ぐらいやったことあんだろ? あんな感じだ。さすがに海苔じゃないよなって、更に謎が深まった。
さすがに気になってしまってな。近づいていったら、悲惨だったぜ。
「……なんだか、聞くのが怖いんですけど」
少年が使ってたやつな、ありゃ『自分の影』だったんだわ。自分の影を千切ってそれを餌にしてたんだ。
「…………マジ?」
ああ。少年の影がギザギザしてるのに、少年の体にはギザギザするような場所はなかった。
それにみちまったからな。自分の影を千切っているところ。
「そういうオカルトはやめてほしいんですけど」
ぞっとしたか? いやぁ、実際に自分の影を千切れる奴はいねぇからな。
「『人間には』って但し書きが付きますけどね」
そう、あいつは人間じゃねぇ。俺は今年で48になるが、初めて見たね。
あれが噂の影法師の妖ってやつかい? 海のそばには妖が出やすいって聞いてっけど、白昼から出くわしたのは驚いたぜ。
「そういえば、あなたはどこから少年を眺めていたのですか?」
あ? 俺がいた場所か? そんなの少年がよく見える特等席さ。さっきも言っただろうか。
少年の真横だよ。
書いてる本人も「気持ちわるっ」って思った次第です。