「底辺作者のくせに」と言われた僕の話
内容的に少しキツイ表現があります。あらかじめご了承くださいませ。
「底辺作者のくせに」
青井壮にそう言われ、僕はその場で固まった。
はじめは何を言っているのかわからなかった。
彼は、僕と一緒に「小説家になろう」という日本最大級の小説投稿サイトで活動を始めたユーザーの一人だ。
大学の文芸サークルで出会った頃はあまり目立たない存在だったけれど、その才能はすぐに見てとれた。
とにかく、奇抜だ。
発想が豊かだ。
誰もが思いつかないような展開を次々と描いていく。
そして、面白い。
最初の頃は、彼はプロになる気はないと言っていた。書き物は単なる趣味だと。
しかし、趣味で終わらせるにはもったいないほどの才能の持ち主だった。
そこで僕は提案した。
「ネットで小説を投稿できるサイトがあるんだけど、一緒にやってみないか?」と。
青井壮は乗り気ではなかったけれど、僕はすぐに部室にあった二台のパソコンを開き無理矢理ユーザー登録をさせた。
ペンネームを考えるのも面倒くさかったので、本名のまま「青井壮」と「赤羽巧」という名前にした。
自分たちのマイページが出来上がったあと、ためしにお互いに一筆書き合った。
今まで縦書きだったものが横書きになり、万年筆ではなくキーボードをたたく作業へと変わったものだから、さすがの彼も戸惑ってはいたが、それでも互いに数千字程度の短編小説を書き上げた。
ドキドキワクワクしながらの初投稿。
作品はすぐには反映されなくて、
「ボタン押し間違えた?」
「ちゃんと送信された?」
と、疑心暗鬼にかられたけれど、その心配もよそに数分後にはしっかり新着短編の欄に二人そろって作品が掲載されていた。
「やったね」
「おお、オレの小説が活字で掲載されてる……」
青井壮はそう言って、無表情な顔を少し綻ばせていた。
「これで、僕らもアマチュア作家の仲間入りだね」
「そんな大層なもんか。たった一遍書いただけじゃないか」
そんな冗談を言いながらも、僕らは互いに小説を書き続けた。
ほぼ毎日大学のサークル内で顔を見合わせるのに、あえて感想欄に
「ここがいい」
「ここは不自然」
と、まるでネットでしか繋がりがないかのような会話を繰り広げていた。
転機が訪れたのは、青井壮が初めて連載小説に手を出した時だ。
その頃からすでに彼は何十篇と短編を投稿していたため、彼の逆お気に入りユーザーは3ケタを軽く超えていた。ただし、ネット上での人とのやりとりが苦手だった彼は、返信はいっさいしなかった。
唯一、僕だけが返信の対象だった。
何百人といる逆お気に入りユーザーの中で、僕だけに返信をしてくれる。そのわずかな優越感が、僕を楽しませた。
僕はといえば、大人気な彼に比べて悲壮感漂う有様だった。
逆お気に入りユーザーは、青井壮ただ一人。
書いた短編で感想がつくことはほとんどない。
でも、僕は満足だった。
プロになるつもりもないと言っていた青井壮が、こんなにも多くの読者から読まれるようになった。そのサポート役で十分だ。
ちなみに彼のお気に入りユーザーも僕だけである。
それだけで、僕は救われた。
彼も、僕を必要としてくれている。そんな勘違いをしていた。
「底辺作者のくせに」
その言葉は、まさにそんな時であった。
彼は連載小説を書きはじめ、もともとついていた多くの読者がブックマーク登録をし、ポイントを入れまくった。
すぐさまランキング上位に食い込んだはいいのだが、僕はそれを不安視して
「連載は手を出さない方がいいんじゃない? けっこう無理ありそうな設定だし」
と忠言した際の返答だった。
「なに、お前。オレの作品にケチつける気?」
もともと口が悪い男ではあったが、その言葉にはちょっとカチンときた。
「違うよ、ただ心配なだけだよ。青井って長編は書いたことないじゃん。プロットもないのに、いきなり長編に手を出すとエタる可能性が高いし……」
そんな心配をよそに彼は鼻で笑った。
「心配するのは自分の作品だけにしろよ」
そんな皮肉めいた言葉に僕はたまらなく悲しくなった。
こいつは変わった。
プロに興味がないと言っていた頃は純粋に執筆を楽しんでいた。
自分の書きたい作品を書いていた。
でも、自分の作品に人気が出始めランキングに載るようになってから、まるでランキングに載ること自体が目的のようになってしまった。
別にそれが悪いと言っているわけではない。事実、面白いからランキングに載るわけだし。
ただ、彼は物語を書く際、いかに多くのポイントがもらえるか、それだけを計算して書いていた。
あまり作中には出てこないのに人気キーワードのタグをつけてみたり、異様に長い作品タイトルで釣ってみたり。
彼が連載を始めたのは、まさにこのサイトでは王道の異世界転生ものだった。
不動の人気を誇るジャンルの連載小説は長きに渡ってランクインされる可能性が高い。うまくいけば書籍化もされる時代だ。
「自分の作品が書籍化されればいいなあ」
連載を始める前にそんな事を口走っていたのだが、どうやら本気だったらしい。
「わかったよ、ごめん」
僕はそう言って、部室内でパソコンを広げる彼のもとを去った。
帰り際に彼の放った一言が、僕のすべてを終わらせた。
「底辺のくせに偉そうに言いやがって」
僕はとぼとぼと家路につくとスマホを取り出して「小説家になろう」を退会した。
すべての作品が消滅してしまう悲しさはあったけれど、それでもあそこまで言われて残っていられるほどメンタルは強くない。
悲しみにくれながら、僕は自分の未熟さを呪った。文才のなさを悲観した。
でも、どうしようもない。
これが、僕なのだ。
寂しくもあり、悲しくもあったけれど、なぜか晴れ晴れとしていた。
もしかして、絶大な人気を誇る彼と一緒に活動していることで、知らず知らずのうちに劣等感を感じていたのかもしれない。彼の作品が評価されればされるほど嬉しかった反面、自分の作品がまったく評価されないことに心が痛んでいたのかもしれない。
僕は僕のまま、別の場所で書きたい作品を書いていこう。
そう心に決めた。
それからほどなくして、青井壮は文芸部の部室に姿を現さなくなった。
彼とはあれ以来、口も聞いていない。
取りたてて仲がよかったわけでもないので、話をしなくてもたいして気にも留めていなかったのだが、部室にすら姿を現さなくなってくるとさすがに気になった。
すると、文芸部の先輩が僕に近づいてきてそっと耳打ちした。
「青井壮が来なくなった理由、知ってるか?」
「理由?」
「お前ら、『小説家になろう』で執筆活動してただろ」
「え、ええ、まあ……」
そのワードにチクリと心が痛む。
「あいつの作品な、感想欄が荒れてんだわ」
「は?」
僕は思わず聞き返した。
感想欄が荒れている?
「それってどういうことですか?」
「つまり、ダメだしの嵐」
「まさか青井壮に限ってそんな」
「ほら、見てみるか? あいつの作品」
先輩が見せてきたのは、異世界転生・転移のジャンルで日間1位を獲得した彼の作品だった。
「なんだ、知らない間に1位とってたんだ……」
僕は驚きながらそうつぶやいた。
いい線はいくだろうと思っていたが、まさか1位だとは思いもしなかった。
知り合いが異世界転生・転移ジャンルで日間1位を取るなど、「小説家になろう」を利用しているユーザーの何人が体験していることだろう。
しかし、僕のそんな思いとは裏腹に、彼の作品の感想欄は惨憺たる有様だった。
先輩の言っていた通り、感想欄は罵詈雑言の嵐。
『展開がクソすぎる』
『こんなのが1位!?』
『キモい、とにかくキモい』
おおよそ、彼には似つかわしくない感想が長きに渡って続いていた。
正直、読者がそこまで言ってもいいのかと思える内容ではあったが、それでも僕には信じられなかった。
あの青井壮が、そこまで言われるほどひどい作品を書くとは到底思えない。
彼とは縁を切ったはずなのだが、逆にどんな作品なのか読んでみたくなった。
「読んでみるか? オレも読んだが、これが本当にあいつの作品かと思ったぞ」
少しためらったものの、もともと彼をこのサイトに引っ張り込んだのは僕だ。
見届ける義務がある。
僕は日間1位にのぼっている彼の作品『異世界で林業を営みながら嫁を探す』という、ワケのわからないタイトルの作品を読んでみた。
始めは予想以上に面白かった。
さすが青井壮が書いた作品だけはある。
林業をやっている主人公がフォークリフトに押しつぶされて死んでしまい、異世界に転生するというありがちな展開ながら、とても描写が丁寧で読みやすく、すっと心に入ってきた。
先の読めない展開にハラハラしながら、時を忘れて読み進めていくうちに「おや?」と思い始めてきた。
話の重さがガラリと変わっていったのだ。
いつもながらの丁寧な描写ではなく、ただ思いつくままに書いているといった感じである。
更新間隔も、かなり飛び飛びのようだった。
とはいえ、それでも面白いといえば面白かった。
ただ、しばらくすると今度は物語の方向性が分からなくなり始めた。
タイトル通り林業を営んでいる主人公が、急に思いついたかのように旅をし始めたのである。
読んでいてクエスチョンマークしか頭に浮かばなかった。
「は? なんで? なんでここで旅に出る必要があるの?」
おおよそネタ切れだったと見て取れるのだが、いささか展開が強引すぎた。
さらによくなかったのは、その後に登場するキャラクターたちである。
嫁候補と称して、次々と新しい美少女キャラを登場させていく。
そんな彼女たちが硬派な主人公を奪い合うといった展開となっていた。
いや、そこまではいい。
書きたかったのは「嫁を探す」という展開なのだから、多少強引とはいえその流れは当然なのかもしれない。
しかし、主人公は「嫁を探す」どころか逆に彼女たちを従え、世界中を旅して回るという話に変貌を遂げていた。タイトルをまったく無視した内容になっている。
「青井……、おまえ何が書きたいんだよ……」
僕はそれを読みながら自然とつぶやいていた。
それからも毎日、僕はスマホで彼の作品を読み続けた。
荒れた感想は、投稿の回数に比例して増えている。
中には、作者の人格を否定するものまであった。
そんな荒れた感想にともない、投稿間隔も次第に減って行き、
そして、そこからしばらくして………
作品は消された。
いったい何があったのか。
文芸部の部室にも現れない彼の姿に、ちょっと心が痛んだ。
それからすぐに、彼は「小説家になろう」を退会した。
誰にも何も言わず、ひっそりと。
彼にとっては屈辱以外の何物でもなかったであろう。
それを思うと僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
もともとプロになる気のなかった彼を「小説家になろう」に誘ったのは僕だ。無理やり入会させたのは僕だ。
その僕が、彼を一人にさせてしまった。
激しい後悔と自責の念が僕を包んだ。
と、同時に涙があふれ出た。
本当に、本当に申し訳ないことをした。
あの時、僕を蔑む彼が憎くてしょうがなかったけれど、それでも、最後まで一緒にいればよかった。
罵詈雑言の嵐でも、僕が退会しなければ擁護もできたはずだ。
「感想欄を閉じて、書きたいように書きなよ」
そう言えば済むことだ。でも、それすらできなかった。退会してしまった人間には何もできない。
僕が見捨てたばかりに、彼は一人も味方がいなくなってしまった。
まわりから責めたてられ、追い詰められ、そして自らの幕を閉じた。
僕には、青井壮を責める資格はない。青井壮を罵る資格はない。彼の方にこそ、その権利がある。
いや、むしろ言ってもらった方がどんなに楽か。
僕は、いつまで経っても文芸部の部室に戻ってこない彼の姿がどうしても見たくなった。
しかし、彼は大学にすら来なくなってしまった。
※
数か月後、文芸部の部室でいつものように発表会に向けての製本作業に勤しんでいると、突然の来訪者に驚かされた。
「よう赤羽」
「青井!」
思わず僕は叫んだ。
そこには、いつもの仏頂面をした青井壮がいた。
やや、やつれたようにも見えるが、その顔は健康そうだ。
「今までどこに行ってたんだよ!」
「いや、ちょっとな……」
言うなり、ズカズカと部室内に入ってくる。中は今、僕一人だ。だからかもしれない。遠慮も何もなかった。
「ふうん、製本てそんな面倒なことするんだ」
彼は面白そうに表紙を糊付けする僕の作業を見入っていた。
「面倒ってなんだよ、面倒って。今までやったことないくせに。けっこう楽しいんだよ」
「文芸部って、本に対する愛情ハンパないからな」
興味なさそうにそう言う彼の本意がわかりかねる。
本当に、何をしにきたんだ、こいつは。
「青井、何か用があってきたんじゃないの?」
「ああ、用ってほどじゃないんだけどな。その、なんだ。赤羽、この前はひどいこと言って悪かったな」
青井壮の謝罪の言葉に、僕は目を丸くした。
彼の口から、そんな言葉が飛び出すなんて、思いもしなかった。
「底辺だなんて言って、本当にすまなかった。許してくれ」
頭を下げる青井壮の姿に、僕は口をパクパクしながら黙って見つめていた。
まさか、それを言いに来たのか、こいつは。
謝らなければいけないのは僕のほうなのに。
頭を下げ続ける彼の姿に、僕は思いきり胸がつまった。
「頭上げてよ。よしてよ、許してくれだなんて……。悪かったのは、こっちのほうじゃないか」
「は?」
眉をひそめる彼に、僕は今まで言いたくても言えずにいたことを伝えた。
「急に退会して、ごめんな……」
その言葉に、青井壮の目から涙が流れ落ちた。
こいつでも、泣くのか。と、初めて思った。
「なんでお前が謝るんだよ……」
涙を流しながらそう呟いた。
「オレ、オレさ。お前がいなくなって、初めて気づいたんだ。オレが小説書けるのも、『小説家になろう』を続けてこれたのも、お前が感想を送ってきてくれてたからだって。誰かと一緒にやってるからだって。お前が退会して誰もいなくなったと思ったら、急に不安になって……何を書いていいのかわからなくなって……」
震える声で告白する青井壮。
こんな彼の姿、今まで一度も見たことがない。
こいつは、見た目とは違ってだいぶ繊細だったんだ。
そこに初めて気がついた。
「底辺作者のくせに」
それは、彼が不安を隠そうととっさに出た言葉だったのかもしれない。
絶大な人気を誇っていた彼だからこそ、新作へのプレッシャーが強すぎたのだろう。
「とりあえず、何でもいいから書いてみようと思ってさ、書き続けたけど……、お前の言った通りだったよ。いきなりプロットも何もなしで連載に手を出しちゃいけなかったんだ。痛いほどよくわかった」
「『異世界で林業を営みながら嫁を探す』な」
「それ、言うなよ」
タイトル名をつぶやくと、涙目だった彼の顔に笑みがこぼれた。
「あれ、全然嫁探してないじゃん」
「読んだの、お前!?」
「読んだよ、感想欄も全部」
「ああ」
頭を抱える青井壮に僕はつぶやいた。
「でも、面白かった」
「は?」
「他の誰がなんて言おうが、僕は面白かった。消されちゃったけど」
「うそつけよ、お前。あんなに酷評されてたのに」
「うそじゃないよ。青井壮が書いた小説は、全部面白い。僕はそう信じてる」
「信じてる……か」
彼が戻ってきたことで、僕は今まで言いたかったことを伝えてみた。
「なあ、青井。もう一度、『小説家になろう』登録してみない?」
その言葉に、彼は思いきり首を縦に振ってうなずいた。
「ああ、ああ! 本当はオレもそう思ってここに来たんだ。許してもらえるなら、もう一度お前と一緒に書きたいなって!」
「本当?」
「ああ、本当さ。お前はオレの唯一のお気に入りユーザーなんだ」
「いや、もっと他にいるだろ」
「いいや、お気に入りユーザーはお前ただ一人だ」
「僕は……200人くらい登録しちゃおうかな」
「それは多いと思うぞ……」
僕らは笑い合いながら部室のパソコンを起動した。
青井壮が戻ってきてくれた。
それだけで、僕は嬉しかった。
彼は1から出直すつもりだろう。
けど、僕は今からでも思う。
彼の作品は、僕の中の総合ランキングで常に1位に君臨し続けるであろう、と。
お読みいただき、ありがとうございました。
※このお話はフィクションです。
作中の登場人物と同じ名前のユーザー様がいないことは確認しましたが、万が一かぶっている方がいらっしゃいましたらご一報くださいませ。