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1-4


三階の廊下から出られない僕。

三階の廊下と校舎の階段から出られない天來。

こう並べてみると、二択が存在している天來の方が幾分かマシに思えるかも知れないが。それは僕と並べてみた結果であって、決してマシなものでもましてや喜ばしいものでもない。それなのに天來美心はくすくすと笑うのだ。


「なぁ、天來。笑う門には福来ると古来の日本人は言ったけれど、何もこんな時にまで笑わなくてもいいよ。」

「?」


僕と天來は途方もないこの廊下と階段に置いて、とりあえず天來が階段だと言う教室の前に二人して座り込みこれから先、どうするかを話し合っていた。話し合った所で何かしらの解決策が出るとも思えない危機的に奇々的状況だけれど、それでもほんの少し微々たる希望があるのならば、僕と天來は同じ空間に居る。と言う点だろう。これは只、僕の心が穏やかに成るだけの希望なのだけれど。


「まさかてんちゃん先輩に会った途端、こんな素敵な状況下に置かれるなんて!美心はビックリ仰天桃栗五年柿二ヶ月だよ!」

「その果物が僕の知ってる桃栗柿じゃない事は確かだな。」


僕は適当に天來の言葉を流しながら首を擡げた。この際だから廊下の窓ガラスを蹴破ってやろうかと、そんな暴力的な考えも浮かばなくは無かったけれど、よくよく考えればここは三階。蹴破った所で降りられないし、器物破損で弁償物だ。八方塞がりとはまさにこの事だ。八方塞がりと言う言葉を作った人が今の僕達を見たら、さぞや喜ぶ事だろう。丁度、今の天來美心の様に。


「にしても本当に、冗談抜きでこれはヤバイな。」

「どうして?」

「どうして?って天來、このままこの三階から出られない可能性を考えてもみろよ。地獄だ。」

「確かに…美心は今日、夕方特番の"現れれば写る!心霊写真特集!"を観ようと思ってたのに!」


何だその当たり前の台詞を題打った馬鹿みたいな番組は。誰が観るんだそれ。あ、目の前に居たか。


「でもまぁ大丈夫!美心にはてんちゃん先輩がいるからね!」


何処からその自身が湧いてくるのかと問いたい。その大丈夫の代名詞にされている筈の僕は、階段さえ目に見えていないと言うのに。そもそも何故、僕には階段が見えないのか。天來の様に下りても下りても一階に辿り着けないなら未だしも、見る事さえ出来ないのは何故だろうか?見えさえすれば、確認する事さえ出来れば。こんな問題は直ぐに解決できる筈なのに。


「てんちゃん先輩はどんな時でも冷静な判断力と決断力で数々の困難を打ち破ってきたスペシャリストだもの!」

「なぁ天來。こんな状況で混乱しているのは分かるけれど、僕においてその過大評価は一体全体何処から来るんだ?」


僕はここ数時間、いや教室の時計が逆回りだった時点で時間の感覚なんて無いに等しいけれど、それでも何故そこまで天來が僕に期待し、信用を寄せているのかを聞いた。答えによってはもしかしたらこれから目眩く恋の物語が発展するかも知れない。絶対に無いけれど。しかしてそんな僕の淡い期待も抱いていない胸はキリキリと引き裂かれた。


「──────。」


それは単語だった。至極短い、けれど馴染みのある、深みのある。意味の無い。発音出来ない。未完成の塵。嘘の塊。虚言者の始まり。僕にとっては一生忘れる事の出来ない遺産。負の遺産。痛い。何故だか胸が痛い。どうしてそれを知っているのか。どうして天來美心がその単語を口にしたのか。僕は一瞬分からないまま、ほぼ反射的に天來美心の首を掴んでいた。痛い。こんな廊下や階段何て何の障害でもない位に、心が、終わりのない痛みに苛まれる。暗く黒い影がまるで僕を呑み込む様にじわじわと迫り、適温であろうこの季節に冷や汗をかかせる。ギリギリと力の入る指先に天來の細い首が悲鳴を上げていた。透き通るような白い肌が鬱血した様にどす黒く変わっていく。この空みたいに。この訳の分からない赤黒い終わりない空みたいに。


「てん…ちゃん…先輩…?」


天來の声にはっと我に返った。そして同時に僕は何をしようとしていたのか思い出し天來から離れる。


「ご、ごめん、天來。」

「別にいいよ!てんちゃん先輩!」


あんな軽い謝罪では許されない様な事を反射的にとは言え犯してしまった僕に、それでも天來美心は笑顔で許すと言った。純粋だとか爛漫だとか心が広いだとかそんなものでは無い。天來は怪訝や狐疑と言った不信も憎悪や厭忌、厭悪や娼嫉も何も無い。直線的な性格なのだろう。それはどれだけ傷付いても進み続ける茨姫のようなものだ。痛みを痛みだと、怒りを怒りだと思わない不屈の精神。こんな小さな身体の何処にそんな強固な強迫観念とも言える思想があるのか。僕は自分が天來の首を絞めていたのも忘れ、只只その笑顔を見つめた。


「──────。」


次にその単語を口にしたのは僕だった。感情を込めず、感傷に浸らず、ただ口にしただけだ。


「そう!──────!」


繰り返す天來。もう僕が反射的に首を締めるこも無い。当たり前だ。


「美心にとってはこれだけで、てんちゃん先輩は信用に値する、信頼するしか無い、他とは並び得ない、又無い、類を見ない、唯一無二の存在なんだよう!」


こんなにも不純物の無い、混合物の無い真っ新な笑顔を僕は知らない。この二ヶ月、このストーキング娘には散々と振り回され困惑させられ乱され、引っ掻き回されたけれど、今ここに。この訳の分からない空が赤く染まる校内に天來美心が居て、この意味不明な道理の廊下と階段を同時体験しているのが天來美心で、本当に良かったと思った。


「ここから出たら、天來。その──────の感想、聞いてもいいかな?」


僕は立ち上がり言った。


「てんちゃん先輩の御心のままに!」


天來美心はいつも通り笑顔でそう返した。

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